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3話

「いや、すごい悪そうだよ。見た目だけで人類の敵だと思われそうなほどクリーチャーだよ」



 カッコイイのはまあカッコイイのかもしれないが……

 それよりなによりクリーチャーだった。

 アメリカンヒーロームービーのラスボスっぽい。


 しかし姉は親指を立てている。

 そして――



「お姉ちゃんの考えた最強の生き物だよ!」

「小学生かよ」

「そうだよ?」



 姉は小学生だった。

 最終学歴が小学五年生であり、姉的にはまだそれから一年ぐらいしか経っていないと、さっき言っていた気がする。



「こーちゃん、こういう強そうなの好きでしょ?」

「それは……それはまあ、俺も男の子だったから、好きだった時期はあるけども! あるけども! ……なあ、その、姉ちゃん、今から大事な話をするから聞いてほしいんだけど……」

「なあに?」

「俺、もう大人なんだ」

「うん。そうみたいだね?」

「だからさ、なんていうか――普通に、穏やかに、安らかに生きていきたいんだよ。『強そう』とか『カッコイイ』とか、そういうのよりも、『普通』とか『落ち着ける』っていうのが大事な年齢にさしかかってきてるんだ」

「…………」

「だから姉ちゃん、召喚してもらえてありがたいし、姉ちゃんともう一回会えたのはすっげー嬉しいんだけど……もっと普通の体とかって……」

「……一生懸命作ったのに」

「………………」

「モンスターと人が戦っててね、少し前までは、あちこちにね、モンスターの死体があったの。それをもらったり、つないだりして、一生懸命強そうな体を作ってね、こーちゃん喜んでくれるかなあって……」

「……」

「こーちゃん、こういうの、もう嫌いなんだね」

「…………いや、その」

「喜んでもらえると思ったんだけどなあ……。ごめんね? なんか、お姉ちゃん、こーちゃんのこと、まだ子供だと思ってて……そっかあ、大人なんだね……」



 姉が寂しそうに笑う。

 彼は、その表情を見て――



「…………嬉しいなあ!」

「え?」

「いやほらそのえー……大人になったからさ、こういうの好きだって知られると馬鹿にされちゃうだろ? だからその時のクセでなんていうか……強がった? みたいな?」

「そうなの?」

「う、うん? そうかな? えっとまあ……ようするに、すごい嬉しいよ! ありがとう姉ちゃん!」

「こーちゃんが喜んでくれて嬉しい! がんばって夜中とかに死体拾いしたかいがあるよ!」



 姉は嬉しそうに笑って、抱きついてくる。

 なかなかアブノーマルな活動もセリフからうかがえたけれど、別にいいか、と彼は思った。


 今の姉に悲しそうな顔をされると、『大好きな姉を困らせている弟としての気持ち』と『幼い女の子を泣かせそうになっている大人としての気持ち』が沸き起こり、罪悪感が半端ではないのだった。

