#06
前回から引き続き、千原昌泰様の『二人と一頭の旅』から〈自由都市イワフネ〉の設定と〈折剣傭兵団〉の名前をお借りしています。
また、ブラブル様の『フォーブリッジの街へ』からユウマ君をお借りしています。
──早朝。
夜櫻達は、昨日の夜に受けた〈折剣傭兵団〉の団長ディーノからの要請で…〈自由都市イワフネ〉の防衛の為に、早朝の時間ではあるものの…〈折剣傭兵団〉の本拠地へとやって来ていた。
本拠地内では、周りが慌ただしく〈イワフネ〉防衛の準備等に駆け回っていて…その最中に夜櫻は、“とある人物”へと急ぎ念話を掛ける事にした。
しばらくの間の呼び出し音の後、澄んだ木琴の着信音の後に念話の相手─朝霧の声が聞こえてくる。
『……姉さん。こんな早朝に念話を入れる程の…一体、何が起こったんだ?』
朝霧の問い掛けに、躊躇いがちに夜櫻は答える。
「今、アタシは〈自由都市イワフネ〉の〈折剣傭兵団〉の本拠地にいるんだけど……〈オウウ地方〉は、今大変な状況だよ」
『……具体的にはどんな状況なんだ?』
問い掛けてくる朝霧に、夜櫻は堅い面持ちで話し始めた。
「あーちゃんの頼みで、〈オウウ地方〉にある〈オウウの町〉だけでなく、〈自由都市イワフネ〉、〈城塞都市モガミ〉、〈ラワロールの街〉とか…他にも、近隣の村や町を巡りながら戦闘訓練と情報収集してたんだけど……〈緑小鬼〉との遭遇率が異常に高くてね…アル君に頼んで〈闇の森〉へ斥候に行ってもらったの。
そうしたら……〈七つ滝城塞〉周辺に〈緑小鬼〉や〈緑小鬼の呪術師〉、〈鉄躯緑鬼〉がいるのを見たって……」
──それだけ聞けば、朝霧にもある程度の状況が掴めた。
『……『ゴブリン王の帰還』か!!』
『『ゴブリン王の帰還!?』』
「………やっぱりか…」
朝霧の呟きに対し、念話越しにランスロットと櫛八玉の二人が異口同音に驚愕の声を上げ…夜櫻は、何処か納得している様な言葉を口にした。
『おそらく…ここ三ヶ月近くの間、私達はこの世界の戦闘や生活に適応する為に大半のクエストを放置してきた。姉さんが今居る、〈オウウ地方〉周辺での〈緑小鬼〉関連のクエストもな。
……だとしたら、今回の〈緑小鬼〉の大量発生の原因は、『ゴブリン王の帰還』を放置してきた……私達、〈冒険者〉全員のせいだな』
「……あーちゃん……」
『……母さん……』
『……先輩……』
今、夜櫻達がいる〈自由都市イワフネ〉を含めた〈オウウ地方〉に危機を招いた原因が自分達がクエストを放置してきた為だと理解した朝霧の悲し気な呟きを聞いた夜櫻、ランスロット、櫛八玉はどう言葉を掛けたらいいのか……少し戸惑っていた。
しかし、朝霧はすぐに気持ちを切り替えると夜櫻に尋ねた。
『姉さんは、これからどうするつもりなんだ?』
「んー……。〈折剣〉の団長さんのディーノさんから「〈自由都市イワフネ〉を〈緑小鬼〉達から守る為に協力して欲しい」って頼まれたからね。
アタシは、このまま〈召喚術師〉のみーちゃんや〈施療神官〉のシークさんと共に、レベル50になったアミちゃん達と一緒に〈自由都市イワフネ〉の防衛に回るつもりだよ。
