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いつか見た夕焼け [なろう版]   作者: 三王 一好 (さんおう かずよし)
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第三部

 いつか見た夕焼け [なろう版] 三

                        三王 一好

 

 

 目醒めてから僕はホテルの部屋で過ごした。様々な思いが頭に浮かんでは消えてゆく。焦りや不安、そんな言葉にも当て嵌められない、もやもやしたものが頭に渦巻き、何処かにゆこうとか、何かをしようとかと云う気にすらもならなかった。

 人の甘えや弱さ…欲望と云ってもいい、それは絶えず心の何処かに潜み、出てくる隙を狙っているように思える。ふとした弾み、ふとした心の揺れで、それは噴き出してくる。カズさんがアンヘルと酔い潰れ、友子との約束をすっぽかしたのも、友子がカズさんへの当てつけに僕を誘ったのも、僕がカズさんを裏切り、友子の迷惑も考えず、友子の唇を奪ったのも、噴き出した甘えや弱さ、欲望の表れなのだろう。もしも、あれが浜辺ではなく、何処かの部屋であったなら、僕は友子にもっと酷いことをしていたかもしれない…。僕は自分の欲望の卑しさ、深さに(おぞ)ましさを感じた。自分勝手な欲望、それはどうすれば防げるのだろうか。意志という蓋で塞げばいいのだろうか。防ごうとも塞ごうとも、その根源が自己愛ならばどうしようもないんじゃないだろうか。カズさんは、

『自己愛を認識して…、意志を持って調整する、調和させてゆく、導いてゆく』

と、言っていた。『ある』ものはあるし、噴き出してくるものは噴き出してくる、ということか。噴き出すのは抑えつけているから勢いがつくのだろうか。消そうとしなくてもいい、防がなくとも、塞がなくても、抑えつけなくてもいい。『ある』ことをただ認めればいい。認めて、その方向を表し方を調整、導いてゆくということなんだろうか。そこのところは、まだよく解らない。

 僕が友子に手を出したのに、カズさんは怒りも詰りもしなかった。好きな女性に手を出されて腹が立たないはずがない。意志の力でその感情を制御したのだろうか。いや、もしかすると、腹を立てていないのかもしれない。ずっと自分の甘えや弱さ、欲望、自己愛と向き合ってきて、その克服の難しさを知っているカズさんは他人の甘えや弱さ、欲望、自己愛に寛容なのかもしれない。これまでの言動から察して、そうに違いない。大人だな、カズさんは。

 意志。する、という意志の大切さはわかった。でも、僕は何をすればいいのだろう…。

 カズさんの本をパラパラと捲る。

 子供の頃は、読書が好きだった。独りの時間が多かった所為もあるが、これも母さんの影響だ。まだ両親が離婚していなかった頃、寝る前に母さんがよく本を読んでくれたものだ。僕が字を読めるようになってからも、せがむと読んでくれていた。離婚してからは、そんなこともなくなり、僕は独りで本を読むようになった。思えば、あの頃から、僕は独りで平気な振りをしはじめたのかもしれない。読書や漫画好きが昂じて小説家や漫画家に憧れていた時期もあったが、そんな不安定な職業で母さんを養ってゆけるはずもなく、それに、いつもの如く、『どうせ僕なんか…』と書きもせず諦めていた。そんなこともあって、ここ数年は、まともに読書をしたことがなかった。漫然とテレビを観たり、ゲームをしたりの日々だった。でも、現在なら、これからは…。

 カズさんに倣って、日記を記してみるのもいいかもしれない。

 僕は自分の思想を意識化、言語化することができるだろうか…。

自己を分析することができるのだろうか…。

 

 うとうとしていたら、夕方になっていた。

 [Kool]へ向かう。

 堀端沿いを歩いていると腹が〝グゥ〜〟と鳴った。悩んでも、腹は鳴る鳴る、法隆寺。何だか可笑しくなって、空を見上げた。      

 空はどんよりと曇っているが、西の空は微かに明るい。雨が降ったからなのか少し寒さが緩んだようだ。

 …春か。ここで一句、

 春は近し 十五万石の 城下かな


 [Kool]の扉を押す。

「いらっしゃいませ」

 いつものカズさんの声。先客がふたり。カズさんと同年輩くらいの男女が並んでいる。僕と友子の指定席には女性が座っていたので、僕は一つ置いた席に腰を掛けた。

「大戸さん、いい香りがしますね〜」

 カズさんがおしぼりを手渡しながら言う。

「あっ、わかりますか」

「はい。芳ばしい香りがします。これは焼鳥ですね?」

「はい。正解です!教えてもらった、焼鳥屋さんに行ってきました。いやあ、美味しかったです。ありがとうございました。カズさんお薦めの刺身も『骨付きモモ肉の炭火焼』もチャンポンも、どれも美味しかったです。それに、大将もいい人で楽しかったです。日本酒まで御馳走になっちゃいました。あんなに美味しい焼鳥、初めて食べましたよ」

「そうでしょう。何せ、大将自ら育てている地鶏ですからねえ」

 先日、カズさんの友人の鮨屋さん等、何軒かの料理店を教えてもらっていたのだが、今日の気分は?焼鳥?だった。

「ホント、いい匂いがする〜」

 隣の女性(ひと)が僕の方を向いて匂いを嗅ぐ仕草をした。

「大戸さん、こちらは三山さん御夫妻です…」

 カズさんが夫婦に僕を紹介してくれた。

 夫婦と挨拶を交わす。ふたり共、物腰の柔らかい雰囲気。旦那さんは、壁に飾ってある[自動車のカレンダー]を描いている人であった。自動車のことは詳しくないのでよく分からないが、古い型の自動車だそうだ。精密な()で一見、写真と見間違う程だ。カレンダーだけでなく、様々な旧車を描いたポストカードやグッズも制作していて、カズさんの友人の雑貨屋さんでも販売をしているという。

 奥さんの前には紗を掛けたような赤紫色のカクテルが置かれている。尋ねると、

[シュールダンス]とのこと。カズさんの初期のオリジナルカクテル第三号で[米米クラブ]の歌から着想を得たそうだ。早速、註文した。

 〈流れ星シェイク〉

 カシスの甘い香りとベルベットな口当たり。檸檬の酸味とソーダの爽やかさがカシスの風味を引き立てている。『シュール』と聞くと、ダリを連想してしまう。この感じ、何となく、ダリっぽいかも。

「第三号がこれで、第二号は[浪漫飛行]ですよね。じゃあ、第一号は何なんですか?」

「[ランディキャンディ]よ」

 奥さんが即答した。

「さすが。久保田利伸の歌からイメージしました。所謂、俺のデビュー作といったオリジナルカクテルですね。こちらの御夫婦はデビューの頃から現在までずっと俺を支え続けてくれている恩人なんです。俺が駈け出しの頃、ジン等のスピリッツ系のお酒をキープしてくださって、カクテルブックに載っているカクテルを片っ端から作らせてくださったんですよ。勿論、マスターの許可あってのことですけど。お蔭様で色々なカクテルを実際に作って味わうことができました。様々なカクテルの基準の味を知ることができました。感謝しています」

「やあねえ、大袈裟な。それを云うなら、三城君だって、あたしらの恩人よ。三城君のお蔭で、あたしらは知り合えたようなものなんだから」

 バーテンダー。いい職業(しごと)だな。酒の調合だけでなく、人と人との調合までしてしまえるのだろうか。

「わたしがカクテルを好きになったのも、三城君のお蔭かな。三城君はスタンダードなカクテルでも、わたしの好みに合わせてアレンジしてくれたし、オリジナルカクテルだって、わたしら、お客さんの好みに合ったものをつくってくれた。それが嬉しかったし、楽しかったんよ」

「うんうん。敦子ちゃんはいいことを言うねえ。大戸さん、この職業の面白味の一つは、こうやって、お客さんと楽しさや喜びを共有できることですね。お客さんと一緒にカクテルをつくる楽しさ、つくったカクテルを美味しいと喜んでもらえる喜びがあるんです」

「そうそう、三城君なんか、わたしがカクテルの味見をさせてあげると、『美味い、美味い』って半分くらい飲んじゃうのよ」

「若気の至りで、申し訳ない。あんまり美味いもので、つい」

「自画自賛ねえ。ホント、シアワセな人やわ。じゃ、原点のカクテル、[ランディキャンディ]よろしくっ!」

「あっ、僕もお願いしますっ!」

「かしこまりました」

 カズさん曰く、この[ランディキャンディ]は、それこそ『若気の至り』のカクテルだという。〝いかに好みの女性を酔わせるか〟そんなコンセプトで当時、流行っていたカクテル[ファジーネーブル]などに使うピーチのリキュールとカルピスを合わせ、ウオッカを〝気持ち〟注ぐ。この〝気持ち〟というのは、その女性を酔わせたい分だけ、即ち、カズさんの好みの分だけということだそうだ。

「まあ、ウオッカは無味無臭というか、スクリュードライバーも『レディキラー』と呼ばれていたように、ジュースなどの風味でウオッカのキツさが誤魔化せますからねえ。と、云っても実際に無茶な量を入れたことはないですよ。あくまで遊び心、妄想です。浪漫です」

 [ランディキャンディ]。白い泡を頂いてピンク色に満たされたコリンズグラスの姿が棒状のキャンディにも見える。一口飲む。

「美味しいっ!これなら、いくらでも飲んじゃいますね」

「そうでしょう」

「じゃ、三城君に御裾分けしてあげる」

 カズさんは敦子さんから受け取ったグラスを勢いよく飲む振りをして一口飲んだ。

「あー。やっぱり…、美味いですねー」

「ホント、オメデタイというか、シアワセな人やわ」

 敦子さんがあきれたように言った。

 確かにカズさんは幸せな人だ。善い人達に恵まれている。この何日かだが、[Kool]に通って出会った人、皆、善い人であった。あの酔っぱらいの鴨川さんも根は善い人なのだろう。

「カズさんは好きなカクテルとかあるんですか?これが一番とか」

「大抵、何でも好きですね。それぞれに美味しさがある。何と云うか、順位じゃないんですよね。その時、飲んだカクテルが美味しいんです。こういうものは〝かけっこ〟じゃあるまいし、無理に順位を決めなくてもいいんじゃないですかねえ。まあ、思い入れのあるカクテルは幾つかありますけど」」

「じゃあ、コンクールとかも出てないんですか?」

「そうですね。出ていません。カクテルに勝ち負け、順位は無いと思っていますから。お客さん、個人の判断はあると思いますけど。

一位だ二位だ落選だ、勝っただ負けただと、計りたい人は計れば、競いたい人は競えば、争いたい人は争えばいいでしょうが、カクテルは、ある基準だけで、ある価値観だけでは計り切れないと俺は思っています。何たって、カクテルは〝夢〟ですからね。まあ、バーテンダーの交流、親睦や情報交換、技術の向上等の〝きっかけ〟にはなると思いますが。あ〜、でも随分前のことですが、お祭りみたいなコンテストには参加したことがありますよ。当時、一緒に働いていた人、神さんが、[TUBE]のファンだったので、その人に捧げて、[サマードリーム][シーズン・イン・ザ・サン]という名前のカクテルを出品したことがあります」

「ああ、あれは何か後味悪かったわねえ」

 敦子さんがしんみりと呟いた。

「あっ、カクテルのことじゃないんよ。コンテストのやり方のことやけん」

「敦子ちゃんには申し訳なかったけど、あれはあれで楽しかったと思う。そうそう、でも、若い頃は、自分がつくるカクテルが一番好きだと答えていました。だって、そうでしょう?自分の好みに合わせて自分がつくるんですから間違いない」

「ああ、そうか。自分の好みは自分が一番よく分かる」

「でも、現在は、他人(ひと)がつくってくれるカクテルも好きです。自分と違った趣向が楽しいというところもありますが、特に好きな人や一所懸命につくってくれる人のものはカクテルに限らず好きですね。何と言えばいいか、舌で味わうんじゃなくて、心で味わう、と、云うんですかねえ」

「三城君も大人になったんやね…」

 そうか、敦子さんは、ずっとカズさんを見守ってきたんだよなあ。若い頃のカズさんは、現在よりももっと熱くてギラギラしていて、僕には近寄り難い存在だったのかもしれない。

「そうやなあ。おれも敦子が作る料理が一番美味しいと思う。だいたい、人の味覚なんてあやふやなもんで体調とか気分によって感じ方が変わるもんやと思うな」

 それまで黙って皆の会話を聞いていた旦那さんが口を開いた。

「やあねえ、わたしも章ちゃんが淹れてくれたコーヒーが一番好きよ」

 …やれやれ。しかし、確かに友子がつくった料理には、料理自体の美味しさもさることながら?友子がつくってくれた?と、いう認識による相乗効果の美味しさがあったと思える。

「俺も味覚というものは、あやふやなものだと思います。でも、だからといって、どうでもいいものを出したっていい、ということではありません。

『たかがカクテル、されどカクテル』

双方のバランスを大事にしたいですね。軽く見過ぎても重く見過ぎてもよろしくない。

『過ぎたるは猶及ばざるが如し』です。

それらを踏まえて少しでもお客さんが、相手が気に入る味に近づくように一所懸命、誠意を込めてつくる、ということが大切だと思います。その結果、お客さんが、相手が、喜んでくださったなら有難いですね」