 これは逆らえない。



「そ、それにほら、最強の肉体を用意したのだってわけがあるんだろ? モンスターとか出て物騒な世の中みたいじゃないか。俺が最強なら姉ちゃんを守れるしね!」

「え、別に意味はないよ?」

「ないのかよ!」

「喜んでもらえるかなあって……」

「本当にそれだけなの!?」

「それだけ」



 それだけらしい。

 特に意味もなく最強の体を手に入れた――まあ実際『戦え』とか言われても、ケンカさえしたことのない身では困るばかりなのだが。



「えーっと、じゃあ、俺はどうしたらいいの?」

「『どうしたらいい』って?」

「最強の肉体なんだろ? 異世界なんだろ? 召喚なんだろ? 俺はなにを求めて姉ちゃんに呼び出されたのかなって……」

「一緒にいたら、楽しいよ?」

「……」

「それだけ」



 それだけらしい。

 姉が無邪気すぎて彼の脳はフリーズした。


 ――いや、そうではないのだ。

 目的、目的、目的。大人の世界は休暇をとるにも理由が必要で、理由のない行動をする者は馬鹿にされるようなものだった。


 どうやら大人として長くを過ごしすぎたらしい――すっかり社会人が板についている。

 ここではそういうの、いらないのだ。


 意味なく最強でいいじゃないか。

 意味なく召喚されてもいいじゃないか。


 毎日が夏休みだ。

 楽しかった夏の日々が帰ってきた。むせかえるような暑さも、耳を苛む蝉の声もないけれど、たしかにここには楽しかったあの夏の日がある。


 一日中遊ぼう。

 やることはきっとたくさんあるさ。


 なにも求めず冒険をしよう。

 特に意味なく会話をしよう。


 いっぱい遊んで、夜はベッドに飛び込むのだ。

 楽しい日々がこれから始まる。


 と、彼は自分をどうにか奮い立たせようとするのだが――

 悲しいかな。



「あの、姉ちゃん、意味なく過ごしていくのは、俺も嬉しいんだけど……」

「うん!」

「生活費とか、どうなってるの?」

「え?」

「いや、人が生きていくにはさ、やっぱりお金とかいるじゃん? 少なくとも、衣食住は必要なわけで、それを維持するには金銭かそれに類するものが必要っていうか……」

「……えっと」

「働かないで食べていけるのは最高なんだけど、働かないと食べていけないのがリアルじゃないか」

「うん」

「だから俺らはどうやって食べていくのかなって……姉ちゃんが今までどうやって食べてきたのかなって、そのあたりが知りたいんだけど……」



 気になるのは先立つものであった。

 毎日を夏休みにするなんて、元の世界でも簡単だったのだ。

 仕事を辞めたらいい。


 だが、現実的にそうはいかない――仕事をやめてから始める『夏休み』にはタイムリミットが存在し、その上限を伸ばすためには課金を続けねばならない。

 人は呼吸するだけで金がかかるのである。


 これから始まる人生のロスタイムは結構なのだけれど、なんの心配もなく永遠の夏休みを過ごそうというには、彼は少し大人になりすぎていた。

 それも子供のころに描いた、かっこよくて自由な大人ではない。

 収入とか家賃とか水道光熱費とか税金とか、細かい心配に頭を悩ませる、子供時代には想像もできなかった方の大人だ。


 つまんねえ大人である。

 だからこそ、彼は聞きたかった――自分たちの『夏休み』を過ごすための資金は、どのように捻出するのかを。

 姉は首をかしげながら――



「なんとかなると思うよ?」

「いや……案外、なんともならないもんだよ……」

「妙に実感がこもってるね……」

「子供のころは、『毎日のご飯が駄菓子なら余裕で一生生きていけるぜ!』とか思ってたけど、世の中、そんなんじゃなくってさ……水を飲むのにも金がかかって、風呂に入るにも金がかかって……貯金額はさ、使うタイミングもないのにどんどん減っていくし……行きたくもない飲み会で全然食べてないのに割り勘……割り勘って……不公平だよなあ、大人って」

「よしよし。元気だして」



 姉が彼に抱きついた状態で、背中のあたりをなでた。

 涙が出そうになる。

 冷え切った体に温かいお風呂が染みるように、すり切れた心に姉の『よしよし』が染みた。



「姉ちゃん、俺、大人になんかなりたくなかったよ……」

「なんか怖いことあったんだね。大丈夫だよ。お姉ちゃんがついてるからね」

「ありがとう姉ちゃん……ありがとう……」



 もうなんか全部どうでもいい。

 姉にゆだねたらだいたい心配ない気がしてきた。



「あのね、お姉ちゃん、きちんと働いてるから、お金はまかせてくれて大丈夫だよ」

「神か」

「ううん。姉だよ!」

「……いや、まあ、その、姉だけどさ。でも姉ちゃん、俺より子供じゃないか」

「こーちゃんがどんなに大人になっても、ずっとお姉ちゃんの弟だよ」

「それ以上優しい言葉はやめてくれ。俺がダメになったらどうするんだ」



 現状、かなりマズイと言えた。

 姉の声には彼にだけ効く催眠作用みたいなのがあって、だんだん自分が幼稚園児であるかのように思えてくるのだ。


 甘えるのが当然だった時代。

 いつもお姉ちゃんの後ろをついてまわっていて、そうしたら全部安心だった、あのころ。


 でも彼はもう大人だった。

 いや、この世界においては生まれたても同然の存在だけれど、それでもやっぱり、子供の姿の姉に全部背負わせるのはダメだと、彼の中のなにかが、小さな、しかし必死の声をあげているのだ。



