9ー1
ある日の朝。
それは、美姫が雨乃に優香を渡さないと声高らかに宣戦布告を翌日のことであった。
「あの、空宮さん。ちょっと良いかな?」
「え?わ、私……?」
美姫に声をかけられ、挙動不審になる紅葉。
入学式を含め、数日のみ。
二人が話したのはそれほど少ない期間だった。
その為、紅葉が美姫に声をかけられたのは、随分久しぶりな気がした。
「その、一個お願いというか……その、聞きたいことが……。」
「う、うん!何かな?」
わくわくと嬉しさを隠せない紅葉。
そんな彼女を見て、一瞬躊躇う美姫。
どうしたのだろう。
紅葉が疑問に思っていた。
しかし、その理由はすぐに分かった。
「あの……雨井さんのことなんだけど……。」
その美姫の言葉に、紅葉の表情がみるみる変化した。
にこやかなものが、冷たい無表情になったのだ。
美姫は、これが嫌だったのだ。
紅葉は優香の話題になるとこうなるのだ。
それは、数日しか話したことのない美姫が見つけた彼女の特徴の一つだった。
美姫が話しかけると、いつもにこにこと嬉しそうな笑顔で応える。
しかし、優香の話題は例外だったのだ。
何故そうなるのかは美姫には分からない。
しかし、紅葉が優香を快く思っていないというのは美姫にも分かった。
それでも、今は彼女にしか頼ることが出来ない。
美姫は藁にもすがる思いだった。
「えっと、他の話にしない?その、昨日やってたテレビとか……?」
優香が言う。
あまりにも露骨な話題変更の要求。
本来は使いたくなかった。
しかし、仕方がない。
美姫は裏技を使用することにした。
美姫は紅葉の見えていないところで目をカッと見開き涙を溜めた。
そして、普段なら背丈の関係で見下ろしてしまう彼女を下から見上げるように見つめた。
所謂上目使いだ。
「その、駄目……かな?」
「……しょ、しょうがないなぁ……。」
紅葉への効果は絶大だった。
ふにゃふにゃと笑みが溢れてしまう。
「それでその相談?って何かな?」
ごほん、咳払いをし、紅葉が聞いた。
その顔は、先ほどのふにゃふにゃしたものではなく、真剣な顔つきであった。
美姫が紅葉に話そうとする。
その時、優香が教室へ入ってきた。
ここまでか。
「そのことなんだけどお昼で良い?」
美姫が早口で言う。
「え?あ、うん。分かった。」
「おはよう。……さっき空宮さんと何話してたの?」
にこにこと笑みを浮かべ、美姫へ聞く優香。
「…なんでもないよ、なんでもない。うん、なんでもない、なんでもない。」
早口で捲し立てる美姫。
何でもないわけがない。
目が泳ぎ、声が見事に上擦っている。
挙動不審この上ない。
「そう?何かあったら相談……。」
「大丈夫大丈夫!何もないよ、仮に何かあっても優香ちゃ、雨井さんには関係ないから。」
咄嗟に出てしまった名前呼びを抑える。
そして、優香の名字を呼ぶ美姫。
「……え?み、美姫……?」
「ほら授業始まるから早く席ついてね。」
優香の背後に回り込み、両肩を掴む。
そして、美姫はそのまま力づくで彼女を椅子に座られた。




