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17 ハヤッタの秘密

 翌日、ハヤッタはまたニニンドが興行を行っている場所に出かけてみた。次の日も、その次の日も通っては、その姿を遠巻きに見ていた。

 次の公演までの待ち時間に、芝居小屋近くの居酒屋にはいってみたことがある。ニニンドの噂が飛んでいた。その人気は相当なもので、大商家の旦那や、やくざの女親分がぞっこんで、贔屓筋ひいきすじになりたいという申し出があるという。


 ハヤッタにはニニンドをJ国に連れて帰ろうという考えはもうなかった。彼は宮廷にはふさわしくはないし、第一、彼が来るはずがない。ニニンドが決して来るはずがないことをわかっていながら、自分はなぜ帰国しようとしないのか。


 ハヤッタ自身にはその理由がわかっていたが、それを深く考えようとはしなかった。心の中に、何やらうずくものがあるのだ。あともう1日、もう一度だけ彼の姿を見て、それから帰ろうと決めた。


 数ヵ月に及ぶ世継ぎ捜しは徒労に終わったけれど、彼の人生ではこういうことはよくある。努力は実るより、実らないことのほうが多い。ただ失敗しても、同じ出発点に戻ったとは思わない。階段をひとつ上がった出発点にいると信じたい。さぁ、帰って、新王妃をお迎えする準備を整えよう。

 

ところが、その夕方、ハヤッタが部屋で報告書を書いていると、宿の主人が面会人が来ていると伝えた。

 階段を下りていくと、紺色の地味な服を着て、髪をひとつにまとめた青年が下を向いて待っていた。身体を少しくねらせて逆「く」のような姿勢で立っていたからニニンドだとわかったけれど、町ですれ違ったら、彼だと気がつかなかったかもしれない。


素顔のニニンドはより若く、首が長く、先日の夜に見た時よりも骨が目立って痩せていた。

「近くの医院までくる用事がありまして、ハヤッタ様の宿が近くにあると聞いておりましたので寄ってみたのですが、ご迷惑だったでしょうか」

「いいえ、わざわざ来てくださって、うれしいです。どこかお悪いのですか」

「座員に病気の者がおりまして、その薬を取りにきたのです。ついでに、彼らの大好物の田舎餅を買いましたので、ハヤッタ様にも食べていただこうかと思いまして。たいしたものではありませんが、先日のお招きのお礼です」

 ニニンドは手にぶらさげた包みを見せた。

「それはありがとうございます」


 ハヤッタは部屋に案内し、宿の者を呼んで、茶の用意を頼んだ。

「国には問題が山積しています。早く帰らねばと思いつつ、まだここにおりました」

「一昨日も、昨日も、見に来てくださいましたよね」

「遠くからそっと見ていたつもりでしたが、気がつかれましたか」


「それはわかります。とても熱心に見ておられました。私がJ国に行く気がいなことや、また私が王子の器でないことはハヤッタ様はご存知なはずです。もしかして、ハヤッタ様は、この私に興味があおりなのでしょうか」

「それは、どういうことでしょうか」

「私は女っぽく見えますから、町の殿方の中には、特別な興味がおありの方がおりますので」

「いいえ、全く違います。ニニンド様をそのようには思ってはおりません」

「念のためにお聞きしてみたのですが、大変失礼いたしました。だとしたら、どういう理由で、毎日私を見にきてくださるのですか。その理由が知りたくて、寄ってみたのです」

「そうでしたか」

 

 ハヤッタは運ばれてきた湯釜から、茶を注いだ。宿主が茶葉に気をきかせてくれたらしく、遠い外国の山の上の古い茶畑を思わせる芳醇ほうじゅんな香りが部屋を流れ、ふたりは顔を見合わせて微笑んだ。

 ハヤッタはそのことについては答えたくもあり、また答えないで通りすぎたいという思いがあった。彼はしばらく考えてから、頭を上げた。


「まだ誰にも話したことがないのですが、話してみようという気持ちになりました。ニニンド様とは数日間のお付き合いでしたが、とても心に残るものがあり、私の秘密を置いていきたいと思います」

「はい。私は二度とハヤッタ様にお目にかかることはないと思いますが、あなたの秘密はお守りいたします」


「実は私には息子がいるのです」

 とハヤッタが言うと、ニニンドの目が泳いだ。


「息子とは一度しか会ったことがなく、今はどこでどんな生活をしているのか、いいえ、生きているのか、死んでしまったのか、それもわかりません」

「息子さんはおいくつで、その母上はどうなさっているのですか」

「ニニンド様よりは少し下でしょうか。その母親とはある事情があり、ともに暮らすことがかないませんでした。その女性は他の方と結婚をし、息子が生まれました。でも、その子は私の息子なのです」


「自分の子供だと、どうしてわかるのですか」

「詳しいことは申しあげられないのですが、それはわかります。生まれて間もなくその子とは会えたのですが、子供には危険が迫っていました。それで、ある方に託して、逃げてもらいました。その後、子供の行方を懸命に捜しました。私には個人的な情報網があり、そのために、私は財産の大半を使っていますが、いまだに行方がわかりません。息子は地の果てまでも行ってしまったのでしょうか。この情報網は金食い虫でさっぱり役にはたたないと思っていましたが、ニニンド様を捜す時には、とても役にたちましたよ」

「私がその網にひっかかりましたか」


「はい。情報網は動いていたのだと初めて実感しました。そして、ニニンド様がこのように生きておられる姿を見たら、何でも、可能なような気がしてきました。もしかしたら、私の息子もまだ生きているかもしれないという灯りが見えてきて、踊る姿を見るたびに、あなた様の姿に息子を重ねておりました」

「そうでしたか。それで、納得できたように思います。私の舞いをご覧になっている時のハヤッタ様は、私を見ているでもない、見ていないでもない、時に心が離れているような塩梅で、不可解に思っていたのです」

「さすがによく見ておられます」


「最後になりますが、二度とないこの機会に、ニニンド様にぜひ聞きしたいことがあります」

「私に答えられることであれば、何なりと」

「私はその女性、つまり息子の母親と暮らすことができなかった理由は、私の優柔不断ゆうじゅうふだんな態度にあります。心の中を正直に言葉で伝えることができなかったことにあります。ニニンド様は、どのようにして、率直に心のうちを伝えることができるようになられたのでしょうか」


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