「そうやなあ。旨味の成分なんかは機械で分析できたとしても、美味いと感じる心は分析できん。大切なのは〝感じる、感じられる〟という心なんかもしれんなあ」

「うん。それに、いくらこっちが誠意を込めても相手に伝わらんこともあるけん。相性というか、縁みたいなもんもあるんやろねえ」

「同感です。三山さん、何か召し上がりますか?」

「じゃ、テキーラお代わり」

「たまにはカクテルも飲んでくださいよ」

「おれはカズが注いでくれるテキーラが好きなんよ」

 カズさんが、『カクテルは夢だ』と言っていたのは、カクテルを舌で味わうだけじゃなく心でも味わうものだと想っているからなのだろう。その想いに共感、響感している人達が[Kool]に集うのかもしれない。

「敦子ちゃんは?」

「んん〜。〆はあったかいのにしよっかなあー。アイリッシュ・コーヒーください。大戸君も飲む?一度に二杯つくれるけん」

「はい。飲みます」 

 と、軽く応じたものの、それは手間の掛かる工程だった。毎年、冬季なると北海道の友に焙煎してもらうのだと云う珈琲豆を手動のミルで挽き、丁寧に珈琲を淹れ、クリームをホイップし、温めた小振りのワイングラスへ入れたウイスキーに点火、その上から珈琲を注ぎ込み、沖縄産の黒糖を入れて、よく掻き混ぜ、クリームを丁寧に浮かべる、と、いうものだったのだ。

 作業をずっと目で追っていた僕は、出来上がった瞬間、思わず、

「おおー」

と、溜息にも似た感嘆の声を洩らしていた。

 白いクリームと黒い珈琲の、きれいに二層に別れた姿が美しい。

冷たいクリームの後からくる熱いコーヒーのまろやかな風味、そして、ウイスキーの芳醇な味と香り…、全てが混然一体となって僕を包み込んでくるようだった。

 焙煎をしてくれている北海道の友とは旅の道中で出逢えたという。その経緯は旅ならではのものだ。

 〝〆〟と、言いながら、敦子さんは、もう一杯、

[ABR(敦子の美学・ロックの略だそう)]と、云う名のカクテルを飲み、旦那さんも黒いボトルのウイスキー、[アードベック]のロックを飲んで、僕を交えてカズさんと会話を楽しみ、寄り添い帰っていった。

 ふたりの心遣いと仲睦まじい姿は僕の心に和やかな安らぎを与えてくれた。

 夫婦っていいもんだな。人間っていいもんだな。

 カズさんの片付けが一段落ついた頃合いを見計らい、

[逃亡者]を註文した。

 鮮やかな夕焼け色。そして、この香りと後口のほろ苦さ…。カクテルっていいもんだなあ。

「カズさんは、何故、バーテンダーになろうと思ったんですか?」

「元々、中学生の頃からハードボイルド小説を〝きっかけ〟にカクテルやバーテンダーに興味を持っていたのですが、決定的なのは、母が連れて行ってくれたBARが〝きっかけ〟です。それまで、ディスコや居酒屋なんかで飲んでいたカクテルよりも断然、美味しかったんですよ。あれは感動しましたね。同じカクテルでも、バーテンダーに依ってこうも違うのかって衝撃を受けました。

さらに、そのBARには[サマークイーン]というオリジナルカクテルがあって、それがまた途轍もなく美味しかったんです。それで、バーテンダー、カクテルに興味を持ったし、自分で創り出せるオリジナルカクテルにも興味を持ちました。

 カクテルは素晴らしいものです。色、グラスや飾り、香り、風味、シェイクやソーダなどの音、冷たさや温かさ、グラスの手触り、エピソードなどのロマン…、視覚嗅覚聴覚味覚触覚、そして心覚といった六感で楽しめて、さらには酔えるという気持ちのいい実用性まであります。そんな特徴にも惹かれました。後は、バーテンダーの格好よさと若干のスケベゴコロですかねえ」

「〝きっかけ〟って些細なことなんですね」

「そうでしょうね。それをどう意味づけるか、だと思います。同じ様な体験をしたとしても、人によって感じ方は違うでしょうね。ただ、どんなに些細な〝きっかけ〟でも、好奇心と、やってみたいと思う気持ち、やってみるという行動力は大切にしたいですね」

「好奇心と行動力、ですか…」

「俺は大学に行く気がなくて、まあ、出来が悪いので行きたくても行けなかったでしょうが、高校も就職を前提とした工業高校を選びました。建築科だったので、その流れで取り敢えず、岡山の倉敷にある建設会社へ就職しました。建築の仕事は、キツいですが、遣り甲斐もあって、楽しい面もあったんですが、半年もすると、会社勤めに俺は向いていないことが分かってきました。そんな時、尊敬している友人が事故で逝ってしまって、生命の儚さを感じました。いつ死ぬやら分かりはしない。明日、死ぬかもしれない。それなら、好きなことを、やりたいことをやって死のうじゃないか。そう決めて、受け持ちの現場の工事が終わるまでは働いて、その会社を辞めました。で、この街へ帰って来て、バーテンダーになったんです。その一年半後、前にも話しましたが、〈心の師匠〉にお会いできて、〝バーテンダーを一生する。自分のBARの名前は、Koolにする〟と、決めました」

「それは、どうしてですか?」

「一言でいうと〝感動〟ですかね。〈心の師匠〉に感動したんです。〝俺もこの人のようなバーテンダーになりたい〟そう思ったんです。前に彫刻に喩えて話しましたが、これは、型や所作、技術の真似がしたい、という意味ではありません。文字通り、〝心の、理念の、精神の、真似がしたい、師と仰ぎたい〟ということです。師匠だって、振りの真似なんて望んでいないでしょう。その精神を俺らしく表現、体現することを望まれていると、俺は思っています。

 海外のBAR巡りの旅を終えて、御挨拶へ伺った時に、俺のこれからの構想を聞いて師匠は、

『あなたはあなたの考えをちゃんと持ってらっしゃる。あなたには何も言いません。あなたはあなたの好きなようにおやんなさい』

と、仰ってくださいました。

 こうやって言葉にすると、呆れられたように聞こえるかもしれませんが、あの時の師匠の表情、口調から、俺は、俺のことを認めてくださったんだと思っています」

 今、カズさんの心には、その時の師匠の姿と声がまざまざと蘇っているのだろう。何だか、師匠がカズさんを介して僕に語りかけてくれているような、そんな心持ちがした。

「その、心を、理念を、精神を受け継ぐ、ということですか…」

「そうですね。俺はまだまだ未熟者ですから、師匠の精神を支えに、杖に、手掛かりにと、おすがりして修行をさせて戴いているってところです。

 〝Kool〟という言葉も師匠の精神と共に俺の心に響き共鳴したんだと思っています。師匠にお会いできて、〝バーテンダーを一生する〟と決められて、〝いつ死ぬか分からない〟という死に対する焦りが無くなりました。

『朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり』

と、いう言葉がありますが、目標が定まると、進むべき道が決まると、心が安定するんでしょうね。何か一つ、好きなことがあれば人生は楽しめるんじゃないでしょうか。〝Keep Only One Love〟です」

 扉が開く。

 鍔付きの黒い帽子に黒のロングコートという出で立ちの老人が入ってきた。長身でスマート。やけに姿勢がいい。

「いらっしゃいませ、松山さん」

「一矢君、久しぶり。元気でやって…いるようだね」

「お久しぶりです。はい。元気でやっています」

「こんばんは」

 目が合った僕達は挨拶を交わした。

 柔和な笑顔。帽子を取った松山さんの頭はつるつるだった。鶴のような顔立ちと相俟って名僧のような雰囲気が漂っている。

 松山さんはするするとコートを脱ぎ、無駄のない動きでハンガーに衣類を掛けた。スーツもスタンドカラーのシャツも全て真黒。顔立ちは鶴だが格好は烏といったところだ。黒い鶴か。

 椅子の引き方、腰掛け方、一挙一動が滑らか、身ごなしが美しい。

「一矢君、サイドカーを頼むよ」

〈流れ星シェイク〉

 琥珀色のカクテルがグラスに注ぎ込まれる。

「一矢君のサイドカーは懐かしい味がする…」

 …松山さんとカズさんは二十数年前ロンドンのホテルのBARで出会ったそうだ。カタコトの英語で熱心にバーテンダーとやり取りするカズさんに松山さんは興味を持ち話し掛けたところカズさんはBARを巡る旅の面白さと、将来の自分のBAR、[Kool]の構想を熱く語った。帰国後の再会を約束し、再会してみると、カズさんは[Kool]のことをそっちのけにして、この街と、この国の未来についての構想を熱く語ったという。

「その時の待ち合わせの場所が、今はなき、一矢君の〈心の師匠〉のBARだった。私もよく通ったものさ。あの人は素晴らしい人だった。その人のサイドカーの味に、一矢君のサイドカーがよく似ておる」

「ありがとうございます。そう仰ってくださると嬉しいです」

「目標とする人に自然と似てくる、そんなものかもしれないな。しかし、まるっきり同じというわけでもない。このサイドカーも一矢君らしさが出ておる。少し酸味が効いておるところが爽やかでよいなあ。そうそう、サイドカーと云えば、一矢君にも思い出があったね…」

 ヨーロッパのBARを巡る旅の旅立ちの時、カズさんは〈心の師匠〉のBARへ挨拶に行った。師匠は、励ましの言葉と共に、

『わたしの得意なものを…』

と、?はなむけ?にサイドカーをつくってくれた。

 ヨーロッパ十六か国、九か月の旅の最終地はパリ。

 パリの〝サイドカー発祥の地〟との説もあるBARで旅の〆くくりにサイドカーを飲んだカズさんは、

『帰国したら一番に師匠のサイドカーを飲もう』

と、心に決めた。

 帰国して師匠の前に立ったカズさんを師匠は笑顔で迎えると、カズさんが註文もしていないのに、シェイカーを振り、すっ、と、サイドカーを差し出してくれたそうだ。

「あれは驚きましたね。俺は旅立ちの時に、

『帰ったらサイドカーをお願いします』とも何とも言っていないんです。

 帰国して師匠の前に立った時も、

『ただいま、無事に帰ってきました』と言っただけです。

 それなのに、俺が飲もうと決めていたサイドカーを、すっと出してくださった。感動しましたね。後に、そのことを師匠に話すと、師匠はにこにこと笑っているだけでしたが…」

「そんなこともあるだろう。まさに以心伝心。ふたりの想いが、ぴたりと通じ合ったのであろうな。あの人なら、そんなことをしたとしても不思議ではないさ。では、[オールドリヴァー]を貰おうか。

大戸君、君もつきあいたまえ。これから先は、わたしが御馳走するよ。これも何かの御縁であろうからな。一矢君もな。師匠を讃えて皆で乾杯しよう。そして、大いに飲んで語ろうではないか」

「ありがとうございます。いただきます」

「古川の 苔つかぬいしさ 緑郎流(ロックンロール)

 カズさんが一句詠みながら、出来上がった[オールドリヴァー]を差し出した。

 三人でグラスを掲げる。

 〝古川〟という名前にピッタリの色合いと味わいのカクテルだ。スペインの酒、シェリーがベース。擂り下ろした生姜とミントの香りが相俟って山奥の古い町並みを流れる清流を思わせる。

 僕の感想を聞いた松山さんは、

「なかなか、詩的なよい表現じゃないか」

と、言い、言葉を続けた。

「清流とはよく言ったものだ。確かに、あの人は?清流?という言葉がしっくりと当て嵌まる一流のバーテンダーであった。私は思うのだが、皆、一流なのだと思う。〝一つの流れ〟なんだな。大きい川、小さい川、利根川、信濃川、四万十川、といった有名な川もあれば、町を流れる名も知られぬ側溝、田圃の畦の用水路もある。皆、それぞれ人々の暮らしの役に立っておる。二流、三流だと、人は勝手なことを云うが川に順位や優劣をつけることが馬鹿げているが如く、一流は一流で、二も三もないのだよ。一矢君は一矢君で一流。大戸君は大戸君で一流なのだよ」

「僕なんて、とてもとても…。何の特技もないですし…」

「特技の話じゃあない。意志であり、決心、覚悟のことなのだよ。自己規範、矜持と云ってもよいかもしれん。君は君の流れ、流儀を、人生を全うすれば、それでいいのだ。それぞれがそれぞれの自己規範、矜持を持って、流儀、人生を全うすれば、それでいいのさ」

「俺は街を流れる生活河川がいいですかねえ」

「ははっ、一矢君らしいな。私は、さしずめ下水道といったところかな。世の中の汚物を浚って、あの世までってね。おっと、また、話が脱線しておる。ええっと、どこまで話したかな?」

 …松山さんと再会した時、カズさんは自分が書いた小説を持って来ていた。それは、近未来のこの街の構想を提示しながら、[Kool]|(当時、カズさんはまだ[Kool]を開店していない)に訪れた青年の成長を描いた物語だった。

「その時は、『絵空事』『机上の空論』と思っていた。成程、言いたいこと、理想は分かるが実現不可能であろう、とな。当時の私は自分のことにしか興味がなかった。未来などどうでもよい。他人(ひと)のことなどどうでもよかった。まだ、私には、その〝時機〟が来ていなかったのさ。実現を不可能にしていたのは、当時の私の思い込み、固定観念であった。物理的には充分に可能だったのだよ」

 …カズさんは、その物語を改訂しながら、この街の文学賞にずっと応募し続けていたが(話題性と映画化等の進展を狙っていたそう)、[Kool]開店を機に応募を止め、ネットでの公表に切り替えた。そして、四年前、[完全版]を発表した。

「虫の知らせ、というのかなあ、と、云うか、私の〝時機〟が来たのであろう。何となく一矢君のことを思い出して、ネットで検索してみると、おお、Koolを開店しているではないか。さらに、あの小説もまだ発表し続けているではないか。で、Koolを訪ねる前に[完全版]を読んだわけさ」

