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第一幕 回想ー劇団員の自殺ー

第一幕です。

第一幕 回想 ー劇団員の自殺ー

2006年12月31日

 辺りが少し明るくなってきた深夜、私は『黒影十字軍』の劇団長、国貞健吾と一緒に談話室で、台本の改正や舞台演出の話し合いをしていた。

 国貞は父親から受け継いだ、石川県での活動を中心に行っている劇団『黒影十字軍』の二代目劇団長をしている。

 黒影十字軍は他には無い、その独特な舞台で人気を持っている劇団である。まだ知名度は高くないが、石川県以外の県でも公演を行ったりもしている。

 私は劇団『黒影十字軍』の脚本家をやらせてもらっている。脚本家といっても劇団員といつもいるわけでは無く、自宅で独自に台本を編集したり稽古場の発注などをしている。

 今回は石川県の港から船で、約二十〜三十分の位置にある『劇場黒船』を十二月二十八〜三十日まで貸切り、劇団員全員で舞台稽古をしに来ていた。

 黒船には現在、山本一郎という老人の男が一人住んでいる。こんな立派な劇場を無償で貸してくれるので、とても優しい人だと思う。

 舞台稽古は二十八、二十九、三十日と無事に過ぎていき、現在夜も明けて三十一日私達は談話室にいた。

 地元の石川県に帰るのを本日の朝に控え、私は不意に談話室に掛けられた壁時計に目を逸らした。時計を見ると午前三時半を指していた。

「これは石川に戻ってからじゃなくちゃ休養できないね」私は本音がポロリと出てしまっていた。

 私と国貞は絶えず口から出てくる、あくびを噛み殺しながら新アイディアの提案などをしていた。二人は最初は真面目な意見を出していたが時間が経つたびに集中力が無くなっていき、突拍子の無い意見ばかり出てくるようになってきた。

「だからね……私はいっその事、劇をやるのを止めて君の父がやっていたようなコント劇場をやった方がいいと思うんだけどね」

「何を言ってるんだ康明? だったら僕らの今までの時間はなんだったのさ? もっとまともな意見はないの?」

「ふわぁぁ。なんかもう頭が働かないんだよね、そういえば気になったんだけれど私達が今やっている舞台『トーテンクロイツ』は、誰のアイディアで始まったんだっけ?」

 私はショボショボする目を両手で擦り、国貞に聞いた。すると国貞は飽きれた顔で言った。

「えぇ? いち脚本家がそんな事忘れますかね?」

「じゃあ、いち劇団長さんはもちろん覚えていますよね?」

「当たり前じゃないか」

「誰でしたっけ?」

「美代子だよ」

「あ……」

 言われてから私は思い出した。『トーテンクロイツ』のアイディアを出したのは美代子だった。

『トーテンクロイツ』とは僕らが今やっている劇である。

 内容は、闇の男(以下ジョーカー)が魔法で操った少年(以下スペード)を殺戮人間に変え、スペードは国を支配しようとするためにあらゆる手を使って虐殺を繰り返す。

 ジョーカーの洗脳をしらない王(以下キング)は少年を抹殺するために、討伐部隊『トーテンクロイツ』を向かわす(メンバーは三人で、以下クローバー、ハート、ダイア)……軍事力をちゃくちゃくと手に入れたスペードはとても手ごわく、トーテンクロイツは長い戦いを強いられる。

 スペードは、トーテンクロイツのメンバー『ハート』に恋をしてしまい、ジョーカーの洗脳は解ける。

 この舞台のクライマックスの面白い展開である、ジョーカーの正体。ジョーカーの正体はキングだった。ジョーカーとはキングの作り出した醜い二重人格者だった。

 国貞はジョーカーとキングの二役を演じていて、ジョーカーの役の時は後ろ姿で出現し、マントとカツラを装着している。ちなみに私はというと脚本家でありながら、ちゃっかりナレーターとして出させてもらっている。

『トーテンクロイツ』を提案した美代子はハート役で、見所が多い。この役を他の女優劇団員も狙っていたようだが、美代子の演技力は目を見張るものがあり、ハート役は美代子に決定した。

