121 生きてさえいれば、希望がある
ジェットは崖から飛び降りる時、もし助かったら、サディナーレを支えて生きていこうと思っていたのに逆になってしまった。ジェットを支えたのはサディナーレだった。
旅の途中で、サディナーレはベロニカから料理、洗濯、裁縫、ダニエルからは狩りの方法を習った。サディナーレはなんでも面白がる。
「デニアは驚くほど何も知らないけど、驚くほど飲み込みが早い」
とベロニカが感心した。
霧山の家は日ごとに人の住む家らしくなり、四人は家族のようになって暮らしている。 ベロニカとダニエルはサディナーレを娘のように可愛がり、ジェットとサディナーレも、ふたりを「お父さん」、「お母さん」と呼ぶようになった。
草取り、掃除、水汲み、料理とサディナーレは何でもテキパキとこなす。
ジェットはサディナーレの変化には感心するばかりだ。人ってこんなに変われるものなのだと思う。
「人は気分です。気分が八十パーセント」
とサディナーレが笑って、首にかけた緑の玉を見せた。緑の玉はジェットがくれた宝、紐は落下の途中で切れてなくしてしまったが、玉はしっかりと握っていた。
これに触ると、サディナーレは力が出るのだ。
「人は気分です」というのが「人は心で動く」という意味だとジェットにはわかる。
以前は教えてばかりいたのに、最近では教えられている。 もう少しでおれの腕や足の傷は治るだろう。けれど、もとのように動くようになるかどうか、そこのとこのところはわからない。でも、腕や足の一本や二本、使えなくてもかまわない。生きていく方法はある。足が悪くても、全部揃っている人以上に、しっかりと生きている人を知っている。
外から、サディナーレの大きな声が聞こえる。山で蕗の薹を採って来たようだ。ダニエルよりも、収穫があったらしい。 サディナーレは強くなった。そのうちに、サララ級になるかもしれない。
「人は比べるもんじゃないよ。ばっかじゃないの」
というサララの声が聞こえてきそうだ。
前にここに少しだけ住んでいた時、あれは冬だったのだろうか。子供の頃には、季節を気にしたことがなかった。でも、朝起きると、いつも外が真っ白だったのは覚えている。
今、朝は明るい。ここは春になろうとしている。草の匂いがする。鳥の声も聞こえる。風は芯に冷たさを残しつつも、暖かくやさしい。山麓の春はこんな風にして始まるのだとジェットは思う。砂漠の朝とは違う。
おれは脱走兵として、王妃を拐かした悪人として、J国に帰れば重罪に問われることだろう。よいことをしたいと思って生きてきたのに、こんな結果になってしまった。問題が大きすぎて、今のおれはどこから、どのように解決していけばよいのかさえわからない。 でも、新しい季節が始まっている。生きていこう。
生きてさえいれば、希望がある。
「リクイ、元気かい。きみの夢は兄さんの夢だよ。どんなに離れていても、一緒に歩いているよ」




