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7話

「あのさ」



 彼は問いかける。

 気になることがあったのだ。



「この戦いって、いつ終わるの?」

「どういうこと?」

「だって、死者が出ないんだろ? で、今は平地で軍と軍をぶつけてるわけじゃん? そういう戦闘の『終わり』ってさ、兵士が減っていくことでおとずれるわけだと思うんだけど……」

「えーっと……」

「この戦闘はどうやったら決まりがつくのか、俺に教えてくれないかな?」

「あ、それは『日が暮れたら』かな」

「そうなんだ」

「最近の戦争はだいたい昼から夕方までやって、そんで終わるのが多いかな……それに死者が出ないわけじゃないんだよ。死ぬけど、復活ができるだけ。それでわたしもあっちのネクロマンサーも、夜にならないと復活の儀式ができないから、夜はいったん休憩になるの。普通ね」

「ああ、そうなのか……」



 どうやらこの世界での戦争はそういうかたちになっているようだった。

 もといた世界ではどういうものだったか――というのを、彼は実際のところよく知らない。

 彼は世界史知識がそこまででもない。だからもといた世界の戦争と比較することはできそうもなかった。


 まあ、知っていたところで役立つ知識はほとんどないだろう。

 彼の認識が正しければ、『死者が蘇生する戦争』なんて、彼のもといた世界で行われているはずもないのだから。



「でも、じゃあ、全部の戦争が消化不良で終わる感じなんだね」



 疲れるまで戦って、日が暮れたらおしまい。

 このぶんだと前進も後退もないだろう――強いて言えば数百万人数千万人殺しまくって、相手側のネクロマンサーの疲労を待つのがもっとも有効な戦術であろう。


 しかしネクロマンサーに、いわゆる『MP』みたいなものがある気配がない。

 姉は何人死のうが軽く生き返らせられるという感じで語るし、それはきっと、この規模の軍団同士がぶつかりあっていることから、向こうのネクロマンサーもそうなのだろうと彼には思えた。


 それにしては。

 ……それにしては、士気が高いような気もする。


 こちらの士気は姉が引き上げているのは見てわかった。

 だが、向こうの戦い振りにも、やる気が感じられるというか……


 彼が悩んでいるあいだに、悲惨な殺し合いは次第に膠着していった。

 最初は騎馬突撃で人間側が押し込んでくるも、虫人族の高い生命力に押しとどめられ、今度は逆に人間側が押し込まれ、しかし大砲や弓などの兵器の活躍でまたジリジリ人間が前線をあげていき――


