#01
──五月のあの日……〈セルデシア〉は一変した。
五月のその日に、〈第三の森羅転変〉が発動した。
〈冒険者〉達は、この世界に強制的に転移させられ…嘆き悲しむ者、絶望する者、当たり散らす者、自暴自棄になる者、茫然自失する者、自らの欲望に忠実になる、弱者として虐げられる者、仲間内で集まり出す者と……〈大災害〉当初は混迷を極めた。
〈大地人〉達は、変貌した〈冒険者〉達によって、もたらされる様々な厄災に見舞われ…ある者は城塞に籠り、ある者は〈冒険者〉を利用し、ある者は〈冒険者〉と手を取り合い、ある者は〈冒険者〉によって苦しめられ、ある者は…〈冒険者〉によって自らとその家族の命を奪われた。
──そして、〈古来種〉は……〈全界十三騎士団〉は、〈典災〉からの襲撃を受けて、事実上壊滅した。
◇◇◇
──〈イズモ騎士団〉本拠地、〈イズモの街〉。
あれほど激しく燃え上がっていた炎は…現在は鎮火し、周囲には焼け残った建物や燃え尽きた柱等から上がる白い煙が所々で見られる程の痛々しい状況だった。
そんな悲惨な状況の中…〈イズモ騎士団〉の本部といえる〈イズモ大社〉の拓けた場所では、癒しの力を持つ〈古来種〉達が重傷者に懸命な治療を行っている姿が見られる。
忙しなく動く〈古来種〉達を尻目に、〈狐尾族〉の青年─アオバは…リーダーを務めるNo.1が亡くなり、次に務められる筈のNo.2が行方不明となった事で…実質、リーダーとなったNo.3の〈古来種〉へと“ある事”を尋ねる為に近付いていく。
近付いてから間近で見たNo.3の〈古来種〉─ツナ=ワタナベは…憔悴しきった酷い顔をしている。
──当然だろう。
自分達のリーダーは、突如襲来してきた異形の怪物─〈典災〉によって無惨に殺され…No.2だったアリシャートは、自分を守る為に一体の〈典災〉と共に〈妖精の門〉の中へと消えていったのだから……。
だが、アオバとしては…あの謎の怪物達─〈古来種〉達は、〈典災〉と呼んでいた─の正体を知る必要があった。
「ツナさん、聞きたい事があります」
「……何ですか」
アオバの声に対して、ツナが反応を示す。
「俺達を突然襲ってきた…あの怪物達は、一体何なんですか…?
俺とスズカは、“作戦に参加しないから”と言われて何も聞かされていなかった……。
けど、少しでもあの怪物達の事を知っていれば、後手に回らずに何らかの素早い対処が出来たと思うんです。
そして…また、襲撃されないとも限らない。だから、敵の事を少しでも知る必要があるんです!!」
アオバのその言葉に…ツナはしばらくの間、重く口を閉ざしていたが…アオバ達に何も伝えていなかった事で、彼らの命を危うくした事実に考えが至り…話す事にする。
「私も、詳しい事を知っている訳では無いが……預言者ミルティマーラ様の〈未来の記憶〉で、『この世界に究極の破滅迫る』という御告げがあり、私達〈全界十三騎士団〉は、これを阻止する為の極秘作戦を展開する…筈だったんだ。
あの怪物共は〈典災〉。異形の権能を操る〈終末の大要塞〉に封じられていた悪しき存在だ。
私達は、〈虚空転移装置〉と呼ばれる魔方陣を使って〈終末の大要塞〉へと乗り込み、〈典災〉達を奇襲し、殲滅…もしくは、再封印する事になっていた。
だが…作戦を実行する前に、私達の方が逆に奇襲される事になってしまった……。
もしかしたら…先鋒を務める筈だった〈赤枝の騎士団〉も、他の〈全界十三騎士団〉も…〈典災〉の襲撃を受けて、全滅──」
「ツナさん!まだ、確かめもしない内に最悪の結果を想像するのは、よくありません!!
