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鬼姫夜叉奇譚  作者: 櫻華
第一部 絶望の使者《典災》と希望の導き手《冒険者》【5月~9月頃】
4/12

#03


──翌朝。


まだ、日が上らないうちにスズカ達は〈闇の森ブラック・フォレスト〉を目指して移動を開始した。



今までの道中は、〈疾風の汗血馬〉と徒歩での移動を中心とした…比較的のんびりとした旅路だったのだが… 現在は、〈典災ジーニアス〉の目的が『〈緑小鬼ゴブリン〉を使って〈オウウ〉の地に厄災をもたらす事』だと判明し、それを阻止する為には“迅速に動く必要がある”と判断を下したヴァミリオンの判断で、〈駿足の神馬〉での強行軍を敢行する事となった。



服装も、正体を隠す為の旅装束から…〈イズモ騎士団〉としての本来の正装である戦装束へと着替え、スズカ、アオバ、クロガネは〈イズモ霊布の外套〉を…ヴァミリオンとエメルラは〈イズモ霊布のローブマント〉を戦装束の上に羽織り、〈駿足の神馬〉へと跨がると…そのまま〈闇の森ブラック・フォレスト〉へ向けて駆け出す。



〈オウウ地方〉までの旅路が三ヶ月近い時間を掛けて移動していたのに対し…〈闇の森ブラック・フォレスト〉を目指しての移動は、たった数日と…さして、時間の掛からない速度での移動となった。




◇◇◇




──〈闇の森ブラック・フォレスト〉。



闇の森ブラック・フォレスト〉へと到着したスズカ達は、臨戦態勢を維持したまま…〈典災ジーニアス〉がいるであろう場所に向けて周辺警戒を行いながら、ゆっくりと歩を進めていく。




しばらくして…森の拓けた場所で〈典災ジーニアス〉─ファルドルの姿を発見する事が出来た。



ファルドルの姿を視認したスズカ達は各々の得物を手にし、茂みから飛び出すと…ファルドルを囲む様に展開する。

ファルドルの方は、突然現れた存在─スズカ達に驚く様子も無く、余裕の笑みを浮かべている。


「あらあら。貴方達は随分と暇なのね。こんな辺鄙へんぴな所までやって来るなんて」

「我らが宿敵である〈典災ジーニアス〉を野放しにする事など出来る筈がない!!」


ファルドルの小馬鹿にした様な言葉に、クロガネが力強く言い切る。


「皆、油断はしないで下さい。相手は、〈イズモ騎士団〉の仲間の多くを殺めた存在です。決してあなどれる相手ではないとしっかりと気を引き締めて下さい」

「「「「応っ!!」」」」


ヴァミリオンが掛けた言葉に、スズカ達は力強い返事で応じる。






──〈闇の森ブラック・フォレスト〉の片隅で…〈典災ジーニアス〉vs.〈古来種(イズモ騎士団)〉の戦いの火蓋が切って落とされた。





◇◇◇





──戦闘が開始されてから、一時間近くの時間が経った。




典災ジーニアス〉と〈古来種〉達との戦闘は現在、一進一退の攻防を繰り広げている状況である。



攻撃の主体は、直接武器で攻撃を行う事が出来るスズカ、アオバ、クロガネの三人が務め、ヴァミリオンは精霊の力を借りた攻撃魔法によってスズカ達の攻撃支援を行い、エメルラは聖霊の力でスズカ達の傷を癒すか聖霊の持つ補助の能力で戦闘援助バックアップを行う様に努めた。




だが、〈典災ジーニアス〉─ファルドルの持つ厄介な特殊能力の為に、完全に攻めあぐねいている状態となっている。



ファルドルが『雷よ降り注げ』と言えば、落雷が発生し…『炎よ舞い踊れ』と言えば、炎が大地を撫でる様に拡がって周辺を焼き払い…『その刃は絶対に届かない』と言えば、スズカ達が繰り出す強烈な一撃を完全に防いでしまうからだ。


そんな一進一退を繰り返すスズカ達と〈典災ジーニアス〉の戦闘の様子を冷静に観察して状況分析を行っていたヴァミリオンは、〈典災ファルドル〉の持つ特殊能力が『言霊を操る能力』である事に気付く。