……後は、〈暗殺者〉のアル君に遠距離攻撃が出来る〈狙撃手〉のサブ職持ちのホーク、〈森呪遣い〉のポポちゃん、〈付与術師〉のフェイ君の一班と〈吟遊詩人〉のフーちゃん、〈盗剣士〉のとっしーとエル、〈召喚術師〉の北斗ちゃん、〈施療神官〉のアイシアの二班に分けて、オウウ地方近隣の村や町の住民を出来る限り助けようと思ってるよ」
夜櫻のその答えは、夜櫻自身の出来る限りの範囲で多くの〈大地人〉を救おうと思う彼女の想いを言い表したものだった。
──そして……彼女に名を挙げられ、頼りにされている瑞穂、アルセント、蒲公英、フルート、土方歳三の5人は、既に夜櫻の想いに応えるつもりなのだろう……夜櫻の背後では、忙しなく念話を掛ける彼ら(彼女ら)の声が聞こえている。
「アイザック団長、アルセントです。
今、〈オウウ地方〉近辺に〈緑小鬼〉が大量発生しています。
俺はこのまま〈緑小鬼〉達と戦闘を行いつつ、近隣の〈大地人〉の救助に向かいたいと……」
『おう。お前の好きにしろ』
「はい!ありがとうございます!!」
「アインス先生、土方です。俺は今現在、〈自由都市イワフネ〉にいます。
現在、〈オウウ地方〉近辺に〈緑小鬼〉が大量に発生しており…俺はこのまま所長の指示下に入り、〈オウウ地方〉近隣の村や町に住む〈大地人〉の救助に向かうつもりです」
『分かりました。では、土方君のそちらでの行動は、夜櫻さんの判断に委ねますね』
「……許可をくださり、ありがとうございます」
「ギルマス、瑞穂です。
私は今現在、〈自由都市イワフネ〉にいて…所長─夜櫻さんと共に〈イワフネ〉防衛に回るつもりです」
『……そうですか。そっちもですかぁ~…。なら、そっちに関する何か目新しい情報を掴み次第、急ぎ報告して下さいね』
「はい、はい。わかりました。何か新たな情報を掴み次第、報告致します。
所長。先程、ギルマスのカラシンさんに連絡を入れましたが…何か、向こう側が慌ただしい感じを見受けられました」
「ん?どういう事??」
瑞穂からの報告に対して夜櫻が疑問を抱いていると、その答えは〈領主会議〉に参加している〈円卓会議〉の使節団参加者へ念話をしているメンバーからもたらされた。
「総長、突然こんな朝早くにすみません。蒲公英です。
実は今、〈自由都市イワフネ〉にいるのですが…〈オウウ地方〉近辺に〈緑小鬼〉が大量に……」
『何っ!?そっちもか!?
こっちも、〈ザントリーフ半島〉に〈緑小鬼〉の大軍が押し寄せている最中だぞ!?
しかも、夏季合宿班のいる〈メイニオン海岸〉に〈水棲緑鬼〉が大量に襲来してきて、急遽戦闘状態に入っているっていう…かなり切迫した状況なのにか!!?』
「え!?〈ザントリーフ半島〉には〈緑小鬼〉の大軍が!!?更に、〈メイニオン海岸〉に〈水棲緑鬼〉が大量に襲来した!!?
……すみません。今すぐにでもアキバに戻りたいのはやまやまなのですが…こちらに住んでいる〈大地人〉の方々をこのまま見殺しには……」
『分かってる!そっちはそっちで、独自に対応してくれ!!』
「すみません!ありがとうございます!!