 …[完全版]を読み、心を動かされた松山さんは[金持ちの同志]を募り[やまと財団]を設立。準備万端整えて、[Kool]の扉を開けた。

「その頃の私は、有り余る金の遣い途に悩んでいた。自分の為だけに金を使うことに飽きていた。わかるかな?何を食べようが、何処へゆこうが、さして変わりがない。高級車に乗ろうが、豪邸に住もうが、車は車、家は家、大したことはない。それに私が高級になるわけでも豪華になるわけでもない。ただの老いぼれさ。私の人生もそろそろ終わる。金はあの世に持ってゆけん。それならば、世の為、人の為に役立つことに遣いたい。しかし、慈善事業も寄付も何か胡散臭い。もっと、この国の、世界の、未来へ繋がるような夢のある面白い遣い途を探していたのだよ。

 周りの金持ち連中もおぼろげながらも同じようなことを思っていたようで、私の提案に賛同してくれた。中には『やっと、罪滅ぼしができる』と泣き出す者までいた。〝あたりまえ〟のことをしていたんでは金持ちにも権力者にもなれはしない。他人は欺けても自分は欺けない。彼奴らも罪悪感、後ろめたさを感じていたのであろう。根っからの悪人などそうはいないものさ。〝きっかけ〟があれば、〝時機〟が来れば悪人と呼ばれる者も変われるのさ。善人とまではいかなくても、〝あたりまえの人〟にな」

 …再会を喜ぶのもそこそこに松山さんは、カズさんの構想を実現する計画を提案した。カズさんも松山さんの提案の緻密で具体的な計画と、真摯な熱意に心を撃たれたという。

「正直言って、以前の松山さんは、成金趣味というか、高級品で身を装い、でっぷりと肥えて、物言いも傲岸不遜、何かにつけ他人を見下して、金額で価値を計る、といった感じの人でした。でも、何処かしら憎めない人懐っこさ、優しさを持っていらっしゃいました。それが、四年前にお会いした時には、すっかりスマートになられて、物腰の柔らかな、まあ、好々爺、という感じの素敵な紳士になっていらっしゃって吃驚しましたよ」

「手厳しいなあ。でも、ま、そんな感じだったな、私は。大病を患ったことも、今思えばよかったのかもしれんな。あれで人生観が随分と変わった。馬鹿は死ななきゃ治らない、と、いうが、死ぬ目に遭わないと人は、なかなか変われないものかもしれん。それに、あの病は私の身体と心に溜め込んでいた汚物、毒素を抜いてくれたようにも思う。病後の方が調子がよいからね。まあ、こんなことが言えるのも生還できたからだがな」

 …構想を実現するにも、まずは市民の同意、賛同が必要である。何をするにせよ〝意志〟が大切である。その〝意志〟を持つ〝きっかけ〟に松山さんが決めたのはカズさんの小説だった。それは、松山さん自身の〝意志〟を持つ〝きっかけ〟がカズさんの小説だったからだ。

 それまで細々とネットで発表していたカズさんの小説を出版し大々的に広告宣伝した。勿論、閲覧無料である。

「これが好評でね。まあ、皆がそういう〝時機〟だったのだろう。このままではいかぬ、何とか皆が豊かに幸せに暮らす術はないのか、と、皆が思っていたのだろうな。こうも言える。時代の流れが、皆の思いが、一矢君に小説を書かせたのかもしれないな」

 カズさんの小説は市民に広く読まれ、遂には映画化に至った。

「市民参加の映画づくり、これが市民の団結心を固め、さらに、この街の未来図を描くことが、実際の街づくりの予行演習となったわけだ」

 …映画製作にあたり、プロジェクトチームによる綿密な都市計画が立てられ、それをもとに街の姿はCGで描かれた。しかし、物語の主な舞台である[Kool]とコリドー広場はセットではなく、実際にこの場所につくられた。撮影後、[Kool]はカズさんが営業することとなった。

「いわば一矢君は、街づくりの立役者だからね。私としては中心となる役職に就いて欲しかったのだが、一矢君はバーテンダーのままがいい、と言ってきかず、頑固だからなあ、この男は。じゃあ、せめて、このKoolだけでもプレゼントしたかったのだよ」

「俺は、アイディアは出しましたが、実行するのは専門家や才能のある人に任せるのがいいと思ったんです。松山さんの尽力で各分野の物凄い人材が集結してくださいました。金や地位や名誉じゃない、もうそんなものは既に持っている、もしくは、いらない、ただ、よい仕事がしたい、そんな人ばかりでした。その時、思いました。皆、〝きっかけ〟を待っていたんだな、と。それぞれの人が熱い想いを抱いていても、松山さんのような人がまとめてくれないと?かたち?にならない。しかし、まさか、このKoolをプレゼントしてくれるとは思いも寄りませんでした」

 でも、その松山さんを動かした〝きっかけ〟はカズさんじゃないか。僕は心の中でツッコミを入れてみた。

 …映画に描かれたこの街の姿は市民を感動させ、心に深く刻みこまれた。前に、友子が言っていた通り、

〝こんな街になったらいいなあ〟

数多くの市民がそう思ったのである。

 そして、実際の〝街づくり〟が始まった。

「〝街づくり〟は市民総出の協力のもと、実に滑らかに滞りなく進められた。既に一矢君の小説を〝きっかけ〟にして、市民は自己を見詰め、〝和〟の心を育んでいたからな。まあ、元々、この街の人々は協調性があったのだがね。だから、私達が動かずともいずれは市民達の手で〝街づくり〟がなされたのであろうが、私はそれを待てなかった。命は旦夕に迫っている。これは私のエゴだが、どうしても生きているうちに見たかったんだ、〝和〟の社会の実現をね」

「〝和〟ですか…」

 カズさんの説明を受けて何となく分かったような気になっていたものの、まだはっきりとは分からない。

「うん。〝和〟さ。これは他人に教えてもらって分かるというものじゃない。自分を見詰め自分で考えて自分で摑むもの、会得するものだと私は思う。しかし、これも御縁だ。武蔵の五輪書ではないが、参考までに三つの〝わ〟の話を聞いてみるかな?」

「はい。お願いします!」

「よい返事だ。君は見所がある。おっと、話す前に飲み物をっと。この流れはシェリー繋がりで[Viento(ヴィエント)]だな」

「かしこまりました。松山さん、よく覚えていてくださいましたね、このカクテル」

「うむ。川の流れの次は、風の流れとゆこうかな」

「風流ですね。スペイン語で風の意味の言葉ですから、創る時にベースはスペインの酒、シェリーにしようと思ったんです」

 グラスの中にバースプーンが風を巻き起こす。ピンクという表現は、どぎつ過ぎてそぐわない。春風に舞う桜の花びらの色だろうか、それとも、アンダルシアを吹き抜ける初夏の風の色だろうか。その名の通り、爽やかな口当たりと仄かな苦み、酸味が口の中に心地のよい風を感じさせた。

「嗚呼、実に爽やかじゃないか…。さて、それでは一つめ、『人の和』だ。これの基本は、〝恕〟まあ、思い遣りだな。公共心と云ってもよいだろう。個人は皆の為、皆は個人の為に何ができるのか、自分だけが幸せになるのではなく、自分も含めて皆が幸せになるために自分はどうすればよいのか考えてみることが大切なんだよ。まあ、自分だけが幸せなんてことはあり得ないことではあるがな。私も自分のことばかり考えていた時は幸せではなかった。だから、もっと、もっと、と、際限なく求め続けて奪い続けて、決して満足できなかった。これは幾ら金を持っていたとしても不幸せなものさ。終わりのない餓鬼地獄のようなものだ。それが、どうだ、分かち合い、分け与えられる喜びを知ることができて幸せの意味が分かったように思う。独りでは幸せにはなれない、とね。

 最近、疎遠になっていた子供達も孫を連れて顔を見せてくれるようになった。思えば、私は妻や子供達からも自由を奪い、支配していたのだよ。逃げ出すのはあたりまえだな。私は家族のみならず全てを独占しようとしていたのさ。幸せとは、独り占めするものではないのだよ。

 この街の整備が滑らかに進んだのも、皆が私有地を止め、公地にしたからだ。この地球は誰のものでもない、と、大きなコトを持ち出すまでもなく、この狭い街の土地の更に狭い土地をてんでばらばらに私有してどうなる。皆の土地、皆の街として区画整理すれば、皆にそれぞれの家族構成に合わせた住居を配分できるし、工業、農業、居住地区と土地を有効利用できる。云わば、住居は借家さ。誰から借りているか、それは皆から借りている、街から借りている。皆が借主でもあり家主でもあるわけだ。所謂、

?無所得の所得?の境地かな。

 所得すれど、所得せず、所得せずとも所得している。禅問答を実践したわけだ。工場の騒音や粉塵、排気、汚水等も一区画にまとめることで一括処理できる。製品、資材の搬入出も簡単だ。農地もまとめたことにより作業効率が上がり負担が軽減され生産性が向上する。道路や鉄道の整備、防災対策もしっかりとできる。土地の有効活用により高層建築物も必要なくなり、街の防災、景観にも配慮できる。初めは、私がこの街ごと買い占めてやろうか、とか、阪神淡路、東日本、熊本大分の震災を例に挙げて、大地震に遭ったと仮定して説得しようか、などと思っていたが、そんなことをするまでもなかったよ。勿論、建物は私達が全て金を出して建てた。都市計画に則り最新の技術でね。災害に対しても各自がバラバラに対策したって効果は薄い。町ぐるみ、都市ぐるみの連携した対策が重要なのさ。まあ、君も、これから分かってくると思うが、自分が幸せになる為には周囲の人も、皆が幸せでなければなれないものなのだよ。幸せとは皆で築いてゆくものなのだよ」

 皆の土地、皆の街。皆の中には自分も含まれている。皆の街であり自分の街でもあるんだ。公共心。この街が美しいのも、この街の人達のマナーの良さも、そんなところからきているんだな。

「二つめは、『調和』だ。これは先の『人の和』とも繋がっているが、人と人との調和を含む、自然、地球との調和。人はひとりで生きているのではない。人類だけが地球に生きているのでもない。人と人の共存は勿論、人類以外の生命、自然、ひっくるめて地球との共存、調和を考えてもらいたい。地球は一つしかない。資源にも限りがある。しかし、母なる地球は有難い。ちゃんと、太陽、空気、水、地熱、海…、エネルギーの源を備えてくれている。わざわざ大気汚染せずとも、放射能汚染の危険を冒さずとも、自然の力でエネルギーを生み出すことができるようにしてくれているのだよ。まあ、これはエネルギーに限ったことではないのだが…。おっ、そうだ!放射能の話で思い出した。一矢君、遂にアレの試作品ができたよ」

「えっ? 何のですか?」

「放射能除去装置だ」

「おおー、それは凄い。とうとう、できたんですね。よかったー」

「まだ試験中だが、素晴らしい成果が出ている」

「そうか…。じゃあ、イスカンダルまでゆかなくて済むんですね」

「カズさん、それって、ヤマトのですか?」

「おっ、大戸さん、ご存知なんですか」

「はい。リメイクを観たことあります」

「リメイクのヤマトでは、コスモリバースシステムと呼ばれていましたが、俺が子供の頃に観ていた原点のヤマトでは、ずばり、放射能除去装置との名前だったんですよ」

「うむ。放射能除去装置の名は、まさに[やまと]という。まあ、私らの財団の名前をつけたのだが、世界の大いなる平和に一役かってくれとの願いも込められている。この装置によって原発事故や廃棄物、劣化ウラン弾等の被害で苦しんでいる地域の除染ができることは勿論、原発の廃炉、解体時にも役立てられる。被爆者の治療にもな。火は消火できて、毒は解毒できて、初めて制御といえる。使用することができる。原子力は、制御できぬまま、放射能を除去できぬまま、使用に踏み切ってしまった。兵器として用いてしまった。まだまだ、制御には程遠いが、放射能を除去する糸口は摑めたであろうな。そうそう、この装置を応用した核ミサイルを無力化する迎撃ミサイルの開発も進んでいる。それと関連して、画期的な国防システムもできつつある。これは敵が撃ってきたミサイルの軌道を反転させ、発射地点、または任意の地点にお返しする、と、いうものだ。名付けて、[神風]。我が国は、もう永久に侵略戦争はしない。だが、攻められた時には受けて立たねばならない。安保を解消し、国連も頼りにならない現在、自分の国は自分で守らなければならない。まあ、独立国としてあたりまえのことだがね。で、守るにしても我が国の武器で敵といえども傷つけるのは忍びない。それならば、敵さんが撃ってきたミサイルをそのままそっくりお返ししようということさ。敵からすれば、天に唾すと同じ。まさに自業自得。柔よく剛を制す、相手の力で相手を倒す。我が国らしい発想じゃないか。ヒヒヒヒヒ、何とも小気味いいシステムだとは思わないかね。まあ、撃たさぬよう、攻められぬように外交をしっかりとやることが大切ではあるが、守るべき武器も必要だということさ。相手が弓に矢をつがえて狙っておるのに、盾も持たず、鎧も着けず、ぼけーっと立っておったのでは交渉もへったくれもない」

 ケンシロウの北斗真空把のようなもんだな。ケンシロウも北斗神拳という武技があるからこそ、矢の前に平然と立っていられるのだろう。

「でも、敵がそれを破る兵器を開発したらどうするんですか?」

「イタチゴッコ、だな。こちらは、それを迎え撃つ[やまと][神風]をつくるまでさ。他国が破壊兵器をつくるなら、我が国はそれを防ぐ武器をつくる。矛で攻めて来るなら盾で守る。即ち?武?だな。武とは矛を止めると書く。我々は自国を守るだけではなく、地球をも守らねばならない。それは何故か。地球の大切さ、?和?の大切さに気づいたからさ。気づいた者からやれることをやってゆく。

