プロローグ
焦げ茶色のローブを纏った老人が一人、コツコツと靴音を響かせながら螺旋階段を昇っている。
象牙色の塔の内壁にへばりつくように造られた階段。
だが、つるりとした質感を持つその階段は、実のところどこにもくっついてはいない。
空中に浮いているのだ。
老人を乗せても少しも揺らぐことなく、ただそこに、空間に固定されている。
やがて階段を昇り終えた老人は深い霧に覆われた場所に出た。
四本の象牙の塔に支えられた円形の広場。
巨大な柱が天に向かって林立する、神聖なる神殿だ。
しかし柱はところどころ途中で折れたり倒れたりしている。
かつての栄華は、もはや見る影もない。
老人は霧の中へとゆっくりと歩みを進める。
視界がほとんどないにも関わらず、何の迷いもなく歩いていく。
事実、老人にとってそこは通い慣れた道だった。
ここに来て彼女と話をすることが、老人の役目であり、そして密かな楽しみでもあった。
広場の中程までやってきた老人は首をかしげる。
そこに在るべきお方、彼女の気配を感じないからだ。
笑みがこぼれた。
「また、上にお出かけになられたのか……」
あのお方はいつまで経っても変わらず子供のようなところがある。
自分が幼い頃から少しも変わらないその姿、そして、その想い。
上にふらりと遊びに行って、それで少しでも彼女の気が晴れるのならいいことだ。
彼女の悩みがほんの少しだけでもまぎれるのなら……。
彼女はもうずっと、ずっと、求めるものを探し続けている。
滅びが定められた世界を救う鍵を、何千年も前からずっと…………。