#07
前回から引き続き、千原昌泰様の『二人と一頭の旅』から〈折剣傭兵団〉の名前及びディーノさんご本人を…
ブラブル様の『〈フォーブリッジの街〉へ』からユウマ君達をお借りしています。
──戦闘が開始されてから、しばしの時間が過ぎた。
新人組は、盾役である〈守護戦士〉のタツヤを前衛に立て…攻撃の主体を〈盗剣士〉のアミと〈妖術師〉のシュウの二人が務め、支援役である〈吟遊詩人〉のマナミが永続式援護歌で支援を行い、〈施療神官〉のミユキと〈森呪遣い〉のシズクの二人はタツヤのHP残量に注意しつつ、回復作業と可能なら攻撃魔法での攻撃も行っていた。
六人は、夜櫻達の行った教育の賜物なのか…拙いながらも、お互いに声を掛け合いながら時に助け合い、時に励まし合いながら…常に仲間同士の連係を心掛けている。
タツヤ達のその戦いぶりを見て…夜櫻達の指導が彼らが戦闘する上で、どれ程の助けとなり…成長する為の糧となっているのかをスズカは内心…感心しながら、目の前に迫る一匹の〈緑小鬼〉を切り捨てる。
何気無く夜櫻の方に目を向けた時、夜櫻は誰かと“念話”という〈冒険者〉特有の連絡手段で会話をしている姿を目撃する。
(……??夜櫻殿は、一体何をなさろうとしているのだろうか…?)
今現在の夜櫻の意図を図りかねて、スズカは首を傾げずにはいられなかった。
◇◇◇
──タツヤ達への指示と手助けをシークに任せ、夜櫻は瑞穂に〈自由都市イワフネ〉の各大門前での戦況を尋ねていた。
「瑞穂、各大門前での〈大地人〉騎士団や〈折剣傭兵団〉の人達の戦況はどんな感じ?」
『今のところは、良くも無く、悪くも無く…拮抗している状況ですね。
ただ…高高度から戦域哨戒を務めている私だからこそ気付けましたが…遠くに〈鉄躯緑鬼〉らしき姿が見えます。
これをこのまま放置すれば、〈鉄躯緑鬼〉によって戦況が大きく悪い方に傾く事になると思われます』
瑞穂からの戦況報告に、夜櫻はしばし考え込む。
(今のところ、通常種の〈緑小鬼〉のみだから、練度の高い〈大地人〉騎士団や〈折剣傭兵団〉でも十分対処可能って事か。
という事は…今現在、侵攻してきている〈鉄躯緑鬼〉をどうにかしないと…〈イワフネ〉が危なくなるね。
この現状を打破する為にも、〈オウウ地方〉全体の〈緑小鬼〉の脅威を軽減させる為にも…この“強行策”を実行する必要があるかな。
そうなると…この“強行策”を実行する為には、最低でも回復役と攻撃役が一人ずつ必要になるけど……)
そこまで思考し終えると夜櫻は、拙い連係で継続して戦闘を行っているタツヤ達や〈緑小鬼〉を切り捨てているスズカとアオバの二人の姿を軽く見て、素早く決断する。
「(うん。今此処に、適役がいるじゃない!)
