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25話

 ネクロマンサーを懸けた戦争。

 たぶんこの問題はモンスター全部にとって重大だろう。

 だから彼は、アラクネに、すべてのモンスターを招集するよう頼んだのだが――



「まあ、無理でしたね」



 ――夜。

 モンスターたちの領土をまわって帰ってきたアラクネは言う。


 彼女の態度の通り、ドーム状の、広々とした寝室には三人しかいない。

 ベッドで眠そうに目をこする、ワイシャツ姿の姉と――

 そのベッドに腰かける、ドラゴン顔の化け物、彼と――

 全高三メートルほどになる、八本足――うち二本は腕――の、青黒縞模様の、クモの下半身に人間の上半身をくっつけたような存在、アラクネ。


 その三人だけだ。

 ……彼は愕然とした。

 自分の現状認識が間違っているのかと思い、口に出して、正面に立つアラクネに確認してみることにする。



「あの、アラクネさん……俺の認識が間違ってるかもしれないんですけど」

「なんでしょうか、コーチャンさま」

「ネクロマンサーって、人間側に一人、モンスター側にも一人、ですよね?」

「人間側は世襲制らしく、当代のネクロマンサー以外は力を失う――と聞いたことがありますね。それゆえに一人でしょう。モンスター側も、言うまでもなく、一人です」

「ですよね。それで、今の戦争は、両陣営に一人ずつネクロマンサーがいるからこそ、現在の形式で成り立っている」

「おっしゃる通りです」

「……だから『ネクロマンサーを懸けて戦う』っていうのは、お互いに全戦力をかたむけてしかるべき一大事――ですよね?」

「まったくもって、一言の補足もございません。その通りです」

「なのに、他のモンスターたちは明日の戦いを控えた大事な作戦会議に、出席さえしてくれないんですか?」

「その通りです」

「……なんで?」



 意味がわからなさすぎた。

 たしかにモンスターたちは、人間と違った価値基準を持つ。

 それを差し引いてなお、重大な局面であり、明日の戦争に援軍をよこすかはおいておいても、話し合いに出席するぐらいはしたっていいと、彼には思えるのだが……

 アラクネは淡々と理由を語る。



「我らモンスターは、『モンスター』とひとまとめにされこそすれ、協力関係にはないのです」

「……でも、同じネクロマンサーを共有してはいますよね? 姉ちゃんは虫人(ちゅうじん)の戦線以外には出ないってわけじゃないんでしょう?」

「そうですね。南部戦線はぶつかり合いやすい地形なのでたびたび戦争が起こりますが――雪解けの季節がくれば、北部戦線も中部戦線も殺し合いが始まるでしょう。実際、コーチャン様がいらっしゃる少し前まで、主戦場は北部でしたし、ネクロマンサー様はそちらに参加なさっておりました」

「じゃあ、なんで他のモンスターさんたちは力を貸してくれないんですか?」

「ですので、人間は我らを『モンスター陣営』とひとまとめにしますが、我らの感覚で言えば、それは間違いということなのです」

「……どういう意味ですか?」

「先ほどの『負けたらネクロマンサーを差し出せ』という要求は、モンスター側からすれば、『人間と虫人族とが結んだ契約』なのです」

「……」

「つまり他のモンスターはこう考えています。『そんなの知るか。もし虫人が負けたら、自分たちがネクロマンサーをさらえばいい』」

「…………身勝手な」

「モンスターとはそういうものです。だから我らは人間と共存できなかった」

「……」

「私も心情的には『他のモンスターが協力しようとしないのは当然』と思っております。加えて申し上げるならば、『他のモンスターたちにネクロマンサーを懸けた勝負のことを教えるべきではなかった』とも考えております」