 私と国貞はその後、談話室から国貞の部屋に場所を移し、話をしていた。……が、もちろん舞台の話をする元気は二人とも無くプライベートの話ばかりしていた。国貞は高校時代に薬学部にいて高校生でありながら、先生達が研究している新薬品の会に参加させてもらえる程の実力者だった。その裏話などを聞かせてもらった。

 それから何分ごろ話しただろうか。私は眠気が我慢出来なくなり、国貞に仮眠をする提案をした。国貞も相当眠かったらしく、あっさり了承した。

 私が国貞の部屋を出ようとした時、生涯忘れないであろう出来事が起きた。

「もう嫌……もう嫌ぁーー!」

 ロビーの方から稲妻のような女の叫び声が聞こえてきた……

 私は思わずドアノブに掛けた手を引っ込め、国貞を振り返った。すると国貞が先に話かけてきた。

「康明! 今の声は?」

「分からない。しかし、ただ事では無い声だったぞ」

「早く行ってみよう!」

 そう言うと国貞はドアノブを回し、ドアを開け部屋を出た。私にはあの叫び声が誰のか分からなかったが、心の中がざわめいていた。私は国貞を追いかけた。

 廊下を抜けホールに出たとき、劇場の方へ走っていく女の後ろ姿が目に入った。女はハート役の衣装を着ていた。赤と白の色が使われた洒落た衣装である。……ということは……。

「美代子!」

 私が答えを出すよりも早く、国貞が声を上げた。

「い……嫌、来ないで!」

 美代子がこちらを向き、悲痛な叫び声を上げた。私はその姿にびっくりした。彼女が着ていたハートの衣装はビリビリに引き裂かれ、胸元からは乳房が飛び出していた。彼女の肌は暗闇に光る月のように白かった。

 彼女は再び後ろを振り返り、劇場に続くガラス廊下を走りだした。

 彼女を追いかけようとした時、後ろから声が聞こえた。

「あの……何かあったんですか?」

 後ろを振り返ると、スペード役の由理かもめが立っていた。その後ろにはクローバー役の紅井武丸も立っている。由理は七三分けの小柄な男、武丸は長髪で中肉中背。

「こんな時間に劇の練習っすか?」

 今度は武丸の方が声をかけてきた。

「馬鹿言うな。こんな夜中、ていうかもう朝だ! みんなの迷惑になるだけだろ」

 私は唾を飛ばしながら、武丸に言った。心の中のざわめきが大きくなっている。彼女を早く追わなければ!