 分かるかな。道端に落ちているゴミも同じ。気づいた者が拾う。それを、やれ清掃員だ、条例だ、と、他人を動かそうとするからややこしくなるのさ。この街にゴミが落ちていないのは、気づいた者が拾っているのと、ゴミを捨てると他人に迷惑が掛かると気づいた者が増えているからだ。ゴミを拾おう、ゴミを捨てるな、と、叫ぶことも必要かもしれん。でも、まずは自分が拾うこと捨てないことが大切ではないかな。ゴミを捨てる者と拾う者、これも、イタチゴッコさ。しかし、確実にゴミを捨てる者は減ってきている。兵器の問題も同じく、イタチゴッコをしながら、我々が思いやりの心、調和の心を示し体現してゆけば、いずれ世界の人々も?和?の心を理解してくれるのではないかな。地球は一つしかない、これは揺るぎようのない事実なのだから。人はそれぞれに違う。人種、民族、宗教、思想、様々に違う。しかし、地球は一つ、

『生きたい、幸せでありたい』

と、思う心は同じではないかな。

 その共通点から〝和〟を導き出すことができるのではないかな。これは、強制ではない。ただ粛々と淡々と我が国は〝和〟の道を歩み、その姿を世界の人々に示し、見てもらう。それで、共感、私は〝響感〟と字を当てているのだが、共感、興味を持ってくれた人達には情報、知恵、技術を提供する。やれ、グローバルだ何だと云うが、飛行機が飛び出して百年やそこらだ。そんなに簡単に違う民族や国が理解し合えるとは思えない。その前に、まずはそれぞれの民族や国の

〝個の確立〟が大切だと思う。

〝自分とは何者なのか〟と、自らに問いかけてもらいたい。

 かの聖徳太子が、

『和を以て貴しとなす』

と、唱え千年以上も経つというのに、我が国の者同士でも理解し合い実践し合うことが難しいのだから、こういうことは時間が掛かるもの、?時機?を待つものなのだろうな。身近なところでは、まずは個人が、そして、この街が自立調和を実践し、体現し、この県が調和し、更には四国が一つの共同体として連携調和する、(こころざし)の国〝志国連合構想〟というものがある。この街の成果を受けて、九州や東北、北海道の幾つかの街も動き始めた。いずれは、地方ごとに近隣の県が共同体となって連携協力し合い、自立した地方共同体の代表者が集まって国会を開き国策を決めてゆく。そんな風に国政のあり方も変わってゆくであろうな。

この〝志国連合構想〟は四国のみならず、この国全体に世界全体に広まってゆくだろう。

 世界調和で云えば、この街の渡来町は、そのための試みの一つだ。

 民族間の対立など懸念されていたが、そこは皆、愛国心を持った者同士、国の民族の誇りを懸けて、国の代表としての矜持を持って礼節ある行動してくれておる。人種、民族、言語、宗教、歴史、国が違っていても共通点はある。皆、愛郷心、愛国心を持ち、地球で生きていることだ。その共通点から出発して、世界の人々が共存、調和して生きてゆくためにはどうすればよいのかを研究するのが、国際民族学であり、国際平和学なのさ。他人を動かすのは難しいが自分が動くことは易しい。他人に何かを伝えたければ、まずは己を知り、他者を知り、そしてまずは己が示さなければな。ここで大切なことは〝自立〟だ。先刻も言ったが、

『自分の国は自分で守る』

『自分の食い扶持は自分で稼ぐ』

『自分のことは自分でする』

更に、自分の行動規範を把握し、他人に説明できることも大切だな。これら〝あたりまえ〟のことができておらねば、どんなに立派なことを言おうが、金をばら撒こうが説得力がないし、響感も得られない。権力や金で人を動かしても、それは面従腹背であって響感、同意ではない。親のスネ齧りの坊ちゃんが、どんなに立派なことを(ぬか)しても誰の心にも響きはしない」

 ?ガツン?ときた。親のスネ齧りとは僕のことだった。バイトはしていたものの、それは自分の小遣い稼ぎで、生活費、学費は全て母さんが出してくれていた。そんな状態で、二十歳だ、成人だとは嗤わせる。ただの半人前じゃないか。でも、生活費も学費も母さんが出してくれると言ったから…、いやいや、違う。本当に自立するつもりなら、大学なんて行かずに就職して稼ぐべきだろう。でも、母さんが、僕が大学へゆくことを望んだから…、いかん、また母さんの所為にしているぞ…。僕の頭の中で、僕を責める自分と、僕を弁護する自分の言葉が堂々巡り、雲のように渦巻いた。

「さて、三つめは、これだ」

 松山さんは、僕の頭の中の雲を吹き飛ばすかのように声を張り、宙に人差し指で円を描いた。

「わっか、だ。一矢君、紙とペンを出してくれないか」

 松山さんは紙に[循環無端 〇]と書いた。

「これは循環(じゅんかん)無端(むたん)といってね、巡り巡って端がない状態をいう。ほら、この円には端が無いだろう」

 松山さんはペンで円をぐるぐるとなぞった。

「例えば、リサイクルだな。この街の製品は全て再生、再利用を前提につくられている。部品一つ一つの材質、規格も統一して互換性もよい。分別回収もしやすくなっている。そもそも、この街自体が以前建っていた建築物や廃棄物として放置されていたものを再生、再利用してつくられている。リサイクルシステムと運用する体制をつくるのには手間と時間が掛かったが、なに一度つくってしまえばリサイクルの繰り返し、まさに循環無端さ。先程、自給自足の話をしたが、現在、我が国にある廃棄物とされているモノを、私等にとっては資源だが、再生、再利用し続ければ、新たに資源を輸入せずとも豊かな暮らしが長期にわたり続けられる、との調査報告もある。まあ、今まで、大量生産、大量消費と無駄にモノをつくり、まだ使えるものまで無駄に捨て、再利用できるものも無駄に放置していた。資源の無駄遣いだな。これからは、それらの無駄を無くす。これは資源の問題だけではない。この世の中に無駄がはびこっている。将来、この無駄の最たるものを無くす。それは何だと思うね?」

「さあ…」

「それは(カネ)だよ。紙幣やコインだけを無くすのではない。金銭という価値観を無くすのさ。この金銭という、無駄な価値観にいつまでも囚われておるから世の中がおかしくなっているのだよ。火力発電から原子力へ。原子力から自然エネルギーへ。この移行が速やかに行われないのも利権というカネの価値観への執着だ。かと思えば、カネになる、となったら、恥も外聞も矜持すらも捨てて見境もなく飛びつく。カネという価値観、幻想が現実への対応を誤らせ、礼節、信義、忠孝、友愛、道徳、矜持を失わせているのだ」

「ええっ、それじゃあ、みんな無料(ただ)ってことですか?」

「ふふん。現在の価値観で云うとそうなるがね。しかし、考えてみたまえ。必要なものを必要なだけつくり必要なだけ使う。必要な仕事を必要なだけ働く。皆が必要なことを必要なだけ行えばカネなんぞ無くても世の中は回るのさ。カネが無くなったからといって、胃袋が三つになったり、足が八本になったりはしないだろう?」

「ん、んー…」

 僕の頭の中では、スーパーやコンビニに沢山の人が押しかけ手当たり次第に商品を持ち帰る光景が浮かんでいた。でも、それは現在だからで、人々が?和?を考えて行動すればそんなことにはならないだろう。

「〝和〟の大切さに気づいた者達が無人島で暮らすことを考えてもらえれば分かりやすいかな。まず必要なものは真水、食料、衣服、住居くらいなもので札束なんぞ持っていても焚きつけになるくらいのものさ。自分の身の回りのことは自分でして、住居を建てたり田畑を耕したり狩りや漁をしたり皆で協力すれば捗ることは協力してする。収穫したものは皆で分ける。特技がある者はそれを活かし、無い者は自分ができることを全うする。そういう暮らしをするであろう。これが百人であろうが一万人であろうが同じことさ。むしろ、人数が多い程、一人一人の負担が軽くなり、その分ゆとりのある暮らしができる。

 有難いことに、我が国は無人島ではない。すでに生活に必要なものは充分に揃っている。ゼロからのスタートではない。現在あるものを利用しつつ、作業の合理化、効率化、分担、機械化により更に豊かでゆとりある暮らしができる。一日の就労時間は午前午後と交代制にして四時間、週休四日。まあ、これは一応の目安だがね。在宅で出来ることは在宅でする。要は一日何時間働いたという拘束時間ではなく、仕事の内容であり、成果なのだよ。その一日でやらなければならない仕事、必要な仕事を皆で協力し合い分担して行う。皆で協力、分担すれば一人一人の負担、作業時間も少なくなるであろう。あとの時間は趣味や学問、研究、スポーツ等、何でも好きなことを好きなようにすればよい。仕事は大切ではあるが、人生は楽しむ為にあるのだよ。まあ、一矢君のように仕事が好きで楽しみの人間は好きなだけ働けばよいのだがな」

「でも、お金が無くなったら仕事をする人がいなくなるんじゃないんですか?皆、遊んで暮らすんじゃないんですか?」

「そうだな。必要ない仕事はしなくてよくなる。必要な仕事を必要なだけすればよくなる。一矢君、君はカネが無い社会になったら仕事を辞めるかね?」

「BARが、バーテンダーが必要ない、と、言われれば辞めて、農業をやりますが、必要とされるのなら辞めませんね。好きな仕事ですから」

「何故、好きなのかね?」

「それは…、カクテルをつくったり、BARを営業したりすることで自分を表現できて楽しいのと、それをお客さんが喜んでくれることが嬉しいからですかね」

「そう! その、

『自分が表現する、行動することが楽しい。自分の表現、行動で人が喜んでくれる、感動、感謝してくれる。人の役に立つことが嬉しい、楽しい』

これが報酬なのだよ。お百姓さんは食べる人の為、安全で美味しい作物を作る。それを食べた大工さんは住む人の為、安全で快適な家を建てる。その家で奥さんは家族の為に家事をし、旦那は乗る人の為、丈夫で長持ちする高性能の自動車を造る。その自動車で運送業の者は皆の為に資材や品物を運び、店の者は皆の為に品物の管理や各種サービスを行う。その店から仕入れた品物でバーテンダーは美味しいカクテルをつくる。お百姓さん、大工さん、奥さん、旦那さん…、皆がBARに集い、美味い酒を飲んで、一日の疲れを癒し、縁を結び広げ、喜びを分かち合い、明日への活力となす。人の役に立つこと、人が喜ぶことをぐるぐる回す。これも循環無端だな。

 人の役に立つ仕事には?やりがい?がある。仕事は単なる労働ではなく、楽しみになるのだよ。先刻、君は遊んで暮らすと言っていたが、その通り、仕事は遊びとなる。責任を伴う遊びにね。パソコンでゲームをするのと書類を作成するのと、野球やサッカーで走り回るのと肉体労働するのと何が違うのかね。ルールという制約の中、頭と体を使って目的を達成することに変わりはなかろう。ゲームで高得点を出し、サッカーで勝ったところで腹の足しにも人の役にも立たないが、必要とされる仕事には人の役に立つ、人が喜んでくれるという喜びがあり、〝やりがい〟がある。

 何故、現在、仕事を楽しめない人が多いのか、それは、必要のない仕事を必要以上にしているからさ。カネの為にね。本来は人の為の仕事がカネの為の行為になっている。あんな紙切れの為に働いて、何が楽しかろうか、何の喜び、〝やりがい〟があろうか。

 現在でも、生産系、技術系の職種、あと、サービス業もかな、仕事を楽しんでいる者がいる。仕事に喜びがある者がいる。それは自分がつくったものが他人の役に立ち、行ったサービスで他人が喜んでくれるからであろう。カネが無くなれば、その目的、その価値がより明確となるのだよ。やれノルマだ、無理な工期だ、無茶なコスト削減だ、と、いって、人に無理な労働をさせてどうする。利益だ、儲けだ、カネの為だ、といって、人体に有害な食品をつくり、残飯をつくり、読まれもしない印刷物をつくり、すぐに壊れて使いものにならなくなるモノをつくらせてどうする。資源の無駄も甚だしい」

 金の無い社会。僕はそんなことを考えてもみなかった。金があるのがあたりまえだと思っていた。確かに金が無くなれば、金絡みの職種は無くなる。金融業、不動産業、証券業、時給目当てのアルバイト…。皆、胡散臭い業種ばかりだ。それに、犯罪も減るだろう。詐欺、泥棒、強盗、売春、そして、殺人、大抵の犯罪は金絡みだ。

「確かに、カネのお蔭で人類の文明は発展できた。必要だからカネという価値観もできたのだからな。私もカネのお蔭でいい思いをさせてもらった。この街の整備もカネのお蔭さ。カネに感謝はしている。カネとは便利な発明品であったが、害も多くなり、本質とのズレも大きくなり過ぎた。何の為の食物か、何の為の品物か、何の為の仕事か、何の為の社会機構か、現在はカネの為だ。本来は人の為ではないのかな。

株など、カネがカネを産み、金持ちほどより多くのカネを持てるようになり、カネという価値観、幻想は余りにも現実と乖離し過ぎた。カネの役目は終わった。もう充分、文明は発達した、豊かになった。     現在、この街ではカネの無い社会の実現に向けてカード化を進めている。いきなりカネを無くすと混乱するからね。これによって誰が何をどのくらい手に入れたのかを知れるというわけさ。いつ誰に何がどれくらい必要なのかのデータも取れる。そのデータを元に必要量が算出できる。

