112 誘拐
翌朝、リクイが部下達と模擬演習を始めようとしているところへ、ニニンドがやって来た。真っ白い顔をして、いつもとは明らかに様子が違う。
指を折ったり開いたりしながら、じっとその指を見つめ、何をどのように話せばよいのか、考えている様子だ。
「殿下、何かあったのですか」
ニニンドはうんと頷いて、話し出す前に、顔をしかめて、空を見た。心に穴が空いてしまったような様子で、その目は空の一点を見つめていた。しかし、荒ぶる心の波を抑えるようにして、唇を強く結んだ。
「サララがいなくなった」
「どういうこと、ですか?」
ニニンドはサララと昨日の朝に、洞窟の前で別れた。サララは砂漠の家に、ニニンドは宮廷に向けて、ラクダを走らせた。
ニニンドは宮廷に着いてから、訳のわからない不安が押し寄せたが、夜になってもそれが胸から消えなかった。サララが助けを求めているような気がしてならないのだ。気のせいだろうとは思ってみた。こういうことには慣れなければならないのだと自分に言い聞かせた。
鳩を飛ばしても返事がないから、早馬で見に行かせたところ、その部下がさっき戻って来た。
家に、サララの姿がなかった。しかし、カリカリや他のラクダはどれも柵の中にいたし、何かを物色された様子はなかった。ただ、寝室が乱れていて、杖が残っていた。
「サララ姉さんはいつも部屋を整頓する人だから、乱れたまま、外出するは絶対にない。それに、杖が残っているなんて」
「うん……サララは誘拐されたんだと思う。でも、ここはいったん冷静になろう」
とニニンドがリクイの背中を叩いた。
「考えてみたんだ。サララが誘拐されたとしたら、それは人質ということだろう。私の大切な人だと知っての誘拐だろう。これから始まろうとする茶番劇がうまく進まなかった場合の奥の手なのだと思う。サララはもきっとスノピオニのヒマラヤ御殿に連れて行かれたのだろう。大事な保障をすぐには殺したりはしないから、サララは生きている。大丈夫だ。私が助ける」
リクイがうんと頷き、落ち着こうと深呼吸をした。
「それで頼みがある。早ければ今日、たぶん明日、スノピオニがここにやって来るはずだ。馬車を用意しているとの情報がはいってきている。一行が現れたら、その時は、私がやるはずだった役をリクイに代わってやってほしい。これから、そちらの練習をやってよろしく頼む。スノピオニの姿を見たら、私はハヤッタ様と一緒に、ヒマラヤ御殿に行って、サララを連れ戻す。必ず、助け出す」
「必ず」
とリクイが繰り返した。
「ニニンド、こちらのことは、ぼくにまかせてください。だから」
「うん。必ず、サララを連れて帰る」
今日のニニンドは、これまでのニニンドとは違うとリクイは思った。