「国貞! 早く美代子を追うぞ」

 私はガラス廊下を見た、美代子は劇場の両開き扉を開け、中に入っていた。私と国貞はガラス廊下を走った。由理と武丸も首をかしげながら後を追った。

 ガラス廊下は二十メートルほどの長さで、その中間あたりに外へ出る透明なドアが左右にある。ドアから出た先は円形に白い花が咲いていて、良い匂いがいている。

 私達は劇場の扉の前に到着し、ドアを開けようとした。しかし内側から鍵がかかっていて開ける事が出来なかった。

「美代子、開けてくれ!」

 国貞が劇場の中にもきこえるであろう、大きな声で叫んだ……が返事は無い。

 後ろから由理と武丸も到着し、武丸が声を出した。

「美代子さん? 俺っす。武丸です、どうしたんですか? こんな朝に……開けてくれませんか?」

 武丸が言っても扉は開かれなかった。

 私は一連の行動を見つつ、考えた。美代子は劇場に閉じこもっている。そしてあれが芝居では無いとしたら……劇場の内部を思い浮かべてみた。答えはあきらかだった。

「外だ! 彼女があぶない」

 私はガラス廊下を戻り、劇場側から見て右側の扉を開いた。外の空気は冷たく、空はすでに白みがかっている。素足で花の上を歩くのは気持ちが悪かった。

「マキさん、何をし……」

 由理が後ろから聞こえて来たので、

「早く来るんだ」

と答えた。

 劇場の裏側へ出ると、美代子は劇場の二階の窓から体を出していた。

「美代子、何をしているんだ」

 私は大きな声を上げた。 

 しかし美代子は次の瞬間、その華奢な体を宙に浮かせていた。

「あ!」

 私達は急いで駆け寄ろうとしたが、間に合う距離じゃなかった。

 落下の瞬間、美代子は最後の声を上げた。

「……『トーテンクロイツ』は一つ欠けた……」

 彼女は頭から地面に衝突した。彼女の夢のように美しい顔を作っていた頭は破裂した。

 私達は突然起こった目の前の出来事に対して、お互いに言葉も発することが出来なかった。その日常離れした事に……

 空にはもう眩しい太陽が昇り、日光が落ちてきた。

 美代子の頭は原形が無いほど醜く潰れており、紅い血が流れていた。その血に光が反射し血が揺らんで見え、とても綺麗に感じた。

 私達はずっとその場に立ち尽くし一言も喋れなかったが、やがて武丸が口を開いた。

「な、何なんですか、これは……何の冗談なんですか!」

武丸は言った。どうやら私と国貞に言っているらしい。

 私は何も言うことが出来ず、首を横に振っていた。まだ頭の中で整理しきれて無かった。

 ただ突っ立ている私をよそに、国貞が武丸に言った。

「僕には、僕には何も分からない……でも彼女は確かに自分の意思で呼び降りたんだ」

と言った。

「そんな、そんな事って……」

武丸は顔を青くして呟いた。

「と、とにかく山本さんや皆さんに知、知らせた方がいいんじゃないですか?」

由理が焦りながら、言った。焦っていたので少し噛んでいた。

 私は気持ちが冷静では無かったので、その考えに至る事さえ出来なかった。

 由理がそう言ったので私達は、先ほど出てきたガラス廊下に引き返していた。最後に私がガラス廊下に入り、ドアを閉めた。

 その時私は不思議なものを見た。円形に咲いた白い花の上に、ポツポツと赤黒い物が付着していたのだ。一つ一つは小さいが白い花の上に赤い物が付いているのは、不気味だった。

「康明? 何をしてるんだ」

 国貞が私に聞いてきた。国貞は気づいてないのだろうか。目の前であんな凄惨な事が起きたのだ、こんな事どうだっていいか。

「ごめん、今行くよ」

 国貞は劇団の団長だ。劇団員の死は後に大きな問題になるだろう。そして一番責任が問われるのは団長である国貞なのだ。私は胸が締め付けられる思いでガラス廊下を歩いた。

 

 ホールに戻り、私達はまず山本老人がいる『管理人室』へ行った。四人の足取りはとても重かったが、この事実から目を逸らすことは出来ないのだ。

 国貞がドアをノックした。……出てこないので再度ノックした。山本は今年で73になるいい歳だ、耳が遠いのだろう。三度目のノックでやっと出てきた。

「なんじゃ、こんな朝から。何の用なのじゃ」

山本は上下、鼠色の寝間着を着ている。顎には白いものが混じった、無精ひげが伸びていた。由理が山本に話かけようとしたが、国貞が手で止めた。

「山本さん、今から僕が言うことを落ち着いて聞いてください」

と山本に国貞は言った。

「あぁ」

山本は本当に話を聞いているのだろうか? そう思えるほど返事に心が入っていない。

「私達と一緒に稽古していた女劇団員、姫嶋美代子……覚えていますよね? 彼女が劇場の二階から転落死しました」

国貞は悲しい顔をしながら山本に言った。が、

「はいはい……分かった」

山本の返事は素っ気無かった、私達の話を冗談かと思っているのだろうか?

