#09
今回、千原昌泰様の『二人と一頭の旅』から〈折剣傭兵団〉とディーノさんをお借りしています。
──『ザントリーフ戦役』の裏側で、密かに行われていた夜櫻達少数の〈冒険者〉有志達による『オウウ防衛戦線』は…〈円卓会議〉が大量発布した『はぐれ〈緑小鬼〉の討伐』や『〈オウウ地方〉村落の巡回』のクエストを受注した沢山の駆け出しや中堅の〈冒険者〉達が到着し、彼らが大いに活躍する事で無事終息する事となった。
◇◇◇
夜櫻が一番危惧していた『〈大地人〉の地方貴族による〈冒険者〉の政治的利用』は…〈円卓会議〉と〈自由都市同盟イースタル〉との間で締結された『〈冒険者〉に対する不可侵条約』によって、防止される事となった。
──あれから数日が経ち…幾分か落ち着きを取り戻した〈自由都市イワフネ〉の街中には、クエストで〈オウウ地方〉へと訪れた〈冒険者〉達から伝えられた『味のある食事の作り方』によって様々な場所て売り出される様になった『味のある食事』の美味しそうな匂いや活気に満ちた賑やかな雰囲気に溢れていた。
また、〈オウウ地方〉を訪れた〈冒険者〉の中には〈自由都市イワフネ〉等の〈大地人〉の街で自身の店を開く者も現れた。
そんな風に活気に溢れ、和やかな時間の流れる〈自由都市イワフネ〉の一角…〈折剣傭兵団〉の本拠地では、〈折剣傭兵団〉の団長ディーノの計らいで催された宴へ〈イワフネ〉へと無事に帰還を果たした夜櫻達が招かれていた。
宴の席に用意された料理や酒・ジュース等は、おそらく…街中に売り出されていた物や今現在、厨房で作られている物だろう…どれも美味しそうで、周りで腰掛けている〈折剣傭兵団〉のメンバーの何人かがゴクリと喉を鳴らしている。
全員に飲み物が行き届いたのを確認したディーノが、乾杯の前の挨拶をする。
「皆、長い間の〈自由都市イワフネ〉の防衛並びに〈緑小鬼〉との戦闘…御苦労だったな。
特に、〈イワフネ〉の防衛だけでなく…〈オウウ地方〉全体の〈大地人〉の為に動いてくれた二十人の勇敢な〈冒険者〉のおかげで、〈イワフネ〉を含めた多くの街や村が〈緑小鬼〉の略奪部隊による蹂躙を受けずに済んだ。
そこで、彼女等の奮闘への称賛と深い感謝を込めたこの宴を開く事にした。
皆、コップを手に取れ。乾杯をするぞ。後、余り羽目を外し過ぎるなよ。
……再び訪れた平穏と、その平穏をもたらしてくれた勇敢な〈冒険者〉達の健闘を讃えて…乾杯!!」
「「「「「乾杯!!!」」」」」
ディーノの乾杯の音頭を皮切りに、周りでガラスのコップが鳴らすカチン!という複数の音の後、各々に飲み物を飲んだり料理を食べたりといった賑やかな雰囲気で宴が始まった。
──宴が始まると、夜櫻達の周りには代わる代わる〈折剣傭兵団〉のメンバーがやって来て声を掛けてくる。
その殆どが防衛に奮闘した夜櫻達への感謝の言葉であったが、その他は…〈緑小鬼〉との激戦についての話や、どうやったらそこまで強くなれるのか、〈アキバの街〉や〈冒険者〉に纏わる話題等…〈折剣傭兵団〉のメンバーがちょっとした好奇心から尋ねている時もあった。
夜櫻も、〈アキバの街〉や〈冒険者〉については面白おかしく話したり、〈緑小鬼〉との激戦の事や、かつての自分達が冒険した時の話を壮大な冒険譚風に話していたりと…場を賑やかに楽しませていた。
そんな夜櫻達と〈折剣傭兵団〉のメンバー達による賑やかに談笑する様子を…スズカとアオバは、少し離れた所から眺めていた。
「漏れ聞こえてくる話を聞く限り、夜櫻殿が〈古来種〉達から〈桜の騎士〉と呼ばれている訳が分かる気がするな」
