『旅人』と『終わり』。うそと、ぼく。
「よう、おれがここにいるって、よく分かったな」
赤い髪をもつ少年が、背中を見せながら言った。
そこに広がっているのは、どこまでも広がっていくような青空。ぼくたちが立っている円形の地面以外は、なにもない。まるでおとぎ話に登場する天を支える柱の上に立っているかのよう。
「彼女が教えてくれたんだ。『旅人』は、この世界にとって特別なものなんでしょう?」
少年は、感心したようなそぶりを見せながらこちらを振り返った。しかし、その表情には苦笑のようなものが混じっている。
「そう特別なもんじゃないさ。この世界にはおれみたいな『旅人』がごまんといる。『旅人』っていう存在自体が、『世界樹』を構成するシステムの一つだからな。
それはそうと、ちゃんと宿題はやってきみたいだな。とまあ、そっちの方とは思わなかったが。そこの嬢ちゃん、見違えるようじゃないか。あのときは『世界樹』の『規範』に守られてもいないちぐはぐな存在だったのに、今は立派な『旅人』の力を感じるぞ?」
『旅人』に見据えられても、彼女は特に反応をよこさない。
「きみのおかげだよ。あの言葉のおかげで、彼女の生まれた物語を終わらせることができたんだ」
「へえ、どの言葉かは知らんが、それは大層なことをやったもんだな。物語から生まれた『旅人』か。それなら、おまいさんの功績だ」
そう言いつつ、『旅人』は肩をすくめた。
「この世界の『規範』は、人と世界を別のものとして定義しているからな。それに、『旅人』には『観測者』が必要だ。その逆も然りってな。どちらにせよ、おまいさんの役割はもうすぐ終わり、そして始まるってこった」
「……ぼくは、『観測者』とかいうやつなのかい?」
言うと、『旅人』はうれしそうに答えた。
「そのとおりさ、『世界樹』の『規範』によって生まれ、そして『規範』に逆らう存在。『旅人』とともに世界を巡り、そして『世界樹』から一歩も出ない」
『旅人』の話す言葉が、ほとんどよくわからないものだったからあのように質問したのに、それに対する『旅人』の言葉はもっとよくわかないものだった。
「それじゃあ、きみはぼくたちにどんな話をしてくれるんだい?」
どうやら訪ねるだけ無駄らしい。『旅人』は何か目的を持ってぼくたちに接触してきたみたいだから、その目的を聞いたほうがいい。このまま話していたら、頭がこんがらがってきそうだ。
「さっきの話もその一部なんだがな……。まあ、いいさ。おれが出した宿題は、本当はおまいさん自身がやってくるはずだったんだが、実際に達成したのは、その嬢ちゃんだった。だから……」
『旅人』は、変わらぬ話の回りくどさで言葉を紡ぐ。
「おれがやるのは、おまいさんの物語を解放することさ」
「それって、何をするの?」
これまで口を閉ざしていた彼女が、不意に言葉を発した。
「なに、そう難しいことじゃないさ。おれがやることは、ただ物語を話すだけなんだからな」
『旅人』は、にやりとして両腕を広げ、その場で優雅に一礼する。そして、劇団のナレーターが物語の始まりを語るように、粛々と、けれどどこか陽気な雰囲気で、物語を紡ぎ始める。
「むかしむかし、あるところに、終わりを欲している人々がいました。
長い戦の末に民は疲れはて、人々の指導者は皆戦で命を落とすか、戦に勝ったはいいものの行き場がなく、自決するかしていました。土地は荒れ、食べ物もなく、街道には腐臭を漂わせた、生きているのか死んでいるのか判別のつかない人が横たわっているのが当たり前でした。
そのような国と世界に人々は希望を見いだせるはずもなく、人々はただ漠然と、自分たちの世界を終わらせてくれる者を欲していました。
人々を脅かす動物など、戦で焼け野原になった山々にはいるはずもなく、疫病や飢餓がゆっくりと自分たちを殺していくことを見せつけられるように、人々は生きていたのです」
不意に、鉛のように重たいなにかが、ぼくの胸の中で動いた。ただ漠然と終わりを待つような、『旅人』の語る世界の人々と似ていて、けれどどこか違う。
どこかはっきりしない思いを、もどかしく感じた。