「ちょ、ちょっと山本さん。私達の話を聞いてましたか?」

「聞いとったよ、ちょっと見に行ってくるわ」

そう言うと、山本はガラス廊下へゆっくりと歩いていった。

「どういう事なんでしょうね。あのトーンは?」

武丸がそう言った。もう元の調子を取り戻している。ここにいる人は人が一人死んでも、支障は無いのだろうか。私は釈然としないものを感じながら、武丸の言葉に頷いた。 

「次はカレンと麻莉亜か……」

ため息をつきながら国貞は言った。

「国貞さん、俺、彼女達とは仲がいいんで俺が行ってきましょうか?」

と武丸が言った。

「武丸。そんなおちょろけな感じで言わないでくれ、私も疲れているんだ」

国貞は武丸の顔を見て言った。

「いえ、だから俺が行ってこようと……」

「人の死をそんな軽く見るな! もういいから、由理と武丸は自室で待機していてくれ」

国貞は赤くなりながら言った。

「は、はい」

由理は振り返り、とぼとぼと自室に帰っていった。彼も疲れていたのだろう。私には由理の気持ちが分かった。武丸も由理を見ると、引き返すそぶりをした。直前に振り返り、

「どうせ団長は責任問題の事しか考えてないんでしょうね」

と言い、自室へ戻っていった。

 なんていう奴なんだ。私はこの時素直にそう思った。一瞬、美代子のあの凄惨な現場よりも、人の感情の方が怖く感じた。

「国貞、気にするな」

私は国貞を慰めようと、言った。

「いや、武丸の言うとおりかも知れない」

「え?」

「心の端で僕は『石川県に帰った時』の事だけを考えてるかもしれない」

「そんな、君は団長だろ?」

「だからこそさ……」

そう言い国貞は顔を伏せた。

「もういい、分かったよ国貞。でも今は伝えるのが先だろ?」

「つらいな……」

私と国貞は、現在役が無い、女優『水野麻莉亜』の部屋へ向かった。

 麻莉亜の部屋の前に行くと、誰かと話しているような声が聞こえる。何を話しているかは分からないが、誰か部屋にいるのだろう(黒船には電話線が通ってなく、電話できないからだ)

 麻莉亜は長身(170cmほど)で黒髪のロングヘアー、目が大きく特徴的な声(たまに裏返る)をしている。

 ドアを私がノックすると、すぐに麻莉亜が部屋から出てきた。

「どうしたんですか?」

麻莉亜は大きな目を動かしながら、聞いてきた。国貞は開いたドアから中を覗いた。中にはダイア役の夢見カレンがいた。

「君らはずっとこの部屋にいたのかい?」

国貞は聞いた。

「はい、そうです。今日は中々寝付けなくて……カレンさんに部屋にきてもらったんです」

そう言うと、

「団長!」

突然カレンが話しかけてきた。

カレンは麻莉亜とは対照的に背が低く(160cmほどだろうか)髪を朱色に染めており、ソバージュ。爪を噛む癖がある。

「あたし達は寝ないで今まで話していたんだけど、さっき変な叫び声を聞いたような気がするの。あれは気のせいだったのかしら?」

私達が話そうとしている内容だ。やはりあの叫び声はみんな聞いていたのか。

「やっぱり君達も聞いていたのか?」

「ええ、私達は美代子だと思ってたんだけど」

カレンは麻莉亜をの方を向き、国貞に言った。

「ちょっと待って、カレンさん。私はそんな事言ってないです」

「何言ってるのよ麻莉亜、あなただって言っていたじゃない」

「ちょっと待って」

私は二人に質問した

「何であの叫び声が美也子だと思ったんだ?」

「え?」

カレンと麻莉亜は同時に声を上げた。カレンは爪を噛んでいる。

「いや……」

カレンは口ごもったが、麻莉亜が

「それが先ほどの『私』は言っていないという事に繋がるんです」

と言った。

「どういう意味?」

私は麻莉亜に言った。

「マキさん、良いですか? 私とカレンさんは二人で私の部屋にいました。そしてその時に叫び声が聞こえてきました。女の人の叫び声だというのは分かりましたから、すぐに誰かは分かりました。黒船には女劇団員は私とカレンさん、それに美也子さんしかいませんでしたから、あの叫び声は美也子さんだと判断したんです。」

麻莉亜はなるべく伝わるように言った。

「なるほどね。じゃあ『私』は言っていないという事に繋がるっていうのは、どういう意味なのかな?」

「はい、簡単な事です。状況的には美也子さんしかいなかったわけで、私は『あれは美也子さんの声』だったとは言っていません。きっとそこらへんで勘違いをしていまったんでしょうね……ふふ」

