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解放者たち  作者: habibinskii
第九章
60/81

2

 セレイの自宅は商店街の裏道を少し入ったところにあった。赤煉瓦造りのこぢんまりとした民家が押し合うように立ち並ぶ、生活感溢れる裏町だ。

 滑らかな手つきで折り戸を開けながら、セレイはリュイへ告げる。

「いま誰もいないの。養父さんも養母さんも外で働いてるから。お昼ごはんを食べにいちど戻ってくるわ。義兄さんはいまここには住んでいないのよ」

 玄関を入ると土間の廊下が奥へと続き、突き当たりが台所であるのが見えた。その手前左側に居間があり、靴を脱いで上がった。

「ちょっと待っていて。いまお茶を淹れるから」

 セレイはいそいそと台所へ向かった。

 荷物を降ろすと、リュイは敷物の上に力なく腰を下ろした。目が放心している。めずらしく背を丸めてうつむいた。初めて見る頼りない姿だった。とても果敢なく弱いもののように見える。ティセは胸の奥が黙るほど驚いた。

「……ね、リュイ、どうしたの?」

 伏せた顔の色を窺う。やや間を置いて、

「……どうもしない……」

 ぽつりと答えてから、やっといつものように背筋を伸ばした。


 茶の道具を盆に載せて、セレイが居間へ戻ってきた。水に浮かぶ花のように静かな足取りだ。臙脂色の敷物の上、黄緑の裾を円く咲かせて腰を下ろす。

「あれからずっと旅をしてるの? 春まではひとりで?」

「そう……」

 セレイは懐かしそうに目を細めてリュイを見る。セレイを見るリュイの目は、何故だろう、妹が口の端に上るときにする感傷的なものではない、普段よりも冷ややかにさえ感じる眼差しだった。

「もう三年近く立つ…………ずいぶん……髪が伸びたのね……」

 リュイは瞬きで返事をし、抑揚のないつぶやき声で、

「……きみも、ずいぶん大きくなった」

 ――――……きみ……――――?

 ティセは激しく違和感を覚えた。兄妹の間に、束の間の沈黙が流れる。

「ここへは、どうして?」

「……イブリア街を訪ねるために」

「イブリア街を……そうなの……」

 セレイもまた、抑揚なくつぶやくように返す。


 普段の様子から、リュイにとって妹はなにか特別な存在であるのだと思っていた。けれど、こうして久しぶりに再会したというのに、嬉しそうな素振りを微塵も見せない。どころか、ひどく動揺しているようだ。

 セレイも懐かしげに兄を見るものの、心が浮かれ騒いでいるようにはとても見えなかった。ふたりの間には緊張感すら漂っている。きみ、とリュイは言った。なんとぎこちない呼びかただろうか、ティセには不自然に思えてならない。久しく会わなかったためか、ほかの家の子になって長いからだろうか、はっきりとよそよそしさが感じられた。ティセの周りにいた兄妹たち…………たとえば、ラフィヤカとその兄の遠慮のない関係などとは、まるで違うようだった。

 しかし、ふたりは知っているどの兄弟姉妹よりも似ていた。瞳の暗緑の深さ、隅々にまで及ぶ顔の造作、わずかに波打つ黒髪の髪質も、後頭部の尖った頭の形も酷似している。そして、兄ほどではないが、妹もまた、そこはかとなく大人の雰囲気を滲ませていた。女らしい身体つきは、およそティセとは正反対で、同い歳の少女たちと比べても早熟だ。容姿だけでない、ちょっとした仕草の端までもがたおやかで大人びており、慎ましさに満ちている。

 たぐいまれな美少女であるけれど、リュイとは違い、近寄りがたさは感じない。表情や話しかたがやわらかく、雪融け水のように張りつめた空気ではない、日常の空気を纏っているからだ。


