第6話 異世界
『愚……』
「…」
『……お…ください』
「う〜ん〜」
『いい加減起きてください!この愚主が!』
いきなりの怒声でびっくりして起き上がる。
「何ね〜いきなり…」
『こっちは、それどころではありませんよ!愚主の義体を見つけたらアストラル体が入ってなかったのですから……心配したんですよ…』
最後の言葉は聴こえて来なかったがクリシュナなりに気遣ってくれているのだろうと思う。アストラル体が入って無かったという事は、義体だけ送りアストラル体で説明させられたのだろうか?
身につけていた物は幻覚だったのかもしれない。もしあのアクアジーネが脳筋で戦いを迫られたら完全敗北だ。
「あぁ…ちょっと神に説明させられとったと」
『神?…もしかして管理者ですか?』
「中級のね。アクアジーネ?って言ってたかな?」
『で?その自称神が何の目的で愚主に接触を?』
怒気を感じながら聴いてくる。管理者は厄介事を持って来ると思っていそうだ。実際そうなんだが……
「それが――」
ユリウスは、アクアジーネから聞いたことを全て話した。魔法の事、魔力器官の事、神殺しの依頼の事、ハルハンド神帝国の野望を阻止する事、職業やスキルの事を。
『はぁ~…だから義体や本体に魔素のようなものが出来ていたんですね…』
「そうやね」
『それに神殺しですか…究極神である【紡】様が絡んでいて百合花様も了承していると…ろくなことでは有りませんね!』
「俺もあの方が絡んでるなんてね…しかも百合花様に根回しするんやけん、びっくりを超えて呆れとる」
【紡】様とはユリウスが会った事のある、時を司るお方のことだ。
頭の上がらない2人が絡んでいるのなら断れない。今ごろ各々楽しんでいるころだろ。
「ところで船は無事なん?」
『防御体制に入りつつ愚主の本体をメインで管理してましたので…転移の際、衝撃に耐えれず外部が破損しています。自己修復機能を使って修理してますが直るのに2年はかかるかと』
「マジか〜」
『しかもこの森にある湖の亜空間にあるので動けませんね。船内の設備は使用可能ですし、船にも転移出来ます』
「不幸中の幸いって感じやね」
改めて周りを見渡すと木ばかりである。
魔素濃度も高く、魔力を持った獣が出てきそうな所だ。なんでここからやねん!とアクアジーネに文句を言いたい。
「湖は近いと?」
『はい愚主、ここからそう遠くではありません』
「よし!周りの偵察と武器と服装ば整えんといかん」
そう言うと左手首にあるブレスレットの青玉をつかみ「虫型」と呟く。瞬間、中から無数のコバエが出てきた。これは虫型偵察機でそこで得た情報は船に転送されクリシュナが管理している。
次に黒玉の中から武器を取り出した。もちろん地球産で遥か昔に作られた名刀で、名を【月光】と言う。仕事でも使うので使い慣れた刀だ。
その次に黄色い玉をつかみ、思案するとユリウスの眼の前に黒いスーツと黒のコート、黒のハット帽、黒の革靴が出てきたのでそれに着替える。
クリシュナは先ほどの偵察機で近辺の情報を整理していた。
『愚主。この近くで人が倒れています!その近くには3mぐらいの熊型の獣が居ます!どうされますか?』
「倒れてるね〜助かるか分からんばってん…このまま見捨てるには寝覚めが悪か!行くばい!道案内よろしく」
『了解』
ユリウスは眼鏡を掛ける。この眼鏡は情報整理したクリシュナから映像が転送されてくる仕組みとなっている。
それに従い走ること2分で到着。
「容体は?」
『息はしていますがかなりの深手です。かろうじて死んでない様子です。魔力がある熊型はこちらに気づいていますよ』
「ハロー熊さん元気か?」
『バカ!』
「グオォォォォ!」
足2本で立って両手を広げ威嚇する熊型。
「初めての遭遇が森の熊さんって~優しく無さそうやね!はぁ~ちょっと挨拶したらこれやけんね!初対面に威嚇とかどうかしとるよ全く!」
『どうかしているのは愚主です!明らかに魔力を含んだ個体って何度言えばわかるのですか? 』
「いや解らんやろ!魔力含んでても知性があるかもしれん!」
『愚主、ドヤるの止めてください。キモい!明らかに敵意剥き出しですよ。もういっそう、そのまま食べられれば良いのに』
「毒舌!後、俺を殺そうとせんで!」
瀕死の状態の者がいる為、今やり取りをしてる場合ではない。気分を入れ替え熊型に向き合う。
「さぁて!」
腰にある刀を居合いの形で構えて――
「待たせるのもいかんね!森の熊さんには悪かばってん、俺のこれから始まる異世界冒険の糧になってもらうばい!」
一気に間合いを詰め腹部に一閃いれるが…
ガン!