(どうやら…あの〈典災ジーニアス〉の特殊能力は、かつて〈イズモ騎士団〉にいた〈陰陽師〉であるセイメイ=アベノ殿やミツヨシ=カモノ殿、ヤスノリ=カモノ殿、タダユキ=カモノ殿の『カモノ三代』の様な『言霊を自在に操る能力』の様ですね。

……となると、今の私達にはこの厄介な能力を突破するすべがありません。それこそ、〈冒険者〉の力でも借りなければ……

でも、今の〈冒険者〉達を信用するのは躊躇われます)


そう思考していたヴァミリオンだったが…ファルドルによる“言霊”でスズカ達が弾き飛ばされる姿を目撃する事で瞬時に決断する。

エメルラが聖霊の力を借りて、スズカ達に癒しの魔法を施している最中…ヴァミリオンは、皆の元へと近付き…声を掛ける。


「敵は、“言霊を操る能力”を所持している様です」

「それは…とても厄介ですね」


スズカ達に治療を施しながら、エメルラがそう言葉を返す。

スズカ達も、先程までの〈典災ジーニアス〉との戦闘の中で薄々気付いていたのだろう…誰もが苦々しい表情を浮かべている。

そんな皆の様子を見ながらも、ヴァミリオンは声を小さくして話を続ける。


「今のままの状況では、我々が〈典災ジーニアス〉に勝利するのは非常に難しいでしょう……

そこで、スズカとアオバの二人には今すぐこの戦域から離脱してもらい、〈冒険者〉に助力を願いに行ってもらいたいのです」


ヴァミリオンのその言葉に、スズカとアオバは驚愕で目を見開く。


「ちょ、ちょっと待って下さい!今の状況でも、俺とスズカとクロガネさんの三人での同時攻撃を行う事で、なんとか膠着状態に持ち込んでいる状況なんです!

俺とスズカの二人が抜けたら…ヴァミリオンさん達だけじゃ、アイツの攻撃を防ぎ続ける事は不可能だよ!!」

「そうです!私達も、ヴァミリオンさん達と共に戦い続けます!!」


スズカとアオバの各々の主張に対し…ヴァミリオンは、ゆっくりと首を横に振る。


「スズカ、アオバ……君達は、まだ若い。未来溢れる君達を、このまま無駄に命を散らさせて死なす訳にはいかないんです。

アリシャートさんが、若い君達を生かす為に、自らの命を懸けたその意味…よく考えて下さい」


ヴァミリオンのその言葉に、スズカとアオバは無言のままに顔を伏せる。

二人のその様子を見ながらも、ヴァミリオンはクロガネとエメルラにも声を掛ける。


「クロガネ、エメルラ……貴方達には、私と一緒に貧乏クジを引いてもらいます。

二人が戦域を離脱する為の時間稼ぎに協力して下さい」


ヴァミリオンの言葉に、二人はニコリと笑みを浮かべる。


「ヴァミリオン殿の言う通り。若者であるスズカとアオバの両名を生かし、未来を守るのは先輩である我々の役目」

「わたしは、その判断に従いますわ。スズカ、アオバ。わたし達の思い…無駄にはしないで下さいね」


そう言って、エメルラはスズカとアオバの手を軽く握る。


「エメルラさん…クロガネさん…」

「……分かりました。でも、ヴァミリオンさん達を見殺しにする訳ではありません。必ず〈冒険者〉を連れて戻って来ます。だから…三人も、必ず生き残って下さい!!」


アオバとスズカの言葉に、三人は優しげな笑みを浮かべる。

その三人の笑顔に…〈妖精の門フェアリー・ゲート〉の中へと消え、消息不明となったアリシャートの姿が一瞬重なるが…スズカは、その嫌な胸騒ぎを頭を振る事で振り払う。


「……では、作戦開始!!」


ヴァミリオンのその言葉を合図に、スズカとアオバの二人は戦域を離脱する方向ルートへと駆け出し始める。


「あら?二人は逃げるの?……わたくしが、そのまま逃がすと思いまして?」


それに気付いたファルドルが、二人に向けて攻撃を加えようとする。

だが、そうはさせまいとヴァミリオンとエメルラの二人が精霊と聖霊による攻撃魔法をファルドルに向けて連続で放ち続ける。


「……鬱陶しいですわ」


それを邪魔だと感じたファルドルは、ヴァミリオンとエメルラに向けて攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃をクロガネがその身を持って完全に防いでみせる。


