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22話

 その日の戦争はモンスター側が勝利したらしい。

 もちろん集団戦の結果ではなく、一騎打ちの結果だ。


 集団戦は戦争の勝敗を左右しない。

 だからみな、一騎打ちに願いを叶えるために必死にがんばる――

 ――と、思っていたのだが。



「……こういう理由で戦うっていうのも、アリなんだね」



 蘇生後。

 寝床にしている洞窟、その寝室にあたるドーム状の空間――

 中央にポツンと置かれたベッドの上で、彼は寝そべりながら語る。


 そばには姉がいた。

 なぜかベッドの横で縄跳びをしている。



「……ん? なに、こーちゃん、なんか言った!?」

「……いや、今日は昨日と違う感じだったから、こういうのもアリなんだなって……っていうかなんで姉ちゃんは縄跳びしてんの? あとその、学校指定っぽい体操服はいったい……」



 白い妙に生地の厚そうなシャツに、下半身はピッタリ貼り付くような素材のショートパンツである。

 名前が書いてないだけで、それはどこかの小学校で実際に使用されていても違和感がない見事な体操服であった。



「縄跳びの縄も、服も、アラクネさんに作ってもらったんだよ!」

「アラクネさん器用ですね……」

「そうなんだよ! 糸もアラクネさんのなの! 見た目より軽くて丈夫!」

「ああ、その……お尻から出るっていう……ええと、で、なんで縄跳びを?」

「運動しないと太っちゃうからね」

「姉ちゃんは太ってもかわいいよ」

「だーめ! だめなの! 体重をキープしないと戦争前の訓示の時にすっごい太く見えるんだから!」



 アイドルみたいなこと言い出した。

 まあ、やっていることは、実際そんな感じだ――いずれ歌でも歌いかねない。というかテキトーな歌ならすでに歌っているまである。



「こーちゃん、今日の戦争は楽しかった?」



 走り跳びをしながら姉が問いかける。

 彼は、姉の揺れる黒い髪をなんとなくながめながら――



「あんまり言いたくないけどさ」

「うん」

「楽しかったよ」



 彼は笑う。

 殺し合いだ。楽しむことは不謹慎だと思う。


 それでも、楽しかった。

 なんていうか――



「満足いった気がする。出るつもりのなかった戦争だけど、出てよかったと思う」

「そっか」

「でも、身を挺してベラさんの矢から誰かを守り続けるっていうのは、そろそろやりたくないな……痛いしつらいし苦しいし……今もまだ腕とか痛いような気がするぐらいだよ」

「『痛いのとんでけ』する?」

「……あの、姉ちゃん、しつこいようだけど、俺はもう幼稚園児じゃないんだよね……」

「でも痛いんでしょ?」

「まあ、痛い気がするけど……」

「痛いの痛いの、ってやろう?」

「……………………」



 その時、彼の頭には色々なものがよぎった。

 自分の年齢。

 小学生相当の姉にそんなことをされていると人に知られた時の風聞。

 大人としての矜持。


 だけれど――

 抗いがたい魅力があった。


 思えば転ぼうがぶつかろうが打ち身を作ろうが捻挫をしようが、『痛いの痛いのとんでけ』なんてしてもらえない人生だった。

 当たり前だ。

 大人の『痛いの』は飛んでいかない。

 むしろそんなことされた方が痛い。


 そうだ、『痛いの痛いの飛んでけ』なんて、意味のある行為ではないのだ。

 意味がない――この世界における戦争の、集団戦と同じように。


 なら――満足を追い求めてもいいのではないか?

 そうだ、毎日命を懸けている。毎日、痛い思いをしている。


 だから戦争をする人々は自己満足を求めるのだ。

『ああ、今日は価値のある死に方をしたな』――生き返ってそう笑うために、誰かを守り、誰かに尽くし、誰かのために死んでいく。


 意味がない。

 きっと、彼が前にいた世界の人は、そのように切って捨てるだろう戦争。

 それを切って捨てず、一見意味がないことに意義を見出し、価値を認められずとも自分で自分の価値を認めていくのが、この世界の人たち流の生き方なのである。


 つまりそのなんだ――

 どうせ無意味なら、やって後悔した方がいい。

 彼の中の幼稚園児が叫ぶのだ――『やってもらえよ』と。



「……お願いします」



 欲望に敗北し、彼は述べた。

 姉は体操着のまま、縄跳び片手に近付いて――なんか服装のせいで罪深さがヤバイ――


 柔らかな右手を、彼の頭に乗せる。

 別に痛いのは頭ではない。強いて言えば腕であり、現在状況を客観視すれば心が痛く、世間敵には彼自身が痛い人であった。


 だが、姉の手は彼の複雑な胸中などまったく斟酌しない。

 なでなでと小さな手で彼の頭をなで――



「痛いの痛いの、とんでけー」



 ぽいっ、と。

『痛いの』をどこかに放った。


 痛いのどころか意識さえ飛んでいきそうな一撃。

 魂が漂白されるようだ。

 同時に心の底の方で『お前、本当にそれでいいの?』と大人の自分が自分を白眼視する。

 結果、彼は悶えた。



「うおおおおお!」

「ど、どうしたのこーちゃん!? 痛いの!? もっかいやる!?」

「やめて……やって……いややめて! 俺は、俺は……俺は大人なんだあああ!」

「こーちゃん!?」



 うろたえる姉のそばで、彼がドッタンバッタンする。

 これがこの世界における日常風景。


 いっぱい人を殺した夜は、痛いの痛いのとんでけをしてほしくなる。

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