4ー1
「完全復活!天江、完全復活ですっ!」
優香が心の修羅場を越えた翌日の朝のことだった。
美姫が声高らかに叫び、教室へ入る。
その声に、教室の生徒達が反応する。
「おはよう、雨井さん。」
「うん、おはよう天江さん。」
美姫と優香が朝の挨拶を交わす。
平日の一日会わなかっただけ。
それなのに、二人ともなぜだか久しぶりに会う気がしていた。
嬉しさがこみ上げてにやける顔を必死に表情を保とうとする美姫。
それにつられ、ふふ、と笑う優香。
「天江さん嬉しそうだね。何かあったの?」
クラスメイトの質問。
「え?そ、そうかな?あはは。」
そう言う美姫の声は弾んでいる。
美姫が戻っただけで活気づく教室内。
やはり、この教室の中心は美姫だった。
昨日話せなかった分、美姫と話をしたかった優香であった。
しかし、美姫が周囲の生徒達に囲まれそれどころではない。
仕方ない。
いつも通り放課後を待とう。
放課後は美姫を、文字通り独り占め出来る。
また、それだけでなく、昼休みになれば彼女の方から自分に近寄って来てくれる。
優香は、クラスメイト達に囲まれ、見えない美姫の方を見ている。
彼女の顔には、自然と笑みが溢れた。
昼休みになった。
いつも通りであるなら、美姫の方から優香の机と自分の机を繋げる。
しかし、今日は美姫の周りにずっとクラスメイト達がおり、美姫が行動に移せない。
美姫も優香と昼ともに過ごしたかった。
しかし、周りが自由にさせてくれない。
しまいには、普段一緒に昼食を食べていない者達がともに食べようと誘い始める始末であった。
美姫も上手く断れず、しどろもどろになってしまっている。
自分が言うべきだろうか。
優香が悩んでいた。
しかし、普段滅多にクラスメイト達と話すことのない彼女にとって、ハードルが高かった。
クラスの人気者の彼女を彼らの目の前で奪うことは優香とって無理難題であった。
諦めよう。
優香は、昨日同様に、教室を出ていった。
高すぎるハードルを潜ったのだった。
どこへ行こうか。
また屋上前の階段か?
止めておこう。
もう昨日のような緊張感のある昼休みを過ごしたくない。
「あ、どうも。」
「こ、こんにちは。」
優香の目の前には、昨日昼食をともにした雨乃。
彼女は、どこか一人で静かに過ごせるところと考えた結果、昨日と同様な場所しか思いつかなかった。
雨乃は、チョコクリームの塗ってある菓子パンを食べていた。
もぐもぐと食べる彼女は、小動物のような愛らしさがある。
「あれ?」
優香の脳内に、ふと疑問が生まれた。
昨日よりも恐くない。
もしかしたら平穏な時を彼女とともにすごせるかもしれない。
「えっと、今日も隣良いですか?」
「う、うん。……どうぞ。」
座っている雨乃がもぞもぞと移動する。
雨乃の隣にちょこんと座る。
お互いに無言な時間が続いた。
しかし、それは昨日の緊張感のあるものとはどこか違うものであった。
「あ、そう言えばその、名前……。」
雨乃が菓子パンを噛じるのを止める。
「え?」
優香も箸を止める。
「な、名前……聞いても良いかな?その、私は姫川……です。えっと、姫川雨乃、二年生で、です。」
雨乃が優香に聞いた。
その声は、時折裏返ることがあり、緊張しているのが分かる。
この学校の生徒ならば知らないはずがない名前を口にする。
優香は、困っていた。
彼女に名前を明かしても良いのだろうか。
今でこそ、子猫のような愛らしさを感じている。
しかし、脳裏に浮かぶ彼女の悪い噂が名前を教えることを拒絶するのを勧めている。
「だ、駄目……かな?」
「天江優香です。一年生です、よろしくお願いします、姫川先輩。」
即口を割ってしまった。
仕方がない。
仕方がないのだ。
学校一の不良と噂されるような恐い女子生徒が目の前で弱々しく涙目になっている。
ギャップにやられてしまったのだ。
もしそれが美姫ならそうはいかない。
いかないはずだ。
「……お願い、優香ちゃん。」
優香の脳内に現れる美姫。
彼女も涙目で何かを嘆願している。
前言撤回。
美姫にも負けてしまうだろう。
仕方がない。
そう、仕方がないことなのだ。
この世には、抗いようのない物もある。
優香はまた一つ、大人の階段を昇った。
次章4ー2
2018年 10月 13日
投稿予定。