「『終わり』は、唐突に人々のもとに訪れました。拍子抜けすることに、それは人の形をしていて、人々にこう問いました。
生きることが悲劇だと言うのならば、それは終わりというのでしょうか。
当然のことながら、『終わり』の言葉に耳を傾ける人はいませんでした。人々は、それどころではなかったのです。
そして、それこそが、『終わり』の求めていた答えでした。終わりとは何か。人々はそれを知らずに、しかしあまりにも雄弁に示してしまったのです。
やることを決めた『終わり』は、速やかにそれを行動に移しました。
『終わり』がやるべきことは、一つだけ。その世界から光を消し去ることでした。光を失った世界は、どこからか湧いてきた暗闇によって残さず食らい尽くされ、あっというまに終わってしまいました。
終わりが悲劇だというのならば、それは生きるということでしょうか。
『終わり』はその世界に問いましたが、答えは帰ってきませんでした」
『旅人』はもう語るべきことがないとても言うように、おもむろに背を向ける。
生きることが悲劇だというならば、それは終わりということでしょうか。ぼくは『旅人』が語った物語の台詞を呟いてみる。
悲劇とは、物語の終わりが死ぬとか破滅とかに彩られる戯曲のことだ。もし、登場人物がどんなに苦しんで、また死んでしまったとしても、それが終わりでなかったら、それは悲劇だと言えるのだろうか。
もし、それが終わりではなかったら「終わりが悲劇だというのならば、それは生きるということでしょうか」という『終わり』の問いは、どんな意味を持っているのだろうか。
そうやって自問自答するなかでも、あの鉛のような感情はぼくのなかでくすぶっていた。
「おまいさんは、旅に出るとしたら、何を目的にする?」
不意に、『旅人』が問いかけてくる。
「何かを探すため、かな」
「そうか……そうだったな」
『旅人』は納得したように言うと、ぼくたちが立っている円柱の外周をゆっくりと歩き始めた。
「『観測者』がなぜ星を眺めるか。『旅人』がなぜ世界を旅するのか。おまいさんたちは知っているはずだ。そうでなければ、おまいさんたちはここに来ることができない。
ならば、おれたちはいつまで星を眺め、旅を続けるか。それを考えたことがあるか」
『旅人』は問いかけたものの答えを期待していたわけではなく、すぐに話を続ける。
「おまいさんの目的には、終わりがある。だが、おれたちには終わりがない。なぜなら、おれたちからはあらかじめ終わりが奪われているからだ」
話す中でも、『旅人』の歩調は変わらず、しかし口調は少しずつ強いものとなっていく。
「おれたちがどこから来て、どこに行くのか。その答えは、終わりの存在を意味している。なぜなら、おれにもおまいさんにも、生まれた故郷が存在するからだ。そこの嬢ちゃんがおまいさんのうそから生まれたようにな。
『観測者』も、『旅人』も、大人の姿になることが絶対にない。そして、例外なくみなしごだ。だが、ただ単に親から離れた子供ではない。もし人間の生きる世界が……」
話しつつ、旅人の足音が唐突に途絶える。ぼくは振り返って『旅人』がどんな表情なのかを見ようとしたけれど、さっきまで足音のしていた場所に、あの赤髪の少年の姿はなかった。
「消えてしまったのなら、その世界の住民はどうなる?」
そして背後から聞こえた声に、ぼくはもう一度振り返る。今度は姿こそ見せたものの、『旅人』は最初に問いかけたときのように背を向けていた。
「同じように消えてしまうんでしょう? 地面がなくなってしまったら、生きていくことなんかできないよ」
ぼくの答えを聞いた『旅人』は、ゆっくりとこちらに振り返る。その瞳には手で触れたら引きちぎられてしまいそうなほど獰猛な意志がやどっていた。その顔には笑みすらなく、ぼくの背筋は瞬時に凍り付く。
いったい、この変化はなんなのだろうか。彼女のときもそうだったけれど、この世界の存在はみな、ひとつの言葉で簡単にその姿を変えてしまう。
異常を察知した彼女が、『旅人』とぼくの間に立ちはだかった。
