16 愛を知らない青年
「もてるのは事実ですが、それほどうらやましいことでしょうかね」
「違いますか」
「慕ってくる女性が多くいて、贈り物や手紙も毎日のように届きます。けれど、ひとりの女性を愛することはないでしょう。誰を愛しても、その先は同じ」
「何が同じなのでしょうか」
「先には、飽きと退屈が待っているだけでしょう」
「はぁ。そんなものでしょうか」
「女性が嫌いというわけではありません。チヤホヤされるのは悪い気持ちではありません。ただ心からひとりを好きになるなんてことは、時間の無駄ではないでしょうか」
「はぁ。なぜでしょうか」
「なぜでしょうかね。母上と並ぶようなおもしろい女性などこの世にはいないでしょうし。私は一生、ひとりの女性を心から愛することなどないと思います」
「はぁ」
ハヤッタは自分が馬鹿みたいに「はぁ」を繰り返していることに気がついた。
「ニニンド様、それではこの先はどうなさるおつもりで」
「爺さん、婆さん達があとどのくらい生きられるのかはわかりませんが、みんなの世話をした後で、まぁ、そこそこ気にいった娘と結婚して、子供を作り、穏やかに、のんびりと暮らしていくつもりです、家庭はほしいですから。熱烈な愛がなくたって、結婚はできるでしょう。子供は育てられるでしょう、それが私の望む人生です」
「はぁ」
ハヤッタはまた「はぁ」と言ってしまった。ニニンドからいつも予想を超えた答えが返ってくるので、驚いてしまうのだ。
「ニニンド様にはしっかりとした将来設計がおありのですね。私はそのことに関して、横やりを入れるつもりは少しもありません。お幸せな人生でありますように」
「遠い所からわざわざ来ていただいて、このような席を設けてくださり、またご理解していただいて感謝いたします。ではそのお礼に、一曲、踊らせてください」
とニニンドが恭しく、頭を下げた。
「いいえ、それには及びません。私は娯楽のために、皆様をお招きしたわけではありませんから」
「そうは言われずに。うちの連中にはJ国の出身の者もおりまして、宰相さまからのご招待だと知って、実は舞い上がっておりました。今夜はみんな、一張羅を着て、ここに参るまで練習を繰り返し、張り切っているのです。連中にしては珍しいことでございますので、ぜひぜひ、お披露目させてくださいませ」
「それは光栄に思います。そういうことでしたら、よろしくお願いいたします」
ニニンドが合図をすると、座員達がはいってきた。確かに、相当な年齢の者ばかりである。身体が斜めになっている者もいれば、足を引きずっている者もいる。改めて、これら連中を束ねているニニンドとは何者なのかと思った。
笛や太鼓、筝の演奏が始まり、しばらく下を向いて屈んでいたニニンドが、すっと青竹のように立ち上がった。
その姿は少年ではなく、青年だった。
美しい青年だった。
音と動きの労わり合い、青年の身のこなしがかもしだす華麗と哀愁、そこには何か、とても心を動かされるものがあった。それがこの青年の舞いの力なのか、老人たちがこの若親分に対する愛情なのか、そこのところはわからなかったが、とても楽しい夜だった。
こんなに楽しい夜はなかったとすら思った。これが芸の力というものなのか、ハヤッタは黒眼鏡を整えたついでに、その下の涙を抑えた。ハヤッタはもう十数年近く、心の底から楽しんだことも、笑ったこともない。空虚を埋めようとして、仕事に逃げた。余計なことを考える時間を作らないために。
ああ、短くはないこの人生で、このような青年には一度も出会ったことがなかった。彼は無表情と無神経の仮面で、苦しさや惨めさを隠しているのかもしれないとハヤッタは思う。
彼はどんなに説得しても、J国に来ることはないだろう。また宮廷にはいり、国王になれる人物ではない。グレトタリム国王には、彼が元気で生きていて、自分自身の道を歩んでいるということを伝え、祝福していただこう。
ニニンドという人間が、同じ土の上で生きていることを喜ぼうではないか。世継ぎのことについては、サディナーレ姫に望みを託そう。それしかない。