それに…他の〈全界十三騎士団〉の状況は、スズカが確かめにいっています。その結果が出るまでは、悲観しないで下さい!!」
被せる様に発言したアオバのその言葉に、ツナは弱々しい笑みを浮かべて返答する事しか出来なかった。
◇◇◇
──〈イズモ大社〉、祭殿の間。
静まり返った〈イズモ大社〉内を…スズカは、一切迷う事なく『祭殿の間』へと辿り着いていた。
目的は、此処に納められている“とある魔法アイテム”であった。
その目的の魔法アイテム─〈原初の秘磧〉と呼ばれる…人の頭位の大きさの丸い球体状の魔法石は、祭殿の間の部屋の中央…天井も、床も、壁一面にさえも、辺り一面に描かれている魔法陣の中央にある台座に置かれていた。
〈原初の秘磧〉へと近付いたスズカは、その魔法石に手を当て…一つの文言を口にする。
『遠く古き太古より…我ら〈古来種〉と共にあり、原初の叡智を秘めし秘蹟よ…
十三に分かたれし、その秘蹟と共鳴せよ。
今こそ、我が呼び掛けに応じよ…我らが同胞達よ!!』
スズカの詠唱した文言に〈原初の秘磧〉が反応して、仄かに輝き出す。
だが、本来ならばその〈原初の秘磧〉の表面に通信役の〈古来種〉の誰かの顔が映る筈なのだが…今は、誰の姿も映る様子が全く無い。
その事に、少し気落ちしながらも…〈原初の秘磧〉の持つもう一つの力を発動させてみる事にする。
『遠く古き太古より…我ら〈古来種〉と共にあり、原初の叡智を秘めし秘蹟よ…
十三に分かたれし、その秘蹟と共鳴せよ。
十三の秘蹟を繋げ…我を遠き地へ導け!!』
その文言にも〈原初の秘磧〉は正常に反応し、〈全界十三騎士団〉の各々の本拠地に安置されている〈原初の秘磧〉との間を繋ぐ道を開く。
スズカは少し躊躇するが…意を決して、〈古来種〉の会合本部でもある〈翡翠珠迷宮〉へと転移する。
──転移した先の〈翡翠珠迷宮〉は…所々がボロボロに破壊されていた。
「……ッ!?」
転移先の〈翡翠珠迷宮〉の悲惨な状況に、スズカは思わず短い悲鳴を上げそうになる。
自分達の本拠地である〈イズモの街〉が怪物達に襲撃された時点で、他の〈全界十三騎士団〉の本拠地も同時に襲撃を受けたのでは無いのか?…という憶測は一応立てていた。
だが、実際にこの目で確かめてみて…その憶測が確証に変わってしまった事に、スズカは僅かばかり悲痛な思いを抱く。
「……まだ、一ヶ所目。他の場所は、まだ確認していない。まだ、絶望するのは早い筈」
そう自分を言い聞かせながら、スズカは次の場所へと転移する。
──スズカが確かめる為に転移して回った…残りの〈全界十三騎士団〉の本拠地は、何処も例外無く破壊されていた上に…生き残りらしき〈古来種〉の姿は何処にも無かった……。
◇◇◇
──再び〈イズモ大社〉へと戻ってきた時には…スズカは、失意の念を抱いていた。
「無事な所は、何処も無かった……。
無事な〈古来種〉は、何処にも居なかった……」
気落ちしているスズカは、ゆっくりと腰に提げた〈神刀・顕明連〉へと目を向ける。
そして、その太刀の持つ特殊能力を思い出す。
「……そうだ。もしかしたら、本拠地に居なかっただけかもしれない!」
そう思い…スズカは〈神刀・顕明連〉を鞘から抜いて、日の光へと刀身をかざす。
「そうだ!折角なら、まず最初はアリシャートさんの消息を確認してみよう!!」
そう考え…気持ちが若干持ち直したスズカは、まずはアリシャートの行方を捜す事にする。
アリシャートの姿を、頭の中に思い浮かべながら〈顕明連〉へと力を送る。
しかし、〈顕明連〉の刀身には僅かな反応はあるものの…アリシャートの所在が映る事は無かった。
「えっ!?」
今までに無い〈顕明連〉の反応に、スズカは戸惑いを見せる。
それでもスズカは…気を取り直して、他に見知っている〈古来種〉の所在を探る。
〈妖精族の勇者〉エリアス=ハックブレード
〈火炎の申し子〉牙狼炎
〈神聖竜騎士〉セフィード=ラグーン
〈雷帝〉テスタント=ボルテッグ
〈神射の弓姫〉アルテミス 等々……
セフィード=ラグーンの所在こそ、『生きていて、彼の故郷の〈竜の都〉に居る事』が判明するのだが…エリアスを始めとする、他の〈古来種〉達に対しての〈顕明連〉の反応は全て、アリシャートの時と同じ反応を見せた。
「まさか!?そんな……」
〈顕明連〉のその反応に、スズカは嫌な胸騒ぎを覚える。