 生姜の風味のする茶を口にして、セレイは改めてティセへ、

「セレイ・ラナ・ガウリよ。聞いてるかもしれないけど、この家の養女になったから姓は違うの。ティセはどこのひと?」

「イリア。イリアの俺の村でリュイと知り合ったんだ」

「いくつなの?」

「セレイと同い歳だよ」

「ねえ、いったいどうして一緒に旅をしてるの?」

 セレイはティセに大変興味を持っているようで、ティセの顔をしげしげと見ながら質問を重ねた。が、それだけでなく、リュイとは少し話しづらいのかもしれない。兄妹の間には、それほどのぎこちなさがあった。

 ティセは旅に憧れていたこと、五日間リュイのあとを追ったこと、その間、完全に無視されたことを簡潔に、且つおもしろ可笑しくセレイへ語った。どうにか場を和ませたかったからだ。

 話が進むほどセレイは目を丸くし、身を乗り出した。小さく失笑しては、「ほんとう!?」と驚きの声を上げる。リュイはその間、まだ硬直が続いているように黙りこくり、翳を増した瞳でふたりをただ眺めていた。茶にも手を付けずにいる。

 尾根の道で迎えた大勝利までを話すと、セレイは感心半分、呆れ半分といった声で、

「……ティセ……あなた、めちゃくちゃよ。最高におもしろい……」

 拍手を贈る代わりみたいに目を瞬かせ、長い睫毛をバサバサさせてティセを見た。ティセは得意げにニヤリと笑い返した。


 家のすぐ前で物音がした。セレイがすっと立ち上がる。

「養父さんたち帰ってきたわ」

 途端、リュイを包む空気が緊迫する。キシリ、音を立てて張りつめる。息を殺すような顔をした。

「ちょっと待ってて」

 裾を鮮やかにひるがえし、セレイは居間を出ていった。折り戸の開く音がして、

「おかえりなさい。養父さん、養母さん、ちょっと……」

 そのまま外へ出ていった。居間は静まりかえる。

 とても声をかけづらかったが、ティセは潜めた声で問うてみた。

「……セレイの養父さんたちには、会ったことあるの?」

「……幾度か……」

 ぼそりと返す。リュイは怖いほど緊張しているようだ。吐き気を堪えているふうにすら見える。大丈夫、と尋ねたが、もう口を開かなかった。沈黙のなかで、ティセは何故という言葉を胸のなかに重ね続ける。


 だいぶたってから、セレイが養父母を連れて戻ってくる音がした。セレイに続き、養父母が居間へ姿を見せる。と、リュイはすぐさま立ち上がり、養父母をまっすぐに見た。それから――――深々と、頭を下げた。

