好きなゲームのモブに転生したので悪役令嬢の立場を乗っ取ってみた
小学生が読むと微妙レベルの描写があるのでR15にしています。
貴族の子息が通う学園で可憐な声が響き渡った。
「彼をもう解放してあげてください!」
ちいさな手を組んで、うるうるした瞳でこちらを見つめつつ、そう詰め寄ってきたのはピンクブロンドの男爵令嬢だった。前世で何度もプレイした「下克上の恋〜彼を救えるのは貴方だけ!権力者を実力で黙らせろ〜」というタイトルの恋愛ゲームの主人公にそっくりの少女だ。名前は……なんだったかな。興味がないので忘れてしまった。
隣には良くいえば優しげな、悪くいえば頼りなげな風貌の少年が立っている。この国の第二王子である彼の名前はさすがに覚えているが、舌を噛みそうな発音のため割愛させていただく。
主人公に詰め寄られている私は転生者だ。日本でゲームをしながら歩いていたところ事故死をし、そのゲームの世界に転生した。このゲームには推しがいて、推しのために何周もしていた。このゲームの世界に転生したことに気づいたのは赤子の時だったが、推しのために今世を捧げようとむちむちの拳を振り上げたものだ。
そして数年後に第二王子と婚約した。私は公爵家の娘であり、末子として家族全員に溺愛されていたので、権力にものを言わせてもらった。かつて振り上げた拳はピースとなったものだ。ぶい。
そうして公爵家の庇護のもと好き放題生きてきた私の悪事を主人公が切々と語る。
「あなたももう彼のことを好きじゃないんでしょう? 王子だからっていう理由だけで無理やり縛り付けて……! 公務だって彼に丸投げで、それに魔力を吸い上げているって聞きました! ひどすぎます!」
「待って! もういいんだ! これ以上何も言わなくて良い!」
「いいえ、あなたが傷つくのは見ていられません! わたしがあなたを救います! わたしたちの愛に誓って!」
「あああ……」
第二王子ががっくりと項垂れている。ふむ、こうなるのか。ゲームでは主人公のこのセリフを聞いたあと、覚醒した表情をして彼も主人公のために生きることを決めるのだが、その様子はない……。
この恋愛ゲームのストーリーは悪役令嬢や家族などから非道な扱いを受けている攻略対象を主人公が救っていくものになっている。パラメーターあげはシビアだがその苦労の分スカッとする展開が多い。主人公は地位こそまだないものの学園では成績優秀、天才的な魔法の使い手で、やがて周囲はその実力を無視できなくなっていく。生まれ持った権力にあぐらをかく面子にざまぁ展開を突きつける下剋上物語だ。
第二王子のストーリーでは、悪役令嬢が第二王子の魔力を不当に吸い上げているせいで、彼は周囲から低評価され続けている。この世界では魔力が少ないと気力がわかず、体力もつきづらいのだ。一方彼から魔力を取り上げている悪役令嬢は高評価をほしいままにしている。
「愛に誓って、とはどういうことです?」
私が冷静に尋ねると、なんて冷たい声……と言いたげに主人公の目から涙がぽろりと零れ落ちた。
「わたし達は愛しあっているの!」
「浮気してたということですか?」
「浮気じゃありません! 彼が愛してるのはわたしだけだもの! それに、婚約状態では決闘が許されています――手袋を拾ってください!」
主人公はペシッと白い手袋を私に投げつけてきた。手に持っていた扇でそれを払い落とすと、信じられないものを見る目になった。
この国では婚約は絶対ではなく、決闘によって変えることができるとされている。魔法でのバトルをしてその勝者は婚約者を得ることができるのだ。ゲームでも主人公はその手段で攻略対象を勝ち取る。なんでこの仕組みがあるかというと、この国を守護している女神が愛と決闘を司る戦乙女であるかららしい。
手袋を投げつけるのが決闘の申し出となる。決闘を受けないのは自ら敗北を選んだのと同義。まさか私が手袋を受け取らないとは思わなかったのだろう。
「逃げるんですか!? それなら彼はもうっ」
「なぁんにも知らないのですね、可哀想なひと」
「えっ……?」
「騙したら駄目じゃない、あ・な・た」
「……えっ? なに? なにその呼び方……? ねぇっ、どういうこと!?」
「ううう……」
私がわざとらしく第二王子に猫なで声で呼びかけると、彼はがっくりと膝をついた。
「決闘が許されるのは婚約状態のときまで。結婚後は許されません。公務をお任せしているのも、魔力をいただいているのも、王家から許可をいただいています。私は少々病弱なのです」
ぱくぱくと鯉のように口を動かす少女に私は追い打ちをかけていく。
