5ー2
「あれ、まだ来てないのかな?」
雨乃は、屋上前の階段に着いた。
そわそわする。
わくわくする。
言い様のない感情に包まれる。
息が上がっている。
心臓がうるさい。
うっすらと浮かぶ汗で制服が肌に引っ付いている。
しかし不快ではなかった。
もうすぐ優香に会える。
そのことが、彼女気分を高揚させた。
「ちょっと早く来ちゃったかな……?」
まだ来ないのだろうか。
それならば、座って待っていよう。
そう考え、雨乃は階段に腰かけた。
「すみません、お待たせしましたー。」
その声に立ちあがり反応する雨乃。
ようやくだ。
「全然待って……ない……よ。」
気持ちの昂りで雨乃の声は、上ずり気味であった。
しかし、それも徐々に尻つぼみになっていった。
優香がいる。
それは良い。
それは良いのだが、それだけではないのだ。
隣に見知らぬ女子がいる。
見知らぬ人物に、雨乃は緊張した。
彼女をじっと見つめる雨乃。
その目は鋭く細い。
睨まれたと思った彼女は、優香の背後へ隠れた。
しかし、その女子生徒の方が優香よりも身長が高い。
その為、いくら身体を小さくさせても全く隠せていなかった。
「あ、えっと、その、この子は同じクラスの天江美姫さんです。」
後ろで小刻みに震える美姫の代わりに優香が口を開く。
「あ、天江です。」
振り絞るように小さな美姫の声。
雨乃は、その名前に聞き覚えがあった。
天江美姫。
今年の新一年生だ。
クラスメイト達が何度も彼女について話していた。
その為、嫌でも覚えてしまったのだ。
噂というのは、時として尾ビレがつくものだ。
しかし、彼女については誇大な表現が広がったわけではなさそうだ。
容姿端麗や、仙姿玉質、高嶺の花。
様々な表現があるだろう。
しかし、皆口を揃えて同じ意味の言葉を使った。
美しい。
自分では彼女には到底及ばないだろう。
優香にそんな友達がいたなど知らなかった。
「あ、えっと、姫川です。よろしくね、天江さん。」
こちらも自己紹介をしなくてはならない。
そう思い、雨乃が美姫へ向けて言った。
その名前を聞くと、美姫は小さく短い悲鳴を上げた。
そして、震えが大きくなった。
美姫は知っていたのだ。
目の前にいる彼女が自分達と全く違う生徒である。
一言で言えば、不良だ。
それもそこらにいるような類のものではない。
極悪な存在で有名であった。
こんな生徒が、優香の近くにいたなど知らなかった。
美姫に衝撃が走った。
「さ、食べよ食べよ。」
仕切り直すようにパンッ、と手を叩いた優香。
その声に、二人が反応する。
そして、二人同時に階段に腰かける。
「あ、あの、狭いんですけど……。」
優香が言いずらそうに口を小さく開いた。
彼女の右には雨乃、左には美姫。
ただでさえ狭い階段に三人が横並びに座っている。
「あ、天江さん一段ずれたら?その……雨井さん困ってるよ?」
「いや、姫川先輩がその、ず、ずれれば良いと思います。」
美姫の声が震えている。
雨乃に恐怖を感じながらも抵抗してみせる。
そんなことを言い、大丈夫だろうか。
緊張感が増す。
美姫の声に、無言になる。
ジッと見つめる雨乃の顔は、髪色や服装だけでなく、噂も相まって威圧感がある。
「わ、分かった!分かりましたっ!」
優香が空気を変えるべく、声を荒らげるように口を開いた。
「私が一段下がります!」
決意表明するように立ち上がる優香。
しかし、彼女の両肩はガシッと左右から掴まれた。
右肩は雨乃が、左肩は美姫が掴んでいた。
そして、強い力をかけられた。
「うわっとと……。」
その重さで半ば強制的に優香は座った。
「それは駄目!」
優香の声を聞いた二人が慌てる。
そして、彼女らの声が綺麗に重なった。
初対面なのに妙に意見の合う二人。
そんな彼女らに、苦笑いする優香であった。
次章
5ー3
2018年11月17日
投稿予定。