 そのとき、養父母も、そしてセレイも、胸を突かれたような顔になり、束の間呆然とリュイを凝視していた。不自然な空気が居間に飽和した、ティセはそう感じた。

 声をかけられるまで、リュイは無言で頭を下げ続けていた。とても深く、床と垂直に垂れた耳際の髪を静止させるほど長く。その姿はまるで、赦しを乞う咎人に映った。

 イブリアの衣装を纏った養父が前へ出た。リュイの両肩に手を置いて、

「やあ、よく来てくれたね。さ、堅苦しい挨拶なんかいらないよ」

 リュイはようやく頭を上げた。疲労の滲む瞳と硬い表情を養父へ向けて、

「……お久しぶりです」

 養父は目尻に慈しみを刻み、鷹揚さのある口ぶりで言う。

「いやあ……立派になったなあ。驚いた。ささ、座って座って」

 養母も穏やかな眼差しで、

「元気でなによりだわ」

 笑顔を向ける。ティセも立ち上がり挨拶をした。

「セレイに聞いたよ。一緒に旅してるそうだね。しばらくここでゆっくり休んでいくといい」

 笑顔と明るい声で不自然な空気は一掃された。一転、居間は和やかな雰囲気に包まれる。セレイが静かな微笑みを湛えて、腰を下ろしたリュイを見つめていた。



 養母は申し訳なさそうに微笑みつつ、既婚の証しの刺青を入れた手で、大きな盆を運んできた。

「突然のことで、いまこんなものしかないけど、今晩はセレイと腕を振るうから、ふたりとも楽しみにしててね」

 牛酪(バター)と鶏の煮汁で炊いた飯を昼食に取りながら、家族の状況を聞いた。

 養父母とも南部に出自を持っていたため、北部で事件が続いたのをきっかけに帰郷したのだ。リュイが旅に出た半年ほどあとのことだった。夫婦そろって、親類が経営している商社で働いている。どちらも四十くらいだろうか、町に住む人間らしく垢抜けた、開放的な雰囲気を持つ明るいひとだ。養父は腰巻きを纏いトルクをしているが、養母はセレイ同様に、シュウの女の衣装を身につけている。リュイが言っていた、革新派と呼ばれるひとびとのようだ。

 養父母には嫡男がいる。セレイの義兄にあたるそのひとは、最大都市バンダルバードにある専修学校へ進学したため、そこの寮で暮らしているという。

 セレイは少し遅れて昨年初等部を修め、そのあとは養母の代わりに家事をしつつ、週に幾度か食堂で働いているそうだ。

「中等部へ進学なさいと言ったんだけど、この子ったら頑として聞かないのよ」

 不満げに養母は語る。セレイは黄色く染まった飯を、指先でひと口分にまとめながら、

「中等部に女の子いないもの。勉強は好きだったけど、それより家のことするほうがずっと好きよ。それに、中等部へ行った女の子なんて生意気だって、男の子は思うでしょ」

 ティセをちらりと見た。

「……うーん、俺の村の子たちは、女の子でも中等部まではたいてい行くんだけど……」

「そうなの!?」

「さすがイリアは違うな」

「でも、確かに高等部まで行く女の子はほとんどいないし、もし行ったら生意気だって思われるだろうな」

 でしょ、と言いたげにセレイは口角を上げた。養母はそんなセレイに、

「これからの時代、女も家に閉じこもってばかりいてはいけないわ」

「そうも思うから、ちゃんと外でも働いてるのよ、養母さん」

 養父はリュイに微笑みかけて、

「いいひとに出逢って普通の家庭を作るのが夢なんだって言うんだよ、平凡だろう?」

 リュイは曖昧に小首を傾けた。

「そのくせ、私のところに来る縁談には見向きもしないんだ」

 同い歳の少女に縁談があることに、ティセは驚いた。

「え、縁談っ!?」

 自分にはありえないほど遠い言葉に思える。目を丸くするティセに、

「いますぐってわけじゃないがね、将来息子の嫁に欲しいって、もう何人ものひとから話があるんだ。セレイは美人だからね。でも、ちっとも興味がないようだ、なあセレイ」

 養父はにやにや顔を向ける。

「自分で見つけるもの」

 自信ありげに唇を尖らせた。養父はにやにや笑いを愛しげな笑みに変え、ふたたびリュイへ、

「セレイは賢いし、ひとを見る目がある、だからなにも心配いらないんだ」

「……そうですか」

 ことのほか静かに返した。



 昼食を終え、少しばかりくつろいだあと、養父母は仕事へ戻っていった。セレイは台所裏にある洗い場で手早く後片付けをしてしまうと、また竈の前に立ち、新しく茶を沸かし始めた。その小さな物音が居間まで届く。

 リュイはやや疲れた顔をしているが、少しは落ち着きを取り戻したようだ。不自然な緊張を解いていた。背筋を伸ばし、茶を沸かす音のするほうを、じっと見つめている。居間からは見えない妹の姿を、白い壁ごしに見ているように。

