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4話

「弟だよ! 名前はこーちゃん!」

「そうでしたか。ではコーチャン様のお耳にも入れておきましょう」



 話がアッサリ進んだ。

 急を要しているのだろうとか、あらかじめ姉の活動は知っていたんだろうとか、様々なことが彼の頭にはよぎったが、一番の問題は名前を『コーチャン』だと思われてしまったことだった。


 しかしアラクネが真剣そうな顔で重々しい雰囲気を出しているので、『あの、俺の名前は「コーチャン」ではなく、それはあだ名みたいなものでして……』とかは言い出せない空気であった。



「南部戦線の、我ら『虫人(ちゅうじん)族』の領地に人間が侵攻してきております。是非ともネクロマンサー様に出陣していただきたく……」

「おっけー!」



 軽いノリで姉は承諾した。

 彼はさすがに黙っていられない。



「ちょい姉ちゃん! 今、『南部戦線』とか聞こえたんだけど! あと『領地に人間が侵攻』とかも聞こえたよ!?」

「うん。なんとですね……この世界はモンスターと人間が戦っているのでした!」

「知ってるよ! それは聞いたよ! その『戦い』になんで当たり前みたいに参加しようとしてるのか、俺はその理由が知りたいんだよ!」

「これがお姉ちゃんのお仕事だよ?」



 無邪気な顔で首をかしげる姉だった。

 なんということでしょう――幼くして亡くなった姉は、異世界で傭兵(?)をやっていたのだった……



「姉ちゃん、戦いはなにも生まないよ……そんな危ないことはやめようよ」

「戦いはきちんと生むよ! 恨みとか死体とか!」

「生まれるけどさあ! だから危ないって言ってるんじゃん!」

「でもこーちゃんの体を作る時に、だいぶモンスターさんたちの死体を分けてもらったから、恩返ししないとね。あとこれがお姉ちゃんのお仕事だし!」

「いや、もう、俺の肉体、人類でよかったんじゃないかなあ……?」

「こーちゃんは優しいね。お姉ちゃんのことを心配してくれてるんだ」

「心配してるけど……」

「でも大丈夫だよ。お姉ちゃん、前線には出ないから」

「そうなの?」



 ならば安心だ――と言えるほど、彼は戦争に詳しくはない。

 戦争という時点でどこもかしこも危険な気はする。


 ただ、『最前線で敵兵ぶっ殺しまくってるんだよ!』とか言われるよりはだいぶ安心だ。

 よかった。バーバリアンと化した姉はいなかったんだ。



「お姉ちゃんは後方からガンガン兵士を送り出すのがお仕事なんだよ」

「指揮官なの?」

「ううん。死霊術士(ネクロマンサー)だよ」

「……」

「死んだお味方の死体をですね、こう、ちょちょいと復活させまして、それを前線に送りこんで、また死体になったらですね、それをまたほにゃーんと復活させまして、前線に送りこんで、キリのいいところまで消耗戦を強いるのが、お姉ちゃんの主なお仕事なのでした」

「…………」

「エコだね!」



 この人ヤベェ。

 日本的な倫理観で大人にまでなってしまった彼は、姉の発言から禁忌のニオイしか感じなかった。

 そのヤベェ発言をしているのが小学生相当の見た目をした少女というあたりがさらにやばい。



「姉ちゃん大丈夫? 洗脳とかされてない?」

「洗脳? 誰に?」

「いやその……モンスター……さんたちに……」

「されてないよ! そんな無謀なモンスターさんはいないよ!」



 この世界で過ごした一年が、姉をなにかよくわからないナニカにしてしまっていたらしい。

 異世界生活が結果にコミットしている。



「あの……ご歓談中のところ申し訳ないのですが……」



 おずおずとアラクネが口を開く。

 彼と姉は、クモの体を持つ青黒縞模様の女性に視線を戻した。



「我ら十三種族の王たちの遺体を献上する代わり、我らのお味方をしてくださるという盟約のはず……どうか、早急にご出陣をお願いしたいのですけれど……」

「あ、そうだった。ごめんね?」

「いえ。ネクロマンサー様がおらずば、とうに戦線は崩壊しておりますので。これほど持ちこたえることができているのは、ネクロマンサー様のお陰ですから……」

「そんな、みんなががんばったからだよ! わたしがやるのは、死体を生き返らせるだけだもん。みんなの『死んでも仲間を守りたい』っていう気持ちが、今の状況を作ってるんだよ!」