瑞穂、〈魅惑の香〉は〈魔法の鞄〉内にどの位ある?」
『当初の予定であった二ヶ月間の戦闘訓練でも、使い切れない位には余裕を持たせて持ってきています』
瑞穂からのその報告を聞いて、夜櫻は素早く次の指示を出した。
「瑞穂、〈闇の森〉や〈七つ滝城塞〉周辺を除いた〈オウウ地方〉全域に〈魅惑の香〉を散布して欲しいの」
『……〈オウウ地方〉に住む〈大地人〉の生命の安全を守る為に…ですね。分かりました。早速、広域散布を行いますね』
「ありがとう、瑞穂」
瑞穂のその返事を聞いてから、夜櫻は念話を終了する。
次いで、〈オウウ地方〉全域で〈大地人〉の避難誘導と〈緑小鬼〉の討伐を行っているフェイディットへと念話を掛ける。
「フェイディット。今、ちょっと話せる?」
『今は、一時休憩中なので大丈夫ですが……いきなり、どうしたのですか?』
夜櫻からの念話に、フェイディットは怪訝そうな顔をしながらも…一応は返事を返す。
「……実はね、今から“ある強行策”を講じようと思っているの。
『〈魅惑の香〉を使用する』って言えば、フェイディットでも分かるでしょ?」
『成程、分かりました。土方君達には、私から“所長の強行策”について話をしておきます』
「ありがとう、フェイディット。後は頼んだよ」
『お礼はいいです。その代わり、神殿送りはしないで下さいよ?』
「……善処するよ」
そう答えると、夜櫻はフェイディットとの念話を終了させる。
フェイディットとの念話を終えた夜櫻は、未だ〈緑小鬼〉と戦闘中のスズカとアオバへと近寄り…声を掛ける。
「スズカちゃん、アオバ君。ちょっといいかな?」
「夜櫻殿…?」
「戦闘の最中に、何の御用ですか?」
自分の話に耳を傾けてくれようとしている二人の姿勢に…内心、感謝しつつも話を続ける。
「アタシは今から、〈緑小鬼の占領隊長〉と〈鉄躯緑鬼〉に向けて攻勢を掛けようと思っているの。
……で、スズカちゃんとアオバ君の二人には、一緒に同行して戦って欲しいんだよ」
「成程。夜櫻殿は、この略奪部隊を指揮している指揮官を討ち取るつもりなのですね」
「指揮系統が乱れてしまえば、〈大地人〉の騎士団でも討ち取りやすいからな」
二人が、大まかな意図は理解してくれている事と…真の意図までは読めていなかった事に複雑な心境を抱きつつも、それを微塵も感じさせない様に平素を装いながら、夜櫻は話を続ける。
「そこで、相談なんだけど……しばらくしたら、周辺が“赤色の霧”に覆われる事になると思うんだ。
その時、スズカちゃんも、アオバ君も…〈緑小鬼の占領隊長〉には手を出さないで欲しいの。
スズカちゃんに関しては…アタシが〈緑小鬼の占領隊長〉を仕留めるまでは、回復に専念してもらいたいの」
「何故ですか!?」
「何故なんだ!?」
スズカとアオバが、異口同音の疑問の言葉を口にする。
夜櫻は、穏やかな笑みを浮かべながら答える。
「現在、危機的状況にある〈オウウ地方〉全体の現状を打破する為…って言えば、二人は分かってくれるかな?」
夜櫻のその言葉に、二人は目を見開いて驚愕する。
(この人は……今目の前の事だけでなく、〈オウウ地方〉全体の事までも考えていたのか……。なんて、器の大きい人なんだろう……)
夜櫻の思慮深さに、内心で感心しながら…スズカは了承の返事を返す。
「……分かりました。私は、夜櫻殿の考えに従います」
「……そうだな。今、此処の戦場だけを好転させても…〈オウウ地方〉全体が危機的状況に晒されている現状は、全く変わらないからな。
状況の打破の為には、多少の無茶は必要だよな」
「二人共、ありがとう!」
承諾してくれた二人へ…夜櫻は、にこやかな笑顔を見せながらお礼を述べる。