「それに、〈アラヤ大平原〉での〈緑小鬼〉の大軍との激戦をくぐり抜ける程の状況判断能力や先見の明、無謀とも言える作戦を実行出来る実力…それらが一つでも欠けていたら、きっと他の〈冒険者〉達が駆け付けてくる前に村や街は略奪部隊によって蹂躙し尽くされて〈オウウ地方〉に生きる多くの〈大地人〉を守れなかったと思う」
「そう考えると、夜櫻殿が〈オウウ地方〉防衛の一番の功労者なんだよなぁ~」
「でも…あの人は『富や名声を得る事よりも、〈大地人〉の人達の生命を守れた事が一番大切なんだよ』って、当たり前の様に仰るんでしょうね」
「そう言う事をさらっと言えてしまうところが夜櫻殿らしいな」
「うん。あの方らしいね」
そこまで言葉を口にすると、二人はお互いに顔を見合わせてからクスクスと笑みを浮かべる。
──楽しげな笑みを浮かべる二人の腕には、〈偽装の腕輪〉が鈍い輝きを放ちながらはまっていた……。
◇◇◇
──二日後。
──〈自由都市イワフネ〉の南門近くには、イワフネからアキバへと帰還する為に旅立とうとする夜櫻達と…それを見送る〈折剣傭兵団〉の一同が集まっていた。
見送りに来てくれた〈折剣傭兵団〉の面々へと夜櫻が声を掛ける。
「イワフネに居る間、色々と御世話になったよ。本当にありがとね」
夜櫻のその言葉に、団長のディーノが言葉を返す。
「それは、こっちの科白だ。あんたらのおかげで、イワフネにも周辺の村や街でも〈緑小鬼〉による〈大地人〉の犠牲者を出さずに済んだ」
「……手の及ばなかった村や旅人が犠牲になりましたが」
ディーノの言葉に対し、力及ばすに死なせてしまった〈大地人〉達の事を思わず考えて気落ちするフェイディットへと夜櫻が声を掛ける。
「フェイ君!アタシ達だって万能じゃない。誰だって完璧な人間はいないんだよ!
どうしたって、手が届かずに犠牲者が出てしまう事もあるよ。犠牲者を完全に0にするって事は本当に難しいんだよ。
だからこそ、犠牲者を最小限に抑えられる様にアタシ達は自分達に出来る最大限で一生懸命動いた…違う?」
「……そう言う事だ。オレらだって、〈マウントリムの隧道〉で力及ばずに先代の団長が亡くなっている。
……だがな。オレらは先代の犠牲を無駄にするつもりは無い。その事を教訓にして、今後も活動していくつもりだ」
夜櫻とディーノの二人から掛けられた言葉に、フェイディットはしばし考え込み…そして、言葉を口にする。
「……そうですね。後悔をするだけで終わらせずに、次へと活かさなければなりませんね」
「そう言う事~」
「その通りだぜ」
フェイディットが気持ちに折り合いをつけているのを夜櫻とディーノの二人がニヤリと笑みを浮かべて声を掛けている。
──それを遠くから眺めながら…スズカとアオバは、先程の三人の会話に出てきた言葉を噛み締めていた。
「誰だって完璧な人はいない…か」
「後悔をするだけで終わらせずに、次へと活かす…も、忘れたら駄目ですね」
そう呟く二人の表情は、何処か懐かしそうな…そして、何処か悲しそうな顔をしていた。
夜櫻達のやり取りを見ている内に、〈古来種〉の…〈イズモ騎士団〉の仲間達とのかつてのやり取りを思い出して、懐かしくも悲しい気持ちになったのだ。
「……アリシャートさんも、よく言っていたよな」
「……うん。『自分達〈古来種〉は確かに卓越した存在だけれど、決して完璧な存在では無いのよ』や『私達にも、出来ない事はあるの。全ての人を救う事はとてもとても難しい事なの』ってよく言っていた。
