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ごめんあそばせ、聖騎士さま。  作者: 豆狸


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13/20

13・続元聖女さま、痩せてください!

「ブー、ディアモンさまのお宅よ」

 東屋の長椅子に腰かけて、コライユは箱の蓋を開いた。

 眼前には池があり、水気を含んだ心地良い風が吹いてくる。

 水面は蓮の葉で覆われていた。花は咲いていない。

(夏に咲く花だと聞いていたけれど、開く時間が決まっているのかしら)

 ブラン家に蓮があるとは知らなかった。

 いつかこの泥色の小鳥に蓮の花を見せたい。コライユ自身も見てみたかった。

 ぴ?

「……」

 ブーが首をかしげたのは、ブラン家の兄弟が怪訝そうな顔で見つめているからだろう。

 もしかしたら、ふたりがそっくりなので驚いているのかもしれない。

「ディアモンさま、ロッシュさま、どうなさいましたか?」

「姉上、珍しい鳥ですね。俺、初めて見ます」

「え、そうですか? よく道で木の実をつついていますよ?」

「……コライユ殿」

「ディアモンさま?」

 彼は青ざめた顔をしていた。藍色の瞳が薄く潤んでいるようだ。

「前の鳥は、もういないのだな。悲しいのはわかるが、同じ名前をつけるのはどうかと思う。新しい鳥はべつの鳥なのだから」

「前と同じ鳥ですよ?」

 ディアモンは両手を回転させて、円を描く。

「しかし、こう、前の鳥はまだ鳥だったけれど、この鳥はもうべつの生きものというか……」

「この子は鳥ですらないのですか?」

 兄よりも明るい色の瞳を丸くするロッシュに、コライユはようやく事情を理解した。

「違います。……ブーは太っただけなんです」

 背後に立つフェールが大仰な溜息の後で補足する。

 銀髪の執事には、もう泥色の小鳥の正体は教えていた。

「婚約者さま、弟君、今日この鳥を連れてきたのは、おふたりにお見せしたかったというのもありますが、一羽で留守番させると籠を勝手に抜け出して、つまみ食いするからでもあるのです」

 ぴっぴ、ぴぴっぴー。

 元聖女の小鳥は、人間の言葉などわからぬ振りをして歌い出す。

 眉間に皺を寄せた兄弟の顔は、大きさ以外そっくりだ。

「元気ならいい……のか?」

「さすがにここまで太っていては、体に悪いと思います」

 コライユは俯いた。恥ずかしくて顔が熱い。

「この子の足が悪いのは、拾ったとき、わたしが上手く助けられなかったからです」

 聖女の力でも、彼女の役には立てなかった。

 ぴいっ?

 ブーが驚いたような声を上げる。

「思うように体が動かせないとき、食べることだけが楽しみなのも良くわかります」

 コライユは特に喉が弱いので、体調が悪いと食べられなくなる場合も多い。

 だからこそ、母が作ってくれたダイダイの砂糖漬けやフェールの心のこもった病人食が、嬉しくて美味しかった。

(人間用に料理したものは動物には良くないと聞くし、味や種類を工夫できないと量で満足させるしかなくなって)

「やっぱり甘やかしすぎでしょうか?」

「……姉上、小鳥を抱っこしてもいいですか?」

「ええ、もちろん良いですよ」

 箱に手を伸ばしたロッシュは、ブーを抱き上げて顔色を変えた。

「重いです!」

 ぴっ!

 ブーは傷ついたような声を上げる。

「普通なら、コライユ殿の指にもとまれるくらいの大きさの鳥なのにな」

 弟の手の中の小鳥を見つめ、ディアモンは深刻な顔になる。

 ロッシュが兄に微笑んだ。

「でもこの子、翼は丈夫そうです。元気なほうの足も強い。自分で籠を開けて抜け出せるくらいですもんね」

「ああ、そうだな。太っていても元気なのが一番だな」

 ぴぴぷ……。

 不満げな小鳥の頭を撫でながら、ロッシュがコライユを見た。

「姉上。俺、思うんですけど、この子飛べるんじゃないでしょうか?」

「ロッシュさま?」

「飛ぶときに両足で足場を踏みしめて、跳躍しなくてはいけないのは知ってます。だから鳥が飛んだ後は、枝がしなるんですもんね。そこで、動かない足の代わりに人間が投げてあげたらどうでしょう?」

「ロッシュ、降りるときはどうするんだ」

「降下の速度を調節して、広くて柔らかい場所に降りれば大丈夫ですよ。自分で制御できるようになるまでは、俺が落下地点まで追いかけて受け止めます。あ、でも……そういうことを小鳥にわかってもらうのは大変かな? いきなり投げられたら怖いですもんね」

 ぴぴっ!

