プロローグ
「先生! 起きて下さい! 出番がやって来ましたよ!」
荒川は朝が弱い。
と言うか、まだ午前6時少し前。この時刻から全力で動けるなら今頃こんなところにいないだろうと思いつつ、少々興奮気味に飛び込んできた少年に目をやる。
彼は反応の鈍い荒川につかつかと歩み寄ると、神妙な面持ちで耳打ちした。
「事件ですよ先生、これはもしかすると今までで最も大きなヤマになるかもしれません。皆さんもう1階でお待ちかねです」
――ヤマってなんだよ。
と言いたい気持ちを抑え、荒川は渋々起き上がった。
「昨夜の局地的豪雨で土砂崩れがあったらしいんです。ふもとに通じる一本道が塞がれてしまって、警察もすぐには来られないそうです」
――またか。
こうなっては荒川に抗う術はない。多分、既に、きっと、十中八九、全てのお膳立ては済んでいるのだ。事件の関係者をどう丸め込んでいるのかは特殊な交渉術によるらしく定かではないが、全てを解決するまで荒川に自由がないことだけは決定事項である。
時折吹く風が、激しかった昨夜の雨を抱えた木々を揺らし、ばらばらと水滴を散らす。
D県の山間にある観光牧場『もふもふファーム』では、この日の早朝、牧場主夫人の遺体が発見された。
発見場所は羊たちが夜間過ごす羊舎に隣接する『毛刈り場』である。宿泊客の医師により死因は『アナフィラキシーショック』と診断され、事件性はないと思われた。
しかし、事故と思われたこの一件。偶然居合わせた彼らの活躍により、意外な真実が解き明かされたのだが……この二人、決して探偵などではない。