『酒豪と穢れなき蝶』
「ユウゴさん、今日もいつものお願いします」
「はいよ」
そう言って、カウンターに腰掛けたショートカットのキャリアウーマン風の女性は、手慣れた様子でカクテルを注文すると、奥に腰掛けているユラにすっと水の入ったグラスを滑らせた。
「今日も素敵なお嬢さん、これは私からだ。飲みなさい」
「そんな…私にはユウゴという心に決めた人が…キャッ」
態とらしく照れる仕草をするユラは、そのまま水の入ったグラスを先程の女性に滑り返した。
「そんな君も可愛いよ」
「もぅ、カナンったら本当に上手!」
見た目には眼福な二人の光景に、ユウゴはため息を付くと、カナンと呼ばれた女性の前に注文されたカクテルを置く。
カクテルグラスの中で、白い蝶が舞う、見た目にも美しいカクテルだ。
しかし、これが見た目に反してアルコール度数の高さが尋常ではなく、別名が『メイデンキラー』
一口口に含めば、噎せてそのまま意識を失う、酒初心者がまず最初に振る舞われる、度胸試しのようなカクテルなのだ。
それをカナンは常に四から五杯は空けて、全く酔わずに帰ってしまうのだから、人は見かけによらない。
そんなカナンが店に来るようになったのは、ある雨の日だった。
半分地下の様な作りをしている玄関に、ふと懐かしい感じがして、雨宿りを兼ねて入店して来たというのが始まりだった。
そして、入店して直ぐユラからここの特性について説明を受けると、あのカクテルを注文し、ぽつりぽつりと自分がどうして転生したのか、今は何をしているのかを話してくれた。
「私、前世では宮廷のお抱え薬師をしていました。緑の魔女と呼ばれ、伴侶も居て・・・けれど、隣国に攻め込まれた際、王子を逃がす途中で死んでしまったんです。で、次に意識が蘇ったのがこの世界に生まれ落ちて十六年経ってからでした」
それから、猛勉強して医学の道に進んだですけど、最初は前世の事って誰にも話せないから怖かったんですよね。と、そこまで話すと、カナンは紙とペンを取り出し、サラサラと絵を描き始めた。
「私の伴侶、こんな人だったんです。これを描く為だけにイラスト講座なるものを受けてみたんですけど、結構上手く描けるもんですね」
「どれどれ・・・ってこれじゃ顔の判別がつかないんだが」
そこには、ローブが顔の前半分を覆い、尚且つ目元には長めの前髪が描かれていて、特徴となる目元が一切描かれていない、一人の男性の姿があった。
「まぁ、私もこんな姿の彼しか見ていなかったので、今更『顔』というか『目』が描けないというか・・・でも、これで見付かったらすごいと思って。ところでマスター、ここに来る人に聞いてもらう事って出来ますか?」
「このイラストで?」
「いや、これで見付かったら奇跡ですよ。それに、私も転生してから姿が変わってるし、この言葉を知ってるかって聞いて貰えればいいんです」
「『ホワイトバタフライの娘』これは、私と私に近しい人だけが使っていた呼び名なので」
そう言って、手元でカクテルグラスをくるりと回すと、カナンは少し寂しそうに笑い、それを一気に飲み干した。
「・・・うん。やっぱり美味しいですね、この『ホワイトバタフライ』」
「レシピも材料も、そのままだからな。とはいえ、これを頼む奴なんて、あまりいないんだがな」
「あぁ・・・それは分かります」
一応、カナンもこのカクテルの強さは分かっている様で、苦笑しながら会計を済ませ、「また来ます。今度はユラさんと一緒に飲みたいです。ユラさんの話し、もっと聞きたいし」カウンターの奥で疲れたのか眠ってしまっているユラを見て、ニコリと微笑むと帰って行った。
こうして、新たな常連として加わった『酒豪』カナンだったが、ユラから色々な話を聞きだそうとする度、酔い潰すので、ユウゴ的には少し迷惑なのだが、この二人が店に居ると売り上げは上がるので、店的にはぜひ毎日来てもらいたい所である。
とはいえ、伴侶が見付かればきっと、店の売り上げは落ち着いてしまう事は明白なので、あまり過剰な期待はしないでおこうと、目の前で楽しそうにガールズトーク(異世界風)を繰り広げる二人を見て、ユウゴは今日も平和だと感慨に耽るのだった。
カナンさんはいわゆる『笊』ってやつです。
ユラとおふざけしながら、他の常連客に人気なので、しばらくはユウゴもそれに乗っかる予定。