三人のその様子から…ファルドルは、『三人が、スズカとアオバを逃がす為に決死の覚悟で挑んできている事』に気が付く。

その事に気が付いたファルドルは、逃げる二人…特にスズカに向けて“言霊”を飛ばす。


『貴女は、無力。貴女は、無価値。貴女は、無意味。

虚無から生まれた貴女には、誰も救えない。

偽りの存在である貴女には、誰も守れない。

貴女は誰も守れず、誰も救えず、大切な存在を失い続けるのよ』

「黙れ!〈典災ジーニアス〉!!

スズカは弱くない!彼女は強い子だ!!

いつか、お前達〈典災ジーニアス〉を討ち倒す程に強くなる!

我は、それを信じている!だから我らは…この命を懸けて守ると決めたんだ!!」


ファルドルに向けて、クロガネは猛攻を加える。しかし、それはファルドルの操る“言霊”によって完全に防がれてしまう。




──だが…クロガネにとっては、この結果でも別段よかった。




二人が逃げる為の充分な時間を稼げるのなら…全く攻撃が効かなくても別に問題は無いのだ。




二人の姿が完全に見えなくなり…無事に戦域を離脱出来た事を確認した三人は、ファルドルへ三人同時に攻勢を仕掛ける。


その三人の行動に対して…『いい加減、鬱陶しい』と思っていたファルドルは、言霊を使って一掃する事にする。


「貴方達。いい加減、鬱陶しいですわ!!

『その身を無数の刃に貫かれなさい!!』」


ファルドルの言霊が働き、空中に出現した無数の刃がヴァミリオン達を目掛けて飛んでくる。

三人は、それをなんとか防ごうと試みたが…力及ばず、ファルドルの“言霊通り”にその身を無数の刃に貫かれる。

三人の身体は、ゆっくりとその場に倒れ込み…ファルドルは、最早三人に対しての興味を無くしたのか…スキップする様にその場をゆっくりと離れていく。


「ウフフ。〈共感子エンパシオム〉の採集をしないとね」


そう呟きながら、ファルドルは〈闇の森ブラック・フォレスト〉の闇の中へと消えていく。

それを倒れ伏したままの状態で見送ったヴァミリオン達は、お互いに弱々しい声音で声を掛け合う。


「エメルラ…クロガネ…動けそう…ですか…?」

「無理…ですわ…。わたし…には、もう…自分…にも…リオン…達にも…癒しの…魔法を…施す…程の余力は…ありません…の…」

「我…も、同じ…だ。もう…〈典災ジーニアス〉を…追い掛ける…余力も…スズカ達と…合流する…余力も…残っていない…」


二人のその言葉に、ヴァミリオンは弱々しい苦笑いを浮かべる。


「私も…です…。二人を…巻き込んで…すみません…ね…。

でも…これで…良かった…んですよね…?アリシャート…殿」


そう呟き…二人からの返答が全く無い事に気付いたヴァミリオンは、ゆっくりと二人へ目を向ける。




──エメルラとクロガネの二人は…瞼を閉じ、穏やかな笑みを浮かべたままで息を引き取っていた。




そんな二人の表情を見たヴァミリオンは、ゆっくりと寝返りをする様に身体の向きを仰向けにする。

闇の森ブラック・フォレスト”の名の通り、森の上空は、闇に完全に閉ざされていたが…徐々に光を失いつつあるヴァミリオンの瞳は、見える筈の無い青空を見ていた。


(もう…私達…には…スズカ達を…助けて…あげる…事は…出来ないの…ですね…。

もし…この世に…しんに…神が…存在して…いるのなら…どうか、スズカ達を…お守り…下さい…。

そして…私達…〈古来種〉の危機を…幾度も救った…と言われている…〈桜の騎士ナイト・ブロッサム〉…。どうか…スズカ達も…助けて…くだ……さい……)





──まるで祈る様に、ヴァミリオンが心の中でそう呟いている彼の脳裏には…かつて、危機的状況に陥った自分達の前に颯爽と現れて、強敵を相手に決して怯まず、頼もしい仲間達と共に敵を討ち果たした彼女の…青空の様な澄んだ蒼色の瞳と、風になびく鮮やかな桜色の髪をし、純白の鎧に緋色の炎柄が描かれた装備を身に付け、桜の花をあしらった簪を差した力強い〈冒険者〉の後ろ姿が走馬灯として浮かんでいる。

