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甘え嬢ズ  作者: あさまる
6/88

3ー1

これは天国か?

美姫の頭はショート寸前だった。


「あ、よろしく。」


「よ、よよよよよろしきゅ

……。」

美姫は、尋常じゃない噛み方をした。


隣に優香がいる。

夢か幻か。

いや、現実だ。


美姫が言えることはただ一つ。

「……席替えして良かった。」


「え?」

美姫の呟きが聞こえたのか、聞き返す優香。


「あがっ、な、なんでもないでしゅ、です。……ふへへっ。」


なんということだ。

優香と会話のキャッチボールをしている。

生きていて良かった、神様は実在するのだと美姫は心の中で感涙した。



そこから、美姫の記憶はない。

気がついたら放課後になっていた。


「……江さ……天……ん!……天江さんっ!」


美姫はその声に、ハッとする。

声がした横を向くと、優香が心配そうに美姫を見ていた。


「あ、あみゃ、雨井さん!?」

目の前の雪に驚く美姫。

そして、身体を仰け反ってしまった。


「っ!?天江さん!?」


「うわっとと!?」

美姫は、勢いをつけ過ぎて椅子から転げ落ちてしまった。


このままでは危ないと手を伸ばす優香。

しかし、あと少しというところでそれは届かなかった。


ドンガラガッシャン。

派手な音がした。

後頭部と背中を強打してしまった。

目の前に火花が散ったような、くらくらする感覚と痛みが彼女を襲う。


「だ、大丈夫!?」

椅子から立ち上がり、美姫の元へ向かう優香。


その姿を見れただけで、美姫の痛みはどこかへ飛んでいった。


「あ、あはは……ちょっとびっくりしちゃった。」

なるべく彼女を心配させまいと笑いながら言う。


「大丈夫?頭打ったみたいだけど……。」

優香の眉がハの字に下がっている。


自分なんかを心配してくれるなんて優しい。

感激する美姫。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう。」

感無量。

まさに感無量だ。


しかし、後頭部がまだ少し痛む。

擦って痛みを誤魔化していた。


「ま、まだ痛い?」


「あー、うん、でも大丈夫だよ。」


優香と話せるなら、こんな痛みなど大したことない。

むしろ、こんなことで雪を独り占めすることが出来るのなら、毎日でも頭をぶつけるかもしれない。


「保健室行かなくて大丈夫?」


「うん、大丈夫。ありがとう。」

美姫は嬉しかったが、あまりにも心配されていて申し訳なくなってきた。


「でも……あ、そうだ!冷やそう。氷貰って来るね、待ってて。」

そう言うと、優香は教室を飛び出した。



さて、どうしたものか。

優香が去り、教室に一人取り残された美姫。

彼女の意外な一面を見れた。

なにより隣の席になれた。

こんなに強運で良いのだろうか?

美姫は、少し恐ろしかった。



「ごめんね、待たせちゃったね。氷貰って来たよ。頭冷やすね。」

走ったのか、少し息が上がっている。


「はーい。ありがとー。」

うきうきの美姫。

もう運がどうとかはどうでも良かった。

思考を放棄した。



優香が教室へ入ってくる。

両手で大事そうに氷嚢を盛っていた。

美姫がそれを受け取ろうと、手を伸ばす。

しかし、彼女の手は空振る。


「えーっと……それ借りてもいいかな?」


「おいで?」

両手を広げる優香。


美姫にとって、その破壊力は絶大なものであった。


「はーい。」

もうなんでも良い。

美姫は再度思考を放棄した。


椅子から立ち上がり、彼女の元へ駆け寄る。

身長差があり、床に膝をついて立っている優香の胸元へ顔を埋めた。


鼻いっぱいに甘酸っぱい匂いが広がる。

これが極楽浄土か。

もしくは、砂漠のオアシスか。

ちなみに美姫は、熱心な仏教徒というわけではない。

また、砂漠どころか、国内から出たこともない。

それに、砂漠を実際に見たことはない。


顔で優香の身体の柔らかな感触を、後頭部で氷嚢の冷たい感覚を楽しんでいた。

極悪なコンボだ。

逃れようがない。



数分すると、美姫は冷静さを取り戻してきた。

なぜこのような状況になったのだろう?



「あの、あ、雨井さん?」


「うん?」


「その、なんか凄い優しいけどどうしたのかなーって……。」


「嫌?」


「い、嫌じゃないですっ!むしろ……あ、いや、そうじゃなくてその……私達話したことないから、その……。」

柔らかい感触と、芳しい香りを楽しみながら美姫が言う。


「……天江さんってさ、なんか実在しない存在の人だと思ってたんだ。」


「え?」

美姫には、優香の言うことの意味が分からなかった。


「あはは、凄い失礼なこと言ってるよね、ごめん。えっと、つまり、天江さんって、私から見たら高嶺の花と言うか、住む世界が違う人だって思ってたんだ。」


高嶺の花?

今彼女は高嶺の花と言ったか?

それはこちらの台詞だ。

美姫は口を開き、その旨を伝えようとしたが、途中で遮るのも良くないだろうと再び口を閉じた。


「いつも近くに誰かがいて、クラスの中心で……凄いなぁ、って思ってたんだよ?眩し過ぎて嫉妬すら出来なかったんだ。」


「そう……なんだ。」


「そうだよ?だから、天江さんが盛大にこけた時に私と同じ人間なんだなーって思って嬉しかったんだ。」

頬笑む優香。

それは、美姫にとって聖母の微笑みだった。


「おほぉ……ふへぇへぇ……。」

脳が蕩けそうな感覚だった。

とても他人に見せられるような顔ではない。


「完璧なことを求められてて大変だろうけどさ……私の前では甘えても良いんだよ?」


自分は完璧などではない。

その為、優香が何を言ってるのか、美姫にはよく分からなかった。

しかし、そんなことどうでも良かった。

今はこの深い沼に落ちていたかった。

次章3ー2

2018年 9月 1日

投稿予定。

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