 このカードに一応上限はない。幾ら遣ってもよい。まあ、無茶は止めるがね。遣う基準は〝和〟だ。これ以上、自分が遣ったら皆に迷惑が掛かる、皆に負担が掛かる。自分が生活する為、生きる為には、これで充分。必要な分だけ遣う。そういう実験をしておる。なあに、難しいことはない、今までの暮らしを?和?という基準で見直せばよいだけのことなのだからな。トマトが豊作ならば大いに食べ、不作ならば必要とする者へ優先して与え自らは我慢する。電気が不足しているなら、夜は寝る。省エネを工夫する。それだけのことなんだよ。困っている人には必要なだけ支援する。支援が必要ないように個人の健康管理、自己管理することが皆への貢献となってくる。個人は皆の為に、皆は個人の為にどう在るべきか、何を為すべきかを考えることが大切になってくる。町単位で無人島研修というのも行っておる。最低限の生活を体験することにより、現在の暮らしの便利さ豊かさ有難さが身に沁みて分かり、更には、困難な状況を町単位で協力して乗り越えることにより、家族、町内の結束を強める?きっかけ?となっている。家族、町内の?和?を保てぬ者が、どうして国を、世界を平和にすることができようか」

 そういえば、友子もカズさんも支払いはカードだった。[Kool]のお客さん達も…。しかし、松山さんの唱えることは分かるのだが、果たして実現できるのだろうか。

「現在、この話は突拍子もなく聞こえるかもしれないが、未来では〝あたりまえ〟になっているだろう。まあ、私が生きている間に実現できるかは定かでないが、いつかは実現するであろう。来世か、次の来世になるか…、今はそれが楽しみなのさ」

「来世、ですか?」

「うむ。これも循環無端だな。生命も巡り巡って端は無し。私はいずれ死ぬ。死んで塵となって天地に還る。天地の塵が結ばれて、また生まれて来る。無論、現在の記憶も無いし、人として生まれて来られるかも怪しいところだ。でも、人として生まれて来られると信じることは勝手であろう。その方が浪漫があろう。死んだら終いというが、私はそうは思わない。今の人生を精一杯生きるのは、今の世を豊かにして未来へと繋げてゆくのは、実はこれ、自分の為でもあるのだ。折角、来世に生まれても住みにくい世では辛かろうし、生まれ出ようとしても地球が滅んでおったのではどうしようもない。まあ、地球が滅んでも、また塵が結ばれて新たな地球が生まれるのだから同じことなのだけれどな。私にとって死は恐怖でもあり楽しみでもある。終わりであり始まりでもあるのだよ。さあ、今度は何をしようかなあ…、それを考えるとワクワクして楽しいのさ。ほら、イエモンの[プライマル。]だよ。あの感じだな。おっ、丁度よい。一矢君、[プライマル。]を頼む。喋り過ぎて喉がカラッカラだ」

「かしこまりました」

 カズさんがコリンズグラスを三つ並べる。

「松山さん、イエモンを知っているんですね」

「なあに、ガールフレンドの受け売りさ。イエモン好きがいてね。若いというのはよいものだなあ。と、いって若返りたくはないけどな。二十代、五十代、七十代…、それぞれに味わい深いものだよ。人生を一日に喩えるならば、赤ん坊は日の出、大戸君は昼前、一矢君は三時くらい、私は夕方であろう。そう、今、私は一日の終わりに空を真っ赤に染める夕焼けのように人生最期の輝きを放っておるのかもしれん。そして日は没し、また日が昇る。さて、今度は何をしようかなあ…。まあ、先のことばかり言ってはおれん。今、やれることをやらねばな」

「今、やれることをやる…」

 僕は呟いた。その言葉が今の僕にとって一番大切な言葉のように思えた。

「お待たせいたしました」

 檸檬がダイブされて、[プライマル。]が出来上がった。

 グラスの底から濃い紅色がふわあっと湧き上がるように気泡を纏った白色へと滲んでゆく。レモンの香り。一口飲むと爽やかな口当たりの後に不思議な甘さが感じられた。

「カズさん、この甘さは何ですか?」

「これは、マラスキーノという、イタリアのさくらんぼのリキュールの甘味です。歌の感じから桜を表現したくて使いました。因みに、この紅色もチェリーのリキュールなんですよ。卒業、入学、就職、と、春は終わりでもあり始まりでもある。桜は、そんな別れと新たな出会い、旅立ち、始まりの季節に文字通り、華を添える、素敵な花だと思います」

 そういえば、[Kool]のカウンターは桜だと聞いたことがある。例によって、友たちが造り、塗装してくれたそうだ。このカウンターにもカズさんの様々な深い想いが込められてあるのだろう。

「始まりか…。人類の始まりから現在までに様々なことがあった。先刻、来世に生まれ出ても現在の記憶はない、と言ったが、記憶は無くても記録、遺跡、歴史がある。まあ、時の権力者の都合や筆者の偏見によって改竄されている記録もあるだろうがな。しかし、人類の記憶とも云える歴史から、過去の経験から学べることは多々あるであろう。

 そう…、時代の流れ、というものがある。私らの世代は戦中戦後のモノのない時代、敗戦のショック、占領下の屈辱の時代に育った。その日、食うことに精一杯。何とかして腹一杯になりたかったし、金持ちになりたかった。戦争で逝ってしまった人達の敵討ちにも似た、列強へ一矢報いたい思いもあった。皆が必死になって我武者羅に働いた。そして高度成長を果たした。確かにモノは溢れ、食べ物は捨てる程となった。生活も便利になった。しかし、公害、環境汚染や破壊、競争差別排他格差社会、利己的な金銭至上主義等の問題を置き去りにしてきた。現在、振り返れば、あの時代の様々な問題点やその解決策も浮かんでくる。しかし、あの時代はあの時代で精一杯だったんだ。時折、現代の者が、あの時代を批判し裁こうとしたり、私と同世代の者が調子に乗って、あの時代の悪口を言ったりしておるが、それなら、お前、あの時代に戻って何とかしてみろ、お前ら、あの時代に何をした、現在、偉そうに言える何かをしたのか、過去が無理というのなら、?今?を何とかしてみろ、と、言いたい。

 大切なことは過去を踏まえて、現在、そして未来をどうするかだと私は思う。歴史に、『たら』も『もし』もない。あるのは〝事実〟と〝今〟だけだ。

〝事実〟何があったのか、〝今〟何をしているかが大切なのだ。歴史の『たらもし』を考えて、そこから学ぶこともあるであろうが、それを〝今〟に活かさねば何の意味もない。批判批評だけでは何も始まらない。ただの後出しジャンケンではないか。

 私は金儲けの為に形振り構わなかった。他人(ひと)を叩き潰し押し退け引き摺り落とし、欺き騙し強請り脅し、他人から奪い、汚いことも散々してきた。金儲けの為に法を破ろうが倫理を犯そうがバレなければ捕まらねばよい。金さえあればバレても捕まっても全て金で解決できる。金で、地位も名誉も権力も正義も人も、みーんな買ってやる!そう思っていた。他人のこと、国のことなど、どーでもよかった。自分だけがよければいいと思っていた。現在、振り返れば、何と非道なことをしてきたかと思う。しかし、その経験、過去があるからこそ、?今?の私があるのであり、〝今〟の考えができるのだ。過去に戻ることも、過去を変えることもできない。幾ら後悔しようが反省しようが懺悔しようが、私が迷惑を掛けた人達に償いはできない。いくら金を積んだところで、罰を受けたところで、その過去が?事実?が、罪が消えることはない。罪を贖うことはできない。それならば、私は今、現在、そして未来に生きる人達に役立つことがしたい。そう思っている。

 近代、と、呼ばれる明治、大正、昭和、平成、百五十年といったところか。欧米列強の強大な圧力、侵略から、何とか独立を守る為に急激な変革を迫られた我が国は明治維新を行い、憲法を定め、議会を設立し、富国強兵に努めたが、敗戦し占領されてしまった。現在も猶、様々な圧力が掛けられている。独立国への道程は厳しく険しい。我が国を健全なる独立国にする為には何をなすべきか、その一つの答、第一歩がこの〝街づくり〟にある。自立した個人と個人が調和を築いてゆく。集団が調和し、街が調和し、地域が、国が調和してゆく。〝和〟を個人という最小な存在から国という大きなものへと繋げ広げてゆく。個人の自己革命と自己調和を実践、体現してゆくことが、世界の革命と調和に繋がり広がってゆく。一つ一つの小さな流れが、一流が集まり、やがて本流、大河となってゆく。

これが私の、この松山大和の名に懸けた革命なのだよ。

 先人たちも、豊かな暮らし、平和な社会を目指して試行錯誤を重ねて来たのであろう。争い奪い、力で、〝神〟という権威を後ろ盾に支配するやり方、協力協調して共存共栄を目指すやり方…。時代によって、地域によって、様々な方法を考え試して来たのであろう。それもこれも、皆が、幸せになりたいからだったのではないかな。先人たちの?幸せになりたい?という思いに応えて、答を出すことも我々の役割なのではないかな。

 今までの我が国の、いや、人類の歴史、過程は、この個人の自立と調和、すなわち〝和〟の世界を築く為にあったのだと私は思う。この〝和〟の世界の実現が我々の答なのだよ」

 松山さんは[プライマル。]を飲み干した。

「ふうー…。ちょっと熱くなり過ぎてしまったな。まあ、大戸君、私の話が参考になるかどうかは分からないが、じっくりゆっくり考えてみておくれ。この街の目的の一つは文明の力で〝ゆとり〟をつくり、その〝ゆとり〟の中で皆がじっくりゆっくり考えることだ。感じることだ。?幸せ?をな。齷齪、日々の暮らしに追われていたのでは考えることもままならん。私がそうであった。金儲けに取り憑かれていた頃には、幸せについて考える暇などなかった。感じられなかった。幸せが調和であるならば、調和とは考え工夫すること、幸せを感じられることなのかもしれないな。

 君らは、私らの世代がつくった金と欲に塗れた社会にうんざりしていることであろう。親がしたことを子が真似することはない。親だって間違える、誤ることもある。親がしたことから学び、長所は伸ばし、短所は改めてもらいたい。過去は変えることはできない。でも、現在は、未来は変えることができる。

 今の自分の境遇を親や社会の所為にするのは簡単なことだ。では、親はまたその親の所為にし、社会は過去の社会の所為にしたら、キリがなくなるではないか。人類の起源、宇宙の起源にまで遡るのかい。キリは自分がつけることなんだと思う。自分の人生は自分で引き受ける。その決心、覚悟を持つことが自立なのだと思う。親や社会など他者を変えることは難しい。だが、自分を変えるのは決心一つだ。まずは、自らが変わる。自分の人生を自分で引き受けてみせる。自らが変わらずして、示さずして、他者だけに変われ、示せ、と、求めるのは傲慢というものじゃあないのかな。

 諄いようだが、過去、経験から学び、考え、工夫し行動する。その結果から、また学び、考え、工夫し行動する。これも循環無端だな。この好循環を繰り返しながら、より善い〝和〟の社会を築いていってもらいたい。私ら[やまと財団]は改心した親のようなものだ。君達の自立、成長を見守り、この街の、この国の成長を見守っているよ。せいぜいスネを齧ってくれたまえ。スネのあるうちにな」

 親。僕が今まで生きてこられたのは親のお蔭だ。母さんは勿論だが、父も僕の為に毎月仕送りをしていてくれたことを母さんの預金通帳から知った。父も親をしていてくれたのだ。

「すっかり話し込んでしまったな。私はもう一軒ゆかねばならぬ。

一矢君、[空流(クール)]を頼むよ。ラストは爽やかにゆこう!」

 夜空に閃く、三つの流れ星。

 カクテルグラスに[空流]が注ぎ込まれる。

「では、ご清聴ありがとう。乾杯!」

 松山さんが音頭を取り、三人でグラスを掲げた。

「んー、美味い。爽やかだなあ。しかし、[空流(くうる)]とは上手く当てたものよ。空の流れか…。(くう)に流すのか、(くう)を流すのか…。一矢君の流儀も〈空流〉だそうだが、何とも味わい深い言葉じゃあないか。循環無端もそうだが、調和も流動なのかもしれないな。流れ続け、変化し続ける。空は計り知れない、?みきれない、捉えられない、囚われない、硬直、固定、執着しない。流れ流れて、巡り巡って、留まらない、滞らない、端もなく果てもない。時の流れもそうだな。一瞬たりとも同じ時はない。変化し続けて止まらない。そういえば、永ちゃんの歌に、[止まらないHa〜Ha]というのもあったなあ。

諸行無常。色即是空、空即是色。混沌なる調和。調和なる混沌か…。おっと、これじゃあ、それこそキリが無くなるな」

 松山さんは、すぅーっと[空流]を飲み干した。

 空流。[Kool]の扉横の外壁の足元に、まるで定礎の石板のように、この言葉が刻まれた黒い石板が嵌め込まれている。この石板も友人が彫ってくれたそうだ。ただの当て字かと思っていたが、カズさんの流儀のことだったんだ。空の流れ。風のことだろうか。

 帽子を被り、身繕いを整え扉に向かって歩き出した松山さんは急に黒いコートを翻すと、カウンターに身を乗り出してカズさんに顔を寄せ、

「友子ちゃんによろしくな。私は、あの娘のファンなのさ。お前さん、ぐずぐずしておると、私が口説き落としてしまうぞ」

と、言い、

「それでは、御機嫌よう」

と、満面の笑みを浮かべて出て行った。

「みんな、気になっているんですね、カズさんと友子さんのこと」

「ああ、そうみたいですね。機は熟しているのかもしれません。これも?時機?なんですかねえ」

「カズさん、空流って何なんですか?」

「おおっと、ずっばっと切り込みますねえ。んん〜。長くなるかもしれませんが、よろしいですか?」

「はい。お願いします」

「では。源流は、母が読んでいた、岸田秀さんの[ものぐさ精神分析]

という本に記されてあった『すべては幻想である』という理論から

です。この理論を主題にして、母と様々なことについて対話するこ

とができました。母は、この理論から自らの流儀を確立して、その

流儀を実践し、俺に体現して見せてくれました。その?母の教え?