その幻に向かって手を弱々しく伸ばし、その手がポサリ…と地面に力無く投げ出されると同時に、彼もまた…エメルラとクロガネと同じ様に穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに息を引き取っていた……。




◇◇◇




──長い間、ただひたすらに走り続けていたスズカとアオバは…〈闇の森ブラック・フォレスト〉を抜け、普通の森の中へと辿り着いた事にも、しばらくの間気付く事が無く…川辺へと辿り着いた辺りで、ようやく足を止めた。




近くにあった岩にゆっくりと腰掛け…腰に提げた革製の水筒を口に持っていき、カラカラに乾いた喉を潤していたアオバは…スズカが突然〈神刀・顕明連〉を鞘から抜いてから、まるで捧げる様に両手で刀身を持って森の中へと降り注いでいる日の光にかざしている姿を黙って眺めている。

しばらくの間、無言で〈顕明連〉をかざしていたスズカだったが…突然その場に膝をつき、その両手に持っていた〈顕明連〉をそのまま落としてしまう。


「……スズカ!?」


スズカの一連の行動を見守っていたアオバは…スズカが、力無くその場に膝をついたその姿に思わず焦った声を上げる。


「スズカ、どうした…?」


傍へと駆け寄って、再度声を掛けるのだが…スズカのただならぬ様子に、アオバは内心嫌な胸騒ぎを覚える。

アオバの呼び掛けに、僅かばかりだが反応を示したスズカは…ゆっくりとアオバに視線を向けて、弱々しく口を開く。


「ヴァミリオンさん達が、亡くなった……」

「……っ!!?」




──アオバも…三人が〈典災ジーニアス〉の猛攻を受けながら、あの場から上手く逃げられる可能性は限りなくゼロに近い事位は理解していた。



だが…スズカの口から告げられた言葉は、三人が命を落とした事を暗に示していた。


「そんな……ヴァミリオンさん、クロガネさん、エメルラさん……」


アオバは、思わずその場に泣き崩れそうになる。


だが…『逃がしてくれた三人の思いに応える為には、自分達の正体を知られる危険リスクを冒してでも〈アキバの街〉に居る〈冒険者〉達に助力を願いに行かなければならない。』


……そういう強い思いと使命感から、涙を必死にこらえ…袖で強引に涙を拭ったアオバは、スズカに再び声を掛ける。


「スズカ。逃がしてくれた三人の遺志に応える為にも…俺達は、〈典災ジーニアス〉を倒す為に〈冒険者〉に助力を乞いに行かないと駄目なんだ」


そうアオバは声を掛けたのだが…スズカは全く反応を示さない。

スズカのその様子に、アオバは強烈な不安感を抱く。


「スズカ…?スズカ!スズカ!!スズカ!!!」


スズカの両肩を掴んで軽く身体を揺さぶるが、スズカは全く反応をしない。その事にアオバは、徐々に焦燥感に駆られていく。




◇◇◇




今のスズカには、アオバの声は全く届いていなかった。





──貴女は、無力。貴女は、無価値。貴女は、無意味。



「……ああ……」


ああ、本当だ。私は〈古来種〉として、無力で、無価値で、無意味な存在だ……



──虚無から生まれた貴女には、誰も救えない。

偽りの存在である貴女には、誰も守れない。



「……あああ……」


私達に、深い愛情を注いでくれたアリシャートさんを守れなかった……

私達の成長を楽しみにして、色々な事を教えてくれていた仲間達を全く助けられなかった……

無謀な戦いに向かった私達を見捨てず…共に戦ってくれたヴァミリオンさん、エメルラさん、クロガネさんを無駄に死なせてしまった……



──貴女は誰も守れず、誰も救えず、大切な存在を失い続けるのよ。



「……ああああ……」


私は……アリシャートさんも、〈イズモ騎士団〉の仲間達も、ヴァミリオンさんも、クロガネさんも、エメルラさんも…誰も守れなかった!誰も救えなかった!!私が弱すぎるから…大切な人達を死なせてしまうんだ!!!