硬い皮に防がれてしまう。
「グオォォォォ!」
熊型が右腕を上げ、咆哮しながらユリウスに爪を向けて腕をふでおろすが間一髪のところで後ろに下がって回避した。
見かけによらず素早い攻撃でユリウスがいた場所は土を抉るように熊型の右手が刺さっていた。
『チッ!!』
「おい、今舌打ちした?したやろ?」
『してませんよ愚主!ほら余所見してないで熊さんに蹂躙されて下さい』
「本当にクリシュナは俺に容赦なかねぇ〜!さて、生体強化無しやし、やっぱりそのままでは太刀打ちできんな!ここは闘気を使いますかね!」
集中し呼吸を整える。闘気は体内にある気を纏い身体を強化する事で、ユリウスはさらに大気中に含まれる気を体内に取り込み体内の気と取り込んだ気を混ぜ合わせて通常の闘気より強化する。
「グオォォォォ!!」
熊型は初撃をかわされ怒ったのか刺さった右腕を抜きもう一度右ストレートをかましてくる。
それを闘気を纏ったユリウスがかわすと待っていたかのよう左手で殴ってきた。
今度は避けられないだろうと思ったのか物凄くあくどい笑顔を向ける熊型。さっきよりも確実に殺す威力を持った攻撃をする。
ドゴーーン
かなりの威力の攻撃で初撃より倍の攻撃力だ。
『あぁ~これ死にましたね。愚主、御愁傷様です』
熊型は確信していた。
今の一撃は殺れる力があると。
初撃をかわされ驚いたが自分に力でかなう餌など森の上位種以外いない。
ましてや相手は人だ。か弱いひ弱な見た目の人種だ。熊型にとって只の餌なのだ。
「勝手に殺すんやなか〜」
間抜けた声が熊型の頭上より聞こえてきた。
まさかと思い上空を見ると餌がいた。
何故?ありえない!と思ったのだろう。普通の人間では初撃で死ぬかかわせたり防いでも怪我は確実だ。
そして今放った攻撃は確実に死ぬのだがユリウスは違う。義体とは言え長い間訓練と称した上司達による鬼の様なシゴキを受けてきたのだ。
あれに比べれば子猫の猫パンチだとユリウスは思うだろう。いくら早くてもそれを上回る速さで上空に逃げればそれで良い。
そして熊型は相手を侮り上空を見上げてしまった。そこで頭をかばう体勢に入れば変わっていたかもしれないが、そこまで賢くなかった。
最後までユリウスという男を侮ったまま――
「我流抜刀術首落とし」
上空から一閃。
ズサーーーン
辺り一面衝撃波が行き渡り土煙が舞う中熊型は、首から血を流し倒れる。
「グ、グ、グオォ…」
「首を切り落としたつもりやったんやけど…鍛え直しやね!さてトドメ刺しますか」
熊型の首元により刀を抜きとどめを刺す。
『愚主急ぎましょう』
「そうやね」
ユリウスは急いで怪我人の下へ駆け寄る。