50 世の常
授業の後、ふたりで勉強をするようになり、ニニンドがテストを受け始めたのだが、もちろん彼がすぐに合格点を取れたということはない。そんなに簡単に、成績がよくなるものではない。
しかし、彼は王子なので、何度でも追試験が受けられるのだ。
ニニンドが得意な科目は運動、詩作、それに歴史には興味があるようだったが、その他はたいてい苦手で、中でも特に苦手なのは数学。
「どうして数学なんか、勉強しなくてはならないんだい。私は金勘定以外には数を数えたことがないから、数をつかさどる脳が退化してしまっているんだ」
などとよくぼやいた。
科目には得意不得意があるから、いくら努力しても結果がついてこないことが多いのはリクイもわかる。
たとえば、ニニンドは跳び箱では二十段などは朝飯前なのだが、リクイはがんばって飛んでようやく八段がいいところ。
しかし、リクイは十段までは飛べるようになりたいと、何時間も努力をしている。でも、できない。
自分の数学はリクイの跳び箱なのだとニニンドは思う。
世の中とはそういうものなのだ。諦めないで、がんばるしかない。そのうちに、いいこともあるはず。……ないかもしれないけど。
ニニンドが数学の四回目の追試でついに八十三点が取れたことがあった。一度目が二十一点だったので、八十三点とはすごい飛躍である。彼はものすごく喜んでナガノに自慢しようと、それとなく答案用紙を部屋の机の上に置いておいた。
ナガノは部屋にはいってきて、ようやく答案用紙には気がついたのだが、
「若さま、なぜ満点ではないのですか」
と不満げな顔をした。
リクイが、八十点以上が合格で、数学は特に難しいから、これは褒められるべき点数だと説明しても、ナガノにはピンとこない。
その日、サララが久しぶりに宮殿にやって来た。タンタンがまたリクイに服を作ったので、それを届けにやって来たのだった。サララは宮廷に来るとテンションが高くなるので、ふたりの男子は用心をしている。
ニニンドはサララには答案用紙を見せるつもりはなかった。サララの口は辛辣だから、傷つくのだ。
しかしある対象を避けようとすると、それがかえって近づいてくるというのも、世の常だ。
サララが目ざとく答案用紙を見つけたらしく、「なに、これ」という声が聞こえた。
しまった。
「ニニンド、ニニンド」
とサララが大声で呼んでいる。
「ニニンド、どこにいるの?出ておいでって」
ニニンドがしぶしぶ行ってみると、答案用紙を上にあげて、ひらひらとさせている。なぜ隠しておかなかったのかと今になって悔やんで、今更思っても遅い。失敗したなぁ。くるぞ、と身構えた。
「やるもんだわ」
とサララが言った。
えっ。
「ニニンドって、数字系は全然だめな人かと思っていたけど、やればできるんじゃん」
サララが珍しく褒めている。
「たったの八十三点だよ。リクイは百点だ」
とニニンドが赤くなった。
「人と比べてはだめ。あんたはこれで、百点」
運命は意外な時に、意外な喜びをくれることもある、というのも世の常のようだ。
リクイとニニンドは授業の後も、一緒に宿題をして、その日にしたこと、明日の予定などを話すようになった。
リクイはニニンドのことをもっと知りたいのだけれど、彼はチャンスがあると、サララに対する質問を投げかけてくるのだった。
サララがなぜ、キャラバンの仕事をするようになったのか。親はいるのか。なぜ足に怪我をしたのか。不自由はしていないのか。足は名医に診せたら、治ると思うか。
ラクダから落下して怪我をした足のことはもう手遅れで、手術をしてももう治らないのだと答えた。
「でも、サララ姉さんのラクダがいるし、杖を使えば歩けるし、そんなに不自由はしていません」
「……困っていることはないのかい」
「困っていることじゃないけど」
サララは、前に、砂丘の上まで登ってみたいと言ったことがある。砂漠は歩くのが難しいから。
サララは砂漠の道なき道をラクダに乗ってキャラバン隊を案内して行くのだけれど、ラクダは砂丘があるとその周囲をぐるりと回って平たい部分を行くので、サララは上からの景色を見たことがないのだ。