──二人が自分の提案を承諾してくれた事で、夜櫻は早速〈緑小鬼の占領隊長〉に向けての突貫の準備を始める。
上空に目を向けると…いつの間にか、瑞穂は〈翼鷲馬〉から〈鷲獅子〉へと騎乗生物を変更している。
少し前に、〈鷲獅子の召喚笛〉特有の笛の音が聞こえていたので…多分、その時に乗り替えたのだろう。
そして、すぐ傍には新たに〈風精霊〉が召喚されているのは…〈魅惑の香〉を〈風精霊〉の操る風を使って散布するつもりなのだろうと推察出来る。
そこまで確認を終えると、装備一式を『防御力重視』から『機動力重視』へと変更する。
──ひと通りの準備を終えた夜櫻は、その瞬間を待った。
◇◇◇
──〈オウウの街〉や〈桜の街ヒロサキ〉の近くへと周辺の村の〈大地人〉達を避難誘導していたフェイディットは…〈カシワザキ雷鳴街〉や〈コオリマの街〉へと周辺の村の〈大地人〉達を避難誘導中の土方歳三へと念話を入れる。
「土方君。今、ちょっといいですか?」
『別に構いませんよ、副所長。……で?一体、何の御用ですか?』
自分の念話に応じた土方へ、フェイディットは用件を伝え始める。
「実は…所長が、〈魅惑の香〉のアイテム特性を利用して〈緑小鬼〉達の間引き強行策を実行しようとしている様なんです」
『これは、また…随分と無茶な作戦を思い付きましたね』
念話越しに、土方の苦笑いが聞こえてくる。同じ様に苦笑いを浮かべながら、フェイディットは話を続ける。
「それだけ、所長は今の〈オウウ地方〉全体の現状を重く受け止めている証でしょうね」
『成程、分かりました。要は、“〈魅惑の香〉が散布されたら、防御に徹しろ”って事で良いんですよね?』
「ええ。きちんと此方の意図を理解してくれたなら良かったです。
そういう訳なので、他のメンバーにもその事を徹底して下さい」
『了解。他のメンバーにもきちんと伝えておきます』
土方の了承の返事を聞いたフェイディットは、土方との念話を終了させる。
続けて、〈フォーブリッジの街〉で〈緑小鬼〉と奮戦中かもしれないユウマへと念話を掛ける事にする。
しばらくの呼び出し音の後に、澄んだ木琴の着信音が鳴ると同時に…ユウマが念話に応じる。
『フェイディットさん、突然の念話なんて…どうかされたんですか?』
「突然の念話、本当にすみませんね。早速、用件に入りますが…実は、所長が〈魅惑の香〉のアイテム特性を利用した〈緑小鬼〉の間引き強行策を実行しようと動いている最中なんですよ」
『成程、現在〈オウウ地方〉全体に散開している〈緑小鬼〉の略奪部隊を強制的に師匠の元に誘導するつもりなんですね。
なんと言うべきなのか……師匠らしい強引な作戦ですね』
念話越しの声音から苦笑いを浮かべているユウマに、同じ様に苦笑いを浮かべているフェイディットは…そのまま話を続ける。
「そういう訳で…しばらくすれば、周辺に赤色の霧が発生する事になります。その際に──」
『“攻撃は一切行わずに、防御に徹する様に”…って事ですね。
分かりました。ユーミン達にも、きちんと事情を説明して実行させますね』
「ユウマ君が聡明で、本当に助かります。では引き続き、〈フォーブリッジの街〉防衛を宜しくお願いします」
『はい。フェイディットさん達も、〈大地人〉の避難誘導を頑張って下さい』
お互いに言葉を交わし、フェイディットはユウマとの念話を終了させた。
「さて……。所長がこれから打つ手が、果たして…吉と出るのか、凶と出るのか……」
──そう呟いたフェイディットの言葉は、風に紛れて誰の耳にも届かなかった……。
◇◇◇