麻莉亜は微笑みながら言った。横のカレンは爪を噛みながら頷いている。カレンは前に出て来、

「それで、美代子は?」

「あぁ。その事なんだが……」

私は横の国貞の方を向いた、国貞は頷き一歩前へ進んだ。

「今、山本さんにも言ってきたんだが、美代子は……」

「うおぉぉぉ−−−」

国貞が言いかけた時、悲鳴が聞こえた。

悲鳴の後、遠くから足音が聞こえて来、後ろに迫ってきた。

「はぁはぁ、お、お前ら、さっきの事は冗談じゃなかったのか?」

来たのは山本だった。走ってきたのだろう。はぁはぁ言っている。

「山本さん……」

私は言葉に詰まってしまった。やっぱり冗談だと思っていたのだ。

「ど、どうなっているのじゃ? あ、あんな、あんな事……」

山本は普段とは想像もつかない程に取り乱している。普段冷静を装っている人ほど、パニックになったら立て直しできないというが、本当のようだ。

「山本さん、落ち着いてください。今彼女達にも状況を説明している所なんです」

国貞は山本のか細い肩に手を置き、言った。

「い、いかん。あんな物を女が見てはいかん」

「団長?」

カレンが国貞に言った。

「さっきからあたし全然状況が読めないんですけど、どういう事なんですか?」

「美也子は、劇場の二階から転落死した……」

「え?」

カレンと麻莉亜がまたも同時に言った。

「何を言ってるんですか? ……団長」

麻莉亜が国貞に言った。

「……」

「そんな、嘘ですよね? 美也子さんが死んだなんて」

麻莉亜は探りをいれるような顔で国貞を見た。

「残念ながら、本当だ」

国貞は顔を伏せ、言った。

「そんな、そんなの嘘です。じゃあ劇団はどうなるんですか?」

「人が一人死んだんだ、前みたいに自由に活動は出来ないだろう」

「嘘、嘘よ。私まだ舞台に出た事だってないんですよ? 同じ時期に入ったカレンさんだって舞台に出ているのに」

「麻莉亜……」

「団長だって、私の演技をかってくれていたはずじゃあなかったんですか……」

「麻莉亜、そういう事じゃないんだ。君にも分かるだろ?」

「ううぅ……」

麻莉亜は自分の部屋に入っていった。私には麻莉亜を止めることは出来なかった。


 部屋に戻ってしまった麻莉亜を、黙って見ていた私達は廊下にいた。麻莉亜の前の廊下には、私、国貞、カレン、山本の四人がいた。

「あの……団長?」

カレンが上目遣いに国貞を見た。

「なんだ?」

「あたし、その、美也子を……見てきたいんですが」

カレンがそう言うと、また山本が

「いかん。あんな物を見たら、いかん」

と横から言った。

「分かっています山本さん。でもあたし、事態を早く収拾したいので……すみません」

そう言うとカレンはホールに出るドアを開き、出て行った。

「全然分かっとらんじゃないか」

山本は吐き捨てるように言った。

 その後、私達は由理、武丸の部屋を回り、呼び寄せた。そして五人固まって談話室に入った。談話室には大きなソファーが二つにテーブル、暖炉がある。

 黒船は石川県の絶海に浮かぶ孤島で、船が無いと帰ることが出来ない。この島には船は無く、朝の七時に迎えに来るようになっていた。

談話室には重たい空気が流れていたが、相変わらず武丸は普段とさほど変わらない調子で話しかけてくる。

「マキさん、今何時っすか?」

「は?」

私は腕時計を見た、自慢の銀の時計だ。時計は午前六時を示していた。談話室では壁に時計が掛かっていたので、そちらを見たが基本的に私はこの腕時計を見るようにしている。

「六時だ」

「六時っすか、あと一時間っすね」

と武丸は言った。

 しばらくすると山本がお茶を持ってきたので、私は軽く会釈をした。

「あ、すいません山本さん。言ってくれたら僕も行ったのに」

国貞は山本に言った。

「いいんじゃよ、これでも飲んで……」

山本はそう言い、私達にお茶を配ってくれた。

私はお茶に口を寄せた。口の中にいかにも花といったような味が広がった。私はこんな味のお茶を飲んだことが無かったので質問をした。

「山本さん、このお茶は何ていうものなんですか?」

「あぁ、これはジャスミン茶だよ」

「ジャスミン?」

「ほら、ガラス廊下の周りに白い花が円形に咲いてたじゃろ? あれじゃよ」

「あぁ、あれですか」

私は思い出させずにはいられなかった。あの白い花についた『赤いもの』……あれは何だったのだろうか。あの不気味な白い花はジャスミンだったのか。いやあんな場所に生えているから不気味なだけで、実際は綺麗な花なんだろう。言い匂いもするし。