所長!〈ザントリーフ半島〉にも、〈緑小鬼〉が大軍で押し寄せている様です!!更に、夏季合宿班が大量の〈水棲緑鬼〉と戦闘に入ったと!!」
「所長〜。私の方も、高山さんに連絡を入れたら…同じ内容を聞きました〜」
「ポポちゃん、フーちゃん、それは本当なの!?」
「間違いありません。総長の声は、緊張している感じでしたから」
「高山さんは、とっても真面目な人だから…ふざけて冗談を言う様な事は絶対しないよ〜」
「……そう……」
──〈エターナルアイスの古宮廷〉にいるミチタカと高山三佐に連絡を取った蒲公英とフルートからの報告を聞いて、夜櫻はしばらく黙り込む。
「所長、こちらも疎かにできる状況では……」
「夜櫻。私達も、そろそろ動かないと……」
黙り込んだ夜櫻に、フェイディットとガブリエルが声を掛ける。
──しばらく考えた末、夜櫻は朝霧に声を掛けた。
「……あーちゃん。ザントリーフ半島の件、あーちゃん達に任せていい?」
『任せろ。こちらの方には、シロエやクラスティがいるんだ。
姉さんは、今目の前の事だけに集中してくれ』
「……あーちゃん、ありがとう」
そう言い終わると同時に、夜櫻は念話を切る。
フーッと軽く溜め息を漏らし、夜櫻は先程までに入った数々の情報を思考の中で整理し始める。
(まさか。〈緑小鬼〉の脅威が〈オウウ地方〉だけでなく…〈ザントリーフ半島〉にまで及んでいたなんてね。
まあ、そっちは朝霧達が全面的に受け持ってくれるらしいから、アタシが一々気を向ける必要は無さそうだね。
問題は…〈水棲緑鬼〉か襲撃している〈メイニオン海岸〉にいる夏季合宿組だけど…大半が新人の〈冒険者〉で構成されている状況で、果たしてあそこにいるベテラン組だけで乗り切れるのかなぁ……
でも、そっちはシロエ君達が上手く人や物資を采配してくれるかもしれないから、多分大丈夫だよね。
……という感じで、今のアタシ達は目の前の事…〈オウウ地方〉全体の〈大地人〉の避難誘導、村等を襲撃する〈緑小鬼〉の駆逐、〈自由都市イワフネ〉の防衛に専念すればいいか)
そう情報を精査し、頭の中で結論付けている夜櫻の姿を眺めながら…スズカは、様々な感情が嵐の様に渦巻いている自分の心の内に軽く戸惑っていた。
(……私、一体どうしたんだろう……。
今まで、こんな風に自分の感情を制御出来なかった事は無かったのに……)
心の中で激しく渦巻く感情の嵐に戸惑い…困惑していたスズカだったが、夜櫻が穏やかな微笑みをこちらに向けてくると…先程の感情の嵐が嘘の様に静まっていく事にも驚いた。
──スズカの…そんな複雑な心の動きに気付く事の無い夜櫻は、別の“ある人物”へと念話を掛ける。
しばらくの呼び出し音の後に、澄んだ木琴の着信音が鳴り…念話の相手─ユウマが口を開く。
『師匠、こんな朝早くから…何の用ですか?』
尋ねてくるユウマに、夜櫻は簡潔ながらも事情説明を行う。
「ユウマ君。実はね…この〈オウウ地方〉全体に〈緑小鬼〉の脅威が迫っている旨は、前に伝えたけど…〈緑小鬼〉の侵攻は、〈ザントリーフ半島〉にまで及んでいたみたいなの」
『えっ!?それは、本当ですか!?』
夜櫻から告げられた内容に、ユウマが驚いた声を上げている。
──聡明な彼とて、“〈緑小鬼〉との連続遭遇=『ゴブリン王の帰還』”という因果関係を推察する事は出来ていた。
だが、その影響が〈ザントリーフ半島〉にまで及んでいるという状況までは推察出来ていなかったのだろう…だからこその反応である。
ユウマの背後から、仲間のユーミン達の不安そうな声が念話越しに聞こえている。その事を理解しながらも、夜櫻はそのまま話を続ける。
「大丈夫だよ、ユウマ君。そっちの方は、〈円卓会議〉が夏季合宿班と連係して対処してくれるそうだから…そのまま任せておけばいいんだよ」
『……そうですか。師匠が“大丈夫”だと言うのなら、任せておけば大丈夫なんでしょうね。
じゃあ、師匠がわざわざ僕達に念話を掛けてきた肝心の用件は何ですか?』
夜櫻の説明から…〈ザントリーフ半島〉の方は大丈夫だと判断したユウマは、夜櫻へ肝心の用件を尋ねる。