「……ああぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!」

「スズカ!!」


必死に呼び掛けるアオバの呼び掛けに、スズカは全く反応せず…悲痛な絶叫を上げ続ける。

アオバには、このままでは最悪の場合…スズカの心がズタズタになって、完全に壊れてしまうであろう事が薄々とだが分かっていた。

だが…幾らアオバが必死に呼び掛けても、幾ら何度も身体を揺すっても…スズカは全く反応してくれない。


(スズカには悪いけど…顔をひっぱたいてでも、正気に戻ってもらわないと…)


そう考えたアオバは、右手を軽く振り上げようとする。

しかし、その行動は周囲の茂みから突如発生したガサガサという音によって中断される。

アオバは注意深く警戒しながら、腰の真後ろに差した小太刀─〈神刀・弧月〉の柄へと手を掛ける。


しばらくして…茂みから現れたのは、二十体程の〈緑小鬼ゴブリン〉の集団だった。


「……っ!?」


現れた〈緑小鬼ゴブリン〉の集団に、アオバは思わず焦る。

通常の状況なら、たかが〈緑小鬼ゴブリン〉に自分達が苦戦する事は無い。

だが…今の危うい精神状態のスズカに、〈緑小鬼ゴブリン〉の集団を相手に出来る筈がない。


(……なら、今度は俺が命を懸けてスズカを守る!!)


そう決死の決意を固めたアオバは、〈神刀・弧月〉を抜き…右手で小太刀を逆手に持って構える。


「ギギギ!!」


緑小鬼ゴブリン〉達が、一斉にアオバ達に向けて攻撃を仕掛けてくる。

アオバはスズカを背後に庇い、すぐに切り掛かれる様に身構える。




──だが…〈緑小鬼ゴブリン〉達の攻撃が、アオバ達に当たる事は無かった。何故なら……




「〈旋風斬り・大〉!!」


風の様にアオバ達の前へと颯爽と現れた謎の人物は…腰に差した〈神刀・迦具土かぐつち〉を鞘から抜刀すると同時に発動した〈旋風斬り・大〉で〈緑小鬼ゴブリン〉達を一掃する。


突如現れた人物のその姿を見て…アオバはただ茫然と眺めながら思わず息を飲んでいた。




──昔、聞いた事がある。




セルデシア(この世界)を揺るがす大きな危機に、幾度と無く現れて世界を救った偉大な〈冒険者〉の話の数々を……




ある時は、数多くの〈冒険者〉と〈古来種〉の精鋭達が挑んで敗れた、大地を揺るがす程に狂暴なドラゴンへと先陣を切って挑みかかってれを討伐し…また、戦場にいた多くの傷付いた者達へ大規模戦な癒しを施して救済してくれた話を……


ある時は、全ての妖精達と精霊達が謎の眠りに落ち…〈妖精王〉、〈妖精女王〉、〈精霊王〉の三名からの切なる願いを聞き入れ、その原因となった強大な魔物を退治し、〈妖精王〉達三名から〈妖精・精霊の盟友とも〉と呼ばれたという話を……