「そうだ。おまいさんは間違っていない。ならば、世界が終わったとき、そこに生きている者がいたとしたら、そいつはどこに行くと思う?」
――わたしたちは、どこから来たのかな。
彼女が「結晶の廃棄場」で言った言葉を、不意に思い出す。『旅人』のこの問いは、彼女の問いと対極となるものだ。世界の終わりと共に消えない人間は、果たして人間といえるのか……。ここにいる存在は、人間ではない何かではなかったか。
「おまいさんは知っているはずだ。いや、知っている必要もないと言うべきか。なぜなら、その答えは、おまいさんがここにいることが示しているのだからな」
「それじゃあ……」
『旅人』はさっきのようには簡抜入れず、たたみかけるように言う。
「そうさ、おまえの世界は、もう死んでいるんだよ!」
『旅人』が言った瞬間、ぼくのなかで閃きのような何かが突き抜けていった。しかしそれは一切の爽やかさを生むことはなく、代わり生み出されたのは身を焼くような、怒りだった。
「うそだっ!」
唐突に肥大化した意志の力が、ぼくに最大限の力をもって叫ばせる。
自分でも驚くほどの叫びに、世界が、揺らいだ。
瞬間、視界に亀裂が入る。まるで硝子細工がばらばらになっていくように亀裂は瞬く間に視界を覆い尽くし、そして、割れた。
何かが、ぼくを下へ向けて引き寄せていく。一人分の重力ではあり得ないほどの強烈な浮遊間が体を支配し、ぼくができたのは悲鳴をあげることぐらいだった。
――それは、巨大な岩だった。
巨大な質量から端を発する、重さによって生じる力。ただ単に重いというだけの暴力が、青い輝きに覆われた星に向かって落ちていく。
視界が反転する。
青い星へと真っ逆さまに落ちていたはずのぼくは、いつのまにか人間の姿で(、、、、、)そこに立っていた。
「終わりの日は近い!」
ぼくが見つめる先には男がいて、彼はその壇上から演説かなにかのように叫び続ける。周りにはそれに賛同する人々がいて、そうだそうだとはやし立てている。
そしてぼくはと言えば。
「そうだそうだ!」
周りの人々と同じく、その男に賛成だった。この集会に参加している時点でそれ以外はないのだけれど、とにかく、この世界は終わる。
ああ、そうだった。
ぼくのいた世界は、こんなところだったっけ。みんな、酔うのが大好きだったんだ。それが世界の終わりという一大行事すぎるものに対する熱狂だったとしても。
審判の日、無の境地、新たなる歴史。それぞれがそれぞれの仰々しい名前を振りかざして、人々は喜んで扇動されていく。
世界は平和だった。大きな疫病とか、飢饉とかとは無縁だったし、争いごともほとんどなかった。それこそ、終わりという単語の出番がないほどに。
結局、ぼくたちはただ単に、お祭りごとが好きだったというだけのことだ。
「我々は終わりに備え、常に気をつけなければならない。我々はもっとすばらしい存在になれる……」
そうやって、男の演説は続いていく。
いつもならば、演説している人が興奮しすぎて壇上から転げ落ちるか貧血で倒れるかしてその場はお開きになるのだけれど、この日だけはそうならなかった。
「この世界はまだ終わりませんよ」
冷水をかけるような声といっしょに、それは現れた。
言葉を発したのは、壇上の男の胸までの背もない、小柄な少年だった。まだ声変わりのしていない、儚げな高音とは裏腹に、その一言で世界を凍り付かせるような冷たい声音だった。
「世界はそう簡単には終わらない。あなたがたの世界がいかに狭かろうと、すぐにその可能性が終末へと向かうのは許されない」
だからなのか、少年の言うことには不思議な説得力があった。
ぼくは改めてその少年を凝視する。青い瞳に、青い髪。壇上で話すその姿はどこまでも揺らぎがなく、まるで機械かなにかのようだった。いつも壇上で話している者たちのような熱狂など少年には存在せず、ただ自らの役割を果たそうとしているようにも見えた。
――あのひとにはかなわない。
ぼくはそう直感する。人々を扇動するカリスマ性というのは、単に大声を張り上げればにじみ出るものじゃない。淡々と、機械のように話していても、あの少年には自然と人々を引きつける何かがあった。
