とある伯爵令嬢の復讐事件(1)
「エステルお姉さん! 私はあなたにいじめられました!」
◇◇◇
今の時期、ちょうど学園祭や試験も終わったばかりで、あとは秋の休暇を待つだけの日々だ。
そんな時、私、エステル・バルトリーニは生徒会室に呼び出されていた。王立ビクタ学園の南棟の三階にある。正直、本館から遠い。階段を登っているだけで息が切れるが、私は伯爵令嬢だ。成績も首席、運動や芸術の分野でもトップを維持し、婚約も決まっている。順調すぎるぐらい順調だった。
そんな令嬢の私だ。だらしない姿は見せたくない。背筋を伸ばし、髪や制服の乱れがないかチェックすると、生徒会室の戸を叩いた。
「どうぞ」
すぐに返事があり、丁寧にドアを開けて入手した。一切物音も立てず、優雅にお辞儀をし、薄く微笑む。そう、「私は令嬢なのだから」と心の中で言い聞かせながら。
生徒は学園の中でも、優秀で血筋のいい人材が揃う。私の婚約者、ジーク・アヒレスも生徒会長だった。今もこの場所にいたが、眉間に皺をよせ、顔が蒼い。ジークとは長い付き合いになるけれど、こんな表情は見たことはない。
それに、この生徒会室、妙な空気だ。調度品も一流のものを揃えていた。豪華としか言いようがないのに、ジークをはじめ、生徒会の面々は誰も笑顔じゃない。むしろ、全員、渋面だった。
なぜか私の妹、イザベル・バルトリーニもいたが、大泣きしていた。泣き声は小鳥のように可愛らしい。ぼろぼろと溢れる涙は、庇護欲も誘っている。
実際、生徒会長の面々は妹を宥めていた。それでも、イザベルの涙は止まらないが、私にはぺっと舌を見せた。一瞬の出来事だった。他の誰も気づいていない。これって私の見間違い?
私が戸惑っているうちにイザベルは、小鳥から一変した。熊のように食ってかかってくるではないか。
「エステルお姉さん! 私はあなたにいじめられました!」
この状況は一体何?
イザベルとは母親が違う。色々と私の家庭は複雑だったのだが、私は令嬢だ。そんないじめをしたことはない。むしろ妹として可愛がっていた。それに勉強、部活、令嬢教育で忙しい。イザベルをいじめる時間なんてない。同じ屋敷に住んでいても顔を合わせない日だってある。
「そんな、誤解よ。イザベル、少し話し合おう」
「いいえ! 私はお姉様にいじめられましたわ!」
話にならない。元々癇癪もちの妹だったけれど、生徒会の面々も誰も私の味方にならない。むしろ、イザベルが可哀想だと嘆いてる。
「これが証拠ですわ! みてください! 私のテキストや上履き、体操服に落書きされてるでしょ? 全部お姉様のサイン入りだわ! 他にも悪口いっぱい言われた! 愛人の子供は出て行けとか! わああああん!」
イザベラの泣き声で耳がキンとしたが、誤解だ。濡れ衣だ。こんなモノには心当たりがない。悪口なんて令嬢たるもの一切言わない。病死した母に厳しく教育されていた。
「誤解ですわ。私はこんなことはしません」
必死に無実を主張するのに、誰も聞いてくれない。妹の泣き声にかき消されてしまう。
それに、婚約者のジークでさえも敵になった。
「エステル嬢、こんないじめをする女とは知らなかった」
冷たいジークの声が響く。私の頭は真っ白。フリーズした。何も考えられない。
「エステル嬢、たった今、お前とは婚約破棄をする!」
う、嘘、嘘でしょ?
私が泣きたいぐらいだが、どこか頭が冷えていた。令嬢たるもの、みっともない泣き顔など晒せない。むしろ、優雅に微笑むことすらできるから、おかしなもの。
「俺はこのイザベラと結婚することにした。実はいじめの相談で、少し前から深い仲だったんだ。イザベル、愛してる。お前は守ってあげたくなるし、優秀で自立して何でもできるエステル嬢は物足りなかった」
つまり同時進行、浮気されていたらしいが、もう頭は氷のよう固まってしまった。今更、何を言われても響かず、嘘くさい笑顔だけ作っていた。
元婚約者は妹と抱き合い、熱く見つめあっていた。生徒会の面々も彼らを祝福したらしい。温かい拍手が溢れ、冷やかし声もキンキン響く。
一方、私は、いじめの責任を取らされ、退学となった。家からも追い出され、ぼろぼろの別邸で暮らすことにもなった。父としてはこんな事件を起こした娘が恥ずかしく、世間体を気にした結果らしい。要するに臭いものには蓋ってわけ。
しかも別邸にはメイド一人しか連れていけず、父からの支援金も生活できるギリギリしか渡されていなかった。
全部失ってしまったらしい。私の人生、どうなるんだろう。負けたくない。泣き寝入りなんてしたくない。令嬢たるもの背筋を伸ばし、陽のあたる場所を歩きたい。
さて、これからどうすれば?