試しに、〈典災〉が発した呪言によって倒れてしまった〈イズモ騎士団〉の仲間達の所在を映し出そうとしてみる。
──その結果は…先程のエリアス達の所在に対しての反応と全く同じものだった。
「……そんな……」
この結果を受けて…失意のどん底へと叩き落とされたスズカは、その場に膝をつき…手に持っていた〈顕明連〉を思わず落としてしまう。
──この結果を、生き残った皆にどう伝えればいいのだろうか……。
『他の地を守護する〈全界十三騎士団〉は…全ての〈古来種〉達は、〈古来種〉最強と謳われたエリアス=ハックブレードでさえも、〈典災〉の切り札である呪言の前に、なす術無く倒れたという事実と……。
事実上、〈全界十三騎士団〉は壊滅した』のだという事……。
──それは、二年前に不完全ながらも〈古来種〉として覚醒したスズカにとっても、あまりにも残酷な現実だった……。
◇◇◇
──失意の思いを抱きながらも…知り得た事実を残された〈古来種〉達へと伝える為に、スズカは重い足取りで〈イズモ大社〉の本社前の広場へとやって来る。
〈華姫〉サクヤ=コノハナを始めとする…癒しの力を持っていた〈古来種〉達のおかげで、傷を負っていた者達は全て完治していた。
「スズカ、結果はどうだった?」
近付いてきたアオバの言葉に、スズカは無言でゆっくりと首を横に振る事でしか答えられなかった。
「……そうでしたか」
スズカの纏う雰囲気と態度から、他の〈古来種〉達の末路を瞬時に理解したアオバも、ツナも、他の〈古来種〉達も…悲しみと失意のどん底へと突き落とされる。
「……“〈古来種〉最強”と謳われていたエリアス=ハックブレード殿も例外無く、〈典災〉に敗北した様です」
ようやく口に出せたスズカの言葉は…生き残った〈古来種〉達の心に、深い絶望と深い悲しみを強く刻み込む事となった。
生き残りが僅か十数人となってしまった〈イズモ騎士団〉の…急遽リーダーを務める事になったツナが、啜り泣いている仲間達へと声を掛ける。
「……皆。誰もが絶望し、深い悲しみに暮れる気持ちは分かりますが…まずは私の話を聞いて下さい。
今後の〈イズモ騎士団〉としての動向について、皆と話し合いたいと思っています。この時点で、異論のある者はいますか?」
ツナのその言葉に、誰もが涙を拭い…話を聞く姿勢を見せる。
皆の見せたその姿に、完全に絶望し、心が折れてしまった者は誰もいない事にツナは内心安堵した。
「まず、呪言によって倒れてしまった仲間達についてです。……サクヤ、報告して貰えますか?」
「はい」
そう言って、ツナの左横へとやって来た…淡い桜色の足元までの長さの髪に、透き通る様な瑠璃色の瞳をした墨染めの巫女服の少女─サクヤ=コノハナが口を開く。
「まず、〈典災〉の呪言─ワタシは、〈死の言葉〉と呼びます─によって倒れてしまった仲間達は…完全には死んではいません。
ただ…彼らは、目覚める事の無い─〈夢のない眠り〉へと落ちてしまいました。そして…現段階で、彼らを目覚めさせる方法は…ありません」
辛そうに…苦しそうに事実を告げたサクヤは、悲痛の表情を浮かべ…顔を伏せた。
「……聞いての通りです。〈夢のない眠り〉へと落ちた仲間達を目覚めさせる方法が無い現状…〈イズモ騎士団〉として活動出来るのは、“今この場にいる私達だけ”…という事になります。
そこで…まずは、体勢を立て直し…今後はヤマトの大地の守護に──」
「待って下さい!アリシャートさんと共に〈妖精の門〉に消えた〈典災〉が、遠き〈オウウ〉の地にいます!この存在を放置すれば…その地の〈大地人〉達に、何らかの災いが降りかかる事になります!!」
ツナの言葉に被せる様に、スズカが懸命に発言する。
──エリアス達の所在を確認した後、スズカは〈典災〉の一体…〈言霊の典災〉ファルドルの所在も確認していたのである。
その結果、スズカはファルドルが〈オウウ地方〉へと飛ばされていた事を知り…また、アリシャートがファルドルに敗北した事も同時に知って失意のどん底へと突き落とされていた訳である。
スズカのその言葉に…ツナの出した答えは、非情なものだった。
「アリシャート殿の仇を討ちたい気持ちは分かりますが…今の私達では、〈典災〉には勝てません。
今は、しっかりと力を蓄え…失った仲間達の穴を埋める為の新たな〈古来種〉の種を捜すべきです。