──〈自由都市イワフネ〉の高高度の上空で、〈鷲獅子〉の背に騎乗しながら…瑞穂は自身が召喚した従者─愛らしい少女の見た目をした〈風精霊〉のシルフィーに、丁寧な説明を加えた指示を出していた。
「よく聞いて下さいね、シルフィー。
貴女には、この小瓶の中に入っている赤色の粉を貴女の操る風を使って〈オウウ地方〉全域に振り撒いて欲しいのです。
但し、〈闇の森〉と最奥部にある〈七つ滝城塞〉の辺りには絶対に撒かないで下さいね」
瑞穂の言葉に、〈風精霊〉のシルフィーが素直に頷く。
シルフィーが自分の言葉を理解して頷いたのを確認した瑞穂は…〈鷲獅子〉の背に置ける限界の量の〈魅惑の香〉の入った小瓶を複数取り出し、小瓶の蓋を全て開ける。
「では、早速頼みますよシルフィー」
瑞穂の言葉に再び素直に頷いたシルフィーは、風を使って全ての小瓶の中身─〈魅惑の香〉を自身の操る風で巻き上げると…巧みな風操作を行い、〈闇の森〉全域と最奥部にある〈七つ滝城塞〉の辺りを避ける様に〈オウウ地方〉全域へと〈魅惑の香〉を散布してみせる。
──シルフィーの操る風によって、一部の地域を除いた〈オウウ地方〉全域には〈魅惑の香〉による赤色の霧が突然発生する事となる。
それを見届けた瑞穂は、「フーッ」と軽く溜め息を漏らすと…下の戦況へと目を向ける。
「私の役割は、きちんと果たしました。所長、後の事は頼みましたよ」
そう呟く瑞穂の眼下には…今まさに、〈緑小鬼の占領隊長〉へとトドメとなる必殺技を叩き込む夜櫻の姿が映っていた。
◇◇◇
──時間を少し遡り……〈自由都市イワフネ〉の北門の戦場で、夜櫻は上空にいる瑞穂の様子を観察していた。
〈鷲獅子〉に騎乗した瑞穂の傍に召喚された〈風精霊〉は、巧みな風操作で大量の〈魅惑の香〉を風で作り上げられた球体の中に完全に閉じ込めてあった。
(……どうやら、瑞穂の方は準備が完了したみたいだね。
それなら…〈魅惑の香〉が散布される前に、〈鉄躯緑鬼〉を仕留めた上で、散布された瞬間で〈緑小鬼の占領隊長〉を仕留められる様に調整しないとね)
そこまで思考した夜櫻は…自分の傍までやって来て、待機しているスズカとアオバに目を向けてから声を掛ける。
「スズカちゃん、アオバ君。今からアタシは、〈緑小鬼の占領隊長〉に攻勢を仕掛けるつもりだよ。
二人は、赤色の霧が発生するまでの間に〈鉄躯緑鬼〉二体を素早く処理して欲しいの」
「分かりました」
「了解!」
「ありがとう、二人共。さあ…行くよ!!」
二人が〈鉄躯緑鬼〉を引き受けてくれた事を確認した夜櫻は、掛け声を掛けると同時に〈緑小鬼の占領隊長〉へ向けて一気に駆け出す。
スズカとアオバの二人も、夜櫻に遅れまいと〈鉄躯緑鬼〉に向けて同時に駆け出す。
移動の最中、スズカとアオバは素早く攻撃の打ち合わせを行う。
「スズカは、敵のHPを減らしてくれ」
「アオバは、敵にトドメを刺して」
〈鉄躯緑鬼〉に接敵すると同時に、スズカとアオバは移動中に軽く打ち合わせした通りに動く。
スズカは腰に差した〈神刀・大通連〉を鞘から抜刀し、真っ直ぐな正中の構えを取る。
『さあ、今こそ乱れ舞え〈大通連〉。鋭く美しき刃の雨よ。舞い踊り、敵を貫け!〈刃武の舞い〉!!』
スズカが〈大通連〉を横一閃に凪ぎ払うと、空中に無数の〈大通連〉の刀気が刃となって具現化し、二体の〈鉄躯緑鬼〉へと向けて飛来して連続命中する。
スズカの特技〈刃武の舞い〉によって〈鉄躯緑鬼〉のHPは八割方削られていく。
そこに、〈鉄躯緑鬼〉達の背後から現れたアオバがトドメを刺す為に特技を発動させる。
『ネノクニ、ヨミの国に在りし、死を司りし常世の神よ。その力を宿せし我が第五の尾よ…我が敵の命を常世の神の供物とする!〈絶命の五尾〉!!』
