再会
少年の名前は朽木龍雅という。声に出して読んでもよし、記名して眺めてもよし。儚さ、強さ、美しさが絶妙に入り混じる中々に素晴らしい名前だ。
しかし、その素晴らしい名前とは裏腹に彼の風貌や世間からの評価というのは大きく見積もっても平均点だ。まずイケメンではないと断言できる。16年間生きてきて、彼女がいたことは一度だけ、それも1カ月で振られるという有様だ。帰宅部であり、クラスに友達と呼べる人間は1人しかいない。何か突出した素晴らしい才能があるわけではない。彼の通う高校は市内でも真ん中ぐらいのレベル。いつもテストでは平均点を取れるか、取れないかといったところだ。
「名は体を表す。」そんなコトバはきっと誰かの愉快な勘違いから生まれたんだろう。
脳内でそんな拙いモノローグを綴りながら黒板に白線が走る光景を眺めていると、チャイムが鳴り響いた。
「クッキー☆昼飯の時間だぞ!」
「クッキーって呼ぶな。」
貴重な友人である鈴木が朗らかに声をかけてきた。こいつのおかげで俺はボッチにならずに済む。こいつも俺のおかげでボッチにならずに済む。まさに、ギブ安堵テイクな運命共同体。お前がいるから俺は闘える。ありがとう鈴木。
「学食に行くか、鈴木」
「佐藤なんだが」
「悪い、まちがえた」
「いや、わざとだろ」
鈴木改め、佐藤と学食に向かう。一人で学食はナイトメアモードだが、二人なら何ら問題ない。
佐藤はうどん定食、俺はカレー定食を購入し席に着いた。
平穏なランチタイムになる予定だったが、何気ない談笑中、佐藤から衝撃の事実が暴露された。
「実はおれ彼女ができたんだ」
「・・・・冗談はよしてくれ」
「いや事実なんだが」
「すぐ別れてくれ、俺を置いてお前だけリア充になるなんて信じられない。俺を置いていかないで、一人にしないで」
「いや祝福しろよ」
「だって・・・」
「お前も彼女つくればいいだろ」
「でたー!リア充特有の上から目線!お前だけはそうなるまいと俺は信じていたのに!」
「いいから聞け!クッキー☆」
「なんだよ!クッキーって呼ぶなよ!」
佐藤はスイッチを切り替えたように真剣な面持ちになり、少し間をおいてから言葉を続けた。
「お前もリア充になるんだ、もっかい安藤さんに告るんだよ。もっかい付き合えよ」
いきなり昔のオンナ(1カ月の付き合い)の名前を出されると正直焦る。顔が熱い。たぶん今、真っ赤になっているはずだ。
「もういい、お前と昼飯は食わん。これからは彼女と学食に来ればいい。せいぜい末永く幸せに爆発してくれ」
一刻も早くこの話題を終わらせようとしたが、佐藤は追撃の手を緩めない。
「安藤さんが引きこもっているのがお前のせいだとは言わない。でも、この現状をお前は何とかすべきだ」
「なんで俺がそんな面倒なことしなきゃならないんだ」
「お前が今でも気にしてて、何とかしたいと思ってるからだ」
「勝手なことを・・・・はっ!?」
ここが学食であることすっかり忘れていた。ランチタイムに冴えない男二人でなんてドラマチックな会話をしているんだ。やばい、恥ずかしい(/ω\)
消えてしまいたい。もうやめて。
「分かったよ、今日安藤さんの家に行って話してみる。話してみるだけだ。それでいいだろう?いきなり告るとかはあり得ない」
そこまで言うと佐藤は納得したように話題を替えた。お節介なやつめ。
正直言うと、今でも元カノのことは気になっているのだ。安藤芽衣子さんは少しぽっちゃりとしているが、目はくりっとしていて可愛らしいし、性格も優しく、俺にはもったいない人だった。クラスでも地味な存在であったため「ひょっとしていけるんじゃね」という童貞力全開の思考で告白したら見事OKされたのだった。オタク趣味で会話も弾み、一緒にいて楽しかった。幸せなひと時だったが、急に終わりが訪れた。
突然「わかれてほしい」といわれ、動揺し、理由も聞けないまま「うん、いいよ(震え声)」と言ってしまった。俺のアホ。
そうして彼女は何故か学校にも来なくなり、家に引きこもるようになってしまったのだった。
過去の出来事を振り返りながら、安藤さんの家に到着。付き合ってた時に来たことは1度だけだ。
事前にlineで連絡はいれてある。「今日、少し話がしたい。家に行ってもいい?」とメッセージを投げると、OKというような意味合いのクマのスタンプが返ってきた。承諾は得ているものの、やはり緊張する。震える手でチャイムを押すと、安藤さんの声が返ってきた。「いま、開けます」
両親は共働き、一人っ子の安藤さん。当然、今家の中にいるのは安藤さんだけ。やばい別の意味でも緊張する。
「こんにちは、久しぶり、朽木くん」
久しぶりに安藤さんと会ったが、あまり変化は見られなかった。気になるところがあるとすれば、少し腹回りの肉が成長していること、それに伴い胸の脂肪も増量していること、目の下に隈がうっすらと見えることくらいか。
「ひさしぶり。元気にしてた?ちゃんと寝てる」
とりあえず何か話さねばと思い、尋ねると彼女は以前と変わらない優し気な笑顔で答えてくれた。
「うん、元気だよ。わざわざ来てくれてありがとう。早速あがって。」
彼女の部屋に通され、彼女がお茶菓子を用意している間、しばらく一人で待った。一人ですることもなく部屋の中を見渡していると、以前とは大きく変わっていることに気づいた。以前は小さめのノートパソコンが置いてあったのだが、大きくて頼もしいデスクトップに置き換わっている。以前は無かったプリンタが置かれ、年頃の女子高生の部屋というよりは事務所っぽい雰囲気が漂っている。
少し経って安藤さんが部屋に入ってきた。俺の顔を見るなり心を読んだように
「以前と変わっているでしょう?」と言った。
「うん、仕事場って感じだな」
「私もそう思う」そう言って彼女は抱きしめたくなるような、可愛らしい照れ笑いを見せた。
なんだか事態はそこまで悪くないようだ。思っていたよりも安藤さんは元気そうだし、ここは思い切って聞きたいことを聞いてみるか。
「安藤さん。なんで学校休んでるの?」
「『なんで別れたいって言ったの?』とは聞かないんだね。相変わらず優しいね朽木くんは」
「そっちのほうが本当は聞きたいけど、優しいからじゃないよ。臆病だからさ。」
「私、今フリーのWEBデザイナーとして活動してるの。最初は3カ月に1件くらいで、お小遣い稼ぎみたいな感じだったんだけど。今じゃ月に3件同時進行でやってて・・・それで学校に行く時間が無いの」
なるほど、そんな理由だったのか。とりあえず当然の疑問をぶつけてみる
「手が回らないなら断ればいいだろう?」
「断るのが申し訳なくって」
そんなことだろうと思った。優しくて弱気な彼女の性格では確かに断りづらいだろう。
「だったら俺が断るよ。仕事の量をセーブすれば学校には行けるんだろう?」
「うん、月1件くらいならなんとか」
「それに、今抱えてる仕事が片付くまで俺も雑用でよければ手伝うぞ。どうせ帰宅部で暇だしな」
俺の言葉を聞いて安藤さんの顔に今日一番のまぶしい笑顔が灯った。
「ありがとう朽木くん!」
「気にすんな」
「ところで朽木くんはHTMLってわかる?」
「えいちてーえるえ????!!!」
二人きりの部屋に沈黙が流れた。