「姉ちゃん、俺も働いて、姉ちゃんを支えるよ」



 彼は言った。

『よしよし』されながらだけれど、どうにか彼の心は奮い立った。

 彼は一つの戦いに勝利したのである。それはささやかだけれど、立派な勝利だった。



「こーちゃんはきちんと養うよ?」

「お願いし……いや、ダメだ。ダメなんだ。頼むから俺にも格好つけさせてくれ。小学生の姉に甘える大人のヒモ弟とか『情けない』とかを通り越して『おぞましい』レベルだし」

「うーん……よくわかんないけど、じゃあ、こーちゃんにはお姉ちゃんのお仕事手伝ってもらおうかな?」

「ああ。この世界にどんな職業あるかわかんないし、それがいいかな……」



 現状、なにも伝手がないのだから、このぐらいは仕方ないだろう。

 ただし、彼は一つの問題を思い出す。



「……でも、俺、この見た目で仕事なんかできるのかな?」

「大丈夫だよ! こーちゃん、カッコイイもん!」

「いや、俺が普通の人間で、今の俺の姿の生き物を見たら、卒倒するか逃げて警察呼ぶか、防衛本能から襲いかかるかのどれかだよ」

「最強の生き物……わたしの考えた、最強の……」

「いや、この姿が悪いんじゃなくてね! 強そうだから! 強そうだから怖がられそうって、そういうこと!」

「そうだよね! でも大丈夫!」

「でも人とモンスターが殺し合ってる世界観なんだろ? 俺の見た目、明らかにモンスター側じゃないか」

「そうだね」

「これで働けるの?」

「大丈夫だよ!」

「いや、なにが大丈夫なのかよくわからないんだけど……」



 彼は半眼になって問いかける。

 その瞬間――彼は、洞窟に入り込むナニカの気配を感知した。


 ソレは、ニンゲンではなかった。

 まずは動きが速い。洞窟入口は上階にあるようなのだが――上階にあるというのをなぜかわかるのだが、そこからこの階層に入るまで、十秒とかかっていない。


 ソイツはどうにも足が六本あるらしい。

 シャカシャカと硬い音を立てながら、六本足を器用に動かし、すさまじい速度で迫ってくる。


 その重量、耳で足音を聞く限りにおいて――かなりのものだ。

 全高は三メートルほどあるのではないか。

 今の彼がだいたい二メートルと少しぐらいとすれば、かなり大きいと言える。


 あきらかに化け物の気配だ。

 彼はだから、体に抱きつく姉を持ち上げ、ガラスケースの方へ移動させ、背にかばう。



「こーちゃん、どうしたの?」

「なんか、でっかい、六本足のナニカが近付いてきてるみたいなんだ」

「へー。感知機能はうまく働いてるみたいだね?」

「姉ちゃんがつけたのか……」

「最強の生き物だからね!」

「……とにかく、危ないかもしれないから、さがってて」

「こーちゃん大人になったね……昔は怖いことがあると、お姉ちゃんの後ろに隠れてたのに。今はお姉ちゃんをかばうなんて……なんか、嬉しいけど、ちょっと複雑かな?」

「思い出にひたってる場合なのかな……」



 三メートル超えの六本足の化け物とか、脅威しか感じない。

 最強最強言われるし、肉体はたしかに最強なのかもしれないが、中身はごくごく普通の社会人なのだ。

 ケンカの経験さえないこの身は、いくら最強の力があっても姉を守りきれるのか?


 ――巨大な金属の門扉の隙間から、ついにソイツが現れる。

 ソレは彼が生前過ごしていた世界には絶対にいないような化け物だった。


 見た目はクモである。

 六本の節足があり、虫特有の巨大な楕円形の胴体を有している。

 体は寒々しい暗い青と黒の縞模様で構成されており、見る者に緊張感を強いる。


 だが、ただのクモというわけでもない。

 ソイツは胴体から、人間の女性のような上半身を生やしていた。

 人間そのものの腕も含めて、八本『足』のモンスター。

 クモ版ケンタウロス――



「やっぱりアラクネさんだ!」



 姉がそう呼ぶその生物は――

 ――待ってほしい。


 アラクネ『さん』?

 なんで親しそうなのか?


 女性のような上半身を持ったその生き物は、ひざまずくように六本の足を折る。

 そして、青黒まだらの短髪を垂れさせるよう頭を下げて――



「ネクロマンサー様、お願いがあって参じました――が」



 と、青黒のオッドアイで彼をにらみ――



「その化け物はあなた様の敵ではないのですね?」



 確認するように、問いかける。

 彼は化け物に化け物って言われた。

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