母の流儀を元にして、『すべては幻想である』を『一切は空』と融合

させて、俺も俺なりに自らの流儀を確立してみたのが、

〈空流〉です。

〝名つくるは 本意とあらねど 戯れに 

名つくるならば 其は空流かな〟

で、空に空と名をつけることも本意ではないのですが、便宜上、空

の流儀、即ち、〈空流〉と、俺は名付けています。勿論、Koolにも掛

けています。

簡潔に云うと、執着からの解放ですかねえ。人はついつい執着、固着、固定化、絶対化しがちです。自己愛があり、自己中心的なものですから、それは当然のことだと思います。でも、それが偏り、凝り固まり過ぎると色々と弊害が出てくる。『あっ、ちょっと凝り固まり過ぎているかな』と気づいた時に、部屋の空気を入れ替える時に風を通すように、心に風を通す。空を感じ、空を流し、空に流す。空に解放する。そんな感じですかねえ」

「執着を無くすってことですか?」

「執着は無くならないし、無理に無くさなくてもいいと思います。執着への対処ですかね。執着の根源は自己愛ですからね。世の中には理不尽なこと、不条理なこと、怒り、苦しみ、悲しみ、辛いことがあります。それらも、自分が執着している価値観に対しての理不尽であり、自分の執着している価値観とは違うことが起こるから、思い通りにゆかないから、怒り、苦しみ、悲しむわけです。違和感を感じるわけです。自分とは違うこと、これを抑圧、まあ、外圧でもいいですが、それを受けて違和感という信号を感じた時に、一息入れる、空に執着を解き放ってみる、冷静になってみる。執着も抑圧も無くならないし、無くさなくてもいいと思います。見方を変えれば、執着、抑圧があるからこそ、立ち止まれる、考えられる、工夫できる、変われる。何にも無いところからは何も生まれないでしょう。生きていれば、何かあるのが当然なんです。変化は存在の性質ですからね。在るものは在る。在りのままに、在るがままに受け止めて、当然なことは当然なことだと受け止めて、抑圧という外圧と執着という内圧のバランスを調整する。風が吹きつけてくるから、踏ん張ったり、立ち位置を工夫したりできるんだと思います。抑圧、外圧、風を受け止めて、執着、内圧からの違和感という信号を読み解いて、それを自身が考える、変わる、内圧を、自己愛を調整する、工夫する?きっかけ?として捉えてみる。身体も同じく、凝り、痛みなどの違和感は身体からの信号なんだと思います。その信号から執着、抑圧を読み解いて、身体を緩めて、凝りや痛みを解放する。解いたり、緩めたり、変化、転換するには、隙間が必要です。その隙間、空間、即ち?空?を感じてみる、考えてみる、広げてみる。空間がなければ人は生きられません。空間があるから自由に生きられる。心理的な空、物理的な空。心と身体を、心理と物理を、空を感じることによって調和させてゆく。そんな感じも、空には含まれていると思います。

空は一つの見方、価値観では捉え切れません。見方を変えれば、

空を感じられると、様々な見方、価値観で物事を見られる、把握する、感じることができるかと思います。相手の立場には立てませんが、相手の立場を思い遣り、相手の気持ちを察することはできるようになれるのではないでしょうか。色即是空、空即是色、あらゆる処、あらゆるものに空は作用している。空気もそうですよね。あらゆる処に空気はある。あらゆるものに空気は作用している。空気がなければ人は生きてゆけません。空気が?空?だからこそ、俺達は在りのままに物事を見られる、聞く、匂いを嗅ぐことができる。空気に色がついていたり、音がしたり、匂いがついていたら、物事を正確には把握できないでしょう。空気も見えない、掴めない、捉え切れない。でも、空気はある。感じることはできるんです」

「へええ…。うーん。ダメだ。正直言って、よく分かりません」

「はははっ、そりゃあ、そうですよ。俺も修行中ですからね。巧くは説明できません。申し訳ないです。それに、説明できたとしたら、それはもう空ではないでしょう。空に執着すると、それもまた空ではなくなりますしね。まっ、これくらいで勘弁してください。言葉ではとても言い表せません。感じるしかないのでしょう。感じられたら、とても爽やかな心持になりますよ」

 これは、僕の宿題だな。前にカズさんが言っていた、自己愛の調整、調和に通じることなのだろう。[Kool]はカズさんの修行の場でもあるのか。

「Koolは道場なんですね」

「そうですね。このKoolというBARは、皆さんに支えられながら、俺の流儀〈空流〉を修行させて戴いている場です。俺は、謂わば、お布施で修行させて戴いている、生活させて戴いているような

ものです。ですから、せめて、この場で、皆さんが?空?を、何らかの爽やかさ、心地よさを感じてくださったなら、俺が、この場が、何かの〝きっかけ〟になってくださったなら、幸いですね」

 〝きっかけ〟の場…。確かに、この場は僕にとって〝きっかけ〟の場だ。きっと、それは僕だけじゃない、数々の、様々な人にとっても〝きっかけ〟の場なのだろう。これまでも、これからも。

「それにしても、何か驚きました。カズさんが書いた小説が、この街づくりの〝きっかけ〟だったなんて」

「俺も驚きましたけどね。俺は好きなことを、やりたいことをやっただけです。俺には考える時間も考えたことを小説にする時間もあった。それは現在も同じです。こうやって、好きでやりたい職業をやっている。時々、これは夢なんじゃないか、と、思うことがありますよ。でも、たとえ、これが一炊の夢だったとしても、こんなに素晴らしい世界、夢を描けた自分の脳味噌に感謝したいですね。それは脳味噌だけじゃないか、母、父、親族、友人、出会った人達、読んだ小説や漫画、観た映画、アニメ、聴いた音楽、自分の経験…、この世の全てに感謝しています」

「この街を城山から眺めた時に夢のようだと思ったんですけど、カズさんの夢が現実になった街だったんですね」

「まあ、そんな大層なものじゃないと思いますけど、俺の夢が、みんなの夢を一つのカタチにする〝きっかけ〟にはなってくれたんでしょうね」

「夢、か…」

 〝あたしの夢はね、あの人と結婚すること。それでKoolを一緒にするの〟

 友子の声が頭に浮かんだ。

「カズさんの夢ってなんですか?」

「俺の夢ですか?…夢というか目標はあります」

「世界平和とかじゃなく、個人的なことにしてくださいよ」

「ははっ、大戸さんにも見透かされるようになっちゃいましたねえ。では、カウンターで逝くことですね。これからもバーテンダーとして精進して、俺の流儀、〈空流〉の修行を続けて、或る夜、カクテルをつくってお客さんにお出しする。そして、お客さんがそのカクテルを一口召し上がって、にこっと笑った顔を見届けて、カクッと息絶える。そんな逝き方ができたらいいですねえ」

「それは、そのお客さん、吃驚するでしょうねえ」

「そうでしょうねえ。御迷惑をお掛けしてしまうので、御理解くださる馴染みのお客さんであることを願うばかりです…。願うと云えば、西行さんは、

〝願わくは花の下にて春死なん、その望月の如月のころ〟

という歌を詠んで、その通りに逝ったそうです。俺の母も、

『人生五十年。ぽっくり死にたい』

と、いうのが口癖で、本当に五十手前でぽっくり逝きました。ですから何となく、俺も逝きたいように逝けるんじゃないかと思っているんです。まあ、幾つまで生きられるのか分かりませんが、生きるだけ生きて、好きなこの場で逝けたなら有難いですね」

「そうか。師匠は八十八歳までBARをなさっていたんですよね」

「健康に気を遣っていらっしゃったそうです。一言で〝カウンターで逝きたい〟と言いましたが、そうする為には逝くまで健康でKool もちゃんと営業していないといけない。と、いうことは、日々規則正しい生活を心掛け自分を磨き、お客さんに愛される店づくりをしてゆかなければ目標は達成できないわけです」

「カウンターで逝くということは、健康でいい仕事をやり続けた、その集大成なんですね」

「そうです。いい仕事をしつづけた結果、御褒美として、カウンターで逝かせてくれる、目標を叶えてくれる。まあ、自分の逝き方まで自分で決めてやろうという、我儘なだけなんですけどね」

 最期の一杯。カズさんの集大成、カズさんの夕焼けとも云えるカクテルを飲むのは誰だろうか。多分、きっと、それは友子だ。一日の営業を終え、何気なしにカズさんがシェイカーを手に取り、友子に一杯のカクテルをつくる。友子がカクテルを一口飲み、

『美味しい』

と、カズさんに微笑みかける。カズさんはその笑顔を見ながら静かに目を閉じる…。

 好きなように生き、好きな場[Kool]で、好きなカクテルをつくり、好きな人に看取られて、好きなように逝く。カズさんならできるかもしれないな。

「最期の一杯を飲むのは友子さんかもしれませんね」

「ああ、…そうかもしれませんね。あいつと一緒にKoolをやる。あいつに一杯つくって俺は逝く。それもいいかもしれません」

「きっと、そうですよ」

 友子の夢は叶いそうだ。

「でも、その途中で死んでしまったら悔いが残りますね」

「うーん。それがですね、もし、そうじゃない逝き方をしたとしても、その目標を追って逝くんだから、そんなに悔いがないような気がするんです。海外へゆく時にも、武志に、

『お前、向こうへゆく前に飛行機が墜ちたらどうするんぞ』

と、脅かされましたが、俺は、

『ゆきたい、やりたいとの想いを抱えて逝くんだから幸せだ』

と、答えました。負け惜しみかもしれませんが、達成することも然ることながら、まずは夢や目標、希望を抱けることが、それらに向かって、今、生きていられることが幸せなんじゃないですかね。俺にはやりたいことがある。そして、目標に向かって、今、生きている、生きていられる。これは有難いことだし、幸せなことだと思います。それに、自分の逝き方まで考えてしまったら、一回生きたような気がして…。死ぬのが怖くないとは言い切れませんが、まあ、いつ死んでもそう悔いはないような気がしています。これは今が幸せだからとも云えるんでしょうが…。でも、我ながらズルい目標ですよね、死ぬことが目標なんだから死ぬまで結果が分からない。だから死ぬまで楽しめちゃうわけです。あっ、大戸さん、死んだら悔いることもできないんですよ」

「あっ、そうか。死ぬ間際か」

「それこそ、悔いる間もなく逝きたいですね」

 母さんはどうだったんだろう…。

 僕は、ぐいっとお冷を飲み干した。

「珈琲、淹れましょうか?松山さんにつき合って、結構、召し上がったでしょう」

 カズさんが水を注ぎながら言う。

「はい。でも、[逃亡者]をください」

「気に入ってくださったんですね。ありがとうございます。俺も伊予柑でつくる[逃亡者]が好きなので嬉しいですよ」

「僕もこのカクテル、好きです。カズさんも一緒に飲みませんか?」

「ありがとうございます。いただきます」

 カズさんが[逃亡者]をつくる。

 ホント、カズさんは楽しそうにカクテルをつくるよなあ。

「いいなあ、カズさんは。やりたいことがあって。僕には何にもないんですよねえ」

「こればっかりは、自分自身で見つけるしかないでしょうね」

 カズさんがグラスをすっと差し出す。

「そう…、ですよね…」

 …カクテルのようにはいかないか。

 流石のカズさんでも、この註文に応えることには無理があるだろう。僕はグラスへ溜息をついた。

「いただきます」

 微笑んだカズさんがグラスを掲げる。

「どうぞ」

 僕もグラスを掲げて応えた。

「人はいずれ死ぬし、人生なんて夢幻のようなものかもしれません。

〝すべては幻想〟〝一切は空〟

そう俺は思っています。人生に意味も価値もない。でも、人は何かに意味を見つけ、価値を見出さないと生きてはゆけないのではないでしょうか。だったら、意味も価値も自分で決めればいいんです。

〝答などない〟と、気づいたのなら、自分で答を決めればいいんです。

 母が言っていました、

『決断は一瞬なんよ』と。

自分の人生は自分で引き受けると決心して、自己の責任において、決めてしまえばいいんです。決断してしまえばいいだけのことなんです。間違っていたら、気づいた時に?変わること?を決めればいいんです。意味も価値も。ただ、その意味づけや価値観は人によって様々だということを忘れてはならないでしょう。それを踏まえた上で〝自分は自分だ〟と個性を活かして、今を大切に生きてゆけばいいと俺は思います」

 カズさんの励まし、優しさが嬉しかった。

「カズさんを見ていると羨ましいですよ。強いし、ちゃんと自分の信念、意見を持っているし、前向きだし、いつも楽しそうだし…。それに比べて僕なんか、まだやりたいことも見つけられない。自分の個性も何なのかすら分からない。何を信じればいいのかも分からない。分からないことだらけですよ」

