名も無い屋敷の部屋で、私達は閉じ込められている。
「理不尽だね」
ある屋敷の一室。大きなため息をつきながら、私は半ば諦めモードに入っていた。中央にある高級そうな机にもたれ掛かり、腕を組み直す。
「何で閉じ込められちゃったかなぁ……」
そう呟いたのは大樹。ここまで私と行動を共にしてきた。背の高さからして中学生ぐらいだろうか。私よりやや年下に見える。何処にでもいる普通の男の子なのに、この屋敷に閉じ込められた。
理由は分からない。唯一分かっているのは、この世界の神様はとても気まぐれだということ。
私だけが知っているこの世界の秘密、それは時間が巻き戻っている事。彼が死ぬと、何故か死ぬ前の時点に戻る。ゲームでいう『コンティニュー』ってやつだ。
かく言う私にも秘密がある。私は今までの記憶が“何故か”残っている。何回彼が死んだのかも、何回物語をやり直したのかも全てハッキリと記憶されている。
何度も繰り返されたこの世界でたった一つ分かったこと、それは『何をやっても大樹は死ぬ』。そして『コンティニュー』され同じ事を繰り返す。
何度も何度も目の前で死んでいく大樹を見た。たくさん血を流して、ぐちゃぐちゃに潰されて、バラバラに引き裂かれて、一瞬の内にして死ぬんだ。
そんな事とはつゆ知らず、大樹は脱出の手掛かりを探している。この小さな部屋の中で。
「うーん……これまでの部屋と感じが違うなぁ」
大樹は頭を掻いた。困った時にする彼の癖。眉をひそめてふぅ、とため息をつく。
「私も同じことを考えていた。生活感がない」
辺りをぐるりと見渡す。嫌な予感がしていた。この部屋は綺麗すぎるのだ。必要最低限の家具……どころではない。先程私がもたれていた机しかない。
「もっと良く探したら……見つかるかな、鍵が」
大樹の声は弱々しくなっていた。今にも泣き出しそうになるのを堪えているようだ。私もつられて淋しさがこみ上げてきた。同時に、胸が締め付けられるような感情に襲われた。
私は知っている、この先の結末を。この部屋で起こる、最悪の事態を。
『この部屋で大樹が死ぬ』
あらゆる場所からガスが噴射され、数分で死に至る。一瞬で死ぬことができず、全身の痛みにもがき苦しむ。足掻けばその分、激痛が伴う。
その痛みに慣れたかと聞かれるとそうではないが、もう6回目だ。流石に覚悟はできている。
薄らいでいく意識の中、横目に映るのはいつも大樹の顔だった。必死になって痛みに耐えていたり、仰向けになって過呼吸状態だったり、うつ伏せでもう死んでいたり。
ガスが漏れる音だけが響く。自分の鼓動も聴こえない。真っ暗になった目の前に浮かぶのは『コンティニュー?』の文字。
ーー嫌よ、もう繰り返したくない。この世界から脱出したい。
何度そう願ったことだろう。しかし次の瞬間、目覚めさせられる。悪夢が起こる部屋に入る前に戻っている。死んだはずの大樹が隣にいる。
私は、死んでいない。
……。
……嗚呼、そうか。
私が死ねば、何かが変わるかもしれない。
ズボンのポケットを探るとカッターナイフが出てきた。
何故こんな物を持ち歩いているのかと聞かれても、気まぐれの神様の事だから分からないと答えよう。
今、大樹は壁を叩いている。どうやら違う出口を作りたいようだ。だけど周囲はコンクリートで固められている事を私は知っている。
手に持ったカッターナイフを後ろに隠して言ってあげた。
「無駄、だよ。全部コンクリートだから」
大樹はその場でうなだれた。ズルズルと座り込んだ。私はカッターナイフの刃をゆっくりと出し、持つ手に力を込めた。
これで首を思い切り掻き切ったら死ねるだろう。
……私が死んだら大樹は一人残されてしまう。でも、もう一度繰り返すのならその心配はなさそうだ。
ごめんね、大樹。
疲れたよね、もう終わるから。
もう少しの辛抱だよ。
真っ赤な液体が勢いよく噴き出す。
大樹が駆け寄ってくる。
ーー大樹、汚れるよ。離れなよ。
そう口にしようとしても、空気が漏れるだけで言葉にできない。
鼓動と、頭を締め付ける痛みが連動し、視界が霞む。
鮮血が飛び散り、大樹にかかる。
ーーもうちょっと。もうちょっとだから。
彼が私を抱き起こしながら何かを叫んでいる。
なんて言っているのか、近すぎて聞こえないよ。
ーー泣かないで。出られるかもしれないんだよ。
身体が軽くなったようだ。
大樹の顔が見えない。