それに、『救えなかった生命の事は決して忘れずに。その生命の重みを背負って、別の誰かの生命を守り抜きなさい』とも言っていたよね」
「俺達は……〈典災〉によって死んでいった〈古来種〉の分の生命を背負っているんだよな」
「……うん。亡くなった皆の分も生きて、〈典災〉の魔の手からヤマトの大地を守り抜かないといけないよね?」
「……そうだな」
そう呟くと、二人は自らに誓う様にゆっくりと目を閉じる。
──それは、まるで何かに祈りを捧げる聖者の様な尊い姿だった……。
◇◇◇
「それじゃあ、アキバに向けて…しゅっぱーつ!!」
夜櫻の掛け声と共に、十頭の〈鷲獅子〉が一斉に大空へと飛び立つ為に助走し始める。
ある程度スピードが出てくると、〈鷲獅子〉の身体がゆっくりと浮き上がり始める。
「じゃあな。スーノと杏奈に宜しく伝えてくれ!」
そう声を掛けてくるディーノに、土方歳三が笑みを浮かべながら頷く。
緩やかに上昇していく〈鷲獅子〉の背に騎乗したスズカは、徐々に小さく…遠ざかっていく〈自由都市イワフネ〉と手を振り続けている〈折剣傭兵団〉の皆の姿が見えなくなるまで見つめ続けている。
──イワフネの街も、〈折剣傭兵団〉の皆の姿も完全に見えなくなると…スズカは顔を前へと向き直し、これから向かう事になるアキバの事やいずれ決着をつけなければならない〈言霊の典災〉ファルドルの事を考え…思わず険しい表情を浮かべずにはいられなかった……。
──〈ザントリーフ半島〉を一望出来る崖の上に、二つの怪しい影が佇んでいた。
その内の片方…赤いドレス姿の少女─〈言霊の典災〉ファルドルが口を開く。
「……残念ですわ。折角、〈緑小鬼〉と〈水棲緑鬼〉を操って効率良く〈共感子〉を採取しようと思いましたのに」
ファルドルは溜め息を漏らして心底残念そうな仕草をしているが…本心では、全くそう思ってはいない。
ファルドルのその様子を見ていた…もう片方の影─死神の様な姿をした〈混乱の典災〉タグリヌスが口を挟む。
「ソウイッテイルガ…ホントウハ、ソウ オモッテハ イナイダロガ」
「あら?気が付きました?」
タグリヌスの言葉に、ファルドルが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「ココロ ニモ ナイ ワザトラシイ エンギハ ヤメロ。
オマエハ エンパシオム ノ サイシュヲ アソビハンブンデ オコナッテイナイカ?」
「そんな事ありませんわ。
〈共感子〉の採取は、我々に課せられた使命。それを遊び半分で行ったり致しませんわ」
先程までの子供っぽい態度から…冷酷な顔をしながらファルドルは淡々と告げる。
「ワレラノ シメイヲ ワスレテイナイナラ、モンダイハ ナイ」
「……当然です。〈共感子〉の採取を行う事が我々の存在意義。
それを忘れる事など…有り得ませんわ」
「ソレナラバ イイ。デワ、ワレモ エンパシオム ノ サイシュ ヘト ムカウト シヨウ」
淡々と告げるファルドルの様子に、タグリヌスは満足したのか…崖の上からゆっくりと立ち去っていく。
それを見送った後、ファルドルは酷薄な顔をしながら呟く。
「勿論、きちんと理解していますわ。
そして、私は気付きましたの。
〈冒険者〉という存在が、一番多くの〈共感子〉を保有している事に。
……〈冒険者〉こそ、我々が望む多くの〈共感子〉を得られる良き獲物。狙うべき存在ですわ」
獰猛な猛獣を思わせる冷酷な笑みを浮かべ、そう呟き終えると…ファルドルもまた、ゆっくりと崖の上から立ち去って行った。
──不吉な予兆を感じさせる言葉を残して……。