「うん。実は…今日からアタシ達は、東北地方全体の〈大地人〉の避難誘導と〈緑小鬼〉の討伐を同時進行で行うつもりなんだよ。
……で、その際に若干の討ち漏らしが発生すると思うから…ユウマ君達には今いる〈フォーブリッジの街〉の防衛を務めて欲しいんだよ」
『成程。師匠は僕達に、『討ち漏らしの可能性がある』という忠告と『〈フォーブリッジの街〉の防衛』の要請の為の念話だった訳ですね。
分かりました。〈フォーブリッジの街〉は、僕達がきちんと守ります。
だから、師匠達は師匠達のするべき事に専念して下さい』
「ありがとう、ユウマ君。君達の武運を祈るよ」
『こちらこそ、師匠達の武運を祈ります』
そうお互いに声を掛け合い…夜櫻は、ユウマとの念話を終了した。
(……これで、〈フォーブリッジの街〉の方は大丈夫だね。ユウマ君は凄く賢いから、上手く立ち回って防衛をこなしてくれる筈。
……さて。アタシ達も、そろそろ動くか)
そう気持ちを切り替えた夜櫻は、フェイディット達に行動を開始する様に指示を出した。
◇◇◇
──〈自由都市イワフネ〉を囲う様に存在する城壁の上や門の前には…領主スナガ男爵に仕える騎士団や〈折剣傭兵団〉の様な傭兵達が、迫りくる〈緑小鬼〉の襲撃に備えて守りを固めている状況だ。
その中で、唯一の〈冒険者〉である夜櫻達は…〈闇の森〉がある方角である北側の門の前で待機していた。
門の前では…数時間前に〈イワフネ〉を発ったフェイディット達の事を心配して不安そうにしているアミ達を…夜櫻は、「彼らなら大丈夫だよ」と優しく声を掛けている。
それを傍目で眺めながら…スズカは、強烈な不安感を胸の奥に抱きつつも、それを周りには悟らせない様に細心の注意を払っていた。
スズカの傍で待機しているアオバも、内心は不安を抱いていたものの…同じ様に周りに気付かれない様に平素を装っていた。
「スズカ、緊張してる…?」
「うん、かなり緊張している。いつもは、一緒に居てくれるアリシャートさん達が居ないからかも……。
そう言えば…アリシャートさん達が全く居ない状況の戦闘は、今回が初めてかもしれない」
「そう言われると…確かにそうだね」
「スズカちゃん、アオバ君。君達も緊張してたんだ」
「「……も??」」
お互いに不安な気持ちを誤魔化す様に話していたスズカとアオバだったが…いつの間にか、すぐ傍までやって来ていた夜櫻から声を掛けられて、そこで一旦話を止める事となった。
「うん。アミちゃん達も、極度の緊張のせいで不安になっていたみたい」
「〈冒険者〉の方でも、そんな事があるんですね」
何気無く呟いたアオバの言葉に、夜櫻は苦笑いを浮かべる。
「当然だよ。アミちゃん達は今まで、アタシ達〈冒険者〉がいた元の世界で“普通の人”として平和な日常を過ごしていた訳だからね」
「でも夜櫻殿は、この様な戦場に慣れた御様子ですけど?」
スズカの疑問に、夜櫻は「アハハハハ」と軽く笑ってから答える。
「アタシは向こうの世界でも“武人”だし、直接的な命のやり取りをする訳じゃないけど…ある意味、“数々の戦場”を“潜り抜けて”きた訳だしね」
「そうなんですか」
夜櫻のその言葉の中に含まれている微妙な意味合いには全く気付かず…スズカは、言葉通りの意味に捉える。
「夜櫻殿は数々の場数をこなされているから、この様な戦場に慣れているのですね。
それに比べて……私は、まだまだ未熟者です。いつも傍で見守ってくれていた存在が居なくなっただけで、緊張して不安な気持ちになっているんですから。
……きっと、歴代の“スズカ”の名を継承した方々と比べてみても、私は一番劣っているんです。彼女達の様に、上手く戦う事すら出来ないんですから……」
自分を卑下する様な自虐的な言葉と自嘲を浮かべるスズカの両肩を夜櫻は、突然がっちりと掴むと…真剣な眼差しで諭す様に語り出す。
「確かに、“歴代のスズカ”は優れた人達だったかも知れないよ?
でも…だからといって、スズカちゃんが彼女達の様になる必要は無いんじゃないかな?