「俺がこうやってバーテンダーをしたり、小説を書いたりしているのも、まあ、子供の頃から目立ちたがり屋でしたが、そういうのだって、自分の存在を周りの人に認めてもらいたい、そんな欲求が強いからだと思います。俺のことを強いと言いますが、俺は弱いと思っています。弱いからこそ、こうやって人に認めてもらえることをやっているのだと。強い人はこんなことをせずに普通に淡々と生きられる。俺はひとりで生きてゆくと云いながら、誰かが認めてくれなければ成立しないことをやっています。現在の俺は、こうやってBARを構えることができる程、バーテンダーとして周りの人が認めてくださるようになれました。小説も認めてくださった。先日、鴨川さんが仰っていた通り、運がよかったと思います。本当に有難い。でも、大戸さんが言ってくれたように、そうなるように努めたから、と、いう自負もあります。だから…、何なんでしょうね、人生って。人生はカクテルのようなものかもしれません。こうすれば美味しくなる、幸せになる、と、いう方程式があるわけじゃない。ただひたすらに工夫してゆくしかない。しかも、それは、お客さん、他人と関わり合いながらです。試行錯誤しながらも、自分なりに、美味しくなるように、幸せになるように、工夫してゆくしかない。そうやって生きている姿を周りの人が個性と認めてくれるんじゃないんですかね。確かに、顔や体格等の身体的特徴も個性ですが、それも比べられる他者がいるからこそだし、他者が認めてくれるからこそだと思います。

 個性と云えば、スペインのヴァレンシアでお会いしたホセという老バーテンダーが、

『あなたのつくるカクテルと私のつくるカクテルは違う』

という言葉をくださいました。言われた時は、当たり前じゃあないか、と、思っていましたが、よくよく考えてみると、

?個性とは上下優劣を比べるものじゃない。楽しむものなんだよ?と、諭してくださったことに気がつきました。というのも、ヨーロッパへ旅立つ前に、心の師匠から、

『ヨーロッパのバーテンダーと日本のバーテンダーとの違いを見て来てください』

との宿題を戴いていたので、?違い?しかも優劣という違いにばかり目がいっていたんです。ホセの言葉で視野が広がり?違い?を楽しめられるようになれました。そのことも含めて心の師匠に宿題の答を報告すると、

『…そうですか…』

と、仰って、目を細めて微笑みながら頷いてくださいました。

 心の師匠をはじめ、先達のバーテンダー達がよく仰っていたのは、

『あなたの個性を大切になさい』

と、いう言葉でした。

 先刻、個性を活かして今を大切に生きればいい、と、言いましたが、個性とは何ら特別なものではなく、大戸さんの体、生い立ち、経験…、現在の大戸さんの全てが個性なんだと俺は思います。存在は違っているからこそ存在なんだと思います。皆が同じだったら存在する意味が無いんじゃないでしょうか。俺は存在の本質は?表現と他者の必要性?だと思っています。他者から生かされ、自分を生かし、他者を生かし、自分が生かされる。生かし生かされている。その相互関係だと思っています。今、生きていられる、生かされていることに気づけたならば、感謝することができたらならば、それが幸せなんじゃないですかね。そして、現在、俺は、大戸さんは、生きている。これは、信じられることじゃないですかね」

 個性、と、いうと、何か特別な能力であったり、他人よりも優れたものだったり、そんなイメージがあった。でも、その前に、僕の心、僕の体、僕の経験…、僕の全てがすでに個性なんだ。別に難しく考えることはなかったんだ。僕は僕なんだ。あるがままの自分を表現すれば、それが僕の個性。カズさんや友子も何ら特別なことをしているわけではない。ただ自分が好きなこと、やりたいこと、やれることを表現している。自分を生かしている。僕から見れば、それが個性的に見える。カズさんだって生まれた時からバーテンダーだったわけじゃない。やる、と、する、という決心、意志があったからバーテンダーになれたし、[Kool]を開店することもできた。そして現在も続けている。それは友子も同じだ。……勝山夫妻、武志さん、みゆき、朝美、高砂さん、チャリさん、お三津さんと大将、力也さん、エンゾ、あつしさん、鴨川さん、アンヘル、高浜さん、好美さん、三山夫妻、松山さん……、この街で出会った、[Kool]で出会った人達の姿が走馬燈のように頭を過った。

 そうだ、いくら早く走れる才能があったとしても、走ろうとしなければ、その才能は活かされないだろう。まずは何かをやること、それから始めればいい。そして、それは、ひとりの世界でやることではなく、他人に向かって表現することなんじゃないかな。自分ひとりの世界では、それは個性ではない。自分とは違うもの、比べられるものがあるから個性といえる。比べる、と、云っても、それは順位や優劣を決めることではなく、違いを認め、尊び、楽しむことだ。他人がいるから自分の存在があり、個性を活かすことができる。

〝人はな、ひとりで生きているわけではない。他人がいるから己の存在があり個性を活かすことができる〟

 勝山さんの言葉の意味が分かった。そして、意味のある自己表現とは、他人と喜びや楽しさを共有できること、他人の役に立ったり、他人が喜んでくれたりすること、そういうことじゃないだろうか。

思い遣りを持って意味のある自己表現をすることが僕の自己規範であり、大戸義輝の流儀なんだ。意味のある自己表現をしあわせあうこと、それが〝和〟なんじゃないだろうか…。

 僕は手にしたグラスを眺めながら、そんなことを考えていた。視線を上げるとカズさんと視線が合った。

「シントウせよ!」

「シントウ?」

「シェイクのことです。旅先のBARで昔のカクテルブックを読ませて戴いたら、シェイクのことが振盪と書かれてありました」

 カズさんは、先刻、松山さんが円を描いた紙に[振盪]と書いた。

「へええ、こんな字を書くんですね」

「ギリシャの[アルカディア]というBARでお会いした、こちらも老バーテンダーですが、こんな詩を教えてくださいました。

 『シェイクしろ、シェイクしろ

  どうでもいい、酒を注いでシェイクしろ

  シェイクしろ、シェイクしろ

  お前の頭に、酒を注いでシェイクしろ

  シェイクしろ、シェイクしろ

  酔うように、お前の心をシェイクしろ

  シェイクしろ、シェイクしろ

  魂をシェイクしろ』

 これは俺の解釈ですが、まあ、幾らレシピをひねくったところで、酒を注いでシェイクしてみなければ、つくってみなければ、シェイク?する?という意志がなければ、意志を持ってやってみなければわからない、始まらない。そして、頭を使え、工夫しろ、試行錯誤してみろ、でも、あまり頭でっかちになるなよ、思い悩むなよ、酒に酔うように楽しめよ、みたいな感じですかねえ。何処かのバーテンダーの戯れ歌なのでしょうが、なかなか意味深い。俺はこの詩を勝手に?心・技・体?と解釈しているんです。何だかカクテルの極意みたいな気がして。それで訳した時にピッタリだなって思ったんです。『振盪せよ!』という言葉が」

 振盪か…。カズさんはこの言葉を当てたが、僕には?シェイク?の方がしっくりくる。

 脳震盪でもないだろうが、何だか急に酔いが回ってきたようだ。僕は[逃亡者]を飲み干し、席を立った。

「今度、シェイクした[逃亡者]を飲んでみてください。同じ内容でもシェイクすると口当たりが変わるんですよ。これもカクテルの面白味の一つです」

 シェイク。思えば、この街で僕はカズさんに揺さ振り続けられたのかもしれない。一流のバーテンダーにシェイクされて僕はどんなカクテルに仕上がったのだろう。そういや、友子にも振られたよな。


 ホテルへ戻りベッドに寝転んだ。

 シェイクされてグラスへ注がれたカクテルの細かな泡が、すーっと引くように、僕の頭のもやもやした霞のようなものが引いてゆく感じがした。酔ってはいるが何か晴れ晴れとした気分だ。

 体を起こす。ハンガーに吊るしたトランクスとソックスがエアコンの風に揺れている。そう云えば、発見したことがあった。洗濯のことだ。家を出る時には一週間もこの街に滞在するつもりはなかった、て、ゆーか、何も考えずに来たので、替えの下着を二枚しか持って来ていなかった。ルームサービスやコインランドリーも何だか悪いし勿体無い。で、どーしたか。浴室で手洗いしたのだ。これまでは洗濯は洗濯機でするものと思い込んでいた。でも洗濯機がなくとも洗濯はできる。そもそも洗濯機がない時代は手洗いしていたんだ。こーゆーことって他にもあるんじゃないかな。いつの間にか、初めは有難いと思っていた便利さが当たり前になってしまい、その有難さが薄れてしまう。自分がやれば済むことを他人にやらせ、機械にやらせることが当然となってしまう。それは仕方がないことなのだろう。それに便利になったからこそ、こんなことも考えることができる。手洗いは結構、疲れるし、時間も掛かる。洗濯機ならスイッチ一つだ。ゆとりが生まれ、考える時間も生まれる。これって、松山さんが言っていた『文明の力でゆとりをつくり、そのゆとりの中で考えること』に通じるよな。

 ―時代の流れ。今までは、飢えないこと、モノを増やすこと、便利になることばかりを追求してきた。これからは、便利に豊かなって生まれたゆとりの中で、どうすれば皆が幸せに暮らしてゆけるかを考え、実行してゆく時代なのだろう。この街の姿は一つの例で、もっとよいアイディアがあるかもしれない。

 カズさん、松山さん、そして、この街は、おかしな方向へ流れる時代、世界に一石を投じてみせたということか。それとも一矢だけに一矢報いたのかな。

 ―時代の流れ。それは僕にも当て嵌まる。今まで僕が生きて来られたこと、僕の経験、過去、僕の全ては否定するものでも無駄なものでもなくて、こんなことを考えられる今の僕になる為に必要なものだったんだ。そりゃあ、早く気づきたかったが、それは現在、振り返るからそう思うだけだ。時代の流れも同じで、現在、振り返るから過去が見えるのであって、その時代を生きている人にはそれが精一杯だったのだろう。気づいていてもやれない、やらないことも含めて、それが〝時機〟ということなんだろう。

 大切なのは、今まで何をやってきたかではなくて、過去を踏まえて、現在、何をしているか、そして、これから何をするかということだ。こんな風に考えられる、今の僕を僕は好きだ。僕は初めて自分のことが好きだと、はっきり意識することができた。今の自分が好きだと思えるからこそ過去の自分も認められるんじゃないかな。

 過去は戻れず、変えられず、先のことは分からない。でも、今、僕は生きている。今、僕が生きていることは確信できる。今やれることをやろう。今を生きよう。目標に向かって、死へ向かって、今を、一日一日を?する?という意志を持って大切に生きよう。いつか、僕も死ぬだろう。それはまだ先のことかもしれない。でも、たとえ明日死ぬとしても、今、この満ち足りた気持ちを、?意志?を、抱えて死ねるのだから、有難いし、幸せなことだ。

「僕は僕だ」

 いや、今の大戸義輝には〝おれ〟が相応しい。

「よし。おれは、おれだ」

 自己革命の第一歩だ。

 おれの流儀を決めればいいんだ。

 お前、どう生きる?

 そう、人生は楽しむ為にあるんだ。

 何だか体中に力が漲っている。ワクワクして落ち着かない。こんな気持ちは久し振りだ。そう、子供の頃に、母さんとピクニックへゆく前日の夜のような高揚感。

 ―そうだ。あの日、母さんとピクニックで食べるお弁当の材料を買いに行った帰り途、きれいな夕焼けが空に広がっていた。明日の天気を心配していたら、母さんが言ったんだ、

〝夕焼けの明くる日は、晴れるんよ〟






 荷物をまとめ、ホテルを出た。目に沁み入るような青空。快晴だ。

 城山に登る。西側の斜面の松林。木漏れ陽を揺らす風が汗ばんだ肌に心地いい。しっかりとした太い幹の一本の松。根元を浅く掘り、母さんの骨を埋めた。ここなら街が見渡せる。母さんの好きな夕焼けも。

 去年の十一月四日、母さんは死んだ。

 三日前から頭痛がすると言って仕事を休んでいた。

〝こんなのは寝ていれば治る〟と病院へも行かず布団で横になっていた。珍しいことではあったが、大して気にならなかった。それどころか、御飯を作ってくれるのが嬉しかったくらいだ。

 あの日、バイトから帰ると、母さんは布団の中で冷たくなっていた。安らかな顔だった。眠っているようにしか見えなかった。呆気ない。あまりにも呆気ない、突然の死。

 遺影も位牌も飾らなかった。骨壺と一緒に押し入れに仕舞い込んでいた。母さんの死を認めたくなかった。認められなかった。

 朝起きると母さんの姿を探した。もう居ないことは分かっているのに、夜、いつもの時間に母さんが帰ってくる気がした。大学を休学しバイトも辞めた。外に出るのは食料を買いにゆくくらいで、ずっと家に引き籠っていた。時間は残酷なまでに正確に過ぎてゆく。朝が来て夜が来る。何もせずゴロゴロとしていても腹は減る。まるでそれが仕事かのようにゲームをする。ゲームに飽きたらテレビを観る。面白ければ笑っている。

 哀しみはもうとっくにおさまっているのに哀しんでいる振りをしていた。母さんの死が哀しいのではなく、母さんに死なれた自分が可哀想だった。哀しみまでも母さんの所為にしていた。何もしたくないのを母さんの死を哀しんでいる行為にすり替えていたんだ。現在、振り返れば、そう思う。

 母さんがいたから成り立っていた生活だった。大学も何か目的があって行っているわけではなかった。母さんがいなければ何も無い、ただの木偶の棒だった。何故、あんなにぼーっと生きていられたんだろう。何かの殻に包まれているような感覚で生きていた。欲しいモノは大抵買い与えられた。叱られた記憶もない。離婚後、母さんは只管、家事をこなし働き続けた。それこそ身を削るように。その姿は負い目を感じているようにも見えた。罪を償うかのようにも見えた。そう見えたにも関わらず、それを当然と思っていた。自分の不幸を何処かで母さんの所為にしていたんだ。母さんの体はそんな暮らしで襤褸襤褸になっていたのだ。