 ブーが鳴いた。これまでとは違う、これまでより大きな、強い意思を込めた声だ。

「あなた……飛びたいの?」

 小鳥は真っ直ぐにコライユを見つめて、頷いた。

「賢い小鳥ですね、姉上」

「ああ、俺たちの会話を理解しているようだ」

「……」

 事情を知るフェールは無表情だ。本当はいろいろ言いたいのだろう。

 元聖女なんだから少しは節制しろとか、しゃべれないからって皮膚を噛みちぎるなとか──家ではいつも言っている。コライユ以外に対する銀髪の執事は、たとえ相手が元聖女でも容赦ない。


 東屋の横には少し開けた空間があった。

 敷布を広げて寝転んだりするために空けてあるのだという。

 四人は東屋を出て、なにもない草むらに立った。

 ブーをコライユに渡して、ロッシュが少し距離を取る。ディアモンも動いた。

「俺も補佐しよう」

「仕方がありませんね」

 差しかけていた日傘を畳み、フェールも移動する。

 コライユを頂点にして、しずく型の布陣ができ上がった。

「ブー……」

 瞳を輝かせて、泥色の小鳥が首肯する。

 コライユは怖かった。本当に大丈夫なのだろうか。変な風に投げてしまったらどうしよう。

 だけど──

「行きますよ!」

 ぴぴっ!

 泥色の小鳥を空に放つ。

 夏の陽光を浴びた翼が虹色に輝いている。

(……反動があることはわかってた。屋根の上を行く必要なんてなかった。だけど)

 あの半月の夜、コライユは月の女神の加護を受け入れた。

 最初で最後になったとしても、自由に動き回ってみたかったのだ。

 そんなコライユに、ブーを止めることなどできない。

 男たちが小鳥の飛翔を見守っている。

「ちゃんと飛べてますね」

「問題は降りるときですよ。私たちが……体勢が崩れました!」

「翼で支えきれないほど体が重かったんだ!」

「ブー!」

「ロッシュ、お前が近い!」

「任せてください!」

 ロッシュは跳び上がってブーを受け止め、そのまま池に落ちた。激しい水しぶきが上がる。

 水面が波立つ。蓮の葉の隙間から、細い腕が伸びる。

 少年の手の中の小鳥は蓮の花のようだった、かもしれない。


 ブーは全身をぷるぷるさせるだけで水分を飛ばせたが、ロッシュはそうはいかない。

 ディアモンとフェールが着替えと体を拭く布を取りに行き、コライユたちは東屋に残った。

 ふたり並んで長椅子に座り、コライユの膝の上の箱を見つめる。

 飛んで疲れたのか、箱に戻した小鳥は眠り始めていた。

「姉上、この子はきっと飛べるようになりますよ」

「そうですね。ロッシュさまが思いついてくださったおかげです」

 少年は、照れくさそうに頭をかいた。

 濡れた服を脱いで上半身裸だが、気温が高いので風邪をひく心配はなさそうだ。

 コライユと違い、ロッシュには体力もある。

「この鳥は頭がいいから、ちゃんと痩せて飛ぶのに慣れたら、受け取り手がいなくても大丈夫になるで……ふわあ」

 水が滴る少年は、大きなアクビを漏らした。

「お疲れなんですね、ロッシュさま」

「ごめんなさい。実は昨日、姉上にお会いするのが楽しみで眠れなかったんです」

 もう一度アクビをして、ロッシュはむにゃむにゃと言葉を続ける。

「だってあの、婚約者候補の方と一緒にいても貝拾いや鍛錬を始めると、相手の存在を忘れてしまう……俺も何度か忘れられたことのある……兄上が、十年間忘れられなかった女性なんですもの」

「え?」

 聞き返したときにはもう、ロッシュはコライユの腕に小さな頭を預けて眠り始めていた。

 どんなに顔がそっくりでも、彼は兄とは違う。

 コライユの心臓が早鐘を打ち始めたのは、少年の額に貼りついた濡れた前髪のせいではない。

 ディアモンが自分を覚えていて、しかも忘れられないでいたと言われたからだ。

(本当なの? もちろんロッシュさまが嘘を言う必要なんてないけれど、なにかの勘違いかもしれないわ。でも、でも……)

 婚約者本人に確かめるのは怖かった。

 違うと言われたら悲しいし、本当だと言われたら、嬉しくて心臓が弾けてしまうかもしれない。


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