#00
──ごうごうと…〈イズモの街〉を紅々とした炎が燃え盛り、激しい業火が拡がる事によって徐々に街全体が炎に包まれて飲み込まれていこうとしている……
〈イズモの街〉にある…本来は、祭事を執り行う際に使われる拓けた場所では…数体の異形の怪物〈典災〉と〈古来種〉─〈イズモ騎士団〉が死闘を繰り広げていた。
「我らが宿敵、〈典災〉を討ち倒せ!!」
〈古来種〉の誰かが、そう大声で叫んでいる。
その言葉に応える様に、他の〈古来種〉が奮戦する。
〈古来種〉達のそんな様子を見て、一体の〈典災〉─深紅のドレスを身に纏った少女の姿をした“モノ”が愉快そうに笑いながら告げる。
「……愚かな者達。貴方達の存在は偽り。
貴方達の歴史も、貴方達の記憶も、貴方達の思いも……全ては、作られた“偽りのもの”でしかないわ。
偽物の歴史を、偽物の記憶を、偽物の思いを…その身を守る〈共感子〉を我々に全て差し出し、全てのタイムラインを停止させなさい。
貴方達は、所詮傀儡。人格ソフトウェアに過ぎないのだから」
少女が発した言葉は、〈死の言葉〉となり…それを間近で聞いた大勢の〈古来種〉達が次々と倒れていく。
〈死の言葉〉に倒れた…その誰もが、底知れぬ深淵を覗き込んだかの様な恐怖に凍り付いた表情に顔を歪ませ、生きている筈なのに…何故か呼吸が止まり、心肺機能が停止していた。
それを見て、少女の姿をした“モノ”は満足そうな笑みを浮かべ…今度は、〈死の言葉〉である呪言を耐え抜いた〈古来種〉達に向けて牙を剥く。
まるで、歌うかの様に死をもたらす〈言霊〉を紡ぎ…
まるで、小さな虫を潰すかの様に一人の〈古来種〉の頭を握り潰し…
まるで、遊んでいるかの様に〈古来種〉達を次々と殺めていく……。
──そんな…悪夢の様な光景を見た少女─スズカは、ボロボロに傷付き…地面に倒れ伏していた自らの身体を起こそうと、震える両腕に必死に力を込める。
〈古来種〉達が、恐ろしい怪物達に襲われ…次々と倒れている。それを助けなければ!…と自らを奮い立たせ、満身創痍の身体に鞭打って、少しでも多くの〈典災〉を討ち、少しでも多くの〈古来種〉を助ける為に動こうとする。
すぐ傍では、同じ様に満身創痍の身体を無理矢理起こして立ち上がろうとしているアオバの姿が見える。
だが…必死に立ち上がろうとする二人の前へと、一人の女性〈古来種〉が風の様に軽やかにやって来て、二人を庇うかの様に力強く立っていた。
その力強い後ろ姿に、スズカは励まされながらも…一瞬驚いた。
◇◇◇
──女性〈古来種〉─アリシャート=トリシルティス=エーデルハーツは…『このままでは〈典災〉によって、〈イズモ騎士団〉は遅からず全滅してしまう』という強い危機感を抱いていた。
(それを阻止する為には、“この力”を使うしかない!
……一歩間違えれば、ヤマトやセルデシア全土へと恐ろしい厄災の火種を振り撒く事にも繋がるけれど…今、私が取れる最善の策は…“これ”しかない!!)
そう心の中で決断したアリシャートは、厳かに力ある“言霊”を紡ぎ始める。
『世界に満ちる元素を司りし妖精達よ、精霊達よ…
世界全てを渡り歩く為の…その異界の道を、我が呼び掛けに応えて開きたまえ…』
「この状況で〈妖精の門〉!?