 母さんを心配させない為、母さんの為、という口実でテキトーな選択ができた。それは自分に都合がよく努力のいらない無難なことばかりだった。うまくいかないことは母子家庭であること、他人や社会の所為にした。それが無理なら今の自分は本当の自分じゃないと思い込んだ。現実の自分を認められなかった。駄目な自分を?本当の自分?と切り離し嫌悪して、自分を嫌悪できる?本当の自分?を素晴らしいと思っていた。自己嫌悪することで自分を罰した気分になっていた。それで済ましていた。駄目な自分も自分なのだと認められなかった。傷つくことを恐れていた。自分と向き合うこと、自分を見詰めることから逃げていた。

 偽装、汚職…、口では立派なこと、偉そうなことを言うくせに行動が伴わない大人達がつくった欺瞞だらけの世の中で、欲深い金持ちや権力者だけが得をする腐った世の中で、将来への夢も希望も持てなかった。何をしようが、どうせ潰され強制され支配されるのがオチなのだ。逆らわず抗わず、おとなしくベルトコンベアに乗せられて運ばれてゆくように社会の仕組みに乗っかって適当な会社に就職すればいいと思っていた。就職できなければフリーターになればいい。就職する素振りだけ見せていれば母さんは安心するだろう。先のことなんてどうでもいい。母さんの懐に抱かれてテキトーに何となく生きられればよかった。それも母さんの為だと思っていた。友達がいなくても社会と関わらなくてもケータイ、パソコンがあれば楽しめた。いや、暇が潰せた。現実逃避できた。現実世界は不浄で、穢土だった。仮想世界こそが?本当?の世界だった。現実世界では母子という関係だけで生きられた。母さんに寄生していたのだ。

 母さんが遺してくれたお金は今後の学費、二、三年の生活に困らない程あった。それに毎月、父からの仕送りがあった。母の預金通帳を見て父からの送金を知った時は驚いたが至極当然にも思えた。これまでの生活を思えば母さんの収入で賄えるはずがなかった。それに気がつかなかったのは餓鬼だったからだ。母さんは父のことを話さなかったが離婚の原因が父の浮気だということは子供心にも察していた。裏切り者の父のことなんてどうでもよかった。元々、出張だ、接待だと家にいることも少なかった。だから父の記憶はあまり無い。あるのは酔ってクダを巻くか母さんに辛く当たっていたことくらいだ。楽しい思い出もあまり無い。関係ない、どうでもいいと云いながら不幸を父の所為にしていた。何処かで父を憎んでいた。

 父に母さんの死を知らせるべきだったが面倒で放っていた。

 でも、今は違う。父に会いたい。会って母さんの死を知らせ、今までの礼を言いたい。父とゆっくり話がしたい。そして、母さんと父のことを教えてもらいたい。カズさんと友子、松山さん、そして、この街、何よりも自分自身がこの一週間で変われたように、父も変わっているかもしれない。父がどうであれ、今なら父のことを受け止められるように思える。

 家に引き籠って三か月が過ぎた。生活には困らなかったが先のことを考えると不安になった。何かをするのも嫌だったが、家にいることも嫌だった。だらだらと生きることに飽きていた。いっそ死のうと何度も思ったが、その勇気はなかった。何処かへ逃げたかった。

 そんな遣り場のない焦燥感からの衝動だったのか、

〝母さんの遺骨を故郷へ還す〟

と、いうことを思いついた。これも、母さんの為というのは口実で自分が家から、現在の状態から逃げ出したかっただけなのかもしれない。

 時折、母さんは故郷を懐かしむことがあった。みかんやおでんを食べる時、テレビに故郷のことが映った時なんかに少し放心状態になることがあったのだ。母さんの過去はよく知らない。あまり自分の過去を話すことはなかった。それに毎日忙しくて、朝から晩まで働き続けて、ゆっくり話す時間などなかった。母さんがこの街で生まれ育ったことは聞いていたが、母さんが何故、故郷を出たのか、親族と疎遠になったのか、父とどのようにして結ばれたのかは知らない。それは、父に訊けば分かるだろう。

 母さんを故郷へ還す。そんなドラマティックな高揚感に浸りながら、この街に来た。街を歩き回ったのも、初めてBARに入ったのも、そんな高揚感の為したことなのだろう。

 そして、今、母さんを故郷へ還した。

 …母さんの人生とは何だったんだろう。息子を産み育て養う為の人生だったんじゃないか。どんな思いで育ててくれたんだろう。どんな思いで生きていたんだろう。そんなことも考えず、何て素っ気無い息子だったんだろう。もっと優しくすればよかった、もっと労わってあげればよかった、もっと、もっと…。

 涙が止めどなく溢れ零れた。それは包んでいた殻がひび割れ剥がれ落ちてゆくようだった。母さんは本当に死んだんだ。そんなことは分かっている。分かっているのに何でこんなに哀しいんだろう、淋しいんだろう、切ないんだろう…。松の木に手をついて泣くだけ泣いた。泣くに任せた。

 息子の為の母の人生。母もまた息子に寄生していたのだろうか。母に寄生し、他人に、社会に寄生し責任を転嫁し、現実や自分と向き合うことから逃げ続け、自分の人生を自分で引き受けず、ただ何となく生きていた〝僕〟の人生…。今は虚しく思える。

 煙草を咥え、火を点けた。母が吸っていたヴァージニアスリム。吐き出された煙は暫く宙を漂っていたが、やがて風にかき消され、空へとけていった。

 好美さんが言っていたように、供養とは残された者の自己満足なのかもしれない。何をしようが逝ってしまった者は何も応えてはくれないのだ。おれが納得し満足すれば、母も満足してくれる、そう信じるしかない。

 母さん、母さんはこの街に還り、また生まれておいで。そして、もしも願いが叶うなら、おれを産んで欲しい。おれは母さんの息子として、また生まれたい。

 木々の間の青空を見上げる。

 生命とはなんだろう。天地の塵が結ばれたものが生命なのだとしたら、生命とは天地、宇宙の結晶といえる。結晶のかたちは様々だけれども、みなもとは天地なんだ。生命と天地はひとつ。おれは天地とひとつ…。体と心が天と地にとけて広がってゆく……、

そんな爽やかな清々しい一体感だった。


 [Kool]へ初めて行った通りを歩く。

 西陽を浴びて街が黄金(きん)色に輝いている。アーケードを行き交う人達、一人一人が愛しく思える。皆、生きている。共に生きている。一人一人がこの天地、宇宙の結晶なんだ。

 いつか、この気持ちも日々の暮らしの中で薄れてゆくのかもしれない。でも、また何かの〝きっかけ〟で思い出すだろう、夕焼けを見て母さんの言葉を思い出したように。

 BAR Kool ……万感が胸に迫る。

 開店にはまだ早い。そうっと扉を押してみる。キィ…小さな音を立てて扉は開いた。

「あっ、ヨシ君!どうしたん?」

 いつもの席に友子がいた。慌てて目を擦っている。

「スッキリ、散髪したんやねえ」

「はい。力也さんのとこで刈ってもらいました」

「よう似合うとるよ。精悍な感じ」

「ありがとうございます」

「大戸さん、どうぞ」

 カズさんはカウンターの内にいた。おれは友子の涙を気に掛けつつもカズさんの前に立った。

「カズさん、友子さん、お、おれ、これから東京に戻ります。それで、挨拶だけでもと思って…」

 カズさんの眼差しに励まされておれは言葉を続けた。

「おれが小学生の時に両親が離婚して、おれは母が育ててくれたんですけど、その母が去年の十一月に急死して、何もする気になれなくてずっと家に引き籠っていました。それまでだって何となく生きていました。何もかも他人の所為にして自分と向き合うことから逃げていました。この街へ来たのだって不安を抱えた暮らしから逃げて来たんだと思います。でも、この街に来て、カズさんや友子さん、色々な人達に出逢えて、自分と向き合い自分のことを考える〝きっかけ〟を摑むことができました。する、という意志の大切さを知ることもできました。母の死を受け止めることができました。これからは自分のことは自分で引き受けて、自分で考えて、意志を持って、今やれること、やりたいことをやってゆきます。そう決めました」

「そうですか…。それは大変でしたね」

 カズさんが目を細めた。それは何か懐かしいものを見るような眼差しだった。

「俺の母も急死でした。俺は旅先で訃報を知り、帰って来た時には母は骨になっていました。母の死に目には会えませんでしたが、俺が旅立つ前に母とふたりでお別れ会をしたんです」

「お別れ会?」

「はい。単車での長いひとり旅ですから、何かあるかもしれない。これが今生の別れになるかもしれない。まあ、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、俺はそれくらいの覚悟で旅に臨んだところもあります。その時は、何かあるなら俺の方だとばかり思っていました。まさか、母が逝くなんて思いもしませんでした。で、母の家に泊まって母の手料理を御馳走になったり、ふたりが好きな映画を観たりして、思い出話や俺の将来のことなんかを語り合いました。その時、

母がこんなことを言ってくれました。

『あんたには財産も何も遺してあげられないけれど、自由をあげる。わたしのことは構わず、あんたはあんたの好きなように生きなさい』

って。母が逝ってから思いました。あれは母の遺言だったんだと。

 ヨシ君のお母さんがどんなことを思っていらっしゃったのか、俺には分かりません。でも結果的に、ヨシ君はお母さんから自由を貰ったんじゃないでしょうか。確かに哀しみも寂しさも不安もある。自由、というと聞こえはいいですが、自らが由し、と、判断して、自分で自分の責任を取らなければならない、自分の人生は自分で引き受けなければならない、そんな厳しさもあると思います。お母さんは逝くことによってヨシ君に自立の機会を与えてくれたんじゃないでしょうか」

 確かにおれは母さんに導かれてこの街に来たとも云える。そして、この街で自立への?きっかけ?を?むことができた。もしも母さんが逝っていなかったら、おれはいつまでも母親に甘えっぱなしのろくでなしになっていただろう。

 カズさんが好きなように生きているのは、それがお母さんへの供養なのかもしれない。お母さんへ遺言通り自由に楽しく好きなように幸せに生きている姿を見せているのかもしれない。

 母さん、おれは母さんに何にもしてあげられないけれど、母さんから貰った生命を、自由を大切に生きることはできる。

 母さん、おれ、生きるよ。楽しんで生きるよ。幸せに生きるよ。

 そう、おれは決めたんだ。

 シェイクの音。

 カクテルグラスが鮮やかな夕焼け色に染まる。

「はなむけのカクテルです。どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 グラスを手に取った。

 一輪の花のようにも見える。

 目を閉じる。

 カズさんの個性…全てを味わった。

 天地の結晶を、今、生きている幸せを味わった。

 目を開ける。

 カズさんと目が合った。おれは微笑み頷いた。

 カズさんも微笑み頷いた。

「何よう、ふたりの世界に入っちゃってえ」

 友子が拗ねたような声を上げた。

「ありがとうございました。おれ、いきます」

 深々と頭を下げた。

「ヨシ君、俺はKool(ここ)にいます。いつでもいらしてください」

 その言葉だけで、カズさんの本意を感じ取れた。そんな気がした。だから、しっかりと頷くことで応えた。

「ヨシ君、あたしもここにおるけん」

 友子が立ち上がり左手を翳して見せた。薬指に光る指輪。咄嗟にカズさんを見た。カズさんは小さく頷いた。それはまるで頭を下げたようにも見えた。

「おめでとうございます」

 おれは友子を見詰めた。やっぱり友子は綺麗だ。

 友子は俯き唇をきゅっと噛みしめたが、すぐに顔を上げて、

「ありがと。それと…」

と、言って、おれの右手を取り両手で包み込むと、潤んだ瞳でおれを真っ直ぐに見詰めて言葉を続けた。

「…それと、この街はヨシ君の故郷やと思う。だから、いつでも帰ってきて」

 ―ぎゅっと抱きしめたい衝動。抑えた。抱きしめる代わりに左手でそっと友子の手を包んだ。

「はい。友子さんも元気で。そしてお幸せに」

 ふたりは店先まで送ってくれた。

「見て!きれいな夕焼け」

 友子が空を指差す。

「本当だ」

 束の間、夕焼けを眺めた。

 全てが、永遠が、この一瞬にあるように思えた。

 冷たい、でも、心地よい風が頬を撫でる。

 ふたりに背を向け歩き出した。

「ヨシ君!」

 背中に友子の声。

 振り向く。

「いってらっしゃい!」

 笑顔の友子。

「帰ってこうわい!」

 笑顔で応えた。

 踵を返し、コリドー広場を抜け、通りに出た。

 振り返ると寄り添ったふたりが見送ってくれていた。

 手を振る。

 ふたりが手を振り返す。

 おれは歩き出した。

 夕焼けに向かって。




































最後まで、お読みくださってありがとうございます。

この小説「いつか見た夕焼け」は、1998年3月から12月にかけての

ヨーロッパのBARを巡る旅で着想を得て、翌年6月に書き上げ、

松山の「坊っちゃん文学賞」に応募して以来、

同じ物語を改訂しながら、毎回のように応募してきました。

この度、諸事情により、応募をやめ、ネット公開とさせて戴きました。

(解説はアメブロをご覧ください)

この場をお貸しくださってありがとうございます!

この小説の主題は〝きっかけ〟です。

何かの〝きっかけ〟になりましたら幸いです。

夕焼けは希望。

何故なら、

「夕焼けの明くる日は、晴れる」のだから。


2016年 6月 暁をまちながら

三王一好

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