「で、浮気じゃないなんて言い分ももちろん通りません。あなたたちが仲良くしている証拠はすでに取り揃えておりますから言い逃れもできません。結婚後の不貞行為は重罪……まぁ貴女は未婚だと騙されていたようですし、学園からの追放くらいで手を打っていただくようお願いして差し上げます。でも今度なにかしたら……おわかりですね?」
私は主人公に笑いかけた。きっとものすごく嬉しそうな顔をしていたと思う。彼女はガタガタと震えだして、さきほどの可憐な涙ではなく、恐怖の涙が頬を濡らしていた。その頬を扇でぺちぺちと叩くと「ごめんなさい!」と叫んだ。ゲームのとおり素直な子。わかればいいのだ。
さて、そろそろ来るだろうか。
「このクズーッ!!」
「ひいいっ!」
バタバタと走り寄ってきた少女に扇でバシーンと叩かれて、第二王子が情けなく倒れた。
「病弱な妹をほったらかしにするだけじゃなく浮気するなんてッ! このクズックズッ! ああわたくしの可愛い妹、やっぱりこんなクズとは離婚しましょう!」
「お姉さま……!」
第二王子を数回殴ったあと、少女は私をひっしと抱きしめてくれた。彼女は私の姉であり、恋愛ゲームでは悪役令嬢だったが、私がその座を奪い取ってからは、多少の問題行動はありつつも優秀で品行方正な公爵令嬢として過ごしている。ちなみに品行方正なのは表の顔であり裏ではちょっとえぐいことをしているが、私や家族が手をまわしてバレないようにしている。
病弱なのは本当で、おそらく私は赤子の時に死ぬはずだった。魂の抜けた赤子の身に転生したようだ。転生前の知識をフル活用してなんとか病弱な身を保たせ、外出時は元気なフリができるようにまでなったが、家ではぐったりしてしまう。公爵家の家族たちは姉を筆頭にたいそう可愛がってくれて、かつて姉の婚約者候補だった第二王子に私が惚れたと虚言をいえばすぐに私の方を婚約させてくれた。(ゲームでも悪役令嬢は第二王子に惚れていたわけではなかった)
第二王子には数年惚れた演技を続け、彼の性欲が旺盛になり始めた頃に押し倒した。一線こそ越えなかったがキズモノといえる程度のことはした。そしてそれを知った家族は大激怒して責任を取らせた――結婚させたのだ。しかし第二王子はうっかり性欲に負けただけで私に惚れてはおらず、私からも距離を置くことにしたので関係は冷えていった。すでに結婚してることを公表するのは私からの要望で控えてもらったので、周囲からは冷めた婚約関係だと思われていただろう。ちなみにこの国では貴族が結婚するのは学園卒業後が一般的なのだが法律で年齢が定められているわけではなく、早すぎると「一生のことなのに早計だ」と周囲に眉をひそめられる感じである。家族は私に激甘なのでそのへんの感覚がバグっていた。
結婚した理由だが、婚約じゃなくて結婚した状態でゲーム本編が始まったらどうなるのかな? という実験のつもりだった。姉が破滅するのはもう回避できているからあとは私も断罪さえされなければよかったのだ。そして主人公は第二王子ルートを選んでしまい、第二王子は既婚であることを伏せたままストーリーが進み、今現在破局した。この国では不倫は重罪だと王子も知っているはずなのに、ゲームの強制力が中途半端に働いたのか、もしくは主人公を罪人にするかもしれないのに手放せないという複雑な男心だったのだろうか。
主人公はちょっと可哀想だが(自業自得な部分もあるのでちょっとだけ)、前世から私の推しは悪役令嬢である姉だ。彼女は悪事をする時ほんとうに楽しそうに可愛く笑うのだ。あの笑顔を見るためなら善良な人間が何人犠牲になったっていい。
「病弱なんて嘘のクセに……!」
第二王子がプルプルしながらも抗議の声をあげた。彼に会うときはいつも健康体のフリをしていたので、病弱なのは嘘だと思っているようだ。事実確認って大事だよね♡
「なんですって! どこまで妹を侮辱すれば気が済むの! だいたい自分の境遇に不満があるなら正式に抗議してきなさいな! あなたが不甲斐ないから愛人が出しゃばることになるのです!」
「お姉さま、もういいですわ。王子と信頼関係を結べなかった私にも非があるのです。それよりそろそろ限界で……」
「大変っ! すぐに馬車へ運びますからね。王子! この件は地の果てまで逃げても追いかけて償わせますからそのつもりで!」
姉は私のために鍛えてくれた両腕で私を抱き上げると、颯爽と馬車まで運んでくれた。ちなみに私に何かあるとすぐに姉へ連絡がいくことになっており、今回もこうして助けられたのだった。いつもより長時間立っていたから頭がくらくらしてきた。姉の胸に顔をうずめる。
そのあと第二王子とは離婚が成立し、慰謝料をたっぷり貰った。もう結婚なんてしなくていい、わたくしの側で生きてさえいてくれればいいと愛の言葉を姉から捧げられ、私は一生最愛の側で暮らしたのだった。めでたしめでたし。
読んでくださってありがとうございました。名前を考えるのが苦手です。