「……それは、なぜ?」

「明日を迎える前に、他のモンスターたちにネクロマンサー様をさらわれる可能性が高まるからです」

「……そこまで、協力できないあいだがらなんですか」

「我ら『モンスター』とまとめられる種族たちが協力できていたら、ネクロマンサー様についていただかなくとも、おそらく人間に勝利していたでしょう」

「……」

「特に、十三種族の十三王が存命であったころに協力できていたら、地上はすでに我らのものとなり――まあ、その後、我ら同士での殺し合いが起こっていたことでしょうね」

「……アラクネさんは、じゃあ、無駄だと思いながら――むしろ『教えるべきではない』と思いながらも、他のモンスターたちに協力を求めに行ってくれたんですか?」

「はい」

「それは――なぜ?」

「あなた方のことが、好きだからです」

「……」

「あと、私は頭を使って戦う方なので――一時的にでもモンスター同士で協力できたならば、ここまで追い込まれることもなかったなと考え、惜しい、と感じてしまうのです」

「……」

「特に竜人はアホですね。自意識が過剰すぎます。これだから寒いところに住んでいる種族は」

「……なんかすいません」

「コーチャン様はお顔以外好きですよ。それにあなたは竜人ではない――まあ、我らモンスターがそれぞれの王の遺体をネクロマンサー様に差し出した理由は種族の数だけあれ、虫人は『好意』により差し出したと、そういうことです。他は、その限りではないということです」

「……」

「ちなみに竜人は『王といえど人間に負けた弱者などいらぬし、弔う価値もない』という考えだそうですよ」

「……」

「これだから寒いところに住んでいる種族は」



 寒いところに住んでいる種族が嫌いらしい。

 虫だから寒さに対しコンプレックスがあるのだろうか。



「ともあれ――他の種族がネクロマンサー様を誘拐に来たらわかるようにはなっておりますので、そこはご安心を」

「それは、ありがたいです。でも、どうやって?」

「私はクモ女ですので」

「……ああ、なんか、納得です」

「実は近所に住んでおります。この家にもお邪魔にならない範囲で糸など張らせていただいているのですよ」

「……ああ……なんか、たまにキラッて光るの……」

「私の糸です」



 恥ずかしそうにうつむくアラクネであった。

 ただし糸は尻から出る。

 彼は話題を戻すことにした。



「……ともあれ、明日の戦争は、いつも通り、虫人だけで挑むしかないんですね」

「おっしゃる通りです」

「人間は――全戦力を投入してきますよね?」

「おそらく。ここで『負けた場合』を考えて戦力を温存してもらえば楽ですが――むしろ『負けた場合』も考えて連れてくることができるだけの戦力をそろえてきそうですね」

「どういうことですか?」

「負けてもネクロマンサーを奪わせなければ、約束を『なかったこと』にできますから」

「……」

「そして人間は協力することをいとわない。『個人の性向』を『集団の利益』より下における生物です。そのあたりは虫人とも近いですね」

「……参りましたね」

「いえ、人間がいくら数や質をそろえても、戦争の勝敗自体には影響ありません」

「……ああ、そうか」

「はい。戦争の勝敗は『一騎打ち』で決まります」

「……でも、集団戦で押し切られて、『流れ』でそのまま『勝利』とか言われたら……」

「そのために『異』を唱えられるだけの人数は必要でしょうね」

「つまり、明日の勝利条件は……」

「『あまり死者を出しすぎずに集団戦を終えること』『一騎打ちで勝利すること』」

「……相手は集団戦も全力でやってきますよね」

「おそらく。ただ、我らは作戦を立てることが苦手であり、人間は戦術に長じています。今まではそれほど重大な戦いではなく、また命も惜しくないものばかりでしたので、人間も野生の獣のように突撃してくるだけでしたが……」

「明日は『本気で勝ちに来る』可能性が高い」

「そうですね。まあ、互いに互いが『ゴネる』可能性は考えているでしょうけれど、だからこそ『ゴネられてもいいように相手の数をなるべく減らしておく』というのは考えられます。人間は明日、戦いに来るのではなく、狩りに来るのでしょう。その兵器と戦術、人数と――なにより『英雄』によって、我らモンスターを」

