4ー2
「そっかぁ、一年の現国って今そんなとこなんだねー。」
「はい、姫川先輩は一年の頃どうでしたか?」
「あはは……私実は漢字が苦手で……。雨井さんは?」
優香と雨乃の会話は弾んでいた。
二人とも自然に笑みが溢れている。
心の底から語らいを楽しんでいたのだ。
こんなことなら毎日一緒に昼休みを過ごしても良いかもしれない。
優香はそう思っていた。
あっという間に時が過ぎていった。
昼休みが間もなく終わる。
それを知らせる予鈴が鳴った。
「じゃあ、私行きますね。ありがとうございました、姫川先輩。」
スクッと立ち上がる優香。
昨日と違って何だか名残惜しい。
「うん。じゃあね、雨井さん。あ……えっと……。」
雨乃が何かを言い倦ねている。
「うん?どうしました?」
すっかり打ち解けた優香。
最初の緊張感がまるで嘘のようだった。
「あ、明日も一緒にご飯食べれる……かな?」
雨乃がもじもじと、恥ずかしそうに顔を紅くする。
「はい、もちろんです。」
再びギャップにやられた優香。
安請け合いをしてしまった。
彼女は、やがてこの選択を後悔することになる。
この後起きる修羅場のことなど知る由もなかったのだ。
雨乃と仲良くなれた。
そのことで、ホクホク顔で教室に戻って来た優香。
彼女の目には、未だにクラスメイト達に囲まれている美姫の姿が見えた。
生徒と生徒の間からチラチラと見える美姫。
彼女はどこか困ったように笑いながら皆と会話していた。
早く昼食を食べたい。
そんな顔をしているな。
優香は美姫を見ていた。
以前ならそんな些細なことは分からなかった。
しかし、彼女と接するうちに、仕草や表情の微細な動きから感情をおおよそ特定することが出来るようになっていた。
可哀相だが、どうすることも出来ない。
優香にはどうすることも出来ないのだ。
「ごめんね、美姫。放課後までの辛抱だよ。」
何度か美姫の視線を感じた優香であった。
しかし、周囲を蹴散らすことが出来ない彼女は、見て見ぬふりでやり過ごした。
放課後になった。
優香にとってはあっという間であった。
しかし、美姫にとってはとても長かった。
「……さて。」
優香が呟く。
教室には、彼女と美姫しか残っていない。
昨日出来なかった分、今日はたくさん頭を撫でよう。
優香自身にも分かるほど声のトーンが高い。
「……。」
どうしたのだろう。
いつもの美姫なら、おやつを食べに来る小犬のように駆け寄ってくる。
しかし、今日の彼女は違った。
目を細めて口をへの時に曲げている。
そして、あらぬ方を見ているのであった。
しかめっ面だ。
これは不機嫌だ。
あからさまだ。
「あのー……。」
「……。」
なんということだ。
無視だ。
「ね、ねえ。……おーい、美姫?」
「……。」
優香にはお手上げだった。
教室が、夕陽に照らされている。
部活動の掛け声が遠くの方で聞こえる。
「今日……。」
数分の後、教室の沈黙を破ったのは、美姫だった。
「え?」
「今日のお昼なんでどっか行っちゃったの?」
「あー……。」
なるほど、そういうことか。
「……。」
ジッと無表情で優香を見つめる美姫。
その顔は、いつも二人きりの時に見せている腑抜けたものではなかった。
少し前まで彼女が見ていたものだ。
憧れていた、凛とした表情だ。
「さ、寂しかったの?」
声が震える。
ついこの間のはずなのに、随分と前な気がする。
二人がここまで親密な関係になる前のような緊張感。
無表情な美人は威圧感があり、どこか恐れられる。
無口なファッションモデルが悪女だと噂されるのはその為だ。
優香は、以前それらをテレビ番組で観たことがあった。
まさにその通りである。
自身の身をもって証明することになっていた。
「当たり前じゃん!寂しかったんだよ!?」
半ベソの美姫。
良かった。
いつもの美姫だった。
優香は安心した。
次章4ー3
2018年 10月 13日
投稿予定。