24話
『モンスター側のネクロマンサーに告ぐのだわ!』
今日の戦争は人間側が勝利した。
そんなわけで、はい解散、領地に戻って復活しましょ――という空気の中。
突如として、妙に舌足らずな声が響き渡る。
モンスター陣営全員が不可解そうな顔をする中――
人間側の空に、一人の人物の映像が浮かび上がった。
そいつは金髪碧眼の、お人形みたいな女の子だった。
実際、だまってジッとしていればよくできたビスクドールとでも思うだろう。
大写しにされた全身はパーツ一つ一つが小さく、どう見ても幼く背が低いのにスタイルがいい、という遠近感を惑わす不思議なものだった。
長い、ウェーブした金髪。黒を基調としたフリフリの服装。
顔立ちのよさまでなにからなにまで人形のよう。
ただし、妙にいきいきした気の強そうな笑みのお陰で、無機物っぽさは減じている。
そいつが、
『お姉ちゃん、聞いてたら戦闘前みたいにやってよ!』
と、言った。
彼はすぐ横の輿で寝転がる姉を見上げる。
姉は――
「カメラさん!」
と呼びかける。
すると、チョウチョ虫人がバタバタと数名動き、すぐさま姉の姿が空に大きく映し出された。
少女と少女が拡大リアルタイム生配信で対面する。
なんとも言えない構図であった。
『クレールちゃん、おひさー!』
ウオオオオオ!
なぜか大歓声をあげるアリども。
たぶん『自陣営のネクロマンサーが空に映ってなにかしゃべる』と『歓声をあげる』というように条件付けされてしまっているのだろう。
パブロフのアリだった。
『おひさー、じゃないのだわ! ちょっとお姉ちゃん! おかしいじゃない! なんで私たちは敵対しなきゃいけないの!?』
『なんか難しいこと聞くね……』
ウオオオオ!
『お姉ちゃん、私のお姉ちゃんになってくれるんでしょ!? それがなんでモンスター側でネクロマンサーなんかやってるの!?』
『だって、そっちだと実験させてもらえなかったし……』
ウオオオオオオオオオオオ!
『もう大丈夫よ! 私がネクロマンサー継いだもの! 今、ネクロマンサーはこの世界に私とお姉ちゃんの二人だけなのだわ! もう誰にも文句は言わせないのだわ! だから戻ってきてよお姉ちゃん!』
『え、もういいよ? 実験は成功して、弟は呼び出せたから!』
ウオオオオオオオオオオオオオオオ!
『おと、弟って……っていうか、うるさい! アリ、うるさい!』
『弟は弟だよ!』
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
『アァァァリィィィィィ! 黙れぇぇぇ!』
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
もはや少女の声ならなんでもいいのかという感じだった。
アリはロリコン。
『クレールちゃん、わたし、そっちには戻らないよ!』
アリは満足したのか、それともようやく『あ、今戦闘前じゃねーや』と思い出したのか、いきなり静かになった。
ひょっとしたら姉の顔がちょっと真面目なので、空気を読んだのかもしれない。
『お姉ちゃん、私のお友達になってくれるんじゃなかったの?』
クレールとかいうらしい、会話の内容から判断するに人間側のネクロマンサーっぽい子も、真面目なトーンで言う。
姉は深くうなずき、
『お友達だよ! 遠距離だけど!』
『近距離で!』
『離れても友情は変わらないよ!』
『そうじゃないのだわ! あ、あのねお姉ちゃん、私が自分と年齢の近いあなたを召喚したのはね、お友達がほしかったからなのだわ。ネクロマンサーを継ぐために修行ばっかりで同年代の子と遊べなかった私は、お友達がほしくて、あなたを呼び出したのだわ』
『クレールちゃん……』
『だっていうのに、お姉ちゃんはネクロマンサーとサモナーの修行に夢中になっちゃって遊んでくれないし、モンスター側行っちゃうし、私がどれだけ怒ってるか! もう絶交だって思ったのだわ!』
『クレールちゃん……』
『でもお姉ちゃんがあんまりにも反応ないから、絶交はやめたのだわ』
『……』
『とにかく戻ってきてほしいのだわ。もうお姉ちゃんを怒る人もいないし、弟ちゃんも召喚できたなら、そもそもお姉ちゃんがネクロマンサーやサモナーを続ける理由もないはずなのだわ。戻ってきて平和に暮らしたらいいのだわ』
『え、でも、なんかモンスターさんに悪いし、いいよ』
『モンスターさんと私と、どちらをとるの!?』
『みんな大事なお友達だよ!』
アリから歓声があがる。
彼は歓声に包まれながら思った。
姉はどこかズレている。
『お姉ちゃんはわかってないのだわ!』
彼は深くうなずいた。
あのクレールとかいう子は初対面だ――実際には対面さえしていない――が、先ほどから発現にいちいち共感を覚える。
なんというか、苦労をしているのだ。
そしてこのもどかしい感じは彼にもよくわかってしまって、なんだかもう、クレールの側に立って姉に一言言いたくもなってきた。
でもなにを言っていいかはわからなかった。
『クレールちゃんはどうしたいの?』
『私は――モンスターからお姉ちゃんを取り戻したいのだわ!』
『取り戻す?』
『そうなのだわ! ネクロマンサー能力に目をつけたモンスターたちが、召喚された小さいかわいい弟くんを人質にして、お姉ちゃんを無理矢理こき使ってるのだわ!』
