114 トラブルには強い女さ
スノピオニが宮廷に現れたと知らされた時、ハヤッタはすぐさま鎧を身につけ、武装した八十人の兵士を連れて、女主人が不在のヒマラヤ御殿に向かった。
初めの計画ではニニンドは宮廷の分担だったのだが、サララのことがあったので、急遽、ハヤッタに同行することに志願したのだった。
ハヤッタが屋敷の門を開けさせて、正面玄関に入ると、貫禄のある初老の男性が出て来た。彼は弁護士のガリイルだと名乗った。
ハヤッタが、これから屋敷の中を捜索すると伝えた。
「ここは一般人の屋敷。何の権利があって、家宅捜査をするのですか」
とガリイルが大声で威嚇した。
「一般人の屋敷に、なぜ弁護士がいるのか」
「弁護士がいて悪いという法律など、どこにもない。室内にはいりたければ、令状を見せなさい」
「令状などは必要ない。これはグレトタリム王の命令であるぞ」
「国王の権限があれば、何でも許されるというのですか。そういう国は他には多々あるけれど、このJ国は違うはず。この屋敷は許可を得て建築され、正式に届けを出し、税金も払っております。だから、個人の権利は守られていいはず。グレトタリム王がこれほどの独裁者であられるとは知らなかった。そのことを人民が聞いたら、どう思うでしょうか。法の原則をお守りください」
「そのお言葉は、捜索後にこちらの間違いだとわかった場合には、ゆっくりとお伺い致しましょう」
「私の知る法をお守りくださらないのでしたら、この私を踏み倒してから、入られることですな」
ガリイルが玄関に立って、両手を広げた。
「そこをどきなさい。危険です」
「私は死ぬまでここを動きませんから、入りたければ、殺してください」
「どうしてそこまでして、主人を守るのですか」
「だから、私は申したはずです。法の原則を守るためです」
その時、ニニンドの耳には何かが聞こえた。
あれはサララの声?
ニニンドが首を傾けて、音に集中した。
あの夜、突然、家に数人の男達がはいってきて、サララは顔を殴られた、ところまでは覚えている。
気がつくと、布でさるぐつわをされ、両手首は太い縄で後ろに縛られ、暗い部屋の床に転がされていた。
サララは自分は誘拐されたのだと知って、怯えた。
わたし、殺されるのだろうか。
ニニンドは大丈夫なのだろうか。
これが、彼の妻になるための試練の第一歩なのだろうか。
どうすればよい。
でも、こんなところで、このまま泣き悲しんでいるわたしじゃないはず。わたしはニニンドに「トラブルには強い女さ」と宣言した強い女だ。
今、ここで、何ができるだろう、とサララは目を閉じて深呼吸をした。
サララは顔を盛んに動かして少しずつ布をずらしながら、暗闇の中で、怖さから逃れるために、自分を奮い立たせるために、ニニンドの名前を思い続けていた。
ニニ、ニニ、ニニンド、ニニンド、ニニンドと呪文のように。ニニンドという文字が紐のように 連なって、その紐は龍になり、龍が空を飛んで、ニニンドのもとに届いてくれるような気がした。
ニニンド、ニニンド。
ようやく、口かせの布が外れた。
太い縄で縛られていた手首は、何度も何度も回すと片手が抜けた。皮膚が縄で擦れて、血が流れたが、そんなことはどうでもよい。もう一方の手の重い縄は、この歯で引き裂こうと決めた。わたしはラクダのように、強い歯をもっているのだ。
縄は荒いから、唇が切れて生ぬるい血が流れたが、そんなことでびびるサララではないのだ。
弁護士にはかまうな。私が責任を負う。
突入せよとハヤッタが手をあげようとした時、ニニンドがその手を押さえた。
ニニンドが一歩前に出て、目を閉じて、耳を澄ました。
聞こえる。
「サララ、サララ、」
とニニンドが大声で叫んだ。
周囲の音が消えて、空白になった。
ダリイルがこの男は何を叫んでいるのだ、と皮肉な笑みを口の横に浮かべた次の瞬間、何かが倒れたような大きな音がした。もう一度、二度、家具が倒れるような音が聞こえた。
「ニニンド」
と誰かが叫んだ。
「ニニンド、ここ」
「サララの声だ」
ニニンドが室内に駆け上がった。
「あなたの言われる法の原則とは何でしょうか」
ハヤッタがガリイルに言った。