お祭りの好きなこの世界の人々が、そんな人物についていかない訳がない。さっきまで壇上で話していた男のことなどなかったかのように、人々は新たな人物に従属しだす。
そのあまりに斬新すぎる論とその姿は、名実ともにぼくの住む町をかけ巡った。
名は少年の名乗った『旅人』というもの。実は「終わりなど来ない」という言葉。人々は今まで終わりが来るぞ来るぞとばかり言っていたのがうそのように、少年の言葉を受け入れた。「ああ、おれたちの代では別に世界は終わらないってよ」、「そうね、毎日お供えものをする手間が省けたわ」。
ぼくだって、少年の言葉があまりにもおもしろかったので、駆け足で家に帰って家族に知らせた。残念ながらみんな近所の人からその話をすでに聞いていたようだったけれど、その日の話題は、もっぱらそれで盛り上がった。
夜になり、爆発するようなおかしさが少しずつ消えていって、おだやかな満足感がおなかのあたりをあたためてくるころ。ぼくは日課である星占いをしていた。いつもなら何か理由をつけて世界の終わりを予言したものだけれど、今日はその必要もない。ただ漠然と夜空を見てみたくなったのだ。
だから、それを見つけたのは全くの偶然だった。
やけに流れ星の多い夜だった。それだけならたまにあることだし、あまり気にしていなかったのだけれど、北の空に光っているそれを見て、ぼくは目を疑った。
北極星に覆いかぶさるようにして、赤い光が瞬いている。よく見ると、流れ星が流れてくる方角もそっちからだった。しかも、その赤い光は北極星の上から動く気配を見せない。
それが示しているのは……。
「大変だ!」
ぼくは思わず叫んだ。
「星が……星が降ってくるぞ!」
世界の終わりを声高に叫んでいる世界では、世界を終わらせるレシピがたくさん考えられていた。もちろん、星が降ってくるなんてこともなかなか人気な説だったのだ。
ぼくはすぐに表へ出て、大声で知らせていく。「星が降ってくるぞ!」。
暑い夜だった。比較的気温が高い季節とはいえ、寝苦しくなりそうな暑さというのはほとんどない。その暑さと、自分で見たことの衝撃から、ぼくの額からは次からつぎへと汗が流れていく。
当然ながら、ぼくはものすごく目立った。もう子供は寝る時間だったし、それでなくても、この町の人々はそんな人間に注目する。
けれど、ぼくの言葉に対する反応は冷ややかなものだった。
ぼくはそんな人々の反応に焦りを感じながら、しかし叫ぶのをやめなかった。人々が落胆をにじませながら背中を見せても、やめるつもりはさらさらなかった。
けれど、その努力はむだだった。最後には近所のおじさんに首根っこをつかまれて、ため息混じりに説教をくらう。
「あのな坊主、もう世界が終わるなんて話題は、古いんだ。おまえはあの青い坊主に嫉妬してんだろうが、あきらめた方がいい。話題は、とっくに変わっちまったんだよ」
ぼくはとっさに違うと叫ぼうとした。けれど、おじさんの哀れむような目を見たとき、言葉通りあきらめを知った。
これはもう、どうにもならない。あのときあの少年にかなわないと思ったのは、正しかったのだ。
夜が明けて、いつものように町へと出ると、さっそく新たな話題が人々の口からたれ流されていた。
「ねえ、あの子供がいまさら星が降ってくるなんて言って回ったそうよ」、「本当? それはとんでもないうそつきねえ」。
ぼくはすっかりうそつきの子供ということになっていて、どの通りを歩くときも、うつむき、なるべく噂話が耳にはいらないようにしなければならなかった。
いくらか町を歩いて、そろそろ昼餉の時間になるころ、ぼくは望遠鏡でみたあの赤い光が、ただ夢だったのではないかと思いはじめていた。
それならば、ぼくがやったことはただの夢占いということになる。実際に見たものではなくても、あまりにも鮮明な夢だったせいで、夢現ともわからなくなってしまうことだってあるのだ。
もしそうなら、別に恐れる必要なんてないのかもしれない。だって、ぼくたちはこれまで、そうやってお祭り騒ぎをしていたんだから。