アオバは、逆手に持った二刀の小太刀の刃を〈鉄躯緑鬼〉の胸─心臓の辺りへと思いっきり叩き込む。
アオバの小太刀による攻撃を受けた〈鉄躯緑鬼〉は、口から大量に吐血すると…そのまま地面へと倒れ、虹色の泡となって消え去る。
──二人が、自分の注文に答えてくれたのを口伝〈明鏡止水〉で感じ取りながら…夜櫻は、〈緑小鬼の占領隊長〉と対峙する。
〈緑小鬼の占領隊長〉は、〈魔狂狼〉に引かせた戦車の機動力を活かして夜櫻に対して特製の連射式ボウガンの連射攻撃を行う。
だが夜櫻は、その攻撃がまるで見えているかの如く攻撃の射線を全て見切ってかわし、その上で〈緑小鬼の占領隊長〉の機動力となっている戦車を引く〈魔狂狼〉を一太刀で仕留めてしまう。
それを見た〈緑小鬼の占領隊長〉は、夜櫻が只者では無い事に気付かされる。
すると…突如、周囲が赤色の霧に覆われ…〈緑小鬼の占領隊長〉は思わず驚愕する。
夜櫻は、〈緑小鬼の占領隊長〉が見せたその一瞬の隙を逃さす…すかさず、〈武士〉の攻撃系の必殺技でもある特技〈一刀両断〉のたった一撃で〈緑小鬼の占領隊長〉を仕留めてしまう。
──その際、〈緑小鬼の占領隊長〉が断末魔の叫び声を上げ…その声が〈魅惑の香〉の効果で、赤色の霧に覆われた〈オウウ地方〉全域へと響き渡る。
それを聞いた〈緑小鬼〉達は、「ギギッ!!」という怒りのこもった鳴き声を上げながら一斉に夜櫻に向けて駆け出してくる。
〈緑小鬼〉達が取った唐突な行動に対して、戸惑っているスズカとアオバを夜櫻は叱咤する。
「スズカちゃん!アオバ君!ぼさっとしていないで!!
このまま、〈イワフネ〉戦闘していたら…街が戦闘に巻き込まれてしまうよ!」
「それは、かなりマズイ状況じゃないか!?」
「一体、どうすれば……」
困惑する二人に対しての夜櫻の返答は…言葉ではなく、行動で示された。
──すなわち、戦場の移動である。
夜櫻が〈自由都市イワフネ〉から離れて駆け出していく姿に…スズカとアオバの二人は一瞬戸惑ったが、『夜櫻には、夜櫻なりの何か深い考えがあるのだろう』という結論に至り、二人も夜櫻に追従する様に駆け出す。
三人から少し距離を置いて、〈自由都市イワフネ〉を襲撃に来ていた〈緑小鬼〉の略奪部隊の大軍が追い掛けてくる。
──三人は、そのまま〈緑小鬼〉の大軍を引き付けながら〈自由都市イワフネ〉を離れ…夜櫻が目指している戦場に相応しい場所に向けて移動していった……。
◇◇◇
──〈自由都市イワフネ〉の他の門を防衛していた〈大地人〉の騎士団や〈折剣傭兵団〉のメンバーは、突然周辺に発生した赤色の霧や唐突に響き渡った断末魔の叫び声に、それを聞いた後に激しく興奮した様子の〈緑小鬼〉達が一斉に大移動を始めた状況に…ひどく困惑していた。
「一体、何が起こったんだ……?」
〈折剣傭兵団〉の団長ディーノが思わず呟いたその一言は…そのまま、この場にいる全員の気持ちを代弁するものだった。
なおも続く〈緑小鬼〉達の大移動を〈大地人〉騎士団と〈折剣傭兵団〉のメンバーは呆然としたまま見送り続ける。
──その騒動が収束する頃には、〈自由都市イワフネ〉の周辺には一匹たりとも〈緑小鬼〉の姿を見掛けなくなっていたのであった……。
◇◇◇
──〈自由都市イワフネ〉の北門で、大量の〈緑小鬼〉との激戦を繰り広げていたタツヤ達、新人組は…〈緑小鬼の占領隊長〉が断末魔の叫び声を上げた後、それを聞いた〈緑小鬼〉達が突然興奮状態となり、街とは反対側へと駆け出していった夜櫻を追い掛けて一斉に大移動を始めている姿を見て、咄嗟にそれを追い掛ける為に動こうとする。
しかし、それを戦闘の監督役として残っていたシーク=エンスに止められてしまう。