 一進一退だ。

 軍師でもいればさぞや手に汗握る知謀戦が行われていたことだろうが、相手もこちらも、戦術を練っている様子がまるでない。


 平原に大軍をいっぱい並べてぶつかり合うだけ。

 戦争はどうやら『死』という要素を取っ払ったことでここまで退化したようだった。



「ううん。最後は盛り上がって終わるよ」



 姉が言う。

 質問から間があきすぎていて、彼は自分がなにをたずねたのか忘却しかけていた。


 戦争が消化不良で終わるんだね――

 そういうことを、言った気がする。


 彼は姉の乗った輿を見る。

 そこで姉はどうやら、葉っぱを読んでいるようだった――虫人族における紙なのだろうか。

 姉のそばでは青黒のクールなクモ女、アラクネが秘書のように葉っぱを姉に渡したり、姉の読み終えた葉っぱを回収したりしている。



「姉ちゃん、なに見てるの?」

「応募ハガキ」



 どうやら読むのに集中しているようで、返事はやや素っ気ない。

 しばし――夕刻近くまでかかって、姉は葉っぱの『応募ハガキ』を読み終え、



「うーん……みんなパッとしない……またアラクネさんかなあ……あーでも、今日はだめっぽいかな?」



 悩ましそうに首をかしげた。

 彼は問いかける。



「姉ちゃん、あの、忙しかったらいいんだけど」

「……あ、ごめんねこーちゃん!? ちょっと頭が忙しかったの! なに?」

「いや、いいんだけどさ。……あの、なにをしてたの? 『応募ハガキ』って?」

「それは立候補の書類っていうか――あ、そうだ。ねえアラクネさん、こーちゃんはどう?」



 姉がアラクネを見る。

 アラクネは、彼をジッと見た。



「……ふむ」

「な、なんですか?」

「あなた――強そうですね」



 アラクネが言う。

 彼からすればアラクネの方がよっぽど強そうに見えたが、横で姉が「最強生物だよ!」と元気よく彼の代わりに肯定した。

 アラクネはふむとうなずき――



「先ほどは差し出がましいかと思い黙っておりましたが、戦闘の終わりには、ある一つの『儀式』のようなものを行うのです」

「復活の儀式でしたっけ?」

「そちらではなく――儀式ではなく、儀式のようなもの、です。つまりは、戦いに『決まり』をつけるため行うことがあるのです」

「それは?」

「一騎打ち」



 アラクネは淡々と述べる。

 彼は目が点になって、聞き返す。



「一騎打ち?」

「はい。代表者を――互いの陣営で一番強い者を選び、互いの軍隊のあいだで一対一で戦うのです。その結果をもって戦争の勝敗とし、勝者側は相手側の領地へ国境を進め、敗者は黙って領地を明け渡すのです」



 兵数の多寡ではもはや決着がつきませんからね――

 アラクネは肩をすくめ、言う。



「なので普段は私が代表者として一騎打ちをすることが多いのですが……」

「アラクネさん、やっぱり強いんですね……」

「ええ。しかし今日はちょっと……」

「どうしたんですか?」

「先日無理をしすぎて……その、えっと……お尻が、痛くて……ええっと……」



 アラクネは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

 彼は、三メートル超えの、六本の節足(と二本の人間のような腕)を持つこの生き物がだんだんかわいく見えてきた。


 というか――お尻が痛い?

 それはカミングアウトしても平気な原因によって?

 そもそも彼女の『お尻』はどこ?


 様々なことが彼の頭を駆け巡る。

 姉が捕捉する。



「糸がお尻から出るんだよ。がんばって糸をいっぱい出したせいで痛いんだって」

「…………あっ、だよね。そうだよね! 知ってたよ!」



 エッチな想像をしかけました。

 しかしまだ幼い姉にカミングアウトするのも気が引けたので、彼は笑ってごまかす――笑顔は作れるのだろうか、このドラゴン顔で。

 彼は話題を進めることにする。



「その役目を俺にっていうことですね。その、お尻……体の調子! が悪いから」

「はい……誰か代理の者がいればいいのですが……虫人族は個体差の少ない種族でして、私のような者以外は雑兵アリばかりですので……」

「っていうか、人間はそんなに強いんですか? 俺なんか、アラクネさんに一人で立ち向かえって言われたら絶対逃げますけど……そのへんのみなさんも、ただの人間よりよっぽど強そうな感じですけど」

「……人間は強いです。両陣営にネクロマンサーがついてようやく拮抗するぐらいの戦力比とお考えください」

「この世界の人間ヤベェな……」

「もちろん、平均的な戦力では我ら『モンスター』が上回っていますが……人間には優れた兵器と、希に生まれる『天佑の持ち主』――いわゆる『英雄』がいるのです」

「……英雄」

「我ら側で言うところの『起源種(オリジン)』にあたる者ですね。各種族の王を始めとして、あとは私のような『他に同じ形状の仲間がいない種族』を指します」

「なるほど……あの、最初っから一騎打ちだけですませたりはできないんですか?」

「一騎打ちの前の戦闘も、『互いの全戦力をいくらぶつけ合っても決着がつかないこと』を確認する儀式のようなものですので……」

「なるほど」



 たしかに大前提として数で上回っているなら、一騎打ちをする必要はないのだ。

 それにしても手順がかなり整っているように彼には思えた。

 すでに終わりの見えない泥沼の戦いは始まり、ある程度かたちができている。


『死人』は、たしかに出ていないのだろうけれど……

 今の状況を『いい』か『悪い』か判断するのは、彼には難しい。

 が、ともあれ――



「……まあ、仕事手伝うって言ったのは、俺だしね」



 ――ご指名とあらば、従わないわけにはいかないだろう。

 この肉体は最強といううたい文句だし(実際に確かめてはいない)――

 どうやらこの戦争は、死んでも生き返れるらしいし(これも実際に確かめてはいない)――


 ――本当に生き返れるのだろうか?