アリシャートさんは、一体何を考えて…!?」
アオバがアリシャートの意図を測りかねて、思わず声を上げる。
「きっと、生き残っている〈古来種〉を此処から逃がす為よ!」
スズカは、アリシャートの意図を『〈古来種〉を助ける為』だと解釈する。
しかし…次にアリシャートが口にする文言を聞いた瞬間、スズカは驚愕する事となった。
『我が盟友を救う為に、我が戦友を救う為に、我が同胞を救う為に、我が同族を救う為に…
そして、我が守るべき者達を救う為に…苦境を打破し、厄災を退け、その命脈を絶たせぬ為に、我が敵を遠き異界へと退けたまえ!!
今こそ開け!〈妖精の門〉!!』
アリシャートの力強い宣言の終了と同時に、〈典災〉達の背後に虹色の輝きを帯びた巨大な光の輪が複数出現する。
その光の輪の中から次々と現れた光の鎖が〈典災〉達を拘束し、光の輪の中へと引きずり込んでいき…役目を終えた〈妖精の門〉から順番に、次々と光の輪が消えていく。
ただ、一体…〈言霊の典災〉ファルドルだけが抵抗し続けていた為、〈妖精の門〉には引き込まれていなかった。
「無駄!無意味!無価値ですわ!
私には、“言霊”の縛り等、意味がありませんわ!こんなもの、すぐに振り払えますわ!」
そう言ってファルドルが力を込めると、光の鎖に僅かにヒビが入り始める。
その様子に、生き残っている〈古来種〉達が青ざめている中…アリシャートは焦る様子も無く、静かに…ただ真っ直ぐに、ファルドルへと目を向けている。
アリシャートのその様子に…嫌な胸騒ぎを覚えたスズカは、素早く自分とアオバに回復特技〈桃華の癒し〉をかけて、身体を動かせる状態まで回復させる。
「アリシャートさん」
スズカが声を掛けると、アリシャートはゆっくりと振り向いた。
──その顔には、とても穏やかで…そして、死期を迎えたかの様な儚げさで…今にも消えてしまいそうな危うい感じを孕んだ微笑みを浮かべていた。
「アリシャートさん!?」
スズカは、思わず叫ぶ様にアリシャートの名前を呼ぶ。
だが、アリシャートはその声に答える事は無く…突如、ファルドルに向けて駆け出していく。
「アリシャートさん!!」
アリシャートのその行動に、スズカは慌ててその後を追う。
アリシャートの意図を察していたスズカは、必死にアリシャートへと手を伸ばし、引き留めようともがく。
──だが、スズカの必死に伸ばした手は…あと僅かなところで、アリシャートには届かなかった。
スズカの手が、アリシャートの服に触れそうになる前にアリシャートはそのまま跳躍し、ファルドルへと体当たりを食らわす。
アリシャートが体当たりした事で、ファルドルの抵抗が弱まり…その身が光の輪へと引き込まれて始める。
「アリシャートさん!!」
もう一度、スズカはアリシャートの名前を呼ぶ。
今度は、アリシャートはスズカの呼び掛けに答え…微笑みを浮かべたまま、口をゆっくりと動かす。
──スズカ。〈古来種〉の事、ヤマトの大地の事、このセルデシアの命運を……頼んだわ。
確かに、そうアリシャートの口は言葉を紡いだのだが…スズカ達には、その声は聞こえなかった……。
微笑みを浮かべたまま、アリシャートは〈典災〉ファルドルと共に〈妖精の門〉の中へと消えてゆく。
一人と一体を飲み込んだ〈妖精の門〉は役目を終え、散りゆく光の欠片を残して完全に消え去ってしまう。
それを生き残った〈古来種〉達は、茫然と立ち尽くしたまま…見つめる事しか出来ずにいた。
そんな中…スズカはゆっくりと首を左右に振って口を開く。
「い…や…。嫌だ…嫌だ!嫌だ!!嫌だぁ!!!
こんなの……嫌だぁぁぁあああああ!!!!
アリシャートさーーーーーん!!!!!」
──炎が未だに燻るイズモの街中には、スズカが心の底から上げた悲痛な慟哭が響いていた……。