「リュイ、しっかりしたか?」

 横目で問うと、ゆっくり瞬きをした。

「……とても驚いた」

 それだけではないはずだと気づいていたが、ティセは疑問を呑み込んだ。

「しっかし、おまえが言ってたとおり、本当にそっくりだ! 俺、ひと目で間違いないと思ったもん」

「……会ったこともないのに、なにを言っているのかと思った……」

 セレイが盆を手に居間へ戻る。可笑しそうに笑みながら、

「ティセ、あなたが先に私に気づいたの?」

「そう」

 ティセは改めて兄妹を交互に眺め見て、

「派っ手な兄妹だなあ!」

 ほとんど呆れた声を上げる。ふふ……セレイは小さく笑う。

「それは誉め言葉? どういたしまして」

 リュイと同じ色の瞳に、やわらかな光が揺れた。きゅっと上がった口角、ひとのぬくもりを感じる目の表情…………兄妹は酷似しているものの、冷ややかに静まりかえったリュイとは違い、セレイにはずっと人間味がある。活き活きとしているのだ。初めてリュイに出会ったとき感じた大きな隔たりを、こんなにも似ている妹には少しも感じないのが、ティセは不思議にさえ思える。


 硝子の湯呑みへ茶を注ぐ、湯気とともに小豆蔲(カルダモン)の香りが立ち上る。セレイに湯呑みを差し出されたリュイは、

「ありがとう」

 朝、白湯を用意するティセに言うように言った。セレイは一瞬、兄の顔を凝視した。それから、ゆっくりと茶を口にして、

「イブリア街に行くっていうのは……どうして? 行くなら案内するけど……」

 リュイはふた呼吸ほど間を置いた。

「……笛を……覚えている?」

「笛? もちろん……それで?」

「あの笛は大木信仰と関わりがありそうだと分かったから、イブリア街へ行って話を聞けば、なにか手がかりが見つかるかもしれないと思って……」

 セレイはきょとんとして、束の間黙した。のち、意外そうな声で、

「もうひとつの笛を……探しているの?」

 ことさら落ち着いた声と眼差しを、リュイは妹へ向けた。

「最後に会ったとき、僕はきみにそう言ったはずだよ」

 記憶を辿るように目を伏せたセレイは、どこか辿々しく、

「……そうね、そうだった。笛を探す旅に出るって……ごめんなさい、あのとき私、ずいぶん慌てていて、よく覚えてなかった……」

 うつむき、口をつぐんだセレイを、リュイは鋭さを含んだ目で見つめていた。また、兄妹の間にどことなく緊張感が漂い始める。

 ティセはふと思い至った。

「ねえ、セレイは笛のことどのくらい知ってるの?」

 ぱっと顔を上げ、ティセを見遣る。

「……ほとんど知らないわ。父さんたちが亡くなったとき、まだ小さかったから。父さんが笛を奏でていたのは覚えてるけど……。それに父さんの様子から、あの笛はいつか兄さんのものになると思ってたから余計ね……」

「そっか……」

 リュイを見向き、

「もしかして、おまえの兄貴は旅に出るとき、父親からいちど笛を手渡されて、それをおまえに譲るって言って出たのかな……弟に譲ってきた……って、コイララは話してたよね」

「……分からない……そうかもしれない」

 話が呑み込めなかったのだろう、セレイはわずかに首を傾げた。

「あのね、スリダワルのラグラダって村で、兄貴の恋人だったひとに会ったんだよ。すごいだろう!?」

「それ……シューナ兄さんのこと!?」

 セレイは大きな目をさらに大きくした。

 異母兄シューナについて、セレイはまるで記憶に残っていないという。リュイでさえ顔や姿がおぼろげに浮かぶくらいで、思い出といえるほどの記憶がないというのだから当然だ。亡き父親からその存在だけを知らされていたに過ぎなかった。それでも、ともあれ数年前までは、血の繋がった長兄が遠い場所で幸せに暮らしていた事実に、セレイは少なからず感慨を抱いたようだ。