「ネクロマンサー様……!」

「だから、わたし、ちゃんと行くよ。気持ちがあっても心臓が止まってたら動けないもんね。わたしが生かすから、好きなだけ精神で肉体を超えていってね!」

「はい!」



 アラクネが感極まったように返事した。

 彼は『このまま静かに見守るべきかな』と一瞬迷ったが――



「姉ちゃん」

「なに?」

「あの、会話の端々からうかがえるんだけど……姉ちゃんひょっとして、人間の敵なの?」

「敵だよ?」

「敵かよ!」

「だってー……そりゃあね? この世界に来た時は? 人間側にいたけど? あっちなんか、偉そうな人多くてやなんだもん。こーちゃんを呼ぼうと思って召喚術とか死霊術を覚えようってがんばってたら『それは禁忌の術だ! 扱ってはならん背理の術だ! この魔女め! 出て行け!』とかすっごい怒られるし。だから出て行ったよ!」

「ええええ……」

「モンスターさんの方が親切だよ! わたし非公式ネクロマンサーだけどありがたがってくれるし! オヤツもいっぱいくれるし! あと、おっきくて強そうでしょ!」



 アラクネはたしかに全高だけなら彼以上だった。

 ただ物静かな印象で、色合いのせいか、それとも無表情でジッとたたずむ姿のせいか、なんとなくメイドちっくな雰囲気を感じる。


 メイドなら強いんだろう。

 彼は生前過ごしていた世界の文化を思い返し、そう結論した。



「コーチャン様」



 アラクネが真剣な顔で言う。

 彼は思わず姿勢を正した。



「は、はい、なんでしょうか?」

「あなたの肉体には、我ら虫人族の王である『百足(ひゃくそく)王』のパーツも使用されております」

「えっ……!? ど、どのへん……!?」

「それはネクロマンサー様にしかわかりませんが、たしかに我らの王の遺骸も差し出しました」



 彼は姉の方を見る。

 姉は親指を立てて「エコ!」と言った。

 彼はなにも言えなかった。



「続きを申し上げてもよろしいでしょうか?」

「あ、は、はい、すいません」

「本来であれば、我らが英雄であるネクロマンサー様の弟君が無事召喚されたことを祝うべきなのでしょうが、我らにはその時間さえありません。事は一刻を争うのです。どうぞ、ネクロマンサー様を我らにおあずけください。虫人を代表しお願い申し上げます」



 美人に頭を下げられてしまった(下半身はクモだけれど)。

 状況は理解しがたい。それ以上に承服しかねる。


 だがすでに『いつものこと』のようなのだ。

 察するに、姉はもう少なくない回数モンスターたちに力を貸して戦線を維持しているようだし――とっくの昔に、人類の敵のようだった。



「……わかったよ。俺がとやかく言える段階じゃあないんだね、もう」



 今さらだ。

 それに、接した感じ、アラクネは紳士的――淑女的な人だった。


 加えて、姉は望んで彼女らに力を貸している様子だ。

 だったら、そうなるにいたった『流れ』みたいなものだって、あるのだろう。



「俺も同行するよ。いいだろ、姉ちゃん?」

「うん。一緒に行こう?」

「なにかあったら、俺が姉ちゃんを守るから」

「こーちゃん立派になったね……」

「まあ、もう大人だからね」

「わかった。じゃあ、お姉ちゃん、こーちゃんに甘えるよ。なにかあったら、こーちゃんがお姉ちゃんを守ってね?」

「ああ」

「死んだら復活させてあげるからね」

「あ、ああ……」



 曇りのない瞳で言われると、『姉ちゃんは遠くに行っちゃったんだな』とか思ってしまう。

 彼は首をぶんぶんと横に振る。


 大丈夫だ。

 なんら根拠はないが、きっと大丈夫だ。


 姉は優しいし弟想いだ。

 モンスターへ味方してるのも、明らかに怒られる程度じゃすまない生命倫理が壊れるような禁術っぽいものを習得しているのも、きっとなにか事情があるに違いない。


 その『事情』のうち現在唯一わかっているのが『弟をこの世界に呼び出して最強の肉体を与えるため』なので、弟としては責任感もひとしおだ。

 姉ちゃんをまともな大人にしなければ。

 死んで生き返ってまた死んでという戦争を『エコだね』とか言っちゃう子から、どうにか真人間にしなければならない。


 彼は拳を握りしめる。

 それこそが、彼の戦い。

 姉より先に大人になってしまった弟が、姉にできる唯一のことだと彼は思った。

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