優先席
いつもと変わらないはずの通勤電車、ここに新しい景色が追加された。見た目はいままでのやつと色が違うだけなのに、ニュースを見てからはそいつにやたら変な圧を感じている。
2025年、あんまり意味のない政策を出し続けるペットボトル党の橋林最光内閣により「新・優先席」が都内の各路線に試験導入された。その内容とは「座るのに相応しい人を判別する優先席を取り付ける」というもの。相応しい人が座ると無反応、相応しくない人が座ると音声で教えてくれるらしい。それがどういう仕組みで人の仕分けを行うのかは公表されていないが、Xではトレンド入りを果たし、いつも通り否定的な意見ばかり散らばっている。Tiktokでは「#新優先席座ってみた」という優先席に座ることができるかのチャレンジとして若者では好評っぽい。
今までの優先席に座るべき人の基準は少しぼんやりとしたものではあったと思うし、見るからに元気そうな人間が優先席を占領するのも何回か見たことがある。座るのに相応しい人を選別するのなら意味がある…のかな?基準だって、大人しく公表した方がいいような気もする。
せっかくだから様子を見てみよう。今日は祝日だからか、通常の席はまあまあ埋まってても混んでは無いしほどよく観察できそうだ。
3駅通り過ぎた。多少の人が出入りしているが、誰も優先席に座らない。前の吊り革まで進む人もいるが、席に腰を下ろす人はいない。
4駅目、杖をついたおじいさんがドアから入り、優先席の前に立ち、今ゆっくりと腰を下ろそうとしている。優しそうな表情と力のこもってない杖のつき方に気品を感じる。
おじいさんが優先席に座ったのとほぼ同時、無機質な音声が上部から聞こえた
「あなたはこの優先席に座るのに相応しくありません」
おじいさんは浮かない顔で席を立ち、ドア付近の座席横によりかかった。
5駅目、まあまあ美人の妊婦がスマホをいじりながらドアから入ってきた、30代くらいかな、きっと異性には媚を売り、同性から陰口言われてそうな人。膨らんだお腹は優先席を目指し、女は腰を下ろす。
「あなたはこの優先席に座るのに相応しくありません」
おお…笑いそうになった。見るからに不機嫌になり、崩れた美人の顔は席を立とうとしない。
「あなたはこの優先席に座るのに相応しくありません………あなたはこの優先席に座るのにふさわしくありません………あなたは」
女はバッと席を立ち、ずかずかと隣の車両に移動した。
それから2駅ほど過ぎたが、誰も優先席に座ろうとしない。壊れているのかな?これが新しい優先席って…一体誰が座れるっていうんだ…?
10駅目、あと一駅で勤務先だ、いつもこの時刻の電車で見かけるヨレてるスーツを着たサラリーマンが入ってきた。見慣れているしらけた顔は私の目の前を通り過ぎ、サラリーマンは優先席に足を向けている。今、腰を下ろした。
………………ん…?
何も鳴らない。自分の脳内ではしぶしぶと席を立つサラリーマンの姿が浮かんでいたが、払拭されてしまった。
11駅目、伝線したストッキングを履いているくたびれた女の人が優先席に座った。
………………何も鳴らない。
13駅目、チャラい見た目をしている作業服の若い兄ちゃんが優先席に座った。
………………何も鳴らない。
14駅目、ここまで見てきて仕組みとかいまいちわかってないが、今になって好奇心が湧いてきた。座ってみたい、自分があの優先席に座るのに相応しいのか今確かめたい。
迷う気持ちを抑えつつ、優先席に腰を下ろしてみる。
………………何も鳴らない。
まずい、降りる駅を大きく乗り過ごしてしまった。遅刻なんてしたらまた上司に怒られる。確かにあんまり意味のない政策だったな。
おわり