「何故、追っては駄目なんですか!?」
「このままでは、夜櫻さんが〈緑小鬼〉に囲まれてしまいます!!」
「夜櫻さんが危ないんだよ!!」
「放っておけません!!」
「止めないで下さい!シークさん!!」
「俺達に、夜櫻さんの後を追わせてよ!!」
追跡を制止したシークに対して、新人達は各々に必死に訴えてくる。
だが、シークは軽く首を横に振って全く取り合ってくれない。
──そうこうしている内に、北門の周辺には夜櫻達と〈緑小鬼〉達の姿は一切見当たらなくなってしまった。
未だに心穏やかでは無いタツヤ達に、シークは言い聞かせる様にゆっくりと話し始める。
「夜櫻は、自分に出来ない事はまずしません。大軍の〈緑小鬼〉を充分相手に出来るという確信があるからこそ、先程の行動を取ったのです。
そして、夜櫻は一人で戦う訳ではありません。新しい仲間であるスズカさんとアオバさんの二人も共にいます。
今の私達に出来る事は、彼女から任された…いずれ、再び襲撃してくるであろう〈緑小鬼〉達から〈自由都市イワフネ〉を防衛し続ける事です。
……彼女の『君達なら、〈自由都市イワフネ〉防衛を必ずやり遂げてくれる筈だ』と信じて任せてくれた…その気持ちを裏切れますか?」
演技をやめてまで、真剣に語り掛けるシークのその言葉に…タツヤ達は少し考え込んだ後、お互いに頷き合った。
「……夜櫻さん、俺達の事を信じてくれてたんだ」
「だったら…僕達が今するべき事は、夜櫻さんの気持ちに応える事だよね」
「うん。そうだね」
「ワタシ達が、頑張って街を守らないと駄目だよね?」
「皆、一緒に頑張ろうよ」
「皆で協力して、街を守るよ!」
「「「「「「おーーー!!!」」」」」」
──新人六人が『街を守り抜く』と改めて一気団結している姿を…シークは、微笑みながら温かく見守っているのであった……。
◇◇◇
──〈フォーブリッジの街〉を〈緑小鬼〉の襲撃から防衛していたユウマ達は、何処からともなく聞こえてきた断末魔の叫び声と…それを聞いた後に〈緑小鬼の呪術師〉系や〈緑小鬼の巫術師〉を除いた他の〈緑小鬼〉達が興奮した様子で何処かへ一斉に大移動を始めた事に気が付いた。
「見て、兄さん。〈緑小鬼〉達が一斉に移動を始めたよ」
「けど、ユーミンさん。〈緑小鬼の呪術師〉系や〈緑小鬼の巫術師〉は一緒に移動はしないで、この場に留まっているよ」
大移動を始めた〈緑小鬼〉を指差しながら声を掛けてくるユーミンやこの場に残った個体の存在を伝えてくるビートに…ユウマが答える。
「……それはな、ユーミン。おそらく、師匠が講じていた作戦が動き出したんだ。
後、ビート。この場に残った個体は、〈魅惑の香〉のアイテム効果で発生する状態異常への抵抗に成功した者だ。
……皆、聞いてくれ。俺達がこれから、しなければならないのは…こうやって抵抗に成功した個体が〈フォーブリッジの街〉を襲撃するのを防ぐ事なんだ。
多くの〈緑小鬼〉達は、師匠が〈魅惑の香〉のアイテム効果を利用して継続して引き付けてくれる事になっている。
だから俺達は、俺達に出来る事を精一杯頑張ろう」
ユウマのその言葉に、ユーミン達が力強く頷く。
「そうだね、兄さん」
「夜櫻さん達に教わった事をこの防衛戦で大いに活かして頑張ろう!」
「僕達が〈フォーブリッジの街〉の防衛を一生懸命頑張れば、少しは〈大地人〉の避難誘導をしているフェイディットさん達の助けになるだろうし」
「皆、頑張ろうよ!」
「皆の怪我は、私がきちんと治すから…頑張ろうね」
ユーミン達の言葉を聞きながら、ユウマは皆の士気が高い事に気が付く。
(皆が凄くやる気になっている。
……この事も、師匠の想定内なんだろうか?)