あくまで、彼女達は彼女達。スズカちゃんはスズカちゃん。
貴女なりのやり方で、“〈古来種〉スズカ”としてやっていけば良いんじゃない?
それに…“歴代のスズカ”達も、高名な〈古来種〉達も…最初から優れていた訳じゃないんだよ?
彼女ら(彼ら)は、たゆまぬ努力と日々の研鑽の積み重ねの末に名を残したり、有名になったりしているんだから。
だから…スズカちゃん。最初から自分の事を卑下したりしないで。
努力や研鑽を積み重ねる事を否定しないで。
決して諦めなければ、きっと『貴女は貴女なりの強さ』を手に入れられる筈だよ」
夜櫻の語ったその言葉に…諭されているスズカと傍で聞いていたアオバの二人は、大きく目を見開いて驚きの感情を顕にする。
「それは……つまり」
「夜櫻殿も……ですか?」
二人の言葉に、夜櫻は優しげな微笑みを浮かべながら頷く。
「誰だって、最初から“超人”だった訳じゃないよ?
アタシだって…最初は、刀の握り方や構え方…刀の振り方や足運び、重心の移動の仕方等…全くやり方なんて分からなくて、色んな事を師範に1から教わったんだよ。
それから、それらを一度身に付けた後…長い間、毎日の反復と日々の研鑽を積み重ねてきた結果が…今のアタシなんだよ。
そして、それは…貴女のよく知る〈古来種〉にも当てはまる事なんだよ」
そう語り終えた夜櫻の言葉を…スズカとアオバの二人は、ゆっくりと噛み締める。
──誰だって、最初から“超人”だった訳じゃない。
その言葉は…『〈古来種〉とは、そうあるべきだ』と強く思い込んでいた二人の考え方を改めてさせ、常識に囚われない柔軟な思考を可能とし、将来的には新たな力を得るきっかけとなるのだが……この時の夜櫻も、スズカ達も、その事を知るよしも無かった……。
◇◇◇
──しばらくして、遠くの辺りに〈緑小鬼〉らしき姿が複数見えてくる。
「瑞穂、〈緑小鬼〉の構成は分かる?」
夜櫻の問い掛けに…召喚した〈翼鷲馬〉に乗って、高高度から戦域哨戒を担当している瑞穂が念話を通じて敵の構成に関する報告を述べる。
『集団の構成は…通常種の〈緑小鬼〉が大半で、それ以外には…〈魔狂狼〉を従えた〈緑小鬼の調教師〉や〈緑小鬼の獣操師〉、それに〈緑小鬼の自爆師〉、〈緑小鬼の巫術師〉、〈緑小鬼の砲撃兵〉、〈緑小鬼の観測兵〉、〈緑小鬼の手斧兵〉と〈鉄躯緑鬼〉が、少数ですが混じっています。
かなり後方には、〈緑小鬼の占領隊長〉らしき姿が見えるので…この〈緑小鬼〉の大集団は、おそらく…略奪部隊だと思われます』
瑞穂からの報告を受け、夜櫻はしばしの間考え込む。
(……〈緑小鬼〉の略奪部隊か。
…と言う事は、『〈自由都市イワフネ〉を食糧庫にする目的で襲いに来た』って事だね。
しかし…流石に〈七つ滝城塞〉から近いだけあって、〈緑小鬼〉の兵科のバリエーションが富んでいるねぇ~。北門では、新人のアミちゃん達を中心に戦闘を行う予定だから…このままだと、アミちゃん達には厳しい戦闘になるかな)
そう素早く思考した夜櫻は、瑞穂に次の様に指示を行う。
「瑞穂、通常種以外の〈緑小鬼〉をアタシが仕留める。
詳しい位置関係の情報をアタシを中心にした時計位置で教えて」
『分かりました』
夜櫻からの指示に従い、瑞穂は〈翼鷲馬〉の滞空位置を細かく修正する。
滞空位置の修正が終わると、瑞穂は素早く通常種以外の〈緑小鬼〉達の位置を伝えてきた。
