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とある伯爵令嬢の復讐事件簿〜妹に婚約者を奪われたので、浮気探偵はじめます〜  作者: 地野千塩


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とある伯爵令嬢の復讐事件(2)

 人間の順応力は怖い。一カ月も同じ生活を繰り返すと、元の生活に戻れなくなる。


「マーサ、みて! これで屋根の穴が塞がったわ。これで雨漏りもしないはず!」


 私は別邸の屋根に登り、屋根の修理をしていた。濡れ衣を着せられ、退学もされ、ボロ別邸に追放された(元)伯爵令嬢の私だけれども、ここでの生活に慣れてしまっていた。


 近所は庶民の家や商業施設ばかり。このボロ家も元々父が愛人と密会するために購入したもの。この家もすっかり庶民の家に擬態中。近所の人たちは誰も私が令嬢だと気づいていない。おかげで、近所の人から屋根の修理を教えてもらい、こうして直していた。


 ちなみに本邸から連れてきたメイドは、庶民とボロ家生活に参ってしまい、三日で退職。代わりに現地でマーサという老女のメイドを雇ったが、料理も掃除も有能だった。とても助かってる。今は綺麗なドレスや豪華な食事にも縁遠くなってしまったが、慣れるとそこそこやっていける。人間の順応力はバカにできない。


「まあ、エステルお嬢様。素晴らしい。自分で屋根を直したとか!」

「ええ。安上がりでとっても良かった」


 その後、マーサとともに昼ごはんも食べた。正直、父からのお金はギリギリの額だ。食卓のパン、サラダ、スープもマーサが工夫に工夫を重ねて調理した節約レシピ。パンは黒パン。硬いが長持ちするので、まとめて焼くと、何日も持って光熱費の節約になる。それに何度も噛むと、顎の運動になるので健康にもいい。スープはキャベツでかさまし。サラダもオリーブオイルやレモン汁で味が飽きないように工夫されていた。野菜やハーブ類も庭で自家菜園しているため、節約に役立つ。


「美味しいわ、マーサ。本当にあなたは料理と節約の天才よ。素晴らしいわ」


 食べながら、素直に褒めただけだった。なのにマーサは変な顔を見せた。元々柔和な顔つきだったが、今は眉間に皺が刻まれてる。


「お嬢様。本当に噂に言われている伯爵令嬢です? とても妹をいじめて実家や学校から追い出された人物に見えませんよ。むしろ、私の目からは立派なレディに見えます」


 どう返答していいものか。硬いパンを齧りなはら、黙ってしまう。窓の外からざわざわと風の音が響き、鳥の鳴き声だけが響く。


 私の過去はざっくりとマーサに話していた。いじめの件も知ってる。でも、あえて濡れ着だとは言っていなかった。今更あれこれ言っても無駄。なにか言い訳しているみたいで。


「そもそも、いじめをする時に自分の名前をサインに入れる人がどこにいます?」

「え、そういうものではないの?」

「お嬢様、人の悪意に鈍感すぎます。そのイザベルって妹がいじめられたと偽装工作したんでしょう」

「何のために?」

「婚約者です。お嬢様から婚約者を奪うために決まってるじゃないですか!」


 小柄かつ老女のマーサ。その外見に似合わず、唾を飛ばし、必死に主張していた。


 確かにその可能性も少しは考えていたが、正直、もう疲れていた。そもそも、婚約者のジークも本当に好きだったのか自信もない。家柄などのスペックだけが釣り合った結果の婚約だし。


 ジークは王族の血筋だった。家柄の格としては私の家と同じぐらい。ジークも勉強や運動もよくできる。生徒会長も満場一致で推薦されるような男だったが、思えば表面的な会話しかしてこなかった。イザベルのいじめ云々は置いといて、ジークとの関係が良好かと問われたら、自信はない。いつも二人とも緊張していた気がする。


「まあ、もうジークのことなんていいわ。こうして毎日家事や読書ができるし、マーサと一緒に暮らせるのは、幸福よ。屋根の修理や家庭菜園も楽しいじゃない」

「お、お嬢様……」

「ある意味結婚するより良かったわ」


 マーサは何やら感動して涙を流していたが、結婚したら、それはそれで重圧だ。私の母は、長年不貞され続け、ついには隠し子までいた。心労も凄まじく、長生きできなかった。だとすれば、今の状況は不幸じゃない。悲劇に浸っていたら、天国の母に怒られそうだ。


 私はピンと背筋を伸ばし、椅子に座り直した。そうだ、私は令嬢だ。たとえ腐ったとしても令嬢。心だけは美しくいたい。悲劇のヒロインなんて嫌だ。


 そう、思った時だった。庭からニャア、ニャアと鳴き声が響いてきた。


「何かしら、猫?」


 私はすぐに庭に向かう。マーサもついてきたが、庭のハーブ畑のすみに白い毛玉が見えた。


 いや、本物の毛玉ではなかった。よく見たら子猫だった。かわいそうに。野良猫が迷い込んだらしい。


「あら、子猫ちゃん。うちにくる?」

「ミャー!」


 なぜか猫に抱きつかれ、離れない。仕方ない。お風呂に入れ、乾かし、ミルクも与えてやった。


 よっぽどお腹が空いていたのだる。勢いよくミルクを飲んでいた。そうだ、ミルクって名前がいい。毛もミルクのように真っ白だしピッタリだ。


「野良猫ですかね? 首輪もないし。でも、一応この街の探偵に聞いてみた方がいいんでは?」

「マーサ、探偵って?」

「迷い猫や不倫調査を仕事にしている人ですよ。誰かの飼い猫だったら、大変よ」

「そうね」


 マーサの言う通りだ。猫のミルクが野良猫だと決めつけられない。もし飼い主がいたら大変だ。


「マーサ、明日にでもこの子と一緒に探偵に会いに行くわ」

「ええ、その方がいいでしょ」

「ミャー、ミャー!」


 猫のミルク、お腹いっぱいになって満足そうに泣いていた。


 その声を聞きながら、ホッとしてくる。濡れ衣を着せられ、実家から追い出され、一時はどうなると思ったが、可愛い猫にも会えた。やはり自分は悲劇のヒロインではないと思う。

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