〈典災〉に挑むのは、それからです」
「そんな!?〈オウウ地方〉の〈大地人〉達が…どうなってもいいのですか!?」
「無謀な戦いに挑んで、残された仲間達を失うよりはいいです」
ツナの下した非情な判断に、スズカは強い憤りを覚える。
仲間達へと指示を出し始めたツナへと背中を向けると…スズカは、〈イズモの街〉の出口に向かって歩き出す。
横を通り過ぎる度に、仲間達から「無謀だからやめろ」「未熟なお前では返り討ちだ」「無駄に命を散らす事は無い」等の言葉を掛けられるが…スズカは歩みを止める事は一切無い。
スズカの迷い無いその後ろ姿を見たアオバは、軽く溜め息を漏らしながらもその後を追い掛けていく。
二人の若者の無謀な行動を止めても無駄と判断した殆どの〈古来種〉達は、ツナの指示に従う様に行動を始める。
その中で、ただ三人だけが…お互いに頷き合うと、他の仲間達に気付かれない様にそっとその場を離れ…スズカ達の後を追い掛ける様に駆け出していった。
◇◇◇
──〈イズモの街〉の唯一の出口と言える大門を出たスズカは、急ぎ足で後ろから追い掛けてくる足音に気が付く。
振り返ると…そこには、肩で荒く息をする…幼馴染みで相棒のアオバの姿があった。
「アオバ!どうして、此処に!?」
驚くスズカに、ニコリと笑みを見せてアオバが答える。
「スズカ、水臭いぜ!俺は、〈古来種〉スズカの相棒なんだ。
……だったら、スズカが向かう所なら何処にだって付いて行くって!」
「アオバ……」
アオバの言葉に、スズカの目からは思わず涙が溢れる。
「泣くなよぉ~。俺、スズカに泣かれるのは苦手なんだからな……」
「フフフ、ごめんなさい。アオバの言葉が凄く嬉しくて…つい」
慌てふためくアオバの様子に、スズカは思わず笑みを浮かべながら涙を拭う。
気を取り直して、スズカとアオバの二人はお互いに力強く頷き合うと…二人揃って〈オウウ地方〉へと旅立とうとする。
そんな二人の背中へと、三人分の声が掛けられる。
「おや?たった二人だけで、〈典災〉に挑むつもりですか?」
「戦力は、多いに越した事は無い」
「貴女達、水臭いですわよ?」
後ろから掛けられた三人分の声に、スズカとアオバは慌て振り返る。
そこには…〈精霊魔術師〉でハーフ・アルヴのヴァミリオン、〈刃剣使い〉で狼牙族のクロガネ、〈聖霊司祭〉で法儀族のエメルラの姿があった。
「ヴァミリオンさん!クロガネさん!!エメルラさん!!!」
「どうして……」
驚きを隠せないスズカ達に、三人は笑みを浮かべながら答える。
「皆の命を預かる立場として、非情の決断を下すしか無かったツナ殿の苦悩も充分理解してやって欲しい。
彼も、我々と同じ“古来種”だ。〈大地人〉の生命が脅かされる状況を心から容認出来る筈が無い。彼がその判断を下した時に、きっと心の中で涙を流しながら血反吐を吐いていた筈だ」
そう言って、リーダーのツナを擁護する発言をしたのはクロガネだった。
「だからこそ、私達が君達を追い掛けるのを止めなかった訳ですしね。それがきっと、彼なりの…君達に対するせめてもの餞別代わりだったんじゃないのかな?」
そう言って、ツナの密かな思いを伝えたのはヴァミリオンだった。
「後、わたし達が貴女達を追い掛けたのは『自らの命と引き替えにしてでも、わたし達を助けてくれたアリシャートさんへの恩返しをしたかった』…って自らの強い気持ちがあったのも確かなのよ?
だから…一緒に旅に同行させて貰えるかしら?」
そう言って、自分達の気持ちを伝えた上で同行の許可を求めたのはエメルラだった。
「ヴァミリオンさん、クロガネさん、エメルラさん……本当に、ありがとうございます」
「……へへへっ。三人の気持ちが、凄く嬉しいな!」
スズカはうっすらと涙を浮かべ、アオバは照れ臭そうに笑いながら…三人の同行を認めた。
◇◇◇
この時のスズカとアオバは、三人の同行を嬉しく思い…『この三人の力を借りれるならば、きっと〈典災〉を討てる筈』と楽観視していた。
──彼女達は、知らない。
〈イズモ騎士団〉のNo.2であり、妖精王と精霊王に愛されていた〈精霊姫〉と呼ばれたアリシャートを倒したという〈典災〉の危険性を……
そして…〈オウウ〉の地でスズカとアオバを待ち受ける過酷な運命と、ヴァミリオン達三人が辿る事となる悲しい結末を……