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世界墓場―ワールドグレイブヤード―  作者: 秋坂行志
第四章:駆け出し冒険者の奮闘
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17:遺跡地下三層の変異

 ガラガラと大きな音を立てながら、巨大な歯車が通路を高速で行きすぎていった。壁に埋め込まれたものが五つ、さらにもう五つは床に半ば埋もれた形で突きだしていた。歯車の先には鋭利な刃物がついており、立ちふさがるもの全てを真っ二つに切り裂いていく。


「だからやめておこうと言ったのに……」


 呆れたような声で言いながら、ティティスが通路脇の物陰――壁が崩れて奥にくぼんでいたところから出てきた。


 次いで天井からひらりとキアが降りてくる。天井を構成する石の隙間からはみ出ていた木の根っこにぶら下がっていたのである。


 ティティスは床に散乱している物を拾い始めた。


「危ないところだったね。やられたのがリュックだけで済んで本当に良かったよ」


 キアは己が背中に負っていたリュックの残骸を降ろした。蝉の抜け殻みたいに縦に真っ二つに裂けてしまっている。中身の魔導具やらキャンプ用品やらは床にぶちまけられており、壊れてしまったものも少なくない。


「……罠が多いところにはきっといい物がある……はず」


 真っ二つになってしまった盾を手にとってため息をつく。


「それはそうかもしれないが、あれはちょっと難しくないかね。扉を開いた途端に巨大な回転刃が壁と床から恐ろしい速さで走ってくるんだ。おまけに扉は既に閉ざされている。開いているのは床の刃が部屋の奥から出てくる少しの間だけだ。あれをくぐって扉の向こうに入るのは至難の業だよ。やはり入るには正規のルートをたどる必要があるんだろう。扉の正面に何らかの魔導装置がついている以上、それに対応する”鍵”があるはずだ」

「鍵って、家の鍵みたいな?」

「いや。形のあるものとは限らない。穴は見当たらないし、解錠のためのキーワードがいるのかもしれない。この辺りの遺跡にはそういう仕掛けが散見されるそうだよ」


 ティティスは裁縫セットと革の切れ端を取り出した。


「さぁ、ともかく、それを応急処置しよう。直さないと荷物が運べない」

「うん……」


 リュックの修繕を終えた二人は先を急ぐことにした。


 明日一日はほぼ帰還にあてるつもりである。ここを調べられる時間はもうあまり残されていない。


 風の遺跡ヴルガの地下に眠る逆ピラミッド型の迷宮。その地下三層を探索しているときに、二人はある異変――仕掛けを発見した。


「ティティス! これ!」

「あぁ、これは…………前に来たときはこんな仕掛けはなかったはずなのに。どうやらここ最近の地震で大きな変異が起きたらしいね。新しいルートができているんだ」


 そこは迷宮内部では中規模の部屋だった。

 石でできた棺が規則正しく縦横に並んでいる。以前来たときはただそれだけだった。


 ところが、今二人の目の前には地下へと下る短い階段があった。

 棺の幾つかの蓋を開けたところ、何らかの仕掛けが動いて床が開いたのである。

 階段の先には禍々しいヴルガの神の姿を彫ったと思しき大きな扉がある。


「……ひとまず、この扉に魔力は感じられない。魔法に関わる罠はなさそうだ」

「それじゃ、私が開ける。ティティスは下がってて」

「気をつけろ、キア。精霊達が乱れている。この先はとても不安定だ」


 ティティスはわずかに顔をしかめた。


 生まれながらに優秀な精霊使いであるエルフは周囲に存在する精霊と深く繋がっているためにその影響を受けやすい。精霊が騒いでいたり、ひどく怯えていたりすると、その波長が精霊使いに逆流して精神を脅かすことがある。


「……わかった。気をつける」


 キアは慎重に扉に手を掛けた。

 先だってリュックは上に置き去りにしている。

 手には巨大な戦斧を持ったまま、何か罠が発動したときにはそれを盾にすることも考えている。


 キアが力を込めると、大きな扉がギギギと軋む音を鳴らした。そのままさらに力を込めると、突然、扉が一気に開いた。

 部屋の空気が奥に吸い込まれていくように風が吹き抜ける。次の瞬間、ティティスが床に片膝をついた。


「ティティス!?」


 キアが慌てて駆け寄る。


「……すまない。大丈夫だ。少し精霊に《《あてられて》》しまっただけだ」

「……平気?」


 ティティスはゆっくり立ち上がった。足元はしっかりしており、顔色もいつも通り、悪くはない。


「あぁ、問題ない……。ただ、この下は少々危険かもしれない。扉を開いた途端に周辺の精霊が皆逃げ出してしまった。恐らく扉の向こうに入ったら精霊の力を頼ることは一切できなくなるだろう。どうする、キア?」


 ティティスの精霊使いとしての能力は非常に優秀だ。

 彼女はエルフの中でも最も優秀と言われるアストリエル氏族の生まれであり、また、才能にも恵まれていた。地上において一対一でティティスに勝てる人間などほぼいないと言っていい。無尽蔵に世界のエネルギーを行使できるエルフは、神や竜などの例外を除けば、有史以前より地上最強の生物だからだ。


 しかし、ダンジョンの中では精霊の力はとても不安定になる。地上と変わらず力が溢れているところもないではないが、ほとんどの場所で弱く、全く精霊の力が及ばない場所さえある。だからこそ、元々故郷を出たがらないエルフはなおのことダンジョンには入りたがらない。ゼメシス=グラウスでエルフの姿を見ることはあまりないが、それにはこういった理由があった。


 故郷では精霊使い――〈エレメンタラー〉であり、また〈ハンター〉でもあったティティスが、現在〈メイジ〉という職業クラスに就いているのもそうした理由からだ。魔法はダンジョンの中でも安定して使うことができるし、強固な精神力を誇るエルフは元々〈メイジ〉としての高い資質を持っている。


 キアは少し考えていたが、やがて力強い決意を込めた目でティティスを見上げた。


「……行く。行って、何があるか確かめる。まだ誰も入っていない通路なら、きっといい物があるはず」

「……そうか。そうだな。では、行ってみようか」


 二人は互いにうなずき合って、闇深い地下へと続く階段を慎重に降りていった。

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