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6話

 ともあれ最高潮の士気で戦端は開かれた。

 彼が前線に目をやり耳をやれば、そこで交わされる人間の兵隊たちの会話が聞こえる。どういう聴力だ。怖い。



「おのれ人間を裏切った魔女め……!」

「なんだあの、アレは! ふざけているのか、あの、あの、アレは!」

「でも敵さんすげー楽しそうでうらやましいな……」

「馬鹿! 戦にアレは不謹慎だろう!」



 同意するより他になかった。

 彼の心理はどうやらググッと人間側らしい――ついていけない。助けて。


 というか普通に相手方の言葉がわかる。

 これは姉が全世界の言語を統一しているのか、それとも彼が翻訳能力を持って召喚されたか、どちらだろうか……



「ふう、今日の訓示も盛り上がってよかったなあ……」



 意識を近場に戻す。

 彼が立っている場所――虫人族の最後列では、ようやく輿に腰をおろした姉が、ふう、と息をついて額の汗を手の甲でぬぐっていた。



「お、お疲れ……?」



 彼はこういう時にどういう言葉をかけるのが適切か判断に困ったが、さしあたって疲れていることは間違いなさそうなので、そう言った。

 姉はチョウチョっぽい見た目の虫人族から、硬そうな丸い木の実にストローを差しただけというような飲み物(?)を受け取り――



「うん! 今日はこーちゃんが見てるから、『キラキラ』多めにしてもらったの!」

「あ、あの映像効果……? 多めにしてもらったって、事前に相談してたようには見えなかったんだけど……」

「立ち上がる前に指でこうババッて」

「ハンドサインで映像効果の相談を!? 姉ちゃん業界人みたいだな!」

「慣れてるからね!」



 姉は指をババッとやりながら笑った。

 彼女の笑顔を見て、世界は平和なんだなと彼は思った。

 一方、西側では今まさに人間対虫人族の戦端が開かれ、数十万単位での殺し合いが起こっていた。



「あー、今日も始まったねー」



 野球観戦をするおじさんみたいなことを言い出す姉に、彼、困惑。

 自分が間違ってるのかなあ、と彼は思ったが、いちおう確認してみることにする。



「あの、殺し合いだよね? 始まってるの」

「うん!」



 笑顔で元気よくうなずかれてしまった。

 彼はいったん沈黙し、考える――『殺し合い』とはなんだったか。そう、殺し合うことだ。笑顔でうなずけるようなものではないはずだ。

 よし、間違ってない。



「あの……あのさ、姉ちゃん、俺の育った文化圏では、なんていうのかな……こう、いや、俺もね、別に詳しいわけじゃないんだけどさ……殺すのって、いけないことなんだよね……」

「うん。わたしも学校で習ったよ!」

「まあその、俺もさ? 世界が変われば常識が変わることぐらいは、想像できるよ? それにほら、軍団対軍団の戦争ってさ、事情があって、戦争するしかないぐらいまで種族間とか国家間の緊張が高まってるから、起こってしまった戦争に対して、いきなり来たよそものが『戦争なんか悪だ! やめよう!』とか言うのが的外れなのも、理解してるつもりだよ?」

「こーちゃん難しいこと考えてるんだね……」



 姉は小学五年生。

 いや、亡くなってから一年経っているらしいから、六年生か中一だろうか。



「とにかく……そう、不謹慎だと思うんだよね」

「なにが?」

「なにがって…………その、戦争を楽しく煽ったり、なんていうか……野球観戦みたいなノリで『今日も始まったねー』とか言うのって……人が死ぬ、わけじゃん?」

「……………………?」

「姉ちゃん、俺の言葉、わかりにくい?」

「…………あ、そっか。こーちゃんの言いたいこと、わかったよ!」

「ああ、わかってくれた? 嬉しいなあ……」

「大丈夫だよ。この戦いは誰も死なないから」

「……へ?」



 意味がわからなかった。

 みんな峰打ちしてるのだろうか……


 彼は視線を最前線へ向ける。

 そこで起こっているできごとは『悲惨』の一言で表すことができた。


 どう見ても死んでる角度で剣が入り、どう見ても死んでる深さの裂傷ができて、どう見ても死んでる位置に槍は刺さり、どう見ても死んでるとしか見えない人が軍馬に踏みつぶされていた。


 被害規模は人間側がひどいだろうか。

 そもそもの馬力などは、虫人族が人間より上のようなのだ。

 馬力もそうだが、それ以上に差異が大きいのが生命力だ。

 スゲェあの虫全身十五箇所ぐらい槍で貫かれて普通に戦ってやがるマジヤベェっていう感じである――綺麗な目をしてる。そのぶん余計怖い。


 その英雄的活躍をした虫人族も大砲に狙い撃ちされてお亡くなりあそばした。

 まあ、その虫を倒すまでになかなか当たらない大砲の弾で、人間側は味方をも容赦なく灰燼と化していたのだが……

 どうやら大砲の命中精度はだいぶ悪いようだった。

 兵器っていうか無差別兵器っていう感じ。



「姉ちゃん、俺、心が痛いよ」

「大丈夫。慣れるよ」

「慣れたくねえなあ! っていうか死んでるよ! 敵も味方もすごい勢いで死んでるよ!」

「こーちゃん、ここから前線が見えるの?」

「この体のお陰で見えるし聞こえるよ! ……姉ちゃん、俺、このままだと気が狂いそうだよ……なぜ人は死ななきゃいけないの? みんな一生懸命生きてるんだよ? なのにこんなの、ひどすぎるよ……」

「でも、虫人族のみんなはわたしが生き返らせるよ!」

「人間は!?」

「人間側の死霊術士(ネクロマンサー)が生き返らせるよ!」

「…………は?」

「別にネクロマンサーはわたし一人じゃないし」



 目が点になった。

 それは、おかしい。

 だって――



「死霊術って禁術なんじゃないの? 禁術を覚えようとしたから、姉ちゃんは人間側を追い出された――みたいな話、してなかった?」

「禁術だよ」

「だよね。それに――トップレベルの学者でも古文書は読めないぐらいだって、言ってたよね?」

「言ってたよ」

「じゃあ、人間側のネクロマンサーなんかいないんじゃん!」

「あーそっか……ごめんねこーちゃん、お姉ちゃんの説明が足りなくって、勘違いさせちゃったかも」

「どういうこと……?」

「死霊術は禁術で、神様の定めた理に背くから、禁止されてるし、研究自体も禁忌だよ」

「だよね!」

「でも、国に許可されたらいいんだよ」

「………………はあ?」

「お姉ちゃんは勝手に研究したから怒られたけど、国に許可されたら研究していいし、使っていいの」

「………………」

「あと、死霊術の古文書は誰も読めないぐらい難解だけど、死霊術を現世に伝えてる一家がいるんだよ」

「…………」

「ネクロマンサーは本来世襲制なの。その人たちしか国に許可されてないのに、お姉ちゃんが勝手に習得したから、国の偉い人に怒られたんだよ」

「……」



 ようするに――

 権威が同時に正義を担っている、よくある権力構造らしい。

 超法規的措置というヤツだろう。


 君たちはいい。国が許可する。

 でも、他はダメ。だって国が許可した人たちが困るからね――みたいな。



「……権力って、汚いなあ」

「不公平だよね!」



 姉の言葉に、彼はうなずく。

 人間を裏切った姉の気持ちがちょっとわかった気がした。

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