「でもジャスミンって、五月の花ですよね? こんな冬に咲いていられるんですか? それに鑑賞用が主なんじゃ……」

と今度は由理が山本に聞いた。

「確かに一般的にはそうらしいがな、あれは希少花でな。冬でも生きていけるし、外気や日光に当ててても平気なんじゃよ」

「へー」

私は気持ちを声に出していた。

少しだけ場の空気が和んだ気がした。他愛も無い話をし、私は場をつないでいた。やがて

「入ります」

と声がした。

入ってきたのは、麻莉亜とカレンだった。

「先ほどは取り乱してすいませんでいた。……気分が落ち着いてきたんでこっちに来ました」

麻莉亜はそう言い、国貞の隣にちょこんと座った。彼女の魅力的な大きな目は赤くなっていた。カレンは無言で誰も座っていない、テーブルに座った。顔は憔悴しきっている。

「大丈夫なのかい?」

国貞が麻莉亜に言った。

「はい……」

そういいつつも麻莉亜は浮かない顔をしている。私とは逆のソファーに座っていた武丸が立ち上がり、国貞の方へ寄っていった。

「団長、石川に帰ったらどうするんすか?」

武丸が国貞に言った。

「石川に帰ったら、まず警察に連絡しようと思ってる」

「マジですか?」

武丸はビックリした顔をした。

「どういう事だ?」

「俺思うんっすけど、警察に連絡したら、もう一回ここに来なきゃいけなくなったり、劇団の活動がしづらくなるじゃないっすか、だから……」

「武丸。その先は言うな」

国貞は武丸に言った。武丸が次に言おうとしている事は、私にも分かった。

「何故です? 普通の人間ならば、こう考えるでしょ……無かった事にすれば良いってね」

「貴様っ!」

国貞は武丸の胸ぐらを掴んだ。

「ちょっと、暴力はいけないですよ」

武丸は国貞の手を掴みながら言った。

「俺は間違った事は言ってないっすからね……さ、離して下さい」

武丸は無理やり国貞の手を降ろさせた。

「合っているもんか」

国貞は吐き捨てるように言った。

「そうでしょうか? ……じゃあ聞きますけど、マキさんはどう思いますか?」

「私?」

急に私は指され、たじろいだ。

「残念だけど、私は武丸の意見には反対だよ」

「へぇ、あなたも偽善者ってわけっすか」

「何?」

「あなた達は偽善者っすよ……普通なら見過ごすはずなんだ、こんな事」

「それは違うよ」

「何が違うって言うんっすか?」

私は人と口論するのは苦手だ……それに彼は年下じゃないか。

「いいかい? たとえこの事件を無かった事にして、一番迷惑になるのは誰か分かるかい?」

「はい? ……そりゃ全員困ってると思うっすけど」

「違うんだ。一番困るのは山本さんだよ」

私がそう言うと、カレン以外の全員が山本と私の顔を見た。やはりみんな会話を聞いていたのだ。

「どういう事っすか?」

「このまま見過ごしたら、黒船に美代子の遺体が残ったままになるんだ、もしもそれを処理したら立派な犯罪だよ。山本さんが一番迷惑だ」

「あ……」

武丸は黙っていた。手を顎の下においている。

「武丸君、もう止めなよ」

口を挟んだのは麻莉亜だった。

「もういいじゃない、そんな事」

「だって……麻莉ちゃん」

「いいから」

麻莉亜は言った。

完全に場は静まり返っていた。

眼をつぶっている国貞、不服そうな顔をしている武丸、困っている由理、疲れた顔をしている麻莉亜、顔をテーブルに突っ伏しているカレン、興味がなさそうな山本、そして……私。

無言の時間が過ぎ、七時を少し過ぎた七時十二分に船の船員が黒船に来た。

 重い足取りで船に乗り、私達は石川県に帰った。船員に不思議そうな顔で見られたが、美代子の事は話さなかった(もっとも黒影十字軍を詳しく知る者は、一人いない事に少なからず不審を抱いただろうが……)

石川県に着いた私達はすぐに警察に連絡した。武丸の読みどうり、私達はもう一度黒船に行かなくてはならなくなり、すぐに同じ船に乗った。

 その後、黒船で長い事情聴取を終え再度石川県に帰る船の中で、年は明けてしまっていた。

 私の心の中には黒い渦と、大きなひずみが生まれていた。



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