40 しっぺ
サララとリクイが釈放されて宮廷を出ようとした時、家来がはぁはぁ言いながら追いかけてきた。
「若殿下がぜひお会いしたいと申しておりますから、お戻りください」
「わたし達をそんな暇人間だと思っているの。この」
サララがそこまで言った時、リクイが手で制した。「この」の次には「アホ」が続くことを知っていたからである。
「ぼく達には仕事があります。急いでいますから、これで失礼します」
「若殿下が、直接陳謝したいと申しておられます」
家来はどうぞお願いしますよ、という情けない目をして頭を下げた。
「あいつが謝りたいと言っているのなら、仕方ないじゃないか」
とサララが言った。
「いいんですか。急いで帰ると言ったのは、姉さんですよ」
「わたしは頼まれたら、断れない性格だし、あいつが謝りたいと言っているんだから、謝らせてやろうじゃないの」
家来の案内でニニンドの部屋に行くと、今回のことは本当に申し訳ないと彼が恭しく頭を下げた。
「ニニンド様、いや、王子、気にしないでください。あなたのせいではないのですから」
「ありがとう。でも、私は王子ではないけど」
そう言ってニニンドはサララを見たが、こちらは目を合わせようとはせずに、反対側を見ている。
「王子でないなら、じゃ、なんだ」
「ただのニニンドだ」
「それなら、なぜここにいるんだ?」
「いろいろな事情があるんだけど、それ、聞きたいですか」
「おまえの話なんか、誰が聞きたいものか。わたし達はそんな暇人ではない」
「お詫びとして、国王がなんでもくださるそうです」
「そんなものは、いらない」
サララは言って腕組みをし、あちらの方角を睨みつけている。
「サララさん、どうしたら許してくれますか」
サララがおもむろにニニンドのほうを向いた。
「そうだな」
とサララがにやりと笑った。「しっぺをさせてくれたら、おしまいにしてあげてもいい」
「それ、何ですか」
「王子はしっぺも知らないのか」
「しっぺさて、何?」
とリクイが訊いた。
「リキタも知らないんだ。なんてこった」
「リキタ?」
「わたしはそう呼んでいるんだ、弟分なんで」
「サララさん、しっぺって何ですか」
「全くおもしろくない男ばっかりだ。しっぺはわたしの得意技。クラスの男子みんなにかけた」
「魔術ですか」
そういうリクイの腕を取り、人差し指と中指で、前腕を軽く叩いてみせた。
なーんだ、そんなものか。そのくらいで済むのならお安いものだと、ニニンドが腕を出した。
すると、サララは声高らかに、
「いざ、サララのしっぺを受けてみよ」
とその右手を高くあげたので、ニニンドが腕を引っ込めた。
「臆病者よ。許してほしいのか、ほしくないのか」
ニニンドがおそるおそる腕を出した。
サララはがしかっとその腕を捕まえて、勢いをつけて上から二本の指を振り下ろした。ニニンドは、声は出さなかったが、腕をしきりに撫でた。
「赤い線になってる」
とリクイが申しわけなさそうに言った。
どれとサララがその顔を覗き込んだので、今度はニニンドが背を向けた。
相当痛かったらしいね、とサララがリクイに目配せをした。やりすぎですよ。怪我をしている人なんだから、とリクイの瞳が言っていた。
「これで全部、流してもらえたんですね。臭い飯を食わされたことも」
とニニンドが振り返った。
「そうだ、わたしに二言はない。ぜんぶ忘れた。えっ、何かあったのかい?」
「臭い飯ではなかったですよ」
とリクイが言った。
「牢屋で、ご馳走が出たのか」
とニニンドが驚いた。
「まさか。リキタは正直で困る。でも、わたし達はあんた方とは違って、あまりいいものを食べていないから、こういう時には強いのさ。何でも、うまい。参ったか」
「私も宮廷に来て半年足らず。その前はよいものは食べていないです」
「変な奴だ」
「では、ニニンド様は、その前はどちらにいらしたのですか」
「S国にいました。ところで、そのニニンド様はやめてくださいますか。もしよかったら、ここからはサララ、リクイ、ニニンドでいきませんか」
「そんなこと、いいんですか」
「了解、ニニンド、それがいい」
とサララが言った。
「それと、もっと普通の言葉でいこう。わたしはいつも男連中と働いているから、丁寧な言葉は苦手だから」
「そっちも、了解」
「この部屋は女っぽい」
サララがぐるりと部屋を見回して言った。
「これ、あんたの趣味?」
「いや。ここは母の部屋だから」
「ここで、母親と住んでいるの?あんた、マザコンなの?」
「いいや。母上はもう亡くなった」
「兄弟は?」
「いない。サララは」
「タンタンという妹がひとり」
「リクイは兵役に行っているお兄さんがひとり。サララの婚約者」
「あんた、それほどのアホじゃないね。記憶力はある」
サララはそう言ってから、鼻から息をくっくっと吸い込んだ。
「この部屋、変なニオイがする」
「ニニンドは鳥を飼っていますか」
とリクイが訊いた。
「いや」
「鳥の糞のような臭いです」
ニニンドはくんくんと部屋のニオイを嗅いでから、服の袖に鼻を近づけた。そう言われたら、この服さえも臭うような気がしてきた。