「……」



 人間は、怖ろしい。

 彼はそれを肌で知っている。


 ただの人間が、武装と隊列、そして意思の力だけで鋼鉄の城壁になった。

 ただの人間のはずが――ただの一矢によって数多の兵士を消し飛ばすこともできる。


 英雄ベラ。

 未だ完全勝利はない。

 間違いなく投入されるだろう――もちろん一騎打ちにではなく、集団戦に。

 彼女がもっとも力を発揮できるかたちで。



「どうされますか?」

「え?」



 彼は呆けたような声を返す。

 アラクネは冷静な表情のまま――



「あなた様には、四つの選択肢がございます」

「四つも、ですか?」

「はい。一つは『集団戦に出て、一騎打ちには出ない』」

「……」

「一つは『集団戦には出ず、一騎打ちに出る』」

「……明日の一騎打ちに、ですか」

「戦力的にはまったく問題ありません。そして三つめは――『集団戦にも一騎打ちにも出る』」

「じゃあ、最後の一つは?」

「『戦わない』」

「……その選択は、ありえない」

「ありえないわけでは、ありません。選択肢の一つとしてたしかに存在はします」

「…………ようするに、俺たちに選べってことですね」

「そのあたりが、私としては落としどころかと。積極的にあなたにおすすめする選択肢もございませんし、戦いを無理強いできる立場にもおりませんので」

「……でもこの戦いは、言ってしまえば、姉ちゃんの失言のせいですよ? それで『戦わない』はなんていうか……弟として精神的にありえないっていうか……」

「しかしネクロマンサー様はかわいいので」

「は?」

「失言してもかわいいので。まあ、かわいいならしょうがないと、我ら虫人一同微笑みをもってネクロマンサー様の選択を支持する所存です」

「……」

「そもそも、ネクロマンサー様がその場の勢いで行動するなどというのは、その場の勢いで味方された我らがよくわかっております」

「そ、そうですか……」

「それに――その場の勢いで彼女が行う決断は、売り言葉に買い言葉というわけでは決してないことも、我らはよく知っておりますよ」

「う、うーん……俺から見るとただただ軽率だった感じですけど……」

「いいえ。きっと彼女の信念に基づく発言でした。そして、彼女の信念こそ、我らが彼女を好む理由なのです」

「アラクネさんは姉ちゃんに甘すぎますよ」

「そうかもしれません。ですが、あの場合、ネクロマンサー様がどう返事しようと関係なかったと思いますよ。相手側のネクロマンサーが――ややこしいですね。名前は、ええと……」

「クレールさん?」

「そのクレールとかいうのは、どうにもこちらの意見を聞く気はなさそうでしたから」

「まあ、そんな感じでしたけど」

「承諾はうやむやでしたが、お互いに明日は『そのつもり』で戦うでしょうし、『そういうこと』で士気をあげるよう台本を書きます」

「姉ちゃんのアレの台本、アラクネさんが書いてたんですか!?」

「最初は。しかしすぐにアレンジされてしまいましたが――かわいいのでいいでしょう」

「……」

「ですが明日は、あいまいなまま兵を戦いに向かわせることはできません。『負けたらネクロマンサー様を失う』ことを明確にいたします。『けっきょく渡すのか渡さないのか、昨日のアレはどういうことになるんだ?』という気持ちのまま戦えませんからね」

「……まあ、そうですね」

「その結果、敗北した場合、我ら虫人はネクロマンサー様を大人しく引き渡すでしょう」

「……」

「そしてさらにその結果、向こうがゴネた場合には命懸けで対応できるでしょう。けれど、こちらはゴネないということです。そのうえで――コーチャン様はどうなさいますか?」

「『集団戦に出る』か『一騎打ちに出る』か、『両方出る』か――『逃げる』か、ですね。……っていうか姉ちゃん寝てるじゃねーか!」



 寝息が聞こえたから振り返ったらこれだ。

 もう夜も遅いし、話も難しかったかもしれないから、しょうがない。

 彼は笑い――



「まあ、戦いますよ。なんていうか、俺は、逃げたくない」

「そうですか。選ぶのは、あなたです。私はただ従うだけ」

「……アラクネさん個人の意見とかは、ないんですか?」

「ありませんね。私は――というか虫人は命令系統がはっきりしておりますので。自分より上位の者の提案には命懸けで従います。しかし上位の者がいるのに下位の者が自分で方針を決定するのは苦手なのです。自分より偉い人の前では極度に優柔不断になると申しましょうか」

「まあ、たしかに姉ちゃんの意思は無視できませんものね」

「あなたの意見もですよ」

「俺の? ……ああ、王のパーツが使われてるとか……」

「違います。あなたが強いからです」

「……」

「戦場で自然とあなたに虫人が従ったこともあったでしょう? あれは、あなたの強さゆえに、あなたを上位と認めたからなのですよ」

「……そうだったんですか」

「我らはモンスターですので。強さはすなわち権力なのです。それで――どうされますか?」

「…………」



 責任はどうやら、思っていた以上らしい。

 彼は自分の力をどう活かすべきか考え、そして――

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