とある伯爵令嬢の復讐事件(3)
庶民が集う商業地区は華やかだ。街路樹は色付き、金木犀のいい匂いが香る。
道は馬車で混み合い、パン屋や食堂は行列ができていた。花売りの少女たちが客引きし、惣菜屋のおかみさんも試食販売に精を出していた。
家の近くの商業地区だったが、貴族はいない。故に私の悪評も流れていないようで、ホッとする。これから猫のミルクのため、探偵事務所に向かっているところ。マーサの情報では、商業地区の西部の角、一階がカフェの建物に入っているらしい。
猫のミルクは買い物用のバスケットに入れていた。時々、小さく鳴くが、概ね大人しい。やたらと私になつき、トイレやお風呂にもついてくるような子猫だった。
マーサにはあまりなつかなかった。猫のミルクも基準はわからない。どう見てもマーサの方が優しそうに見えるが。とはいえ、マーサは実家へ出掛けてしまったし、この用事をこなすのは私しかいない。
今日は髪をゆるく結び、中古かつ型落ちのドレスを着てる。靴やバックも中古だったが、商業地区の雰囲気に馴染み、かえって気楽だ。実家にいた時とは考えられない外見だったが、これはこれで悪くない。特に革製のバックは中古の方が味が出てる。
そんなことを考えながら、目的のビルについた。
三階建のこじんまりとしたビルだが、一階はカフェだ。渋いマスターがコーヒー豆をひいているのが見える。ふわっと焼き菓子のいい匂いもし、猫のミルクもミャァと鳴いている。これは少し気になる。帰りにマーサへのお土産で焼き菓子をみつくろってもいいかもしれない。
二階に登り、探偵事務所を探す。他にも法律や税務関連の事務所も入っていたが、すぐに目的地は見つかった。ドアの前にいろんなチラシが貼ってあり目立っているからだ。
チラシには迷い猫捜索関連のものも多い。ざっと確認したが、猫のミルクの特徴に当てはまるものは無い。ほかには人手不足のため、探偵募集中の張り紙もあった。時給はまずまずだが、浮気の尾行やペットの餌やりなどが主な任務らしい。探偵事務所所長の名前も書いてある。カミル・アルノー。
「うん? どこかで聞いたことあるような? まあ、いいけど」
「ミャー」
「ミルク、ちょっと静かにしてね」
私はそういうと、軽く咳払いをし、髪形や服装の乱れがないかチェックし、背筋を伸ばすと、ドアをノックした。すぐに返事があった。中の事務所に入ると……。
「いらっしゃい、お客様。浮気調査かね? いや、違う。猫を持ってる。ペット関連のご相談かな?」
事務所の男の顔を見て、腰を抜かしそうになった。アルノー家の公爵がいたからだ。名前はそう、カミル・アルノー。思い出した。
この男、貴族界隈で変わり者として有名だった。公爵の身分でありながら、破天荒な自由人。貴族のしきたりを無視し、旅行ばっかり行っているという噂。それに副業をやっているとも囁かれていたが、まさか探偵業をやっていたとは。
見た目は好青年だ。年齢は二十歳そこそこだが、栗色の短髪と眼鏡が特徴的なルックス。知的に見える。
そういえばカミルとはジークの婚約パーティーでも会った記憶がある。その時も「あいつとの婚約はやめとけ」と忠告され、嫌な気分になった。伯爵令嬢が格上の公爵家の男に反論なんてできないのも、余計にイライラした記憶がある。
偶然にもカミルの忠告は現実になってしまったわけだが、向こうは型落ち中古ドレスの私に気づいてなさそう。
事務所の応接室に案内され、事情を聞かされた。応接室は一般的なものだ。ソファとテーブルだけ。余計な調度品や絵画もない。貴族の客間とは対照的。
カミルはお茶も出さずさっさと本題に切り出してきたが、ようやくここで、私の正体に気づいた。
「お、お前はエステル嬢じゃないか。なんで伯爵令嬢のあなたがここに? いや、まさか、あの貴族で流れている噂、本当だったんか?」
「そのまさかですよ」
「ミャ!」
なぜか猫のミルクはバスケットから飛び出し、カミルの膝の上に座る。元々人懐っこい猫だが、我が物顔だった。
カミルは猫好きらしい。猫のミルクにもメロメロだった。しかも俺が飼うと主張し、話の腰は完全に折られてしまったが。
私は咳払いした。カミル、やはり変わり者らしい。さっさと退散しようと思ったが、猫のミルクが問題だった。私以上に懐いてしまい、引き離せない。
「俺がこの子を飼うぞ!」
カミルもそう主張し、面倒な展開だ。私はこれ以上、トラブルを起こしたくないと思い、猫のミルクもカミルに世話してもらってもいいだろうと考えた時だった。
カミルは急に真顔になった。目は真っ直ぐだ。嘘が苦手そうな顔。ドキッとした。確かに変人と噂の公爵だったが、顔の作りはいい。整っている。
「エステル嬢、いじめしてたなんて濡れ衣だろう?」
こちらも嘘がつけない。困った。ここで言い訳するのも恥ずかしい。かといって本当のことも言えない。
「貴族の連中、怪しんでいる人も多い。真っ当な令嬢のエステルがいじめするかって。しかもいじめの証拠に自分のサインなんて入れるか? そんなことするいじめっ子が何処にいる?」
「そういうものじゃないかしら? 私、いじめをした事ないからわかない」
うっかり口を滑らせた。相手は探偵だった。こういう誘導尋問も上手いのだろう。
口元を抑えるが、後の祭りだ。一方、カミルはニヤリと笑い、猫のミルクの背中を撫でていた。毛並みが艶っぽくなっているぐらいだ。
「どうだ、エステル嬢。いじめの証拠や元婚約者の浮気も暴き、復讐しようじゃないかい?」
カミルはどこかから、ファイルも持ってきた。私の実家だけでなく、ジークの家の情報が書かれたファイルらしい。
「な、なにこれ?」
「俺は貴族の色んな秘密も仕事で扱ってるからねぇ」
カミルはそう呟くと、さらに笑う。目は全く笑っていなかった。口だけニヤニヤさせている。嫌な笑い方だった。