それにしても、今日は暑い。料理店では、辛い食べ物がたんと食べられていそうだ。ぼくはじわりと滲んでいる額の汗をぬぐい、何気なく空を見る。
轟音が鳴り響いたのは、その瞬間だった。
周りにいる人々全員が、弾かれたように空を見上げた。轟音は長く長く響きわたり、しかし音ばかりがするのみでなにも変わったことは起きない。
奇妙としか言いようのない昼時が続いた。まるで竜か何かが吠えているような音は全く止むことを知らず、人々は轟音にかき消されないように大声で叫びあい、不安そうに空を見上げていた。いままでなら、世界の終わりだと言って騒ぐこともできたかもしれない。でも、その話題はもう「古かった」。
人々はもう気づいていたのだ、「世界の終わりだ」と下品に声を張り上げることが、別になんの意味を持たないということを。あの少年が切り捨てるように断言したことで、人々はようやくそれに思い至った。
だからこそ、人々は恐怖していた。轟音は、得体の知れないものだった。「世界の終わり」という単語の中には、だいたいどんな現象も入っていたけれど、その言葉を使う根拠を失ってしまった人々にとって、得体の知れないものを定義するのは困難だった。
異変は、それだけでは終わらなかった。
夜になって、少しずつ轟音が弱まってきたころ、昼間には見えなかった「それ」が、空を鮮烈に飾りだしていた。まるでカーテンか何かのように、平面的な光の帯が、我が物顔でそこにある。
そんな異変の中、家にいたぼくは昨日望遠鏡で見た北極星のあたりをもう一度観察して、愕然とした。
あの赤い光が、まだ北極星の前を陣取っている。
じゃあ、これは星が落ちてきたことが原因ではないのだろうか。轟音と、そして空に現れた光の帯。それを引き起こせるだけの要因が、ぼくには思いつかなかった。
町中、それはもう大混乱の極みだった。昼間の間ずっと大声で叫びあわなければいけなかったからか、夜になってその騒々しさが際だっていた。どこもかしこも怒声が飛び交い、しかしいつものようにそれを扇動する者たちはいない。音だけを切り取って聞いたならば、さながら叫喚地獄のようになるに違いなかった。
そしてそのまま、朝が来ることはなかった。いつまでたっても日は上がってこない。空には濃い雲のような何かが張り付き、世界をすっぽりと覆ってしまったかのようだった。
そして、あの光の帯はいつまでも空にとどまったままだった。
ぼくの耳に入る声は、恐怖の声ばかり。すでに人々はこう確信していた。
――これが、世界の終わりだと。
そしてぼくはと言えば、恐怖とは別の感情を抱えるに至っていた。
「どうして、ぼくの言葉を信じてくれなかったの?」
それは、激しい怒りだった。ぼくのことをうそつきだと呼んだ人々に向けた、そして、あの少年に向けた。
ぐらぐらと煮えるような何かが、胸の中にうずまく。
あの少年は、『旅人』はうそつきだ。
いつのまにか、あの少年は姿を消していた。人々はこぞって『旅人』を探したけれど、だれも彼を見つけることはできなかったのだ。
もし、あの少年がいなかったら……。
ぼくたちはきっと、この期に及んでお祭り騒ぎをやっていただろう。ぼくの言葉だって、みんなに受けいけられたはずだ。
けれど、そうなったとして、この「終わり」は変わっただろうか?
そんな考えが頭をもたげると、体の芯から煮えたぎるようだった気持ちが、すうっとしずまった。
答えは、否だった。ぼくらがいかに騒ごうと、恐れようと、「終わり」はやってくる。通り過ぎるだけで、ぼくらには一瞥もくれないのだろう。
おもむろに、空を見た。相変わらず光の帯は我が物顔でそこに張り付き、神秘的な彩りを夜空に加えていた。
きれいだな。
とくにどうという理由はなく、素直にそう思った。それが一種の諦観だったのか、これから訪れる「終わり」に対する恐れから生まれ出たものだったのか、ぼくにはわからない。ただ、光の帯は、そこにあった。
みんなは、ぼくのことをうそつきだと思っているだろうか。そんなことを考えながら、ぼくは目を閉じた。