「なんだか、すごく不思議な気持ち……」

 暗緑の目を細めていた。


 しばらく黙っていたが、やがてセレイは名案を思いついたように、にこりと笑んだ。

「イブリア街にとても物知りなお爺さんが住んでるの。街のみんなから古老って呼ばれて尊敬されてる方よ。お爺さんに尋ねてみたら、もしかしたらなにか分かるかもしれない」

「へえ、古老ねえ」

「……ただ、お爺さんに面会したいひとがたくさんいて忙しいみたいだし、本当にお歳で体調がよくないこともあるの。近いうちに会えないかどうか、私、いまから行って聞いてくるけど……」

 リュイはなにも返さなかったが、セレイはティセの顔つきを見て立ち上がる。

「ちょっと待っててね。ついでに買いものもしてくるから」

 セレイが外出すると、リュイは遠くを見るような目になって、とてもひそやかな長い溜め息をついた。そして、疲労の差した瞳と同じだけ疲れた声で、

「ティセ……」

「ん?」

「僕は少し寝ているから、おまえは好きにしていて」

 大儀そうに言って、短剣を胸にぱたりと寝てしまった。

 伏せられた長い睫毛を、ティセはもやもやとしたものを胸に覚えながら、長いこと見つめていた。



 晩にはセレイと養母がご馳走を用意してくれた。床へ敷いたムシロの上に、大皿へ盛った料理がいくつも並んでいる。銘銘盆ではなく、大皿に手を伸ばして食事をするのがイブリア本来の作法なのだとティセは気づいた。セザの家でもそうだったからだ。

 南瓜と唐辛子の煮物、香辛料の効いた花椰菜(カリフラワー)とひよこ豆の炒め煮、乳酪に漬け込んだ鶏肉の窯焼き、たまらない香りを漂わせる羊肉の串焼き、そして、ファータもあった。

「あ、これファータ?」

 養母が驚いたようにティセを見る。

「あら! よく知ってるわね」

「タミルカンドでイブリアの家族にお世話になったとき、作ってくれたんです」

 けれど、セザの家のファータと違い、雑穀の練りものではなく、米が用いられていた。言うと、セレイが笑みを向けた。

「この辺りでは米のファータが一般的なのよ。北のほうでは平パンの古くなったのを使うけれどね」

「へえ、おもしろい!」


 吊りランプのやわらかな灯りの下、兄妹の再会とティセの来訪を祝う晩餐が、和やかな雰囲気で続けられる。

 歓談は話し上手な養父を中心に、ときおり養母の的を射た指摘を挟みながら進んだ。私考や見解を理路整然と話すことができる養母に、ティセは保守的でやや感情的な自分の母親とは違う匂いを感じていた。しきたりを重んじつつも、それに縛られたりしない柔軟さや勇気を持ち合わせているような、平たく言えば新しい時代を思わせる、そんな女性に映る。セレイは賢いと養父は言っていたが、養母の影響ではないかとティセは思った。たとえ血のつながりはなくとも、この家族はもはや本当の親子なのだ。セレイはきっと、幸せなのだろう。そんなことを思いつつ、リュイをそっと見た。

 リュイはほぼなにも喋らず、聞き役に徹している。養父の話題はセレイのこと、自分の仕事やこの町のあれこれ、あとはティセに対する問いかけがほとんどだ。リュイについては一切触れない。いままでの旅や今後のことなど、話すべき話題はいくらでもあるはずだ。まるで、リュイについて触れるのが憚られるかのような、妙な空気を感じた。セレイがそうであるように、養父母もまた、リュイとは少し話しづらそうに見える。

 それでも養父母は、リュイに明るい顔を向け、穏やかに微笑みかける。その様子はどことなく不自然だった。ティセはどうにも腑に落ちない。

「ねえ、そうは思わないかい?」

 養父はやわらかな口調でリュイに同意を求めた。慈しみの滲むその目尻を見て、ティセは直感した。


 …………リュイが隠している闇の真相を、この家族は知っているんだ…………


 ひそかに、家族の顔を順に眺め見る。トルクを巻いた養父、理知的な養母、兄に酷似したセレイ……――――――そして、気配を消すかのように黙するリュイを、ティセは言いようのない思いを胸に眺めていた。






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