35話
その後も殺し合いは普通に続いていく。
ただ、殺し合いでない戦争も始まったようだ。
ネクロマンサーを増やす戦い。
人間側はどうやら、クレールを引き渡した時点ですでに数人、ネクロマンサーを確保していたようだった。
姉が築いたノウハウ。
それは時とともに互いの陣営で洗練され、少なくともモンスター側では学校教育のように『ネクロマンサー教育』というものが始まった。
もっとも、誰でもなれるものでもなかった。
教育がもう少し発展すれば『教育を受ければ誰でもネクロマンサーになれる世界』もおとずれるのかもしれないが、それには十年とか二十年とか、あるいはもっと長い年月が必要になるのかもしれない。
ある程度体系化が進み、『ネクロマンサー教育』は広がっていく。
もっとも、死者が世界から消えたわけではなかった。
魂には寿命があるようだ。
そして、戦争ばかりの毎日に嫌気が差して復活を拒む魂もあった。
……もっとも、この二つの違いは『年寄りだからきっと寿命なのだろう』『若いからきっと嫌気がさしたのだろう』程度の、外側から観察したものにすぎない。
もっと大きくて、もっと深刻な理由があるのかもしれないし――
『復活しなくなった人がいる』という事実は、もっともっと重大に受け止められるべきだったのだと、あとから気付くこともあるのかもしれない。
彼はネクロマンサー教育を広げていく。
反発もあったり、価値観が違うゆえの軋轢があったり、平坦なことではなかった。
『自分は正しいことをしていないんじゃないか』なんて血迷うこともあったが――
「なに言ってんだよコーチャン、最初から正しいことなんかしてねーだろ。だいたいさあ、なにが正しいかなんてのが考えてわかるんだったら、あたしらは悩む必要なんかなく生きていけるっつーの」
旅の、唯一の同行者――
なんやかんやで(振り返ってみて、本当に『なんやかんや』としか表現できない、鮮やかな詐欺に遭ったようなそんな心地なのだ)妻になった女性の、そういう言葉に支えられ、活動をしていく。
……そう言った人は決まって助言のあと、「あたしもなあ。まさかあの時の決断がこうなるとはなあ。世界の覇者の弟の妻としてもっとこう、動かず食って寝て楽して生きられると思ってたんだがなあ」とため息をつくのだけれど。
それでもついてきてくれている。
彼女は、己の決断に責任をとり続けている。
彼はモンスター側を中心に『ネクロマンサーになる方法』を広める活動を続ける。
世界からは戦死者が消え続けている。
色んな問題が併発しているし――世界が変わりすぎている感じはする。
『いつか深刻な被害が出るだろう』とか。
『予想もできなかった巨大な問題が起こるだろう』とか。
『間違っているから今すぐやめた方がいい』とか。
『誰のためにもならない』とか。
『自分勝手すぎる』とか。
『神にでもなったつもりか』――とか。
色んな人から色んなことを言われる。
そのたび彼は悩んだり立ち止まったりする。
だから、ただ一点。
彼が己の行動を――
世界中にネクロマンサーを増やし、死のない戦線を拡大し続けている行為を『正しい』と胸を張れるところがあるとすれば、それは――
▼
……長い旅路だった。
もう何度も旅をしている。ベラとの二人旅。
『ネクロマンサーになる方法を広める』という目的を思えば、それはやっぱり現役ネクロマンサーについてきてもらうのがいいのだろうけれど……
色々な。
姉ちゃんが天才すぎて教えるのには向いてないとか――
クレールが大して勉強してないままネクロマンサーになっているから教えるのに向いていないとか――
なにがあるかわからないから、戦う力のない二人は同行しない方がいいとか――
そういう色々な理由で、姉とクレールはいつも留守番だった。
だから旅から帰って、こうして家に――最初に住んでいた洞窟に帰る時は、いつも緊張する。
それでも姉を心配させないように、重い荷物を背負った体をしゃんとして、表情はいきなり情けなくゆるまないように引き締めて、洞窟の入口で深呼吸をする。
この様子をベラなんかは――
「いや、姉ちゃんに会うだけじゃねーか。なにをそんなに緊張すんだよ」
と、あきれているけれど、彼にとっては重要な外せない儀式だった。
呼吸を整えて洞窟の中へ。
洞窟に入って、通路を歩く。
しばらく進んで地下へ。
大きな扉。
開ければそこは――彼が異世界から来て初めて見た、なんだかよくわからない機械みたいなものが並んだ景色。
あらためて見てもファンタジー感はない。
SF感ばかりが漂う。
そこでなんらかの作業をしている後ろ姿を、彼は見つけた。
長い黒髪。
真っ黒なマント。
巨大な生物の大腿骨に無理矢理宝石をねじこんだような杖。
少し見ていないあいだに、身長が伸びただろうか?
