表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/132

106 砂漠の音

 その明け方、サララが目を覚ますと、ニニンドの顔がすぐそばにあった。


 サララはその横顔を眺め、自分の人差し指を見つめた。最初に会った時、あれはラクダレースの後、この指でニニンドのすべすべの頬に触れたことがあった。あれが出会い。あの時、ニニンドの頬は冷たくて硬かったけれど、今夜の頬は柔らかくて、熱かった。

 役者みたいな顔をした彼とは、二度と会うことはないと思っていたけれど、逮捕されて、また会うことになった。突然、捕えられて牢屋にぶちこまれた時には頭にきたけれど、あのことがあって会えるようになったのだから、人生はわからない。

 

 わたしは「逆境に強い女」だと思われているかもしれないけれど、そう恰好をつけているだけで、本当は逆境には強くない。普通の女子より弱いかもしれない。そこを意地でがんばっているだけ。

 もし、この先でもうがんばれなくなって途方に暮れた時、すぐに絶望しないで、待ってみるのもひとつのやり方かもしれない。運命が、良い方向に導いてくれると信じよう。


サララはむくっと起き上がって、洞窟の入口の焚き火に小枝をくべた。乾いた小枝がちりちりと音を立てて、黄色やオレンジの炎を伸ばしていた。

 うれしい気持ちがこみあがってきて、もう眠りたくない。

 

 ニニンドが来て後ろから肩を抱いた。

「ああ、びっくり」

 とサララが飛び上がった。

「ごめん、驚かすつもりはなかったよ」

 ニニンドの声がまだ眠たそうにかすれていた。


「こんな朝は初めてだ」

 とニニンドが空気を吸い込んだ。

「何が」

「空気が。音も、においも」

「これがわたしの知っている朝」

「山の朝は緑のにおいがして、鳥や動物たちでけっこう騒々しかったなぁ」

「山賊時代ね」

「うん」

「山の朝、いいね」

「朝はいつもいいね」

「うん。いつもいい」


「サララはとても真剣な顔をしていたけど、何を考えていたの?」

「どうでも、いいこと」

「なに?」

「もし、もしわたしが絶世の美女で、もっと自信があったら、こんな心騒ぎはしなかったのかなと」

「そんなことか」

「そんなことじゃない」

「サララは誰よりきれいだよ。でも、その不安、わかる。こっちもだよ」

「そうなの?」

「うん。私は人を愛したら、不安や恐れがなくなるか と思っていたけれど、逆だよね」

 

 ニニンドはサララを両手で抱いて笑った。

「心配で仕方がないよ」


「サララがラクダから落ちた夢を見て飛び起きたんだ。冷たい汗が吹き出た」

「わたしも、ニニが死んだら、どうしようかと思った。絶対に、死なないでね」

「どうやら、私達はしんどい道に入ってしまったようだ」

「戻る?」

「戻るわけがない。やっとここまで来れたんだ。戻れるわけないだろ」


「サララは?」

「わたしは退屈には弱いけど、トラブルには強い女さ、何度、乗り越えてきたと思っているの? しんどい道、行こうじゃないの」

  いつものサララに戻った。


「サララが眠った後、この近くを歩いてみたんだ」

「砂漠は慣れていないと戻れなくなるから、気をつけて」

「その時、砂漠の音を聞いたよ」

「砂漠には音がないから、聞こえたのはたぶん風の音」

「風かな。とても小さな音。どこか広い場所で、草が揺れているような、大地が呼吸をしているような音だった」


「ああ。風でないとしたら、それはニニ自身の音。前にリキタが、身体の中の音が聞こえるんだと教えてくれたことがある」

「砂漠では、自分の音が聞こえるのかい」

 ニニンドが感動したのを見て、サララが微笑んだ。


「ほら、あそこに、流れ星。今夜はたくさん落ちてくる」

 とサララが指をさした。「前は流れ星を見るとね、これでこの星の一生が終わったのかと思ったものよ」


「私もそう思うけど、違うの?」

「流れ星は星じゃないから」

「じゃ、何?」

「正体は、星の塵とか埃で、星ではないとリキタが言ってた」

「リクイは何でも知っているね。流れ星は星ではなくて、ごみなのかい」


「リキタがこんな風に説明してくれた。例えば、星が木だとしたら、流れ星は木に咲いた 花の小さな花びら。小さな花びらが宇宙をすごい勢いで飛んで来て、地球にたどり着こうとする時に、空で花火になる。花びらは花火になっても、肝心の星は宇宙で生きているというわけ。きれいな話じゃない」

「そうなのか。聞いてよかった。今夜から流れ星を見るたびに、そのことを思い出すよ。星が死んでいくわけじゃないんだ。星は遠くで生きている」

 また銀色の流れ星が、広い夜空を斜めに横切った。


「ニニのお母さんって、どんな人?」

「今思うと、空想物語の世界に住んでいたような人だった」

「わたしにはなれそうにない」

「ならなくて、いいんだよ。そのままがいい」

「お母さんが、ニニの憧れだと思っていた」

「今では、母というより、妹のように思っている」

 

ニニンドは母が死んだ時のことを語った。どんなに悲しい思いをしたのかということを。でも、 仲間が自分を親分として頼ってくるから、誰にも、心を話せないでいたことを。 ニニンドは思う、母親を亡くしたのは、自分だけではないのだと。世の中のほとんどの人は、愛する人 を失っている。そういう胸が張り裂けるくらいに辛いことがあっても、生きていられる。人間は強い。


 砂漠の中で、自分の音というものをはじめて聞いた。

これまで、自分には音がなかったと思う。ただ日々を生きていくだけで、夢というものがなかったから。でも、今はこんな状況の中でも、私には夢がある。


  でも、自分だけは弱すぎてできないと思ったこともあったけれど、こうやって生きてこられて、サララを見つけた。 出会ってくれて、ありがとう。約束してくれて、ありがとう。

 今日は昨日の続きでも、約束したから、今日からの自分は昨日とは違う。この決心は忘れないつもりだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