119 対決
その頃、宮廷では、屋根から鉄の鋭い矢を放ってくるブルフログにきりきり舞いさせられていた。相手はただひとり、兵士は三、四十人はいるというのに、主導権はブルフログが握っていた。
下から矢を放つ兵士たち、はしごをかけて屋根に上ろうという兵士たちは、どれも、予想外の小さな部分で手こずり、難渋していた。ひとつうまくいかないと、すべてが躓いてしまうという典型的な悪例だった。
これではいかん。
この負の流れを払拭しなければならない。
グレトタリム王が自ら庭に出てきて、指揮を執るための采配を手にした。
その時、ニニンドがサララを連れて宮廷に戻ってきた。馬車から降りるとすぐに状況を知って、馬車の中にいるサララを見た。
「行ってくる。ぼくは指揮官だからね」
うん、とサララが頷いた。
「屋根以外なら、どこへでも一緒に行けるのに」
サララが手を伸ばして、ニニンドがそれを握った。
「高いところは、まかせておいて」
ニニンドが微笑んだ。
この美しい人が、この頼りになる人が、わたしの夫なのだとサララは誇りに思いつつ、不安で心臓が痛くなった。
「あなたならできる。わたしは、ここで待っています」
そう笑って、サララは祈る。どうか、ニニが無事でありますように。
ニニンドは庭に走り出たかと思うと、ひらりと一回転して、屋根に跳び上がった。
待て。
国王は屋根に駆け上がったニニンドの姿を見て、心臓が凍ったけれど、声は出さなかった。ここは彼にまかせよう。
ニニンドとブルフログが一戦を交えることになったのだが、屋根の上では誰もニニンドにかないはしない。ニニンドは矢を避けて、屋根の上でも軽く、高く、飛び上がる。
こいつは何者だ。忍者か。
ここから逃げることなど難しいことではないと思っていたブルフログに、初めて、恐怖が襲ってきた。
豹のように走るニニンドに追いかけられて、ブルフログは屋根から足を滑らせ、瓦を派手に蹴散らして落下した。
ブルフログは地面に叩きつけられたが、一度はむくっと上半身を起こしたものの、亀のような形で静かになった。
死んだのか。死んだふりをしているのか。
二十人ほどの兵が剣を抜いて周囲を取り囲み、司令官のニニンド様が降りて来て指示してくれるのを待った。
その時のことである。大地を揺るがすようなガワーという大音声が聞こえたかと思うと、黒い丸太が王宮の九段の階段を転がり落ちた。
あれは、なんだ。
その黒い丸太は叫びながら王宮の庭を突っ切り、ブルフログに激突した。
その影はブルフログの上に馬乗りになり、髪をぐぐっと掴んで、鼻に噛みつき、短刀で胸を刺した。それを両手でええいっと引き抜き、その喉を掻き切ったから、赤い血が勢いよく飛び出た。
ブルフログが手に持っていた手裏剣がぽとり落ちた。
何が起きたのだ。
兵士たちは呆気に取られて言葉がなく、目で見たことが現実なのだと確認するために、お互いに顔を見合わせた。
短刀を手にして阿修羅の形相をしている者は、ナガノだった。
ブルフログは倒れたふりをして、若さまが近くに来るのを待っているとナガノは察知していた。若さまを近づけてはならない。
だから、ナガノは足の悪い人とは思えない速さで階段を転がり、火事場の馬鹿力で走り抜け、馬乗りになって、悪い奴の鼻に噛みついたのだ。歩くこともできなかったナガノにこんな力があるとは、誰が想像できただろうか。
ナガノにはどんなことをしても若さまを守りたい。そして、若さまのお手を悪人の血で汚させるものかという岩よりも強い執念があった。
人は燃えるような意志があると、できないことでもできる。
ブルフログの命がもし助かったとしても、もう口を聞くことはないだろう。それに、すでにマグナカリ王弟はいないのだから、ブルフログの声は、もう必要ないのだ。




