116 嫁入り
サララは誘拐された後、屋敷の使用人の部屋が並んでいる一角の奥の倉庫に、投げこまれていたのだった。
その時、「サララ」と叫ぶニニンドの声が聞こえたと思った。
耳を澄ますと、彼の声がはっきりと聞こえた。
やっぱり、ニニは来てくれた。
そう思うと、サララの負けん気がますます燃えた。
お尻をいざらせて、動くほうの足で、机を思い切り蹴っ飛ばした。倒れた机をもう一度、蹴っ飛ばし、椅子も蹴っ飛ばした。
「サララ、サララ」
「ニニ、ここ、わたしはここにいる」
ニニンドはサララの自分の名前を叫ぶ声を頼りに、その部屋を見つけた。
ここだ。
ニニンドがドアを蹴破り駆け寄ったが、サララの顔を見て青ざめた。
「どうしたんだい、殴られたのか。誰がやった」
サララが腕からも、口から血を流していて、顔中に血がついていた。
「こんなくらい、大丈夫だってば」
とサララは血だらけの顔で笑った。
「こわくなかったかい」
ニニンドはとりあえず、少しだけ顔の血を拭った。
「ないない」
「よくやったね」
サララは昨夜遅く、突然、六人の男が襲ってきたこと。主導していたのは目つきの鋭い長身の男で、以前、会議室で王弟殿下に手話で会話をした人物だと思うと伝えた。
「ブルフログだ。やはりいたか」
とハヤッタがそう呟いた。
「殿下、後はお任せください」
「頼みます」
ニニンドはサララを抱き上げて、外に待たせてあった馬車に運んだ。
馬車が動き出してからも、ニニンドはサララを膝の上に抱いたままで、サララは両手でニニンドの首にしがみついていた。
「大丈夫かい」
「ぜーんぜん。平気、平気」
とサララは言ったが、今になって身が震えてきた。
「ずっとサララの声が聞こえていたんだ。だから、声が聞こえた時、現実なのか、夢の続きなのか、すぐにはわからなかった」
ニニンドがサララにかぶさって、キスをした。
サララが顔を赤くしながら、小さな声で言った。
「わたし、トラブルには強いから、しんどい道、行こうじゃないのなんて、言ってしまったけど……」
もう降伏なのかいとニニンドの瞳が心配そうに訊いていた。
「わはは」
とサララは笑ってみせた。
「わたしは、やっぱりトラブルには強いさ。でも、一度くらいのキスでは、報われない」
「何度でも」
とニニンドがまたキスをした。
サララは夢遊病者のようなふわふわした心持ちになった。
「これで人生三回目のキス。わたし、上達が早いと思わない?」
「うん。でも、四回目だろ」
えっ、あっ、そっか、とサララがニニンドを熱く見つめた。
ニニンドはいつも美しいけれど、今のニニはこれまでのどの時よりも美しく、頼もしい。これがわたしのニニンドだ、とサララが抱きしめた。
「ニニは何回目?」
「すぐそれを言うよね」
サララは昨夜、誘拐される直前まで、ニニンドの幸せを考えていた。
彼から告白された時、身体の中から湧き上がってきたのはこの人の力になりたい、この人を助けたいという感情だった。それなのに、逆に助けられてしまった。こんなはずではなかった。まずいなぁ。
恥ずかしいと思い、ちらりと目を向けると、彼の目がそれを捉えた。いつものニニンドの目だけれど、別人の目のようにも見えた。 ニニンドの緊張が伝わってきた。
まさか。過去のお姉ちゃん達のことをここで告白するつもりなのだろうか。
わたしはニニの困る顔が見たかっただけで、そんなことはどうでもいいの。もう言わないからね、とサララは手を離して拳を固く握りしめた。
「今日からは、私の宮殿で住もうよ、一緒に」
とニニンドが言った。
ああ、そういうことね。
サララは寝巻きの胸元を合わせてから、大きく頷いた。
わたしはニニンドの嫁になるのだ。
でも、こんな姿で嫁入りすることになるとは思わなかったけれどね。




