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砂浜と、海。草原と、『天球』

 地平線の存在しない草原に、夜の暗闇と星の放つ明かりが投影される。それらは互いに争いあって、陰鬱で、開放的に過ぎる暗さを演出していた。


 地平線の存在しない草原にあって、『天球』から放たれる光は理不尽なほど明るい。まるで、『天球』に浮かぶ星のひとつひとつが、大切な物語だとでも言うように。


 おかげでぼくは足下を見失わずに歩き続けることができる。その代わりと言っていいかは別にして、草原と『天球』がぶつかる地点が存在することを、ぼくは想像しなくちゃいけなかった。


「ある砂浜の話をしよう」


 まだ彼女が目覚めるまでには時間があるけれど、ぼくはお構いなしに話し始める。どうせ、ここには夜しか来ない。いつ話しても変わらないだろう。


「その砂浜は、いつもいつも海からの愛情を受け取っていました。打ち寄せる波は砂浜に新たな砂を運び、そのおかげで砂浜は美しい姿でいられたのです」


 話すうち、ぼくの耳には徐々に波の打ち寄せる音が近づいてくる。


「ある時、砂浜に妙なものがうちあげられました。巨大な岩のようなそれは、とても重く、どうやってこんなものを海が運んできたのか、砂浜にはさっぱり分かりませんでした」


 ぼくは目の前に現れた黒くてつやつやした、ぼくの身長の二倍はあるであろう物体を撫でるように触る。見渡せば、そこには地平線のない草原ではなく、深い藍色を湛えた水平線付きの海と、踏めば音が鳴りそうなほど透き通った砂浜があった。今にも降ってきそうな『天球』はそのままに。


「砂浜は、そんな大きな岩のようなものを激しく憎みました。海のおかげで美しい姿を欲しいがままにしていた砂浜にとって、それは目の上のたんこぶに他ならなかったのです」


 ぼくは物体から手を離し、話を続ける。手を離す瞬間、さよなら、と小さく呟いた。


「例えたんこぶのようなものだとしても、それは海からの贈り物に違いありませんでした。海に帰すわけにもいかず、思い悩んだ末、砂浜はそれを食べてしまうことにしました」


 さっき現れたばかりの物体は、まるで蟻地獄に食べられる虫のように、速やかに埋もれ始める。やがて全部が埋もれてしまうと、唐突に、透き通った砂浜は黒光りのするものに入れ替わった。


「それ以降、砂浜に岩のようなものがうちあげられることはなくなりました。砂浜は自分が美しいことを信じて疑わず、また黒く染まった砂浜も以前と同様に美しいものでした。けれど、砂浜に自分が美しいだなんて確認する手段なんてなかったのです」


「なら、砂浜はどうして……。自分のことを美しいって。思ったの?」


 不意に、背後から声がした。まだ幼さの抜けきっていない、少したどたどしい女の声。

間違えようのない、彼女の声だった。


「ああ」


 ぼくは振り返りつつ、彼女の質問に答える。


「砂浜が見ることを許されていたのは、大空でもなく、また大地でもなく、海だけだったんだ。海は美しい。その贈り物をもらっている自分は、美しいに違いない。砂浜はきっとそう思ったんだろうね」


 彼女はぼくの答えを聞くと興味を失ったように、ふーん、と喉を鳴らす。


「じゃあ、あの黒い物体……。何だったの?」


 矢継ぎ早の質問。


「哀れに思ったんじゃないかな。砂浜のことを。だって、砂浜は自分のことを見ることもできない。だから、真っ黒にするぐらいすれば、何かに気が付くんじゃないかと、海は思ったんだと思う」


 言いながら、心の中でそれを否定する。きっと、あの黒い物体には特に意味なんてなかったんだろう。もしかしたら、海だってあんな物体が流れていたことに気が付いていなかったかもしれない。それだけじゃなく、海からも砂浜が見えていなかったっていうこともありうる。世界には、関係がありそうで、実はまったくの無関係だということがざらにあるのだから。


 だって、狼少年がうそを吐いていてもいなくても、村人たちが狼から逃げられる保証なんて、どこにもないじゃないか。


 そんなことを考えていたら、きりがないことは十分にわかっている。けれど、ぼくにはそれをしなければいけない理由があった。ふつうの子供には間違ってもはえないであろう狼のような耳が生えているぼくにとって、それは切実な問題なのだ。


 なぜって、ここにあるものは、ぜんぶ、ぜえんぶ、うそからできたものだから。ぼくが闊歩するこの世界は、例外なく、うそだから。知ったかぶることしか、できないから。


 地平線のない草原も。未だ草原とぶつかる兆しを見せない『天球』も。海も。黒い砂浜も。


 どうしてこんなところにあるのか。ぼくが知るはずもなくて、ぼくが言えるのは、知ったかぶった、うそだけ。


 いや、それには少し語弊がある。


 この世界はぼくが吐いたうそによって、姿を変えるのだ。ぼくは自分が吐いた言葉が、すべてうそだということを知っているから、この世界がうそでできていることは保証していい。


 そして、そんな世界に住んでいるぼくはと言えば。


「じょうだんじゃない」


 その一言に尽きる。彼女が少しびくっとしたから、安心させるように頭を撫でてやる。ぼくよりもさらに小柄なこの少女は、その大きな双眸をくすぐったそうに細めた。彼女の頭にはぼくみたいな狼の耳はなく、真っ当な人の姿を持っていた。


「人に吐いたうそは、いつかどこかで、絶対にほころびが出る。うそでできた世界にほころびが出ないなんて、ありえないんだ」


 自分に言い聞かせるように言う。


 そう、だからこそぼくはこの世界でうそを吐き続けている。この世界にほころびを生じさせるために。この世界が、うそでできた世界だって証明するために。


 それができたら、大声で言ってやるんだ。こんな世界に「うそだ!」って。


 いつのまにか、彼女の姿は見えなくなっていた。相変わらず彼女は気まぐれで、ぼくが狼か何かだとしたら、彼女は猫みたいなものだ。さっきみたいに不意に現れて、いつのまにかいなくなっている。


 そうして、ぼくは歩みを再開する。語り終えた後には藍色の海と黒い砂浜は消え去っていて、あるのは地平線のない草原だけ。『天球』は変わらず、夜空に張り付いている。


 ぼくが歩くのは、「地平線のない」草原がうそだということを証明するためだった。どこまでもまっすぐに進む平面があるのならば、それは『天球』とどこかでぶつかるはず。草原はそこで途切れているのか、それとももっと向こう側まで続いているのか。どちらにせよ、どこか遠くへ行きたいという願望がぼくにはあったのかも知れない。


 さあ、歩き続けよう。夜は永い。いつまでも終わらないくらいに。






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