『一時の方角に〈緑小鬼の調教師〉が一匹、十一時の方角に〈緑小鬼の自爆師〉が一匹と〈緑小鬼の巫術師〉が一匹で横並びに、二時の方角に〈緑小鬼の観測兵〉が一匹に〈緑小鬼の砲撃兵〉が一匹で縦並びに、十時の方角に〈緑小鬼の獣操師〉が一匹、一時と二時の間の方角に〈緑小鬼の手斧兵〉が二匹と〈緑小鬼の自爆師〉が一匹で横並び、十一時と十時の間の方角に〈緑小鬼の手斧兵〉が二匹と〈緑小鬼の巫術師〉が一匹で縦並び、十二時の方角に〈緑小鬼の占領隊長〉が一匹と両脇に〈鉄躯緑鬼〉を一匹ずつ従えている…と言った感じです』
「了解!……それじゃあ、〈緑小鬼の占領隊長〉と〈鉄躯緑鬼〉以外を仕留めるとしますか」
瑞穂からの報告を聞いて、夜櫻は〈ダザネッグの魔法の鞄〉から長い和弓と鏃が特殊な形状の矢が複数入った矢筒を取り出し…矢をつがえると、口伝〈明鏡止水〉で細かく位置情報を修正しつつも一本ずつ正確に放っていく。
──最初に仕留められたのは回復役の役割を果たす〈緑小鬼の巫術師〉。
次は、機動力が厄介な〈緑小鬼の調教師〉と〈緑小鬼の獣操師〉。
その次は、長い射程と攻撃力が厄介な〈緑小鬼の砲撃兵〉に…〈砲撃兵〉と巧みな連係を取る〈緑小鬼の観測兵〉。
最後は、自爆が厄介な〈緑小鬼の自爆師〉と単純な物理攻撃力の高さと技巧に長けた〈緑小鬼の手斧兵〉。
一矢毎に細かく射線軸を修正しながら…正確無比に放たれた矢は、『ピューーーン!!』という甲高い音を鳴らしながら〈緑小鬼〉を一匹ずつ確実に仕留めていく。
──しばらくして…夜櫻が和弓を下ろす頃には、戦場には〈緑小鬼の占領隊長〉と〈鉄躯緑鬼〉を除いて、通常種の〈緑小鬼〉のみしかいない状況になっていた。
「……フーッ。ま、ざっとこんなものかな」
軽く息を吐くと…夜櫻は、持っていた和弓を〈魔法の鞄〉の中へと仕舞い始める。
その一連の射の動作を…ただ黙って眺めていたスズカは、夜櫻の傍まで近付いてくると…気になった事を尋ねてみる。
「夜櫻殿、先程の“音の鳴る矢”は何ですか?」
スズカの問い掛けに、夜櫻は矢筒から一本の矢を取り出してから実物を見せながらつつ説明を始める。
「これは、〈鳴鳥の鏑矢〉って言って…射撃武器として使える一方で、甲高い音を鳴らす事で敵の注意を此方に向けさせる挑発の役割も果たす特殊な矢だよ。あえて、これを使用したのは…〈緑小鬼〉を確実に此方に引き付けて、〈緑小鬼〉が拡散するのを防ぐ目的もあったからなんだよ」
「成程。敵を確実に仕留めてしまう為には、敵の逃亡を完全に防ぐ必要がありますからね。その為の矢だったのですね」
夜櫻の意図を理解したスズカは納得すると、意識を戦闘状態へと切り替えて迫って来ている〈緑小鬼〉へと向ける。
──しばらくして、北門での夜櫻達〈冒険者〉とスズカ達〈古来種〉の混成チームと〈緑小鬼〉の略奪部隊の戦闘の火蓋が切られたのだった……。
〈鳴鳥の鏑矢〉
高レベルの〈矢師〉が製作可能な製作級の鏑矢。
性能としては…矢を放つと、鳥の鳴き声の様な『ピューーーン』という甲高い音が広範囲に鳴り響き…その音を聞いた敵は、矢を放った人物に対しての敵愾心が急上昇すると同時に、興奮、逆上、激昂のいずれかの状態異常を引き起こす。
また、矢自体が高い攻撃力を有する為…和弓を装備した〈武士〉にとって、挑発を行うと同時に物理攻撃として使用可能な矢として重宝されている。