 彼は不安になってきた。



「あの姉ちゃん、俺、本当に最強なの? そして本当に死んでも生き返れるの?」

「大丈夫だよ! お姉ちゃんが保証するよ!」

「う、うーん……」

「信じてくれないの?」

「えーっと、今、目の前でパパッと『生き返り』だけでも見せていただくわけには……」

「夜にならないとできないよ」

「一騎打ちはもうすぐなんだっけ?」

「そうだよ。集団戦やって、一騎打ちやって、それで復活の儀式やって、お疲れ様ってみんなで帰るのが戦争だよ」

「遠足みたいな戦争だ……」



 戦争はここまで退化した。

 完全にオリエンテーション化している。



「大丈夫! お姉ちゃんを信じて!」

「いや、でも……」

「信じてくれないの?」

「…………信じるよ!」



 切ない顔で見つめないでほしかった。

 我ながらチョロいと思いつつ、彼は考え方を改めることにする。


 ようするに――この世界はうたかたの夢だ。

 そもそも自分はすでに死んだ身である。普通に世間で言われているような『死』の場合、姉と再会して、こんなよくわからない世界で、よくわからない目に遭うこともなかった。


 楽しい経験だったじゃないか。

 だったら――これで、本来そうあるべきように死んだとしたって、後悔はない。


 いいことを思い出すのが難しい人生だったけれど。

 最後に思い出深い夏の空気を感じられた。

 冥土の土産にしては豪華すぎる。

 そういうことで、いいだろう。


 ……いいかなあ?

 いいだろう。


 でも、後悔はしたくなかったから――

 こんな時でもなきゃ言えないようなことを、告白することにした。



「……なあ、姉ちゃん、最後になるかもしれないから、俺、言いたいことがあるんだ」

「なんで最後なの?」

「いいから。あのさ――俺、姉ちゃんが幼くして死んだのを、だんだん、『あれでよかったんだ』って思うようになってったんだよ」

「……どうして?」

「だってさ、まわりの姉とか兄とかいる連中はさ、成長すればするほど姉とか兄の文句ばっかり言うようになってって……それもガチで嫌いっぽいヤツらが多くてさ。だから俺も――もし姉ちゃんが生きてて、一緒に育ってたら、いつか姉ちゃんのこと嫌いになってたんじゃないかって思ったんだ」

「……」

「だから、大好きなまま、姉ちゃんが死んだのはいいことだって――そう思おうとしてた。思い出の中の姉ちゃんはいつも優しくて綺麗で、俺よりずっと『大人』だったし、そのまま心に残るなら、それでいいかって思ってたんだ」

「…………」

「でも、会えてよかったよ」

「……」

「生きててほしかった。死なないでほしかった。そういう後悔に蓋をして、自分を騙しちゃいけないんだって、俺、ようやく理解することができたんだ」

「こーちゃん……」

「だからもし俺が一騎打ちで死んでも、後悔はないよ。悲しいことを悲しんでいいってわかったし、無理に『いいことだ』なんて美化する必要もないって理解できたから。姉ちゃんが死んで悲しくて泣き叫んだ幼い日の俺は、なんにも間違ってなかったんだってわかったから」

「……」

「だから俺が死んだら、姉ちゃんも悲しんでくれよ。人が死ぬのは悲しいって思い出してくれよ。それが、俺の願いなんだ」

「……うん。こーちゃんが死んだら、もちろん悲しいよ」

「……」

「夜までお別れだから……」

「……」



 そうじゃない。

 彼は微妙な顔をして黙るしかなかった――言葉が出ないのだ。そうじゃない。でも、まあ、たしかにこの世界的にはそうなんだろうなというのもわかるのだ。



「でも、大丈夫。こーちゃんは死なないよ。私が死霊術の粋を尽くして作った体だもん。それにモンスターさんたち十三種族の王の力が宿ってるから。死なないよ」

「う、うん……」

「でもこーちゃんは優しいもんね。相手を殺せないかもしれない……」

「そうだよ。俺に殺し合いなんて無理だよ」

「無理そうな時は『無理』って言ってね? お姉ちゃんがどうにかするから」

「どうにかできるの?」

「できるよ! だって、お姉ちゃんだもん!」



 姉は全能の存在らしい。

 神か。



「あ、でも、こーちゃんがイヤだったら、一騎打ちやめよ? こーちゃんは最強の生物に設計したけど、最強だから戦わなきゃいけない理由はないもんね? お姉ちゃんと夏休みする?」

「ちなみに『夏休み』の生活を維持するために姉ちゃんは戦場に出るんだろ?」

「でもバカンスみたいなものだし……ほら、こことかアマゾンっぽくて楽しくない?」

「俺、戦うよ! 傷つく俺の姿を見て生命の尊さを思い出してくれたら、俺は嬉しい!」

「こーちゃんは傷つかないよ! わたしの自信作だもん!」

「そうじゃねーよ!」



 会話では片付かない大きな隔たりを感じられた。

 ともあれ彼は戦場に立つ。


 その悲壮な決意を理解してくれる者が、どこにもいなくとも――

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