『違うよ! わたし、けっこういい生活してるよ!』
『脅迫によって言わされているだけなのだわ!』
『違うったら!』
『ここから私に都合の悪い発現は一切無視するのだわ! とにかく、お姉ちゃんを取り戻すために手段は選ばないのだわ! というわけで、明日の戦争、人間側が勝ったらお姉ちゃんを返すのだわ!』
とんでもない提案が来た。
ネクロマンサーによって成り立っている戦線において、『ネクロマンサーをよこせ』という。
その提案がいかに重大なものか、あんまりわかっている様子がない。
普通に考えれば承諾されるはずもない提案だった。
しかし――
『いいよ!』
姉は二つ返事だった。
さすがに彼は立ち上がり、輿の上に飛び乗った。
『姉ちゃん! それはマズイって!』
『うわっ!? なんなのだわその化け物は!?』
彼の姿もカメラにおさまり、空中に映し出されていた。
お陰でクレールがおどろいている。
彼は『しまった』と思ったが、時すでに遅い。
なので、
『あ、すいません割りこんで……ただいまご紹介にあずかった、この姉の弟です』
『小さくてかわいい弟くん!? どこが小さくてどこがかわいいのか理解に苦しむのだわ!』
『俺もね、どうしてこうなったのか……まあ、この体は姉のお手製らしくて、本当の俺はこんなに大柄ではないですよ……あと紆余曲折ありまして、中身は姉より年上です』
『そんなの弟じゃないのだわ! お姉ちゃんはやっぱりモンスターに騙されているのだわ!』
『いえ、弟なのは本当なんですけど』
『私が信じられない現象は一切無視するのだわ!』
話をしようという態度がなかった。
まあしかし、彼だって、もし二メートル超えドラゴン顔の化け物が小学生相当の女の子の弟を名乗ったら、『ありえない』と断じるだろう。
人は見た目が百割。見た目補正はそうして限界を突破し千%の領域へ到達するのである。
『えーっと、とにかくですね、戦争が終わっちゃいますので、ネクロマンサーを渡せ、はさすがにまずいと言いますか……』
『モンスターの言いそうなことだわ!』
『今の発言はたしかにモンスター側っぽい見解ですけど……あの、もしあなたが同じ提案をされたらどう思います?』
『同じ提案?』
『戦争に勝ったらこっちへ来い、って言われたら、ありえないでしょ?』
『……なるほど』
『わかっていただけましたか』
『だったら、明日の戦争、そっちが勝ったら私がそっちに行くのだわ! これで対等! ゆえに文句はないはずなのだわ!』
『ありえねえ』
思わずつぶやいた。
クレールは地団駄をふみ――
『だいたいズルいのだわ! 私が! 私が召喚したお友達なのに! なんでモンスターのアイドルみたいなことになっているのか理解に苦しむのだわ!』
『それはもうまったくもって同意なんですけどね』
『とにかく私のお姉ちゃんを早く返すのだわ! あと弟くんを名乗る化け物の正体も暴いてやるのだわ!』
『ええっと……とにかく、それはここだけで決められる提案ではないので、持ち帰って検討させていただいてもよろしいでしょうか?』
『今! 決めるのだわ! 決めるのだわっていうか、もう決定! 終わり!』
ブツン……
テレビの電源を引っこ抜いたみたいな余韻を残し、クレールの姿は空から消えた。
おどろくべきわがままである――人間側の兵士もざわついているところを見るに、誰にも事前に相談せずに提案を持ちかけてきたのだろう。
幼い子供のようだ。
いや、実際に、幼い子供なのだ――姉よりも年下に見えた。十歳かそこらか。
お姉ちゃん。
クレールもまた、姉をそう呼んでいた――ということは、『そういう関係性』が、彼の知らないあいだに、姉とクレールのあいだで結ばれていたのだろう。
「……姉ちゃん」
「いい子なんだよ」
姉は彼の言葉にかぶせるように言った。
そして、苦笑し――
「ただちょっと、思いこみが激しくて――甘えん坊さんなの」
「……」
「わたしが我慢できたら、たぶん、ずっと一緒にいたと思う」
「我慢、っていうのは……」
「寂しさ、かな。……うーんとね、クレールちゃんはいい子なの。クレールちゃんのお父さんとお母さんも、悪い人じゃないの。ただね、わたしは、こーちゃんに会いたかった」
「……」
「知らない世界で、外国人みたいな人たちの家にいきなり招かれて、よくわからない状況で、家族に会いたかったんだ」
「……それは、責められることじゃないよ」
「でも、クレールちゃんのことまで考えるほど余裕なかったなあ、って」
「……でも、姉ちゃんは、まだ子供じゃないか」
「でも、お姉ちゃんだよ」
「……」
「お姉ちゃんのはずなのに、『お姉ちゃん』できなかったな」
それだけつぶやいて、姉は目を閉じた。
眠っている――わけはないだろう。きっと、色々と考えているのだ。
幼いなりに。
……いや、子供扱いは失礼だろう。
姉として――だろうか。
誰かに甘えられる立場として。
誰かに慕われる立場として――
慕ってくれた相手に応えられなかった後悔を覚えながら、きっと、色々と悩んでいるのだろう。
……『弟』でしかない彼には、わからない悩み。
だから彼は、姉に声をかけることが、できなかった。




