3ー4
「すみません、風邪を引いてしまいました……。」
「……え?」
それは、美姫と優香が本格的に交流し、数日後のことだった。
優香の携帯電話に美姫から着信があった。
正式には、彼女の自宅の固定電話からの着信だ。
朝、身支度をしていた優香が、その手を止める。
電話に出た。
その結果がこれだ。
風邪を引いたことを知らせる彼女の声はいつもよりも低かった。
そして、時折ズビビと鼻をすする音が聞こえる。
咳をひていて苦しそうな声を聞いていると、優香まで苦しくなった。
短く、養生するように伝えた。
そして、すぐ支度に戻った。
登校すると、優香は自身の席に座った。
そして、すぐ読書を始める。
いつもは、こうしていると美姫が朝の挨拶の為、声をかけてくる。
そして、彼女がそれに応える。
その後、再び読書に戻る。
昼には、美姫とともに昼食の弁当を食べていた。
そうして、放課後に彼女が甘える。
そんな毎日を過ごしていた。
彼女がいなければ、自分は誰とも話さない。
以前の自分に戻ってしまった。
どうやら依存していたのは彼女ではなく、自分だったようだ。
昼休み。
ここ最近一緒に食べている美姫はいない。
教室の片隅で一人で食べる。
以前はこれが当たり前だった。
そう、当たり前だったのだ。
しかし、今の優香には耐えられそうにない。
周りの喧騒に飲み込まれてしまいそうだ。
仕方がない。
美姫がいない以上この教室にいる意味はない。
どこか一人になれるところ、そう、一人でもおかしくない場所にいこう。
さて、どこで弁当を食べようか。
教室を出た優香の頭に浮かぶ。
体育館の裏にするか?
却下だ。
ヤンキーの巣窟の定番の場所に行くわけにはいかない。
この学校に、とある人物を除き、ヤンキーがいるかは知らないが……。
ではトイレは?
……流石に止めよう。
屋上は?
アニメや漫画でないのだから生徒に開放してあるわけがない。
よって、却下。
「……あー、屋上と言えば……。」
優香は、屋上へ繋がる階段を思い出していた。
彼女の記憶が正しければ、人が一人座っても問題ない空間があったはずだ。
そして、人通りの少ない廊下を通る。
その為、静かに過ごしたい雪にはまさに絶好の場所であった。
大抵の生徒が教室で机をくっつけ談笑しながら食べている。
そして、中には校庭の片隅にある木の下の日陰に座り込み食べている生徒もいる。
早くしなければ時間がなくなってしまう。
注意されないように走らず、静かに小走りで屋上前の階段を目指した。
「やっべ……。」
目的地である階段に着いた。
しかし、そこには既に先客がいた。
姫川雨乃だ。
彼女のことは、入学した生徒大半が知っている。
歯向かうもの全てをその拳で凪ぎ払ってきた女子生徒だ。
その美貌と角の立たない性格でクラスの中心の生徒の美姫とも、ひっそりと教室の隅にいる優香とも違う種類の生徒だ。
件の一部のヤンキーとは、彼女のことであった。
参ったな。
この時間では、どこかへ移動すればそれだけで終わってしまうかもしれない。
残り二時間ほどだ。
放課後まで耐えることが出来るだろうか。
ぐう、と本人の身体に似つかわない大きく短い腹の音。
腹の虫は我慢出来ずに鳴き出してしまった。
背に腹は変えられない。
空腹で思考が纏まらない優香は、そのまま歩きだした。
まずは声かけだ。
隣に座って良いか聞こう。
大丈夫だ。
聞くだけならいきなり殴りかかってくることはないだろう。
駄目なら昼食を諦めて教室に戻れば良い。
そう、駄目なら戻れば良いだけなのだ。
優香の脳内は限界が近かった。
よし、声をかけるぞ。
「あっ……。」
一文字出たが、その後が続かない。
声に気づいたのか、雨乃がグイッと顔を上げる。
確かに派手で、近寄りがたい雰囲気である。
しかし、その顔は、美姫と同様に端正な物であった。
続けろ。
続けんだ。
言葉を続けろ。
「……えっと、隣良いですか?」
「え?」
聞き返す雨乃。
よし、帰ろう。
拒絶だ。
早く教室に戻ろう。
「あ、お邪魔でしたか?すみません、空気読めなくて……。」
このまま引き返そう。
よくやった。
一人でよく立ち向かった。
美姫が登校しだしたら思いきり甘やかそう。
踵を返そうとする優香。
「い、いや……駄目ってわけじゃ、ない……です。」
ぼそりと雨乃が呟く。
なんということだろう。
優香は、冷汗が止まらなかった。
こうして、学校一の不良と噂される雨乃と昼食をとることになった。
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2018年 9月 22日
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