ある時は、〈赤枝の騎士団〉を襲った前代未聞の危機に挑んで、その危機を見事に退けた話を……


ある時は、エリアス達…高名な〈古来種〉と共に肩を並べて数多あまたの戦場を駆けた話を……


ある時は、大地を蹂躙するおぞましき怨霊の大軍勢を数多くの仲間を引き連れて、そのことごとくを討ち果たした話を……


ある時は、進行する大規模な〈亜人間〉の軍勢を仲間達と共に軽やかに駆け、その全てを撃退した話を……




多くの〈古来種〉達から数々の逸話を聞かされ…いつか自分が、しんに〈古来種〉として覚醒した暁には、共に戦ってみたいと思った人物であり……


数多あまたの戦場を駆け、数多くの〈古来種〉達の危機を救い、幾度と無く〈セルデシア〉の危機を退けた偉大な人物であり……


多くの〈古来種〉達から、畏敬の念を込めて密かに呼ばれる“特別な呼び名”を与えられた唯一の〈冒険者(英雄)〉……






──〈桜の騎士ナイト・ブロッサム〉。




そんな偉大な人物が自分達の危機に駆け付け、今目の前に堂々と立っている姿に…アオバは、ただ茫然と立ち尽くしたままの状態で、その姿を見つめている事しか出来ずにいた。


肝心の人物─夜櫻は、〈神刀・迦具土〉を一度真っ直ぐに切り下ろしてから鞘へと納刀のうとうすると…ゆっくりと、アオバ達の傍へと近付いてくる。


「君達、怪我は無いかな?」

「えっ?あ、は、はい!!」


突然、夜櫻に声を掛けられて、アオバは慌てて返事をする。


「そう。君達が無事で良かったよ」


ニコリと優しく微笑み掛けてくる夜櫻の雰囲気に…今まで張り詰めていた緊張の糸が切れたアオバは、心の奥底から込み上げてくる激しい悲しみの感情をこらえる事が出来ずに、大粒の涙が目から溢れてくる。

それを見た夜櫻は、アオバを優しく抱き締めて泣きじゃくる子供をあやす様に優しく背中を何度も叩いてあげる。


「色々と辛かったんだね。でも、もう大丈夫だからね」


そう言って、アオバが泣き止むまで優しく抱き締め…頭をよしよしと優しく撫でていた。




◇◇◇




──アオバの気持ちが落ち着いた頃合いを見計らい、夜櫻はアオバに事情を尋ねる。



「君、こんな危ない場所で…一体、何をしていたの?」

「それは……」


夜櫻の問い掛けに、どう返答したらいいのか迷っているアオバだったが…先程から、スズカが全く一言も発しない事に不安な気持ちを抱いている。

アオバのその様子に、ただならぬものを感じた夜櫻は…アオバの目線の先にいる少女─スズカの元へとゆっくりと近付いていく。

座り込んだままの姿勢で虚ろな表情をしているスズカの前にやって来ると、夜櫻は片膝をついて彼女に目線を合わせる。そして、彼女に優しく語り掛ける。


「こんにちは、スズカちゃん。

貴女は、アタシを知らないだろうけど…アタシは、貴女の事をよく知っているよ 。アタシは、夜櫻。貴女達が〈冒険者〉と呼ぶ存在だよ」


そう言って、優しい微笑みを浮かべてスズカに手を差し伸べる。

虚ろな表情だったスズカの瞳に、徐々に光が戻ってくる。

スズカの瞳に光が戻った事に気付いたアオバは、嬉しさのあまりスズカを背後から抱き締めながら再び大粒の涙を溢していた。


(アリシャートさんの言った通りだ…。〈桜の騎士ナイト・ブロッサム〉は、〈古来種(俺達)〉を救う存在だって)


スズカを抱き締めたまま泣き続けるアオバと…正気に戻り、アオバの唐突な行動に戸惑った表情を浮かべるスズカを優しく見守りながらも、夜櫻が声を掛ける。


「感情をあらわにする事を悪い事だとは言わないけど…この辺りには、まだ〈緑小鬼ゴブリン〉が彷徨うろついているから、本当に安全な場所まで移動した方が良いと思うよ?」


そう言って夜櫻から促され、アオバはスズカを離してから袖で涙を乱暴に拭っていて、スズカは恐る恐る夜櫻の手を取ってから、ゆっくりと立ち上がる。

二人がいつでも歩き出せる体勢になったのを確認した夜櫻は、ニッコリと満面の笑みを浮かべながら…こう声を掛ける。


「さぁ、行こう!」


そう声を掛けながら振り返る夜櫻の姿を眩しげに見ていたスズカとアオバは…そこで有り得ない幻を見る。





──振り返る夜櫻の背後に…美しい黎明の空が広がる遥かな地平線の幻が見える。




そして、夜櫻の先程の言葉に…こんな一言が加えられた言葉が幻聴として二人の耳に聞こえた。



──『さぁ、行こう!新たな夜明けの…その先へ!!』






◇◇◇






──〈言霊の典災〉ファルドルの“呪いの言霊”よって…スズカは深き絶望の深淵へと誘われ、〈夢のない眠り〉へと落ちるところだった。


そして、アオバはスズカを失う事で同じ深き絶望の深淵へと落ちるところだった。





危うい状況にあった二人の心を深き絶望の深淵の縁から救い上げ、新たに進むべき道を示したのは…晴れ渡る空の様な深き蒼色の瞳と鮮やかな桜色の長い髪を持つエルフの女〈武士サムライ〉─夜櫻であった……。

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