──そう…思わず考え込んだユウマだったが、軽く首を振って考えを振り払ってから目の前の戦闘に集中する事にした。
◇◇◇
──〈自由都市イワフネ〉の北門から〈アラヤ大平原〉─現実世界での秋田自衛隊駐屯地から最寄りの新屋演習場の辺りに相当─へ向けて、全速力で駆けながら…夜櫻は、スズカとアオバへと声を掛けていた。
「しばらくは、この赤色の霧の効果で〈緑小鬼〉達はアタシを積極的に狙ってくる様になっている。
それによって、〈大地人〉の村や街が狙われる確率は格段に下がる事になるよ。
その代わり、アタシ達が〈緑小鬼〉と遭遇する確率が格段に上昇したけどね」
「……つまり、夜櫻殿は〈緑小鬼〉を自分に引き付ける事で、〈オウウ地方〉全体の〈大地人〉救援の為に行動されているフェイディット殿達への負担を出来るだけ減らそうとしている訳ですね」
「けど…こんな無茶な方法を思い付いた上に実行出来てしまうのは、夜櫻殿だけだよな」
口伝〈明鏡止水〉を駆使して巧みに障害物や通れない道を避け、最適解の進路を駆け抜けながらの夜櫻の説明に…スズカは感心し、アオバは苦笑いを浮かべる。
夜櫻は二人に軽く笑みを見せながら説明を続ける。
「これからは、連続した遭遇戦を強制的に繰り広げさせられる状態になる訳だからね…その為にも、〈緑小鬼〉の大軍を相手に戦いに向いた拓けた場所に移動しているんだよ。
ちなみに…今、足を止めたら〈緑小鬼〉に囲まれるから絶対に足止めたら駄目だからね。後、もし〈緑小鬼〉と遭遇しても、基本的には無視するか一撃で仕留める様にしてね。
……という訳で、これからの〈緑小鬼〉の大軍との激戦を一緒に頑張ろうね~」
「了解しました」
「分かったよ」
二人の了解を得た夜櫻は、その後は〈アラヤ大平原〉までの道中に突発的に発生する〈緑小鬼〉パーティーとの遭遇戦は…無視出来ない場合のみ、一撃で仕留める様にして時間を掛けない様に心掛けていた。
──〈アラヤ大平原〉へと場所を移し、夜櫻達の〈オウウ地方〉での〈緑小鬼〉との激戦が幕を開けようとしていた……。
〈魅惑の香〉
高レベルの〈調香師〉が製作可能な製作級のアイテム。別名:〈復讐の香〉。
使用すると、〈魅惑の香〉が散布された範囲内に香による淡い赤色の霧の様なものが発生する。
その状況下で一番高レベルのモンスターを倒すと、効果範囲内に断末魔の叫び声が響き渡り、同系統のモンスター(※そのモンスターの上位種や変異種を含む)の倒した人物に対する敵愾心が最大値までに急激に増大する。但し、アイテムが使用された際に効果範囲内にいるモンスターのみに限定される(※リポップしたモンスターは効果対象外になる)。また、効果時間は四時間(※ゲーム内時間で二日間)維持されるが…それは、効果対象になった〈冒険者〉が神殿送りにならない事が大前提とされている。対象の〈冒険者〉が神殿送りになると、アイテム効果は解除されてしまう。
最初は、MPKや横槍行為に利用される事が多かった為に削除が検討されていたが…危機的状況にあるパーティーを辻支援をする際に、『1から敵愾心を稼ぐより、このアイテムを使用した方が楽』という沢山のプレイヤーからの意見が挙がった事で、削除の件は無しになり…その代わり、“アイテム使用後に最初に高レベルモンスターを倒した者の敵愾心を最大値まで急上昇させる”、“HPがある一定以下…又はレベルがある一定以下のプレイヤーは対象外になる”、“アイテム効果の対象は、同パーティーメンバーのみとする”という三つの縛りを付ける事でアイテムとして継続させる事となった…という逸話がある。