マント越しでわからないが、体つきも大人びてきている気がする。
彼はなにも言えない。
いつもそうだ。旅から帰って姉の姿を見ると、胸がいっぱいになって、声が出なくなる。
だって。
『家に帰ったら普通に姉がいる』ということに、まだ慣れていない。
彼の帰る家はずっと、姉のいない家だったから。
「おい、妻より姉にときめいてるんじゃねーよ」
横にいるベラに、パン、と軽く――軽く叩かないとベラの手が壊れる――脇腹を叩かれる。
その音は洞窟内ではよく響いて――
「あ、こーちゃん、帰ったの!?」
――姉が、振り返った。
黒い瞳が彼を見る。
彼は、まだちょっとだけ声が出なかったけれど――
「た、ただいま」
なんとか、それだけ絞り出す。
姉が笑う。
「うん、お帰り!」
「最近、どう?」
「ヒマ! 戦争はもう、わたしたちいらないしね!」
――これが、ただ一つ、彼が胸を張れること。
ネクロマンサーを量産した結果、姉とクレールは戦線から離脱できた。
姉はようやく『死』から遠ざかることができた、のだが――
「……で、今はなにをしてたの?」
「召喚術の研究」
――今はあまり目立っていないけれど、姉にはもう一つの希少価値がある。
召喚術。
異世界から望んだ魂を呼び寄せる方法。
彼は自身の普通さ――
姉によりつけられた『最強の肉体』というものを取っ払った、彼自身の普通さを知っているので、『異世界転生者』イコール『世界を変えるバランスブレイカー』というほどの認識はない。
だけれど異世界人である自分と姉が世界を変えたのは事実で――
いつかこの事実に着目し、召喚術の貴重さに気付く者は出てくるだろう。
世界が『それどころじゃない』今のうちになにか手を打っておきたいところだが……
「虫人のみんなは物覚えいいからねー。死霊術の方はもうなんか任せちゃっていいと思うし、わたしはできることやっとこうと思って。っていうか、ヒマだし!」
「姉ちゃん、ごめんよ」
「ううん。いいよ。でも、いつまでもここにいるのはヒマだから、たまに外出ていい?」
「…………まあ、いつまでも閉じ込めてもおけないしね。そろそろ姉ちゃんの――『ネクロマンサー』としての希少価値は下がってきたから、みんなも昔ほど姉ちゃんを狙わないと思うし、もうちょっとしたら安全になるんじゃないかな……」
「『もうちょっと』なんだね……」
「うん。もうちょっと……ごめんよ、姉ちゃん」
「んー……わかったよ。こーちゃんのこと信じて、もうちょっと待つよ」
姉は笑う。
彼も、笑って――
「クレールさんは?」
「お部屋にこもって寝てるみたい。最近はよく一人きりで寝てるよ。成長期なのかな?」
「ああ、そうかもね。成長期はなんか眠いもんね」
「眠いしあちこち痛いよねえ……」
「……そういえば、成長痛なんてのもあったな……」
「そういうところは、世界が変わっても、変わらないんだね」
姉が、笑う。
彼はうなずく。
それから。
「……姉ちゃん、異世界に呼んでくれて、ありがとうな」
改めて、言う。
姉は、
「………………」
少しだけ、考えるような素振りを見せた。
でも。
「ううん。こっちも、ありがとうね、こーちゃん」
そう言って、笑ってくれた。
だから彼はようやく、思う。
もし、この世界で寿命が尽きて死んでも――
今度こそ、後悔のない人生を送ることができたと笑えるだろう。
……二度目の人生。
彼はようやく、姉とともに成長できたような気がした。




