第6話:静かな夜と無機の街
格納庫のシャッターが半開きになり、夜の空気が差し込んできた。
メンテナンスを終えたばかりのメタルコア──その脚元に立つレイヴンは、久しぶりに外気に触れる気がした。
ノックス都市。中立交易都市として知られるこの街は、傭兵や企業技術者、運び屋たちが集う交差点だ。
ここには小規模な企業から大手の支社までがひしめき合い、独自の自治区域を形成している。その中でも、『ラディクス重工』はこの都市で最大の存在感を放つ企業だった。主に建築用メタルコアの生産と、鉱物資源の再利用技術で知られ、都市再生プログラムの一翼を担っている。
人工の風が吹き抜ける裏通り。薄暗いアーケード街には、点滅するホログラム看板と無機質な販売機の光が混ざり合っている。
レイヴンは自販機の前で足を止めた。
《合成カロリーバー:380メルツ》《カフェインミルク:290メルツ》
シェルからの換算を計算するまでもなく、さほど高くはない。
彼は小さく端末をかざし、軽食と飲料を受け取る。
『補給完了。合計金額:670メルツ(=6.7シェル)』
アイリスの声が淡々と響く。
「メルツばかり見ると、感覚が狂うな」
『シェルとの換算は、一シェル=100メルツで固定。誤差は生じません』
そうだと分かっていても、日常の買い物で数百という数字を見るのは、戦場で数万シェルを稼ぐ感覚とはズレていた。
歩きながら、周囲の音に耳を傾ける。遠くでホバーカーが通過する音、機械脚で歩く保安ロボの足音、スピーカー越しの音楽が途切れ途切れに流れていた。
『この都市の犯罪発生率は現在平均以下です。ただし、深夜の裏通りにおける傭兵絡みのトラブルは月平均7.2件』
「……関係ないな」
アイリスはそれ以上何も言わなかった。
高台の歩道に出ると、ノックス都市の全景が広がる。
光の海に浮かぶ巨大な再生プラント、企業ビル群の中に混ざる旧時代の建造物。都市の“縫い目”がそこかしこに見えた。
この街には整備士や密輸業者だけでなく、かつて戦場にいたはずの傭兵たちも息を潜めている。名を捨て、企業に囲われ、再び武器を手に取ることなく生活する者も多い。
レイヴンは、都市の灯を見下ろすようにして一口、カロリーバーをかじった。
味は、なかった。
格納庫へ戻る途中、ヴァルドから通信が入る。
「どうだ。少しは息抜きできたか」
「空気はマシだった」
「なら十分だ。そろそろ次の依頼が来るぞ。今回は少し長い護衛任務だ。相方がいる」
「……了解した」
街の光が遠ざかる。
無機質な都市に馴染めないまま、それでもまた、戦場へ向かう準備が始まろうとしていた。