第3話:実践評価テスト
コックピット内は静かだった。各種インターフェースが常時稼働状態を維持し、周囲の音を遮断するように整っている。
レイヴンは深く腰を下ろしたまま、正面モニターに表示されているシステムステータスを眺めていた。格納庫内の照明が機体を照らし、銀と黒の装甲が静かに光を反射する。
『通信リンクを確認。依頼スケジュールどおり、出撃時間まで残り三分です』
アイリスの声が響いた。
今回の依頼は、すでに数日前に受注が確定していた。レイヴンにとっての復帰戦でもあり、ヴァルドが“ならし”に適したものを選んでくれたのだろう。
戦闘相手は無人機、クライアントはネオロジカ社──中堅ながらAI兵器の分野に特化した企業。
正面スクリーンにその企業ロゴが浮かび上がる。鋭く組み合わさった精密歯車と、中央に配された単眼型の意匠。
『依頼形式:実戦評価テスト。発注元:ネオロジカ社。内容──自社製無人戦闘機体との模擬交戦による戦闘挙動データの収集』
音声が切り替わり、事務的で滑らかな女性の録音音声が流れ出す。
「こちら、ネオロジカ社の兵装開発課です。本任務は、実働兵器シリーズの対人想定挙動テストとなります。使用弾薬は実弾。被撃墜時の損害は当社側が全責任を負います。作戦領域内の損傷は許容範囲と見做されますので、遠慮なく性能を引き出していただければ幸いです」
その淡々とした口調に、どこか不気味な軽薄さが滲む。
すぐにヴァルドの通信が入った。
「出撃前に一応、確認しておくか。相手はAI制御の無人機体だが、本格投入前のプロトタイプ。変則的な動きや制御遅延もあるかもしれない」
「癖は?」
「記録上は高機動寄り。だが、量産を意識してる分、装甲は薄い。データ目的の依頼だからな、実際の性能を測ってる最中ってわけだ」
『目標出現地点は廃棄された演習フィールド。地形は開放型で視界良好。遮蔽物は散発的に存在しますが、戦闘における明確な制限要素はありません』
戦術マップが展開され、荒れたコンクリート地帯と、崩れた構造物のシルエットが表示された。
「ターゲットは単体か?」
『現時点では一機のみ。目標コード:ファルテス・プロトタイプ03。AI制御レベルは準軍事仕様』
レイヴンは静かに頷いた。
ならしにはちょうどいい。だが、テストだろうと油断はしない。
なにより──新たな“体”の感覚を、確かめる必要がある。
「戦闘モードに移行しろ」
『了解。外部リンクをカット。全系統、独立起動に移行します』
アイリスの声と共に、機体全体がわずかに震え、シート下部から低い振動が伝わる。
『ECSスタンバイ完了。目標との戦闘距離に到達次第、自動展開されます』
「了解。……始めるか」
機体がゆっくりと前進を始め、降下カタパルトへと接続される。
リフトの昇降音とともに、格納庫の天井が開かれていく。
乾いた風が機体を包み、目の前に廃墟と化した試験区画が広がった。
『戦場へ、ようこそ』
アイリスの静かな声が、レイヴンの覚悟に火を灯した。